番外編14 俺の先生:川島一真
紗英の教え子、元野球部の川島君視点です。
俺は新美浜高校三年の川島一真。
元野球部の4番だ。
俺は受験を無事に終え、この4月から野球部のある近くの大学にいく事になっている。
高校生活も残りわずかで、明後日には卒業式を待つばかりだ。
そんな俺は卒業式の予行のためだけに学校に来ては、ある人をずっと目で追っていた。
その人とは俺の学校の音楽の先生である沼田先生だ。
俺は沼田先生を初めて見たときから、沼田先生の事が好きだった。
*
沼田先生は最初の授業のときに緊張からか足を滑らせて転んでしまって、その瞬間…俺は恋に落ちた。
照れて赤くなった顔とドジな姿に心臓を持っていかれた。
今まで女子に告白されてドキドキしたときもあったけど、この衝撃は初めてだった。
それだけに俺は珍しく自分から沼田先生に対して行動を起こしていた。
試合を見に来てもらったり、一緒に帰ろうと声をかけてみたりと自分では頑張ったと思う。
俺は同級生からモテていたし、少なからず好かれてる自信もあった。
だけど、沼田先生の彼氏を見た瞬間に俺の自信は崩れ去った。
自分が物凄く子供に見えるぐらいの存在感。
人目を引くというのは、この人にこそふさわしい言葉だと思うくらい男の俺でも惹きつけられた。
堂々とした出で立ちで、『紗英』と名前で呼ぶ低い声に俺は完敗だった。
その人から向けられる敵意のある視線で、沼田先生の事を本当に想っている事が伝わってきた。
だからこそ、自分の気持ちを押し殺して逃げるように家へ帰ってきた。
その夜は、悔しさで眠れなかったのを覚えている。
沼田先生は大人だ。
彼氏ぐらいいてもおかしくない。
あんなにカッコいい彼氏なら…俺なんか眼中にもないだろう。
どうしてあと5年早く先生に出会わなかったんだろう…。
俺は生徒として毎日先生に会える現状に甘えていた。
だから先生がもう誰かのものだなんて考えたこともなかった。
俺は本当にバカだ。
それから俺は報われないこの気持ちが苦しくて仕方なくて、毎日悶々と過ごしていた。
だから俺の恋心を唯一知っている友人の岳にその事を打ち明けた。
すると思いっきりバカにされた。
「お前さ、好きだって言ってる割には沼田先生の事、何も知らねぇのな?」
痛い事を言われたと思った。
俺は話しかけるのだけで精いっぱいで、プライベートな話をふるなんて事はできない。
だって話してるだけで、顔が熱くなってきて沼田先生の顔も見られないんだから…
俺は自分がこんなにヘタレな事を、沼田先生を好きになって初めて気づいた。
俺はそれから沼田先生を遠くから見てるだけの日が続いている。
授業のときも、授業内容そっちのけで沼田先生ばかり見つめてしまう。
だから笑いかけられたりしたら、俺は心臓が飛び上がるぐらい嬉しくなって顔がニヤけてしまう。
我ながらこんな状態で良いのかと思うが、彼氏がいる以上何もできない。
それこそ年も5つ離れてるんだ。
高校生のガキなんて先生が相手にしてくれるなんて思ってない。
だから、俺はこの恋心を隠し続ける事にしたんだ。
「一真!何ぼけーっとしてんの!?」
俺が予行練習も終わったにも関わらず椅子に座ったままぼーっとしていると、同じクラスの栗原小梢に声をかけられた。
俺は視線を沼田先生から栗原に移すと、栗原の不機嫌そうな顔が目に入って沼田先生とは違う子供っぽい姿にため息が出た。
「俺のことはほっとけよ。口出しばっかしてくんな。」
「何それ!?人が親切で言ってあげてるのに!!」
栗原は怒ったのか顔を真っ赤にさせるとムスッとして大股で歩いていく。
