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勘違い系○○  作者: 流音
番外編
214/218

番外編11 知らなかった想い:桐谷玲子

竜聖の母:玲子視点です。



竜聖


私のたった一人の血の繋がった息子。

前の夫とは同じ職場だった繋がりで結婚して、竜聖が小学生の間までは上手くいっていた。

でも、夫の仕事が忙しくなり、竜聖も中学生になり部活動で家を空ける事が多くなり、私は家に一人でいることが増えた。

その頃から家にいるのが寂しくて仕方なくて、構って欲しくて疲れてる夫に不満をぶつけることも多くなり、悪循環が始まった。

竜聖は私たちの不仲を分かってか、あまり私たちに寄りつかなくなってしまい、夫は夫であまり帰ってこないようになってしまった。


だから、竜聖に特別な誰かがいると気づいたとき、私の中で溜まり溜まっていた不満が溢れた。


自分は家族のために、毎日尽くしてきたのに、どうして夫も息子も自分を見てくれないのか。

どうして、誰も私の気持ちに気づいてくれないの?


どうして!?!?


私はいつの間にか竜聖の首を絞めていて、たまたま帰ってきた夫に引き剥がされるまで我を失っていた。


夫は激しく咳き込む竜聖を背に庇うように、私の事を蔑むような目で見ていた。

私はその目を見たとき、もう終わりだと直感した。


そして離婚となり、夫と会うのも最後となったときの夫の言葉は今でも忘れられない。


『もうお前のことが分からない。』


私だって分からない。


いつからこうなってしまったのか…

どこで間違えたのか…

私が悪かったのか、夫が悪かったのか…

タイミングの問題だったのか…


私は夫が嫌いだったわけじゃない。

夫の事も竜聖の事も大好きだった。


大好きで愛していた。


愛していたから、愛し過ぎていたからこうなってしまったのかもしれない。


夫は竜聖に会う事だけは許してくれなかった。

きっと、私がまた竜聖の首を絞めるのが怖かったんだと思う。

もうそんな事しないと今なら誓えるのに…。



もし、もう一度夫に会えるなら、心の底から謝りたい。



あのときは本当にごめんなさい…と。


それはもう叶わない事だけど。



そして、私はある書類を手に猛に頼んで連れてきてもらった竜聖と対座していた。

竜聖は別れた夫そっくりの顔立ちで、何の話かと目を泳がせていて、私はそんな竜聖に持っていた書類を差し出した。


「竜聖。これはあなたの…ううん。あなたのお父さんの家の権利書やその他の物をあなたに移譲したものよ。受け取ってちょうだい。」

「父さんの家って…。まさか前の!?」


竜聖はビックリして書類の封筒の中を覗き込んでいる。


「そうよ。あなたが事故にあって、この家に来たときに…前の家をどうするかってなったんだけど…。どうしても手放せなくて…私が管理…というか、ガスとか電気の料金を払ってただけなんだけどね。一応、あなたの記憶が戻るまではと思って残していたの。」


私は竜聖に話す手前、少し事実を隠した。


本当はあの家を売ってしまおうと思ったこともあった。

あんな形で前の夫と再会したのだから、尚更に…


でも、あの家には私にとって大切な思い出の残った場所。

あんな別れ方になってしまったけど、幸せな時間だってたくさんあった。

ちゃんと夫と竜聖を愛していた。


だから、家を手放してそのかけがえのない時間を失ってしまうのが怖かった。


「もうあの家はあなたのものよ。紗英さんと住むなり、売ってしまうなり、好きに使ってちょうだい。」

「……そっか。母さんがあの家を…。」


竜聖はそう小さく呟くと、封筒から目を離して私をまっすぐ見るなり嬉しそうに言った。


「ありがとう、母さん!!これ、すげー嬉しい!!」

「いいのよ。私はあの家を出た人間なんだから…。」

「でも、母さんにとっても大事だから管理しててくれたんだろ?俺、あの家残っててすっげー嬉しかったからさ。残してくれてたこと、ホントに感謝してる。」


竜聖は私の本心をいとも簡単に読み取ってきて、私は竜聖を見つめたまま固まった。

竜聖は封筒をテーブルの上に置くと、姿勢を正して優しく笑うと続ける。


「俺、あの家なかったら死んだ父さんのこと、ちゃんと思い返せなかっただろうし…。残ってて本当に安心したんだ。俺が父さんの事ときっちり向き合えたのは、母さんが家を残しておいてくれたおかげだ。本当にありがとう。」

