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勘違い系○○  作者: 流音
番外編
209/218

番外編6 実家

竜聖視点です。


板倉や加地達との再会を終えて、俺は駅前で奴らと別れると今日の目的である実家に足を向けていた。

5年ぶりに通る道は懐かしくて、住宅街の静かな雰囲気に目を細める。

ここに来るのはもっと苦しくなるんじゃないかと思ったけど、意外にも家の前まで来るまでは大丈夫だった。

でもいざ実家を目の前にすると、心臓が嫌な音を奏で始める。

紗英から受け取った鍵を握りしめると、門に手をかけて開けて足を踏み入れる。


5年経った今でもこの吉田の家がある事には驚いた。

死んだ父さんの持家だとはいえ、母さんか桐谷の親父に売り飛ばされてもおかしくないと思っていた。

でも、この家は誰が住むこともなく、ただ主人の帰りを待ち続けていた。


俺は一度深呼吸すると、鍵を開けて中に入った。

玄関は今も俺の靴や父さんの靴が並んでいて、5年前のままだと分かった。

さすがに掃除はしてないので、埃っぽくて靴を脱いで中に入ると靴下が真っ黒になりそうだった。

俺はとりあえずスリッパを手に取ると、それを履いて中に入る。

廊下が暗かったので電気をつけようとスイッチに触って、さすがに電気は止められてるかな…と思ったけど、意外にもスイッチを押すと電気がついた。


「マジ…?」


俺は確認のために洗面所にも向かって蛇口をひねってみて、水も出る事に驚いた。


「マジで…五年前のまんま…?」


俺はどうしてそのままなのかが気になってきた。

冷蔵庫の電源も入りっぱなしのようだし、父さんが死んだあとの電気等の料金はどこから払われていたんだろうか?

俺は居間で何も変わってない家具の並びを見ながら、昔のことを思い出した。


父さんが台所の机で仕事をしてて、俺がここで受験勉強してたんだよな…


俺は今もテーブルに置かれた状態の単語帳や問題集を手にとって、胸が苦しくなってきた。

父さんと交わした言葉は少なかったけど…でも、一緒にいる時間は好きだった。

だから、ここで勉強してたんだ。

父さんもここで仕事をしてたんだから、同じ気持ちだったと思ってる。

今はもうその時間が戻らないと思うと、目に涙が滲んできた。


ダメだ…これ以上いたら、今までのこと後悔しておかしくなりそうだ。


俺は部屋を飛び出すと、スリッパを脱ぎ捨てて靴を履いて外に飛び出した。


そして道路まで出ると、顔を隠してしゃがみ込んだ。


何で…もういないんだよ…


俺は父さんのいない現実と正面から向き合って、胸が痛くて仕方がなかった。

どうして…もっと早く父さんとの時間を大切にしなかったんだ。

話したいことがたくさんあったはずなのに…もう伝える事もできない。

俺は5年越しに父さんの死と向かい合って、情けない事に涙が止まらなかった。


俺が道の真ん中でそうしていると、急に前から頭ごと抱きしめられて驚いて体がビクついた。

驚いて涙が引っ込む。


「…ごめん。一人で行ってなんて、ひどいこと言ったね。」

「さ…紗英?」


声から紗英だと分かって、俺は顔を上げた。

紗英は顔をしかめていて、涙を堪えているのが伝わってきた。

紗英は俺の首の後ろに手を回すと、優しく抱きしめてきた。


「お父さんのこと…思い出してたんでしょ?…私、言いたい事あるなら、聞くよ?」


紗英の言葉に紗英が俺の気持ちを救い上げようとしてくれてるのが分かって、余計に胸が痛くなってきた。

紗英が現れて驚いたことで引っ込んでいた涙が、また頬を伝う。


「…俺…もっと父さんと話をしたかった…。何で…もっと早く…仲直りしなかったんだろう…?」

「うん。」


俺は父さんと仲直りしてからの半年を思った。

出張の多い父さんだったから、そんなにたくさん話はできなかった。

進路の事、紗英の事…学校の事…その日あった何気ない事をただダラダラと話していただけだ。

父さんに言いたかった感謝の言葉なんか口にしたこともなかった。


それこそグレてた俺を諦めずに叱り続けてくれたことへの謝罪すらしていない。


「…大学に行きたいって言ったとき、頑張れって言ってくれたんだ…。俺…それが死ぬほど嬉しかった…。ずっと見放されてたと思ってたから…、ちゃんと見ててくれたって分かって…。父さんと少しずつ…話をするようになった…。」

