番外編12 謝罪:服部 麻友
紗英の親友:麻友視点です。
今、私の目の前にはムカつく程人目を引く容姿をした男が座っている。
そして隣には大親友の芹沢夏凛。
場所は地元の駅前の喫茶店。
私は腕と足を組んで、そのムカつく程整った顔の男を睨みつけた。
「………。」
「………。」
しばらくの沈黙が流れ、先にその沈黙に耐えかねた目の前の男、吉田、いや桐谷竜聖が口を開いた。
「あ、あのさ…。紗英から色々話は聞いてると思うんだけどさ…。」
「聞いてるわよ。紗英と結婚するんだって?」
私がイラッとしながら返すと、桐谷(私にとったら吉田の方が言いやすいんだけど。)が緊張感から解放されたのか嬉しそうに表情を緩める。
「そう!そうなんだ!この間、紗英の実家にも行って、挨拶してきてさ。俺の方もそれで何とか説得できそうだから…。」
「だから、何!?私と夏凛に何の用なわけ!?」
私は散々紗英を振り回してきたこいつの事を、許したわけではなかったので敵意剥き出しで尋ねた。
こいつは高校のときから、変な行動をし過ぎだ。
紗英と仲直りしたときだって、私の事情も考えず買い物に付き合わされた。
今日だって、急に鴫原とかいうやたら丁寧な口調の奴が会いに来て、こいつと会ってくれないかって頼まれて、仕方なく来ただけだし。
っていうか、私らと会いたいなら他人使うなって話よ!!
まぁ、直であいつが来ても追い返しただろうけど!!
「えっと、用っていうか…。安藤と芹沢にはちゃんと話をしなくちゃと思っててさ…。それで来てもらったんだ。悪い…。」
吉田は私が苛立ってることを察しているのか、シュンとして謝ってきて、私は自分が悪者になった気分で口を噤んだ。
これだからイケメンはずるい!!
私は周囲の女子から注目されてるのもあって、怒鳴れなくてフラストレーションだけが溜まっていく。
すると今まで黙っていた夏凛がテーブルに乗り出して口を開いた。
「吉田君。謝らなくてもいいよ。話がしたかっただけなんでしょ?なら、話を聞くよ。」
夏凛は落ち着いた口調で俯いていた吉田を宥めた。
私は自分と違って大人な対応をしている夏凛を見て、心底尊敬した。
こういう所を見ると、私も紗英も大人になったけど、夏凛が一番大人になったって感じがする。
しっかり自分の夢を叶えて大変な職場で働いてて、自立してるからかもしれない。
私も紗英もなんだかんだ誰かに頼ってしまう面があるから、余計に夏凛の逞しさが目につく。
吉田は夏凛の言葉に背を押されたのか、顔を上げると話し始めた。
「俺…記憶戻ってから、紗英の親友である二人にはきっちり話をしなきゃいけないと思ってたんだ。今まで…その…、色々心配とか迷惑…かけてきただろうし…。」
吉田は私たちの顔色を窺うように見てきて、私は「その通りだ!!」と突っ込みたかったけど抑えた。
「うん。紗英のことは、ずっと心配してきた。だって、吉田君がいなくなってもずっと待ち続けるから。悲しみに押しつぶされそうな紗英は見てられなかったよ。」
「……うん。だよな…。」
夏凛が正直に本音を打ち明けて、吉田はギュッと眉間に皺を寄せて視線を下げた。
私は夏凛と同じ気持ちだったので、口は挟まないようにして二人のやり取りを見守る。
「でも、吉田君と再会して付き合ってるって嬉しそうに報告してくれた紗英を知ってるから、今更過去のことを問い詰めようなんて思ってないよ。」
夏凛がスッパリと言い切って、吉田が目を丸くさせて顔を上げた。
「もし、私たちに謝りたいとか思ってるなら、それは必要ないから。吉田君はこれから紗英を幸せにしてくれるだけでいいの。」
「で、でも。それじゃ、俺の気が済まないっていうか…。」
「いいんだって。吉田君だって記憶を失くして、向こうで辛い思いもしてきたんでしょ?それを蒸し返して責めるほど、私たちが吉田君に対して怒ってるように見える?」
夏凛の言葉に吉田の目が私に向いた。
その視線に夏凛よりも私の機嫌を窺ってると感じて、私は閉じていた口を開いた。
「私は正直、あんたに対して言ってやりたい事、山ほどある。別れて紗英を泣かしたことも近くで見てたからね。」
私は吉田の家に乗り込んだときの事を思い返して、今にも殴ってやろうかと思った。
でもそれを堪えて、紗英の嬉しそうな顔だけを思い浮かべる。
「でも、それと同じくらい紗英の笑顔の先にあんたがいるのも知ってる。だから、私も夏凛と一緒。今さらとやかく責めようなんて思ってない。」
「……安藤…。ありがとな。」
吉田は数々の女子を落としてきたであろう笑顔を私たちに向けて、私は誠一郎さんがいるにも関わらずドキッとしてしまった。
だからそれを振り払おうと、吉田を指さすとケンカ腰で言った。
「私はもう安藤じゃないの!服部だってば!!本郷君といい、しっかりしてよね!?」