「そんな…私は…。」


私の目に優しく微笑む竜聖の顔が前の夫に見えて、私は瞳が潤んできてどうしようかと思って俯いた。


私は感謝されるような人間じゃない

あの人が亡くなって…竜聖が手に入って、すごくほっとしていたんだから…

とてもひどい…残酷な人間なのよ…


「わ、私は…お礼を言われるような事は何もしていないわ。」


私はギュッと膝の上の手を握りしめると、贖罪のように口に出した。


「私はあなたを…竜聖をひどい形で一度手放した人間よ…。あなたのお父さんにも軽蔑されてしまって…、あの人が亡くなるまであなたには会わせてももらえなかった。家を残しておいたのだって、ただ罪悪感を軽くしたかっただけの――――」


「そんなことないよ。」


私の言葉をキッパリと遮るようにはっきりとした竜聖の声が聞こえて、私は涙目のまま顔を上げた。

すると、真剣な目で私を見つめる竜聖の顔があった。


「父さんは母さんを軽蔑してもいないし、俺を手放したってのは仕方なかったことなんだろ?」

「え…?」


私は竜聖が何かを知ってるようで、続きを聞こうと身を少し前に乗り出した。

竜聖はふっと少し息を吐くと、少し視線を下げて思い返しながら話し始める。


「父さんから聞いたことがある。自分が玲子を追い詰めてしまったって。こうなってしまう前にちゃんと向き合って話をすれば良かったって、荒んでた俺と仲直りしたときに少し口にしてた。お前とこうして向き合ったように母さんともすれば良かったんだなって珍しく笑ってたから、よく覚えてる。」


うそ…


私は夫から嫌われたと、軽蔑されたんだと思い込んでいた。

でも、竜聖はそれは違うと言ってくれて、自然と涙が溢れて頬を伝う。


「俺を手放したっていうのだって、再会したときの母さんの様子知ってたら、何か事情あったんだろうなっていうのはバカな俺でも分かるよ。事故にあった俺を見て、泣きながら大丈夫なのかって何度も何度も体触って確認してただろ?あんな母さん見て、自分が愛されてないなんて思う息子いねーよ。」

「竜聖…。」


私は自分の愛情がちゃんと竜聖に届いていたと分かって、涙が止まらない。

堪らず手で拭って口元を隠す。


「母さんはちゃんと俺も父さんのことも愛してくれてた。父さんもそれを分かってたし、母さんが気に病むことはないんだよ。」


私は優しく微笑んでる竜聖の横に死んだはずの夫の姿が見えて、胸がギュッと締め付けられるように痛くなった。


「ありがとう…。ありがとう…竜聖。」


私は涙を拭いながら軽く俯いて、心の中で何度も死んだ夫にも語りかけた。


ありがとう…

私の事を愛してくれて…


自分のことを見てくれないと勘違いしてしまうようなダメな私を…

ちゃんと見守ってくれていたこと…

想ってくれたこと…


本当に本当にありがとう…



私が少し涙が収まって顔を上げると、竜聖がかつての夫と同じ笑顔で「こちらこそ。」と言ってくれて、私は胸が軽くなるのを感じたのだった。














竜聖の母である玲子がどういう気持ちだったのかを明かしました。

自分勝手な母親ですが、こういう愛情の形もあるということで…

竜聖も丸くなりました(笑)

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