番外編15 新しい恋:芹沢夏凛
紗英の親友、冷静担当夏凛視点です。
6月の梅雨の晴れ間の日、紗英と吉田君の結婚式が執り行われた。
紗英は本当に幸せそうで、見てるこっちまで幸せな気持ちになるようだった。
吉田君も同じように幸せそうな顔で紗英に見惚れていたけど、何やら桐谷家のお父さんかな?と激しく言い争っている場面もしばしば目にした。
紗英は本当に悲しいぐらい一途でまっすぐ吉田君を追いかけていたから、こうなって本当に良かったと思ってる。
吉田君には紗英を誰よりも大事にして、誰よりも幸せにしてあげてほしい。
私はウェディングパーティーの開かれている天気の良い庭を歩き回りながら、綺麗な色をしたカクテルをテーブルから手にとると、じっと立ち尽くしたまま紗英と吉田君を見つめる男性が目に入った。
あのメガネの頭の賢そうな人は…確か吉田君の義理の弟さん?
私はあまりにも真剣な目で二人を見つめる横顔が気になってしまって、そろっと近づきながら様子を見つめた。
弟さんは吉田君というよりは紗英をじっと見てる気がして、私は見つめてる表情と真剣な瞳にある想像を組み立てた。
「あのー…、これ飲みますか?」
私はとりあえず話のとっかかりを掴もうと、手に持っていたカクテルを弟さんに差し出した。
すると弟さんはちらっと私を一瞥しただけで「結構です。」と軽く頭を下げてしまって、私はその誰も寄せつけさせようとしない姿にイラッとした。
まるで絵を描くのに没頭してた元カレ、直樹のようだ。
「あの!!結婚式っていう幸せな場所で、そんな辛気臭そうな顔はないと思いますけど!!」
「は?…辛気臭そうって…。」
「そう見えます!物欲しそうな目で紗英のことじっと見てた!!」
「なっ!?!?何言って…!!!」
ここで式の最中もずっとポーカーフェイスだった弟さんの表情が崩れた。
耳まで真っ赤になって、紗英への気持ちを恥ずかしげもなく表情に出す。
「好きな相手が結婚しちゃうのは悲しいかもしれないですけど、それを式場まで持ち込むのは―――。」
「ちょっとあんた黙れ!!」
私が怒りに任せてベラベラしゃべると、弟さんは手で私の口を塞いできて、そのまま私を人気のない店の中へ連行していく。
そして誰にも話を聞かれないだろうエントランスホールまで来ると、弟さんは怒ったように声を荒げた。
「あんたデリカシーってもんがねぇのか!?人の心に土足で踏み込んできやがって!!」
「デリカシーって言いますけど、あんな顔で一人で突っ立っていたら私以外にも気持ち気づかれると思うんですけど。」
「んなわけねぇだろ!?」
「現に私は気づいたんですけど?」
私が語気を強めて上から目線で言うと、弟さんはグッと口を噤んで私から目を逸らした。
そんな姿が小さい子供のようで、私は自分よりも頭の良さそうな人間を言いくるめられた事に優越感を感じる。
すると弟さんがはーっと長いため息をついてから、私に目を戻してきた。
「あんた、兄貴の結婚相手とどういう関係?」
「私は小さい頃からの紗英の親友よ。」
「へぇ。じゃあ、兄貴との馴れ初めも全部知ってんだ?」
「まぁ、大体はね。」
「ふ~ん。あの二人って昔からあんなんなのか?」
弟さんは余程紗英と吉田君に興味があるのかポンポンと質問してきて、私は恋心に傷をつけないかと気になったけど聞かれた以上答える。
「吉田君に関しては詳しくないけど、紗英は昔っからあんな感じ。吉田君一筋、一直線。もう見てるこっちが羨ましいぐらい。」
私は紗英のように誰かを一途に想い続けたことはないな…と元カレの顔を思い返した。
「ふ~ん。あんた、あの人と違って彼氏いないんだ?」
弟さんが私の何を見てそう判断したのか不躾な質問をしてきて、私は苛立って弟さんを睨んだ。
「だったら何?報われない片思いしてるよりはマシだと思うけど。」
「はぁ?自分の恋愛が上手くいってないからって、俺に絡むなよな!!」
「上手くいってないとかどうしてあなたに分かるのよ!?大体絡みたくなるような言い方したのはそっちでしょ!!」
「そんなの見れば分かるっつーの!!大体、赤の他人の俺に話しかけて、片思いとか言ってくる時点で、人の恋愛に同情して優越感に浸りたかっただけだろ!?自分が上手くいってないからって、せこい女!!」