「あぁ、結婚したんだってな。翔平の高校のコーチなんだろ?すげーよなぁ~。安藤の執念深さ見た感じだよ。」
「服部だって言ってるでしょ!?執念深さって何よ!!そこは愛の深さでしょ!?」
私はケラケラと楽しそうに笑う吉田に食って掛かった。
吉田がこんな顔をして笑うのなんて、紗英と付き合っていた高校以来久しぶりに見て、少し泣きそうになってしまったからだ。
それは夏凛も同じなのか少し眉間に力を入れてグッと込み上げるものを堪えていて、でも嬉しそうに微笑んでいた。
「悪い、悪い。まさか安…じゃない、服部が一番に結婚してるとは思わねーだろ?」
「うっさいわね!!私だって、自分で自分にビックリしてるわよ!!」
「ははっ!本音!!っつーか、プロポーズだけだったら俺らが一番だけどな~。」
「は!?プロポーズって…何の話してんの!?」
私は話がぴょんっとあらぬ方向へ飛んだことにビックリして吉田を凝視した。
吉田はニヤッと意味深に笑うと、照れてるのか口元を隠しながら打ち明けた。
「俺、事故にあった日。紗英にプロポーズしてたんだよな。」
「はぁ!?事故にあった日って…高3のときの話!?」
「あぁ。そうだけど?」
はぁぁぁぁぁ!?!?!?
私は紗英からはそんな話は聞いていなかったので目を剥いて固まった。
夏凛も同じでかなり驚いたのか、口をぽかんと開けて吉田を見つめている。
吉田は一人「照れるなー。」と言いながら後ろ頭を掻いていて、私は紗英がこいつを待ち続けた理由をやっと理解した。
そういうこと…
道理で紗英がこいつのことを4年もの長い間待ち続けられた訳だ…
そりゃプロポーズされてたら、あれだけ信じたくなるよねぇ~…
私は内緒にしてた紗英をしばいてやる!!と決めて、にやけまくった吉田を睨んだ。
すると吉田が急にニヤけた表情から真剣なものへ切り替えてきて、急にテーブルへ身を乗り出した。
「あ、そうだ。二人は竜也のこと知ってるよな?」
「竜也って…山本君のこと?」
「そう!!山本竜也!!」
私は山本君と聞いて、大学時代の彼を思い返した。
山本君は紗英と仲良くなってから、私たちとも顔見知り程度にはなったけど…
それが何だと言うんだろう?
「知ってたら何なの?」
私が山本君の何が知りたいのかと尋ねると、吉田は更にテーブルに乗り出して私たちに顔を近づけると内緒話のように声を潜めた。
「あいつ、大学のとき紗英とどんな感じだった?」
「はぁ?」
私は意味が分からなくて素っ頓狂な声を出した。
横で夏凛も首を傾げながら、口を開く。
「吉田君。紗英と山本君の何が知りたいの?」
夏凛の問いに吉田は姿勢を元に戻すと、口をもごもごとさせてから言いにくそうに口にした。
「紗英…。大学のとき…竜也の事が好きだった時期があったみたいで…。」
「あー!!あれ、やっぱりそうだったんだ!!」
「あー…、そんなこともあったねぇ~。」
私と夏凛は大学のときの仲の良い二人を知っていたので、吉田から聞く話にそうだったのかと納得した。
紗英は照れ隠しで知り合いとか言ってたんだなぁ~…
私はあの頃の紗英も好きだったので懐かしくて頬が緩んだ。
でも吉田は正反対で顔を青ざめさせながら、「どういう仲だったんだ!?」と声を荒げている。
私は夏凛と顔を見合わせると、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
今までハラハラさせられた分、ちょっとお返しするか…
私は夏凛にアイコンタクトすると、夏凛も何か理解してくれたのかふっと微笑んで小さく頷いてくれた。
「どういう仲ねぇ~…。大学のとき、見た感じじゃ相当仲良さそうだったよねぇ?」
「うんうん。あ、山本君のしつこい彼女を追い払うのに協力してたよね。」
「きょ、協力?」
「うん。私たちもいる前で二人、キスしてさー…。」
「キ、キス!?!?!」
夏凛が事実を若干捻じ曲げて伝えて、吉田が顔面蒼白になるのが見えた。
あのとき確かにキスしたように見えたけど、正確には口を避けていたというのは二人のやり取りで分かっていた。
でも、口にしてないとはいえ、キスはキスだ。
何も嘘を言ってるわけじゃない。
私は夏凛に微笑みかけると、話を受け継いだ。
「そうなの。私たちもビックリしてさぁ~。紗英は好きじゃないとか言ってたけど、やっぱり気持ちが少しでもないとあんなに仲良くキスできないよねぇ~?」
「うんうん。吉田君いなかった時期の話だから、紗英が元気そうで私たちもちょっと安心したんだよね。」
「そうそう。ま、過去の話だから。あんたは気にしなくても…。」
私と夏凛は紗英には吉田だけじゃなかったんだよ~って軽い意地悪のつもりだったんだけど、吉田が目に見えるぐらいの殺気を飛ばしてるのに気付いて口を噤んだ。
やっば…やり過ぎた…?