「うん。」


「父さん…俺のつまらねー学校の話でも…笑って聞いてくれて…、友達がいるっていいな…とか。また、野球はやらないのか…とか。自分の事は何も話さねーのに…俺のことばっか…聞いてきてた…。」

「うん。」


俺は仕事を家でしながら、笑顔で話を聞いてくれた父さんの事を思い出した。

仕事をしてる今だから分かる。

疲れてたら笑顔を作るのがしんどい事…、家に帰って料理するのも面倒だという事。

でも、父さんは俺との時間を作ろうと料理だって一緒にやってくれて…話もいつも笑顔で聞いてくれていた。

父さんの優しさが今になって見に染みてくる。

俺はそれだけ子供だった。


父さんが叱ってくるのは俺の事を心配しての事だって、もう分かってる。

だけど、あのときはただムカついて、怒鳴って部屋に引きこもっている事も多かった。

それだけに無駄にした父さんとの時間を取り戻したくなってくる。


「なんで…もっと…父さんと向き合わなかったんだろう…。なんで…もっと…父さんの話に耳を傾けなかたんだろう…っ…。」


俺は後悔ばかりで、紗英の温かさに包まれながらただ涙した。


「……竜聖の気持ち…もうとっくにお父さんに届いてるよ。」

「……え…?」


紗英は俺から少し離れると、俺の顔を覗き込んできた。

俺はカッコ悪いので涙を手の甲で拭う。


「…私、竜聖とお父さんが口喧嘩してるの見て、似た者親子だなって思ったよ。似てるからぶつかる事も多いと思うけど、だから分かる事も多いと思うんだ。竜聖がお父さんに頑張れって言われて嬉しかったとき、お父さんも進路の事を言ってくれて嬉しかったって私に言ってた。」

「……父さんが…?」

「うん。私と付き合ってるって事も、私が言う前に知ってたみたいだったし。親って子供の様子にすごく敏感なんだよ。だから、竜聖がもっと話がしたかったっていう気持ちもお父さんに通じてると思う。」


