2-29二年の答え
『友達だよ。翔君の事は好きだけど、友達としてだよ。
なんで…恋愛感情に結びつけようとするの?』
紗英の言葉が耳から離れない。
分かってたことだ…
何ショック受けてんだ集中しろ!!
俺は野球部の練習に励みながら、雑念を飛ばそうとしていた。
ひたすらボールを追いかけていると無心になる。
紗英の言葉も忘れられると思った。
でも、一向に消えてくれない。
保健室で目を覚ましたとき言い争う声が聞こえた。
起き上がって扉に近づくと、紗英のこの言葉が聞こえてきた。
聞き耳を立てるのはよくないと分かっていても、
足がその場から動かなかった。
冷静な紗英の受け答え。
本心だというのが声だけで分かった。
本心だと分かったからこそ、ダメージは大きかった。
この二年以上…何も紗英には届いていなかった。
恋心の『こ』の字にもならない。
きっとあいつだったら、この二年をあっという間に飛び越えてくる。
それが怖くて不安だった。
今までは接点がなくて安心していたが、
話せるようになった今、あの二人がどうなっていくのか気になる。
気になって集中がまた切れ切れになる。
くそっ!!
「翔平!!」
声が聞こえた瞬間、俺の頭にボールがぶつかった。
俺は卒倒し気を失った。
目を覚ますとコーチの顔が見えた。
コーチはほっとしたようで表情を崩した。
「だから今日は帰れって言ったんだよ。」
俺のおでこが叩かれる。
叩かれた瞬間にぶい痛みが走った。
「っつ!!」
俺は自分の手で触ると腫れあがっているのが分かった。
ボールの当たった場所を分かっていて叩いたことに、
コーチの底意地の悪さが見えた。
コーチは俺の手をどかすとおでこに湿布を貼ってくれた。
そのときに辺りを見て、グラウンドの端にいることに気づいた。
誰かがここまで運んでくれたんだろう。
「運んでくれたチームメイトに感謝しろよ。」
この人はいつも俺の思ってる事を見透かす。
頭を下げると謝った。
コーチは満足そうに頷くと、救急箱を閉めた。
「とりあえず今日は帰れ。いいな?」
練習の足を引っ張ったのは事実なのでしぶしぶ了解する。
そんな不服そうな俺を見てか、
コーチは意地悪く笑うとグラウンドの外を指さした。
「心配してる子もいるんだし。説明してこいよ。」
コーチの指の先に目を向けると、グラウンドのフェンスの向こうに
不安そうな紗英の姿が見えた。
紗英…帰ってなかったのか…
俺はコーチに頭を下げたあと、
グラウンドに一礼してフェンスをくぐる。
紗英が焦った様子で駆け寄って来る。
「翔君!大丈夫?」
「はは!大丈夫、大丈夫。俺、頑丈だし。」
「…良かった…。」
明らかにほっとしている紗英を見て、
またさっきの言葉が耳に響く。
別の事を考えようとしたとき、浜口と話した事を思い出した。
紗英と別れた後、言い争っていた浜口に事情を訊いた。
浜口は口に出しにくそうにしていたが、
意を決したように俺を見た表情で何となく察した。
予想通り告白されたのだが、
俺は紗英以外は好きになれない。
そのままの事を返したとき、浜口は苛立ちながら紗英を非難した。
あの人は恋愛感情が欠落している…と。
あのときは何を言ってるんだと思ったけど、
もしかして紗英は本当に恋愛感情を忘れてしまったのか…?
いつもと変わらない紗英を見ていると分からなくなる。
竜聖の件が…尾をひいてる…?
まさか…二年以上も前のことを…?