俺はそんな背中を見てまたため息が出ると、椅子から腰を上げて出口に向かった。
するとそんな俺の背をポンと誰かに叩かれて振り返ると、沼田先生が笑顔で俺を見ていて驚いた。
「どうしたの?元気ないね。栗原さんとケンカしちゃった?」
「ちっ!違います!!あいつとはそんなんじゃないんで!!落ち込んでるのも別の理由で!!」
俺は栗原との関係を疑われたと思って咄嗟に言い訳を並べ立てたのだが、沼田先生はふっと笑って目を細めた。
「そんなんじゃないんだ?なんか若いっていいねぇ~。」
沼田先生は明らかに俺が恥ずかしくて隠したと思ってるようで、俺は何とか誤解を解こうと固い頭を捻った。
でも、ただ横に並んで沼田先生と歩いてるだけで俺の心臓は忙しなく動いていて、頭を上手く働かせてくれない。
こんな自分が情けなくて熱くなる顔を隠したくなっていると、前から助け人が現れた。
「一真!お前、おっせーよ!何やってんだって…沼田先生?」
俺を迎えに来たのか親友の浜北岳が俺と沼田先生を交互に見て目を瞬かせた。
岳は俺の恋心を知ってるだけに邪魔をしたと思ったのか、気まずそうな表情を浮かべると俺の顔色を窺ってきた。
俺は今は来てくれて助かったと雰囲気で岳に伝える。
「浜北君。なんだか川島君が元気ないみたいなの。話聞いてあげてね。」
沼田先生は岳にそう言うと、俺たちに手を振って早足で職員室へと向かっていってしまった。
俺はその姿をじっと見つめて、もう少し一緒にいたかった思いを燻らせた。
そんな俺に気づいたのか岳が俺の肩をポンと叩くと、言った。
「悪い。邪魔したな。」
「いや…来てくれて助かったんだけどさ…。」
俺は沼田先生と一緒にいても上手く話のできない自分に嫌気が差した。
気持ちだけはどんどん大きく募る。
でも、先生に意識してもらえるような行動が俺にはできない。
俺は先生に会えるのもあと少しなのに…と思うと、目の奥が熱くなってきた。
すると岳が急に俺の背中をドンと大きく叩いた。
俺が驚いて岳を見つめると、岳は笑顔を浮かべて言った。
「何落ち込んでんだよ!!らしくねーぞ!試合で負けてても最後まで諦めねぇのがお前だろ!!」
「岳…。でも、これは試合とは違うしさ…。」
俺が教師と生徒という隔たりに気持ちを落としていると、岳がまた背中をバシンと叩いた。
「お前のことだから色々考えてるんだろうけど。俺らはもうすぐ高校生じゃなくなるんだぜ?これってお前にとったら良い事じゃねぇの!?」
「良い事…?」
俺は岳の言う意味が分からなくて首を傾げると、岳は偉そうに腰に手を当ててふんぞり返った。
「お前と沼田先生はただの男と女になるって事だよ。教師と生徒じゃない。対等だ!!だから、思う存分やりたいようにやれよ。」
岳の言葉に俺は今までごちゃごちゃ考えていた事が晴れるようだった。
ただの男と女…
俺は会えなくなることばかりに気をとられていたけど、よく考えてみれば会いたければ会いにくればいいんだという結論に至る。
俺は気分が良くなって岳に笑顔を見せると、無性に沼田先生と話したくなってきて岳に告げた。
「俺、沼田先生と話してくる!!シゲ先には適当に言っといて!!」
俺はそれだけ言うと、職員室に向かって走った。
シゲ先とは担任の茂下のことだ。
野球部の顧問でもあるから、俺らの間ではシゲ先と呼んでいた。
本人の前ではとても言えないけど。
岳は「頑張れよー。」とだけ言って手を振ってくれて、良い親友を持ったと俺は足を速めた。
俺は職員室に来ると素早くノックして中に飛び込んだ。
「失礼します!!沼田先生お願いします!!」