初対面の年下だろう男の子にバッサリと痛い所を両断されて、私は自分がすごく恥ずかしい行いをしたことに気づいた。
弟さんの言う通りだ。
私は今もたびたび思い出す元カレの顔を思い浮かべながら、自分が思うよりも直樹の事を忘れていない現実に手で顔を隠した。
直樹と出会ったのは高校のとき。
授業でペアを組んだのがきっかけだった。
真剣に絵を描く横顔を好きになった。
無口で言葉数は少なかったけど、優しくて、一緒にいると空気が和んで…本当に大好きだった。
それなのに、あんな形で終わってしまうなんて…
就活で忙しくなった頃から、直樹とは少し距離を感じるようになった。
私はただ忙しくて疲れてるだけだと深く考えなくて、落ち着けば元に戻ると思っていた。
だってもう4年ぐらい付き合っていて、一緒にいるってことが自然だったから。
でも、就活が終わっても空いてしまった距離は埋まらなかった。
私は何とかしようと連絡をとったり、会いに行ったりしたけど、以前のように幸せな気持ちにならなかった。
それが悲しくて、私は頑張る事を諦めてしまった。
だから別れるという結果になってしまったんだと思う。
直樹のことは本当に好きだった。
でも私からの一方通行では上手くいかない。
両想いだったはずなのに、片思いに戻ってしまった。
私は紗英に片思いしてる弟さんと同じなんだ。
そう自分の気持ちと向き合うと、自然と頬を涙が伝って両手で顔を覆った。
「お、おい。何、泣いてんだよ…。もしかして、俺言い過ぎた…か?」
前から焦ってる弟さんの声が聞こえてきて、私は涙を拭いながら首を軽く横に振った。
「ごめん。違う…。これは自分が情けなくて…。あなたには関係ない…気にしないで。」
直樹と別れたときも泣かなかったのに、なんで今…
私は止まりそうにない涙を拭っていると、頭に重みを感じて涙目のままで顔を上げた。
すると弟さんが遠慮がちに私の頭を撫でていて、息が止まるほど驚いた。
「ごめん…。きっと、あんたにも色々あったんだよな。」
弟さんが固い笑顔を向けてきて、私は女の子に慣れてないだろう無骨な手の動きに笑ってしまった。
「っふ…あはははっ!」
「は!?なんで笑ってんだよ!!」
「あははっ!ごめんっ…、なんだか可愛くて…。」
「あぁ!?可愛い!?んなこと男が言われて喜ぶとでも―――」
私はまた怒り顔に戻ってしまった弟さんの優しさに今は甘えたくなって、怒った声を遮るように弟さんの胸に身を寄せた。
弟さんがピキンと緊張したのが空気で伝わってきて、また笑いそうになったけど堪えた。
「ちょっとだけ、胸貸して?」
「あ、え…あ…、べ…別に…いいけど…。」
弟さんはかなり戸惑ってるのか言葉に詰まりながら微動だにしなくなった。
私は他人の温かさに触れて、今まで向き合ってこなかった現実を受け止めようと直樹の顔を思い浮かべた。
直樹、本当に大好きだったよ
一緒にいる時間が一瞬に感じるぐらい、楽しかったし大事だった
笑い合ってる時間がすごく幸せだった
もうあの時間が戻らないのはとても悲しいけど、でも直樹と過ごした時間があったから、私も前を向いて生きていける
これからの未来、お互いが幸せになれる道だといいな…
私は心の中でしっかり直樹とバイバイすると、大きく息を吸いこんでから離れた。
そして顔を上げると弟さんが真っ赤になっていて、私は女性慣れしてない素直すぎる姿にまた笑ってしまった。
弟さんはまた怒っていたけど、さっきまでと言葉遣いが優しかったのは気のせいじゃないといいな
私は新しい恋が生まれそうな予感を感じていて、でもまだ種のように小さかったので、今はこの時間を楽しむことにしたのだった。
番外編、最終話です。
夏凛も幸せになってほしくて、この話を最後にしました。
長い間、読んでいただきましてありがとうございました。
初めて書いた小説だったので、こうして終わらせることができてホッとしています。
まだまだ紗英たちの話を書きたい気持ちもありますが、キリがなくなりそうなのでここでおしまいにします…(笑)
また他の作品の話にもお目通しいただければと思います。
本当に、本当にありがとうございました!!




