2-18コーチ
今日は紗英にお願いしていた
野球部のコーチに会う日だ。
私は自室で姿鏡を見ながら服選びに奮闘していた。
少し女の子っぽいレースのついたキャミソールにするか…
でもあんまり着飾ったら変だよね…
練習に見学に行くだけなのに。
「姉ちゃん!!」
弟が私の部屋のドアを無断で開け放った。
私は咄嗟に持っていたキャミソールを投げ捨てた。
「な、なに!?」
私は焦って顔が硬直する。
弟は気づいてないようで、ズカズカと部屋に入って来る。
「蛍が俺のゲーム機勝手に使って離さないんだよ!
何とかしてよー!」
私には弟が二人いる。
文句言っているこいつが長男で小6の柊司。
その二つ下の小4の蛍太がゲームを独り占めしているようだ。
私はため息をつくと、柊司の背を押して部屋から追い出した。
「自分でなんとかして!私は今忙しいの!!」
ドアを閉めると開けられないようにドアの前に本を積み上げた。
閉めたドアの向こうから柊司の罵声が聞こえてくる。
いつまでたっても世話のかかる弟達だ。
私は一息つくと、時計を見た。
もうすぐ十時になろうとしている。
「やばっ!!」
紗英との約束は十時だった。
私は転がっている服をかき集めて、適当に選ぶと着替えた。
そのあと積み上げた本を横にどかして、部屋を出ると
母に「行ってくる。」と言い残して家を飛び出した。
待ち合わせ場所は駅前広場だ。
私は全速力で走った。
まだ残暑が厳しく、汗が流れ落ちる。
駅に着くと紗英が改札前にいるのを見つけて、駆け寄った。
「ごめん!紗英!!」
紗英は私を見ると少し驚いた顔をしていた。
「麻友。今日何だか可愛いね。」
私はさっき咄嗟に取ったレースのキャミソールにカーキ色の短パン姿。
いつもポニーテールにしている髪は頭のてっぺんでお団子にしていた。
対する紗英は普通のTシャツに私と同じようなピンク色の短パン。
頭には野球帽をかぶっていた。
紗英が野球帽なんて珍しいなと思って見ていたら、紗英が笑った。
「じゃ、行こっか。」
紗英は背を向けて改札をくぐった。
私は慌てて後を追いかける。
***
私たちは西城高校の最寄駅に着くと、
コンビニでスポーツドリンクを買った。
結構な量を半分ずつ持つことにした。
西城へ向かう道中、
私の心臓はだんだん速くなってきていた。
そんな緊張した私を見兼ねて、紗英が話しかけてきた。
「麻友はどこでコーチの先生に会ったの?」
私はお盆休みのときの事を思い出した。
大きな体、優しげな笑顔。
今思い出しても、顔が熱くなる。
「紗英たちと遊びに行った帰り…階段落ちかけたのを
助けてもらったんだ。そのときに…名前聞けなくて…。」
私は鞄から野球で使うグローブを取り出した。
グローブの手を入れる所を見ると、
見えにくい位置にだが西城高校と刺繍されている。
これを見つけたときには運命だと思った。
慌てて紗英に電話したのを覚えている。
「すごい…ドラマみたいだね。」
紗英は目を真ん丸にして、私を見つめる。
私はそんな紗英を見て笑った。
もうすぐ会える
私の事覚えてくれているだろうか?
私ははやる気持ちと少し不安な気持ちの狭間だった。
勇気を出そうとまっすぐ前を見ると
西城高校の校門が見えてきた。
野球部の練習する音が聞こえてくる。
掛け声にボールがバットに当たる金属音。
校門をくぐるとグラウンドが左に見える。
野球部員が必死にボールにくらいついている。
ユニフォームは土塗れだ。
そんな部員と正反対の場所にサングラスをかけた偉そうな先生。
おそらく監督と監督の横に会いたかったその人がいた。
心臓の鼓動が速い…ドキドキする。
いつかの夏凛の言葉がふと頭をよぎった。
『恋ってこんなにしんどいものなの?』
今なら夏凛の気持ちが痛いほどよく分かる。
私と紗英はグラウンドのフェンスの前まで来ると
入り口でお辞儀をして中に入った。
紗英が監督の方へ走っていく。
持っていたスポーツドリンクを渡そうとしている。
でも監督は受け取らず、紗英の横を通り過ぎてグラウンドに出て行った。
紗英の袋を受け取ったのはあの人だった。
紗英は私を振り返って、手で私を呼ぶ。
私は緊張して、息が浅くなっていた。
大きく息を吸い込んで気合を入れると、
紗英の横まで走った。
「麻友。こちらがここの野球部のコーチの先生。」
「君…。」
夏休みに会ったときと変わらない背が高くて、大きな体格。
優しげな表情。
コーチの先生は私を見て驚いていた。
私はドリンクの袋を置くと、鞄からグローブを取り出して
差し出した。
「先日はありがとうございました。
これ、お返ししに来ました。」
コーチの先生はそれを受け取ると、柔らかく笑った。
「まさか本当に見つかるとは。」
まいったなぁというように頭を掻く。
紗英は気をきかしてくれたのか、
私とコーチの先生から距離をあけて
離れたところにもたれかかっている。
だんだん頬が熱を帯びてくる。
「…名前、教えてください。」
「そうだね。僕は服部誠一郎。ここ西城高校野球部のコーチだ。
体育教師でもあるけどね。」
「私は安藤麻友です。今日一緒に来た沼田紗英とは親友で
この野球部にいる本郷翔平君とは中学の同級生です。」
「そうか…そういうつながりだったんだね。」
自己紹介を終えると私は嬉しくて自然に笑顔になる。
服部先生はそんな私を見て優しく微笑む。
それを見て私は今日心に決めてきたことを、口に出した。
「あの…単刀直入に言います。
私…あなたに一目ぼれしてしまったみたいなんです!」
服部先生は驚いて私を真ん丸な目で見てくる。
こういう所が紗英に似てるなと思った。
「私、こんな気持ち初めてで…どうすればいいのか分からないし。
はっきり言うべきだと思ったんです!」
服部先生はふっと息を吐き出して笑うと
「若いなー」と呟いた。
そのあと私をまっすぐ見つめてきてドクンと心臓が跳ねる。
「僕、教師だよ?君より十以上年も離れてるけど、
それでもいいのかな?」
私はまっすぐ見て思い切り頷いた。
それを見てまた笑われる。
「う~ん…君みたいな子は嫌いじゃないんだけど…
高校生だからなぁー…。」
そうだ私はまだ法律的には子供だし、
大人とは付き合えないのかもしれない。
そこまで考えが及んでいなかった事に今気づいた。
でも服部先生は何でもないように笑うと言った。
「ま、とりあえず友達になろっか。君が高校を卒業するまでの間に
僕に君を好きだと言わせることができたら、彼女にしてあげる。」
「は…はい!!」
服部先生に気持ちを受け止めてもらえたのが
すごく嬉しかった。
気持ちが躍る。
私の告白のすべては紗英をはじめ野球部員の皆、監督にまで見られていて
後でものすごい恥ずかしい思いをしたんだけど。
このときは服部先生しか目に入らないぐらい
幸せな気持ちでいっぱいだった。
麻友の話でした。
まさかコーチがこんなに出てくるとは、出した時点では思ってませんでした…。




