2-28本心
私は今、消毒液の匂いのする保健室に来ていた。
昼休みに翔君が倒れた時には本当に驚いた。
お弁当も食べていたし、元気なんだと思ってたのに…
保健の先生に聞くと5、6時間目の間ずっと眠ったまんまだったらしい。
熱もないし、ただの寝不足だろうと言っていた。
その言葉に安心したけれど、体調が良くないなら
外でご飯なんて食べなければ良かったと後悔した。
翔君も言ってくれたら良かったのに…
健やかに眠る翔君のほっぺを見てつねりたくなる。
でもこの調子だといつ目を覚ますか分からない。
先に鞄を取りに行こうかな…と考えを巡らす。
「ん…。」
漏れる声に私は翔君を覗き込んだ。
薄っすらと瞼が持ち上がる。
「翔君?」
「……なんで。」
半分ほど目が開いたところで、翔君がかすれた声で呟く。
目の焦点が合ってないところを見ると、
寝ぼけているのだろうか?
「…なんで…また、あいつなんだ…。」
夢の中のことなんだろうか?
何かに語りかけてる。
「…行くな…行くなよ……。」
ゆっくりと瞼が下がる。
そのとき閉じた目から涙が伝って枕に落ちて驚いた。
「…さえ…。」
私?
突如出た私の名前に翔君の顔を凝視する。
しかしもう寝言は聞こえなかった。
翔君は何事もなかったかのように
規則的な寝息を立てている。
さっきの寝言は何だったんだろう…
しばらく椅子に座ったまま考えたが答えは出ない。
私はとりあえず鞄を取りに行こうと立ち上がった。
ベッド脇のカーテンを開けて出ると保健の先生はいなかった。
会議かなにかかな?
保健室の扉を開けて外に出ると、
廊下にいた浜口さんとぶつかりそうになってしまった。
「わ!ごめんなさい。」
「あ…沼田さん。」
浜口さんは保健室から出てきた私を見て、
険しい顔をしている。
怒ってる…?
彼女の気迫にその場から動けない。
「沼田さん。本郷君のことどう思ってるの?」
「…どうって…友達だよ?」
私の返答が気に入らなかったのか、
浜口さんの眉間の皺が深くなり更に険しい顔になる。
「今やってること友達の域を超えてると思うんだけど!
中学からの友達って肩書きだけで、そこまでする?」
友達の域って何…?
「どう見ても本郷君の事、好きにしか見えない!!」
浜口さんは肩に力を入れて私を睨んでくる。
好きって……何…
私が…?
「やめて。」
私は手に力をこめて、浜口さんを見つめ返すと
自然に口から出た。
「友達だよ。翔君のことは好きだけど、友達としてだよ。
なんで…恋愛感情に結びつけようとするの?」
彼女に罵倒されて、私の中の気持ちがはっきり分かる。
恋なんてしない…あのとき決めたはずだ。
好きとか、好きじゃないとかに振り回されるから
傷ついたりする…
そうなるぐらいなら、ずっと友達でいたい。
「相手の事好きだって感情なんて自然のことでしょ!?
分かってないふりなんてしないでよ!!」
「そんなことしてないよ。」
「嘘だよ!!何で言い切れるの!?
あなたがそんなんじゃ、本郷君が可哀想だよ!!」
「…可哀想って…何?」
「だって本郷君は――――!!」
「ストーップ。」
私の背後で声がした。
浜口さんが私の後ろを見て口をつぐむ。
私が見上げると、そこには翔君が立っていた。
私は目が覚めたことにほっとした。
翔君は私の肩に手を置いてから、
私と浜口さんの間に立った。
「浜口。俺の可哀想発言はないんじゃない?」
翔君は冗談っぽく笑っているのが、後ろ姿から伝わって来る。
浜口さんは気まずそうに「ごめん。」と少し頭を下げた。
翔君は私の方に振り返ると笑った。
「悪いな、紗英。心配かけたろ?
俺、大丈夫だからさ。もう帰ってくれていいよ。」
「え?もしかして部活出るの?」
「ああ。もう平気だし。顔出してくる。」
本当に大丈夫なのかな?
私が疑ってるのを分かってか、
翔君は腕を回して元気アピールした。
「じゃあ、ちょっと浜口とも話あるし行くな。」
言われた浜口さんは驚いていたようだったが、
翔君は浜口さんと連れ立って行ってしまった。
私は見送りながら、
翔君の笑顔がいつもと違う気がして少し気になった。
***
やっぱり少し心配だったので教室に鞄を取りに戻った後、
いつもの場所で座ってグラウンドを見つめていた。
グラウンドには練習に精を出す野球部員の姿がある。
掛け声にボールを打つ音、遠くには監督さんが怒鳴っているのが見えた。
翔君はというと、コーチの先生と話をしていた。
きっとコーチの先生も心配してくださったんだと思った。
でも翔君は頭を下げると、グラウンドに走って出ていく。
…やっぱり練習するんだ…
今日ぐらい休んだらいいのになぁ~…
私は自然にため息が出た。
そういえば浜口さんと何の話だったんだろう?
さっきの口喧嘩で
浜口さんがどれだけ翔君の事が好きか分かった。
私に嫉妬するぐらい翔君のことを想ってる。
友達だって言ってもあんなに食って掛かられるぐらいだ
……すごいなぁ…
この間の麻友もそうだけど、
好きって想った時の力ってすごい。
そのとき昨日の板倉さんの姿を思い出した。
そうだ…板倉さん…
吉田君の事が好きなんだよね…
嘘をついてまで、吉田君を独り占めしたい
その気持ちよく分かる。
私だって中学のときに思ったことだ。
でも…誰かの事を独占したい気持ちなんて
持たない方が良い…
そんな気持ちがあるから、拒絶されたときに傷つくし、
悲しくて立ち直れなくなったりするんだ。
中学の記憶が思い返されて気持ちが落ち込む。
私は恋なんてしないほうがいい…
翔君に対して動くこの気持ちも恋じゃない。
だってまだ吉田君に心が揺れる…
私に笑いかけてくれるその姿があるだけで…
中学の気持ちが蘇ってくる。
この気持ちが恋だったら、
私はまた傷つくことになる。
そうなるのが怖くて私は心に蓋をした。
読んでいただきましてありがとうございます。
次は翔平視点です。




