2-45クリスマスプレゼント
私は今、吉田君の家に来ていた。
目の前には吉田君が寝息を立てて寝ている。
ツリーの前で吉田君が倒れてどうしようかと思った。
声をかけ続けたら少し意識が戻ったみたいだったので、
私が支える形でなんとかタクシー乗り場まで歩いてもらって
お家まで連れて帰って来たのだ。
本当は救急車を呼ぶべきだったんだけど、
吉田君が大丈夫、帰るってうわ言のように言うから
仕方なく従った。
私は体調の悪い吉田君に何で気づけなかったんだと自己嫌悪していた。
会った時から様子は変だった。
声をかけていたのに、肩を叩くまで気づかなかったし、
寒い外で汗をかいていた。
レストランで手を握られたとき、手の熱さに驚いた。
あのとき深く聞いておけば良かった。
思い返せば不審なところばかりだったのに、
一緒にいられることに浮かれて全然気にもしなかった。
私、最低だ…
「うぅ……。」
吉田君の熱にうなされる声で我に返る。
何かしないとと立ち上がって、来たまんまだったコートを脱いだ。
とりあえず冷やさないといけないので、部屋を出て台所へ。
勝手にすみません。と心の中で謝ってから冷凍庫を開ける。
保冷剤を発見してそれを手にとる、桶に水を溜めて保冷剤を入れる。
そしてタオルを探したとき、テーブルの上の置手紙が目に入った。
なんとなくそれを手にとって読んでしまった。
内容はお父さんが出張で三日間いないこと。
三日間も吉田君は一人でいなければいけないのかと思うと、
体が勝手に動いていた。
電話を借りて自宅にかける。
三回ほどコール音が聞こえて、お母さんが電話に出た。
『はい、もしもし。沼田です。』
「お母さん!私、紗英。あのね、今日家に帰れないかも。」
『紗英?何?どういう事か説明しなさい。』
電話の向こうの母の声が怒っているのが分かる。
「友達が風邪で倒れちゃって、家に誰もいないみたいなの。
そんな人ほっといて帰れなくて…。」
『そう…。その子は大丈夫なの?』
「うん。今は眠ってる。」
すぐに返答がなくて不安になる。
母のため息が聞こえると、さっきまでの声のトーンと変わった。
『じゃあ、落ち着くまでいてあげていいけど…
何かあったら電話しなさい。いいわね?』
「うん!!ありがとう、お母さん!」
安心して受話器を置く。
きっと母は女の子の家だと思ってそうだったが、
許可をもらうためにあえて隠した。
私は気を取り直してタオルを探す。
洗面所を見つけてそこからタオルを一枚もらうと
桶を持って二階へ。
部屋に戻ると吉田君はさっきと変わっていなかった。
たまにうめき声をあげて眠っている。
私は保冷剤で冷やされた水の入った桶にタオルを入れて絞ると、
吉田君の額にのせた。
そのとき倒れたときの吉田君を思い出して、急に赤面する。
あれは事故だから気にしちゃだめだ。
そう吉田君が倒れたとき、私は吉田君の体重を支えきれなかった。
支えられなかった私は吉田君に押し倒される形でその場に倒れた。
そのとき吉田君の口が私の口に当たって…
思い出しただけで心臓がバクバクしてくる。
あれはキスだった。
でも気を失った吉田君はきっと知らない。
しんどい人を目の前に何を考えているんだと、自分の顔を叩く。
私はそのあと何度かタオルを取り換えながら、
吉田君の熱が下がるように祈った。
***
「紗英、紗英。」
「……う……。」
私を呼ぶ声に目を開ける、目に朝の光が入り込んで目が上手く開かない。
なんとか目をこじ開けたとき、目の前に吉田君の顔があって驚く。
「わっ!えっ!?」
今の自分の状況を理解するのに時間がかかった。
どうやらいつの間にか吉田君のベッドに突っ伏して眠っていたようだ。
目を開けてこっちを見ている吉田君を見て、寝ていた自分が恥ずかしくなった。
「紗英。俺、どうやって家に帰って来たんだ?」
「え…?覚えて…ないの…?」
吉田君は顔をしかめて考えた後、頷いた。
私は起き上がろうとする吉田君を押さえて、額に手を当てた。
自分の額の体温と比べてみて、やはり少し高い事が分かった。
まだ顔も赤いし、熱は完全に下がっていない。
「昨日は私がタクシーで家まで。
でも、吉田君意識あった気がしたけど…。」
「…そ、そうか…?」
「うん。あ、目が覚めたなら何か食べる?
台所使っていいなら、何か作って来るけど…。」
吉田君は何だか頬をムズムズさせて変な顔をしていた。
私が何だろうとと表情から読み取ろうとすると
何かに気づいたようで声を上げた。
「あ!紗英。今日、翔平と遊びに行くんだろ!?」
「えっ?」
吉田君に遊びに行く話をしただろうか?と首を傾げる。
時計を見るとまだ九時だった。
約束は一時なので充分間に合う。
「まだ大丈夫だよ。それよりご飯は…?」
吉田君は私の言葉を聞いていないのか、
急に起き上がるとフラつく足で机まで歩いていく。
「ちょっ!吉田君!!寝てなきゃだめだよ!!」
私は慌てて立ち上がって吉田君の体を支える。
吉田君は机の上にあった小さな袋を手にとると、私に向けて渡してきた。
「…クリスマスプレゼント。昨日持っていくの忘れて…。」
私は受け取ると「ありがとう」とお礼を言った。
風邪ひいてしんどいはずなのに、
プレゼントをくれる吉田君の姿に胸を打たれる。
顔が赤くなりそうで俯いてプレゼントを開ける。
包装を解くと中に入っていたのは
雪の結晶の形をしたペンダントだった。
男の子がジュエリーを買うなんて恥ずかしくなかっただろうか…?
これを買うために悩んでいる吉田君の姿を思い浮かべて
胸がキュウッとつままれたように苦しくなる。
嬉し涙が出そうで堪えるために精一杯の笑顔を作った。
「嬉しい。大切にするね…。」
吉田君が顔をクシャッとさせると笑った。
私は早速つけてみたくて、箱から取り出すとチェーンを外して首の後ろにもっていく。
見られて緊張するためか上手くはまらない。
それを見て吉田君が私の手からチェーンを受け取ってつけてくれた。
髪を引き出して、前を向く。
何だかこんなやり取りが恋人同士みたいで嬉しくなる。
私はそこまで考えて思い至った。
恋人…同士…みたいで…
蓋を閉めていたはずの気持ちが、いつの間にか出てきている事に戸惑う。
傷つくのが嫌で胸に押し込んでいたはずなのに、
いつの間にかどんどん大きくなっていっている。
まっすぐ吉田君を見つめていると、吉田君が笑顔で返してくれる。
そんな仕草ひとつが胸を締め付ける。
私…もしかして…。
考えようとして、無理やり心の奥に押し込んだ。
目の前の吉田君の姿に落ち着かない。
私は不自然に目を逸らすと、コートと鞄を手に持った。
「一旦家に帰るね!
翔君に事情を説明して、なるべく早く戻って来るから!!
それまで寝てて!!」
「えっ!?紗英。俺のことはいいから楽しんで来いよ!!」
「いいの!!私が戻ってくるまで絶対安静にしててね!約束だよ!!」
吉田君の顔をまっすぐ見ることもできないまま
言い捨てると私は部屋を飛び出した。
竜聖編は終わりです。
次は翔平に移ります。