俺が飛び込んで大声を上げたことで、職員室にいた先生たちの視線が集まる。
でも肝心の沼田先生はいなくて、中を見回すと野上先生が俺の前にやってきた。
「沼田先生ならさっき出ていったけど?何か用事だった?」
俺は女子の間で噂になっている野上先生の緩んだ顔を見て、野上先生も沼田先生狙いかと疑った。
よく一緒にいるし、何より沼田先生が野上先生の前だとよく笑っている。
俺にはそれができないだけに、野上先生はライバルだと思っていた。
その思いを外に出さないように野上先生を見つめ返すと、「自分で言いたいんで。」と言ってから頭を下げて職員室を後にした。
野上先生は不思議そうな顔をしていたけど、俺にとったら沼田先生以外はどうでも良い。
そしてどこに行ったんだろうと廊下を歩きながら考えていると、微かにピアノの音が聞こえてきて音楽室だと思った。
音楽室に向かって走りながら、以前もこうやってピアノの音を聞いて沼田先生に会いにいった事を思い出した。
あのときは沼田先生に会いたい一心で体が勝手に動いて、試合を見に来てもらう約束を取り付けた。
今度も沼田先生と何かしら約束したいと思いながら、階段を駆け上がって音楽室の扉を開け放った。
俺が息を荒げてピアノに目を向けると、ピアノの音が止まって沼田先生が驚いた表情で俺を見た。
「川島君?」
沼田先生はピアノの椅子から立ち上がって俺の前まで来ると、息の荒い俺を不思議そうに見つめてくる。
俺は目が合ってる事に自然と頬が熱くなるけど、今回は目を逸らさずに伝えようと口を開いた。
「先生。俺が卒業しても、俺と会ってくれますか?」
先生は何度か目を瞬かせると、優しい笑顔を浮かべて頷いた。
「うん。いいよ。いつでも学校に遊びにきて。」
先生はあくまで生徒として会いに来ると思ってるようで、俺はそれを否定しようとなけなしの勇気を振り絞った。
「―――っ、違うんです。そういう意味じゃなくて……。」
俺は心臓がバクバクしてきて、このまま気持ちを伝えるべきか迷いが生じた。
先生に男として意識もしてもらえてない今の状況では勝算は0だ。
俺は負け戦はしたくなかったので、軽くぼかして告げた。
「大学生になった俺と、学校の外で会ってください。」
「……え…?」
沼田先生が笑顔を消して目を見開いて固まるのが見える。
俺の気持ちが伝わったかもしれないけど、ハッキリ言葉にするのはやめて意識だけしてもらおうと追い討ちをかける。
「あと二日で俺は先生の生徒じゃなくなる。ただの18の男です。先生だってただの23の女になる。だから、学校の外で会ったって全然おかしくない。そうですよね?」
「……そりゃ…そうかな…??」
先生は混乱しているのか目を泳がせながら首を傾げた。
俺はだんだん先生が一人の女性に見えてきて、少し自分に自信が戻ってくる。
「俺は卒業しても先生と会いたい。だから、連絡がとれるようにケータイの番号教えてください。」
「え…!?会いたいって…番号って……。えぇ!?」
沼田先生の顔が真っ赤になるのが見えて、俺は見込み0じゃないと感じて嬉しくなった。
ここからが俺のスタートラインだ。
俺は一瞬沼田先生の彼氏の堂々とした姿が脳裏に過ったけれど、俺だって負けてないと大きく胸を張った。
でもこの後沼田先生の口から聞く、変えようのない事実に俺は打ちのめされることになる。
『夏に結婚するんだ』
俺は頭に大きな岩が落ちてきたぐらいの衝撃を受け、立ったまま気を失った。
彼の話はちゃんと書いてあげないといけないと思い書きました。
初恋とは実らないものです。
今後これをバネに幸せになって欲しいですね(笑)




