2-19修復
九月も終わりに差しかかったある日
俺は少しでもまともな俺に変わりたくて、
紗英の家がある辺りをうろついていた。
正確な場所までは知らなかったので、
下校するだろう道をひたすら往復する。
増谷先生に話を聞いてもらった日から、
何度も紗英に会いに行こうと思っていた。
その度に足がすくんでは引き返してしまった。
でも今日こそは、紗英の誤解を解きたかった。
勇気を出せ。
俺は変わるんだ。
少し気合を入れ、前を向いたとき遠くに紗英の姿が見えた。
こっちに向かってくる。
考え事をしているのか地面を見つめている。
もちろん俺には気づいていない。
俺は震えてくる足で一歩を踏み出した。
俺と紗英の間の距離が縮まる。
俺は大きく息を吸い込んだ。
あと少しで目の前に来るというところで、紗英がふと顔を上げた。
俺と目が合う。
紗英は俺を見たはずだった。
しかし、すっと視線を逸らすと俺の横を通り過ぎて行く。
「さっ…紗英!」
俺は自分の勇気を全部絞り出して声を出した。
紗英の足音が止まったのが、背中越しに分かる。
俺は振り返ると続けた。
「俺…紗英にひどい事言って…その…ごめ」
「なんで…?」
紗英は振り返ることなく言った。
俺は言葉を切って、紗英の言葉を待った。
「話したくないんだよね。なんで、声かけるの?」
紗英の言葉が胸に刺さる。
俺は息が浅くなる。心臓の音が妙に大きく聞こえる。
当然だ。
俺が言ったことだ。責任はとらないといけない。
「…そ…そのことで…謝りたくて、…来たんだ…。」
緊張で声が震える。
俺は唾を飲み込むとまっすぐ紗英の背中を見つめる。
「話したくないなんて言って…ごめん。
話したくないなんて嘘なんだ。本当はそう言ってくれて嬉しかった。」
紗英は俺の懺悔を受け入れてくれるだろうか?
こっちを向かない紗英の背中を見つめて、不安ばかりが募る。
「…そう…。分かった。」
紗英の返答を聞いて、俺は期待した。
また紗英と昔のように話ができると…
でも、そんな都合よくいくわけがなかった。
紗英は「わざわざありがとう。」と言うと、
また歩き出してしまった。
俺は慌てて後を追う。
「紗英!」
俺は紗英の前に回り込むと行先を塞ぐように立ち止まった。
紗英の顔が見えた。
紗英は今にも泣きそうな顔をしていた。
「紗英…」
「吉田君はずるいよね。…謝って…なかった事にしろってことでしょ?」
「ち…ちがう!!」
俺は何と言おうか頭の中で必死に考えた。
紗英に許されたかったのは事実だ。
でも、謝る以外にどんな方法があるんだ。
紗英にこんな顔をさせたかったわけじゃないのに…
「もういいよ…。」
紗英は言葉の出てこない俺を避けて歩き出す。
このままじゃ関係を悪化させただけだ。
俺は紗英の背中に向かって叫んだ。
「明日また来る!!」
紗英の背中がどんどん小さくなっていく。
俺はそれをずっと見送っていた。
***
俺は紗英に会った後の帰り道、
どう謝ればいいのか考えていた。
紗英とまっすぐに話がしたい。
俺の話を聞いてほしい。
どうすればいいんだ…
「わ、なんか懐かしい顔してんなぁ~。」
突然前から声がして、顔を上げる。
そこには中学からの同級生、山本竜也が立っていた。
片手を上げて爽やかに「よ!」と笑っている。
こいつだけは以前と変わらず俺に接してくる。
そういう意味では俺の色んな事を知られていて厄介だ。
「お前、ちょっと柔らかくなったんじゃねぇ?」
竜也は俺の横に来ると、一本指で俺の頬をグリグリと突いてくる。
俺はそれを手で振り払うと竜也を睨んだ。
「いつも絡むんじゃねぇよ!なんなんだよ!」
「やっぱり、ちょっと昔に戻ってんな…竜聖。」
竜也は眩しそうに目を細めて俺を見てくる。
俺は何かを見透かされてるようで、気恥ずかしかった。
昔って…何なんだよ。
「今日は取り巻き一緒じゃないのか?」
竜也は俺の周りをキョロキョロし出した。
俺はふぅと一息つくと答えた。
「今日は人に会う予定があったから…でも、
そんなにいつも一緒にいるわけじゃねぇよ。」
俺の言葉に何か引っかかったのか、
竜也は俺の顔をじっと見て黙った。
「何だよ。」
「いや…本当に気づいてないのかなと思ってさ。」
竜也は真剣な顔を崩すとあきれたような、バカにしたような
そんな顔になった。
少なくとも褒められてはいないことに、腹が立つ。
「お前…自分がトップだってこと忘れんなよ?
お前が一緒にいる気がなくても、向こうは違うんだからさ。」
俺の立場のこと言ってんのか?
そりゃあ、俺の周りにはやばそうなのたくさんいるけど…
俺がいなくたって、そんな変わらねぇだろ~…
「ちゃんと取り巻き連中の事見とけよってことさ。」
仕方ねぇなあという表情で竜也が俺を見てくる。
俺はとりあえず頷いた。
それに満足したのか「そんだけだ。じゃーな。」
と手を挙げて行ってしまった。
ここで増谷先生の言葉が耳に響いた。
『また悩んだら、また誰かに相談すればいい。』
俺は竜也が行ってしまってから、
紗英の事を相談すれば良かったと後悔した。
竜聖がやっと動きました。
少しずつですが関係が変わってきます。