吉田は下を向いた状態でテーブルの上の拳が固く握られていて、その腕に入った力の強さから相当機嫌が悪いのだけは分かった。
私と夏凛は視線で会話しながら、どう声をかけたものかと迷った。
すると急に吉田が動いて、ポケットからケータイを取り出すなり電話をかけ始めた。
私も夏凛も黙ってそれを見ているしかできない。
「あ、紗英?俺、竜聖。」
電話の相手が紗英だと分かって、私は身が縮み上がった。
げっ!?紗英に確認とるわけ!?
吉田のケータイから微かに紗英の『竜聖、どうしたの?』という声が聞こえて、私は紗英に謝りたくなった。
「あのさ、今あ…服部と芹沢と一緒にいんだけど。大学のとき、竜也とキスしたってホントか?」
吉田の声がやけに低くて冷静で、聞いてるこっちが怖くなってくる。
紗英は顔が見えない分状況がよく分かってないのか『あ、もしかして元カノ追い払うのに協力したときのこと?』と正直に打ち明けているのが聞こえる。
やっばい…紗英、今のこいつにそれを正直に言っちゃダメだ…
私は持ち上がった吉田の顔が今にもブチ切れそうに歪んでるのを見て、やらなきゃ良かったと自分の悪戯を後悔した。
「なぁ、なんでそれ竜也と話し合ったときに言わなかったわけ?」
『え…?だって、キスって言ってもあれはそういうのじゃないよ?』
「はぁ!?そういうのじゃないって、キスしたのは事実なんだろ!?安藤や芹沢も見たって言ってんだからな!!」
『事実は事実だけど…、だってあれは口にされてないし。麻友や夏凛だってそれは分かってるはずだけど?』
「はぁぁ!?」
吉田はギッと私たちを睨むように見ると、顔を歪めて<お前ら…>とでも言いたげに怒りをあらわにしている。
あー…、バレた。
私はこの後が怖いな…と思ったけど、吉田はキスしたという事実自体が許せないようで電話に意識を戻した。
「紗英!!竜也との関係、今度こそキッチリ説明してもらうからな!!口にしてなかったとしても、キスしたのは本当なんだろ!?」
『まだ根に持ってるの?あれは過去だって、何回も説明したのに…。嫉妬深い竜聖なんか嫌い!!』
「あ、紗英!?」
紗英は怒って電話を切ってしまったようで、吉田がケータイを見つめて声を荒げた。
そして吉田は切られてしまったケータイを閉じると、私たちに目を向けて鬱憤を晴らすかのように怒鳴った。
「お前らのせいで紗英に幻滅されただろ!?俺の反応を面白がって嘘つきやがって!!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。先に聞いてきたのはそっちじゃん?」
「そうそう。私たちもちょっとした意地悪したことは悪かったけど、すぐ嫉妬する吉田君もどうかと思うよ?仮にも紗英は婚約者なんだから、もっと信じてあげないと。」
私と夏凛はタッグを組むと、一方的にこっちが謝らないぞと言う姿勢をとった。
吉田はそんな私たちを睨んで口をわなわなと動かしている。
「そんなこと分かってるっつーの!!」
「分かってるなら、私たちが怒られる義理はないよね?アレは過去のことなんだから、もっと余裕もって大きな懐で対応してよね。」
「うん。吉田君はもっと広い心を持たないと。」
「ぐ……。」
吉田はぐうの音も出ないのか、悔しそうに歯噛みしている。
嫉妬してもらえるっていうのは愛情の裏返しだっていうから、紗英的には嬉しいことのはず。
でも紗英はそれをイヤだと思ってるようだった。
だったら、私たちがつけ入る隙はそこしかない。
私と夏凛は返しに成功したとほくそ笑んだ。
「さ、紗英と仲直りしたいなら協力するよ?こうしてあんたと会うためだけに時間作ったわけだし?」
「そうだね。紗英の好みとかツボだったら、きっと私たちの方が詳しいから。」
「マジか!!それ詳しく教えろ!!」
吉田は案外簡単にのってきて、私はこのまま意地悪したことは忘れてもらえそうだと安堵した。
ホント、紗英のことになったら顔変わるんだから…
私は高校のときも紗英と仲直りしたがっていたこいつを知っているので、昔から根本は何も変わってないと笑みが漏れた。
どうかこのまま紗英とこいつが幸せに一緒にいられますように…
私は夏凛と目を合わせると、吉田に協力してやろうと口を開いたのだった。
珍しい組み合わせの話でした。
麻友、夏凛コンビは好きなのでここで書けて満足です。