考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようだ。
直接聞けばいいんだろうが、
聞くという事が昔の傷を抉る行為になりそうで行動におこせない。
「…翔君?もう帰るんだよね?」
紗英に話しかけられ、考えるのをやめた。
「うん。俺、着替えてくるよ。」
「荷物持つから、待ってるね。」
こういうさり気ない紗英の優しさが俺の心を擽る。
俺は部室に戻って、急いで着替えると、
鞄に着ていたユニフォームを詰めようとしてやめた。
紗英が荷物を持つと言っていたのを思い出して、
軽いものだけ大きめのトートバッグに入れ替える。
重たい教科書類はいつも持っているスポーツバッグへ。
これで、トートバッグを渡せば
持つ気満々な紗英の気も落ち着くはずだ。
「よし」と一人言をつぶやくと、部室を出る。
俺は待っていた紗英に近づくと、
予想通り紗英は手を差し出してきた。
「持つよ。」
俺は「サンキュ」と言いながら、トートバッグを渡す。
作戦通りにいって内心満足していた。
紗英はそんなことは知らずに受け取ると、
何か考えた後想像のななめ上をいった。
「…軽い…。そっちも貸して!」
「へ!?こっちはいいよ!!」
俺は焦って肩から下げたスポーツバックを隠すように
紗英の反対側に持ち替えた。
「じゃあ交換しよ!」
「え?!」
紗英は強引に俺にトートバッグを手渡すと
スポーツバッグを掴み引っ張った。
俺は渡すかと抵抗したが、勢いのある紗英に
上手く肩からベルトを取られてバッグを奪われた。
紗英はスポーツバッグのベルトに体を通して背負うと
勝ち誇ったように俺を見た。
惚れた弱みか…
本当…紗英には敵わない…
「体調悪いんだから、無理しなくていいの。」
「あー…はい。」
俺はトートバッグだけ抱えていて、何だか変な感じだ。
いつもの鞄がないだけで背中がスースーする。
紗英は自分の鞄も自分の体の前に抱えており、
これ…傍から見たらどう思われるんだろうか…?
女の子に大荷物持たせてる俺って…
「…紗英。やっぱり鞄持ちたいんだけど…」
「えー!?ダメだよ。」
だよな…絶対そう言われると思った。
こういうところは頑固なので、諦めることにした。
駅までの帰り道、
俺は黙って紗英の隣を歩いていたのだが
紗英が何か思い出したように声をかけてきた。
「翔君。お昼に私が言った事覚えてる?」
気を失ったときの話か…と思い出そうとして
何の話をしていたか記憶が途切れ途切れの事に気づいた。
竜聖と会った、話せるようになったってのは聞いた。
そのあとの記憶が…断片的だ。
「…竜聖のこと…だよな?」
「うん!そう!翔君には話しときたかったんだ。
翔君も…吉田君と友達…だよね?」
紗英は遠慮がちに訊いた。
『友達』という単語がひっかかる。
俺と竜聖は…友達だったって方が正しい気がする。
中二のあのとき以降、あまり会話しなくなった。
変なライバル心で俺が竜聖を避けたからだ。
あいつは懲りずに話しかけてきていたが、
俺はあいつと仲良くする気なんかない。
「友達だったかな?」
「だった…って…どういう事?」
「俺があいつを一方的にライバルだって思ってるから。
友達にはなれないかな。」
「……ライバル…。」
紗英は少し寂しそうな顔をしている。
「ライバルだと…友達にはなれないの?」
紗英の問いに答えられない。
ライバルと友達の境界線ってどこだ?
ライバルで友達って奴もいるよな…
いざ聞かれると困る質問だ。
「う~ん…どうなんだろう…」
「じゃあ、翔君は吉田君のこと好き?」
好き!?
そんなこと考えたことない。
男同士で好きなんて気持ち悪くないだろうか…
俺はここでふと気になった事を紗英に切り出した。
「逆に紗英は?その…中学のときはあいつの事………
………好きだったわけだろ…?その今は…。」
好きという言葉を言うのに時間がかかり過ぎた。
聞きにくさが態度に出てしまったかもしれない。
俺は紗英の表情の変化を見逃さないように、
じっと紗英の顔を見つめる。
紗英は思い出し笑いをするように目を細めた。
「翔君……まだ、気にしてる?」
紗英の質問の意味にすぐには気づかなかったが、
俺が中学のあの日、紗英にした仕打ちの事だと分かった。
俺は忘れかけていた事だったので首を横に振る。
「…私…吉田君の事は好きだけど…昔とは違うと思う。」
昔とは違うという言葉に少しほっとする自分がいる。
「今の吉田君は…翔君と似たような気持ちかな。
好きだけど…何だか特別に近い感じ。失いたくないなって思う。」
紗英は言い終えた後「何だか恥ずかしい事言ったね。」と
赤くなった顔を隠すように下を向いた。
俺は『翔君と似たような気持ち』という言葉に
鼻の奥が熱くなる。
この二年何も伝わってないなんて事なかった。
あいつに肩を並べた事実よりも
紗英に特別で失いたくないなんて言われたら
嬉しくて顔の筋肉が緩む。
中学のあの日、
俺は時間がかかることを覚悟していた事を思い出した。
紗英にしたことを償って、振り向かせることなんて
簡単にいくはずがない。
最近、紗英の態度が好意的で調子に乗っていたんだ。
まだまだ、ここからが俺の正念場だ。
紗英に振り向いてもらえるような男になれるよう
これからも紗英のそばで彼女を支え続ける。
読んでいただきありがとうございます。
次は友情の話になります。