紗英の言葉に俺は父さんがよく俺の顔を見るだけで笑ってた事を思い出した。

俺が紗英と付き合ってウキウキしていたとき、父さんは俺の顔だけで気づいてたのか…

俺は父さんには一生かかっても追いつけないなと思った。


「私が竜聖のお父さんだったら、メソメソ過ぎたことに囚われるな!これから前を向いて歩いて行くんだろ!!その姿を見せてみろ!!って感じで言うかな?」


紗英が父さんの真似をしながら言った姿が、まんま父さんのようで吹きだしてしまった。


「あははっ!!紗英、似過ぎ!!言い方までそっくりだし、よく覚えてたな~!」

「だって、竜聖がお父さんに怒られてるところばっかり見てたから…。その手を放しなさい!!とか。」


紗英の真似に笑いが止まらない。

確かに紗英には父さんに叱られてるところを目撃されたなと思った。

そうだよな…俺の事をよく叱ってた父さんだったから、今の俺を見たらきっとまた怒るんだろう…

ならもう怒られないように、父さんがいないのを嘆くのはやめよう。

俺は両手でしっかりと顔を拭うと、紗英を見て笑顔を作った。


「ありがとう、紗英。俺…父さんの気持ちが少し分かった気がする。今の俺を父さんが見たら、きっと怒るよな。」


紗英は俺を見て優しく微笑んでくれた。

俺はそんな紗英がいてくれたおかげで自責の念から解放されたと思った。


「紗英、今度は一緒に俺の家に入ってくれないか?ちょっと埃っぽいけど。」

「…うん。いいよ。」


俺は紗英の手をとると、一緒に立ち上がって飛び出してきた家を見上げた。

そしてまた門を手で押して、玄関から中へと足を踏み入れた。


「わ…全然、変わってないね。」


紗英が玄関から中に入って呟いて、俺は紗英の分のスリッパを並べて置いた。

自分はさっき脱ぎ捨てたスリッパを履く。

そして、さっきは上がらなかった二階へと目を向けた。


「…俺の部屋…行ってもいい?」


俺が遠慮がちに紗英に尋ねると、紗英は黙って頷いた。

俺はそんな紗英に背を押されるように階段に足をかけた。

ギシッと鳴る音を聞きながら二階へと足を進める。


そして自分の部屋の前まで来ると、息を吸ってから扉を開けた。

中は出た日と変わらない状態で、ベッドの布団は捲り上がっていて、高校の鞄が床に放置されていた。

それを目にしてあの日の事を鮮明に思い返した。


そうだ…俺…母さんの事で塞ぎこんで部屋に閉じこもって、そこに紗英が来て慰めてくれたんだ。

紗英が俺を抱きしめてくれて…それで…


そこまで考えて俺はバッと振り返って紗英を見た。

紗英は突然振り返った俺を見て首を傾げた。

そんな仕草にみるみる体温が上昇していく。


やっべ…変なこと思い出しちまった…


俺は紗英を初めて押し倒したのがここだったと気づいて、気持ちが高ぶっていく。

あのときは恭輔さんとの誓いもあって、何とか我を取り戻したけど…

今は何の誓約もない。


ヤバい、ヤバい!!何、考えてる!!

ここにはそういうつもりで来たんじゃねぇから!!


俺は自分を落ち着けようと、無駄に部屋の中を動き回った。

すると紗英が部屋を見回した後、ベッドの上に乗って窓を開けた。


「ちょっと埃っぽいから、換気しよう。」

「あ…サンキュ。」


俺はお礼を言ったときに紗英がベッドに座ったのを見て、落ち着きかけた気持ちが復活して、思わず煩悩を打ち消そうと壁に頭突きをかました。

ゴンッと鈍い音が響いて、俺は痛さから理性を取り戻した。


「…竜聖?何やってるの?」

「いや…何でもない。大丈夫、大丈夫だ。」


俺は自分に言い聞かせて、紗英に顔を戻した。

紗英は苦笑しながら俺を見ていて、目が合わないように少し逸らす。


「でも、この部屋懐かしいね。私、初めて男の子の部屋に泊まったのってここが初めてだったなぁ…。」

「…泊った…ってクリスマスの?」

「うん。お母さんに電話かけるの、すごく緊張したのを覚えてるよ。あの日初めてお母さんに嘘ついたかも。」


思い返して楽しそうに笑う紗英を見て、俺は初めてという単語が無性に嬉しかった。

俺だって…女の子に一晩看病してもらったのは紗英が初めてだった。

やましい気持ちがなくて、本当に好きだという気持ちだけで純粋に一緒にいられた頃だと思い返した。

紗英の事を想って、翔平の所には行って欲しくなかったけど、送り出したのを覚えてる。

あのときは翔平に負けてるって思って、焦ってたからなぁ…

翔平とのバトルを思い出して顔が綻んだ。


「なんか嬉しそう。何を思い出してるの?」

「あ、いや。あの頃、楽しかったなぁと思ってさ。」


俺が高校のときの事を総括して言うと、紗英は「そうだね。」と言って笑った。

それを見て、俺は紗英には一度きっちりと自分の気持ちを伝えようと紗英の前にしゃがんだ。


「紗英、この家を出たあの日から今日まで…俺の事ずっと想っててくれて、ありがとう。待っててくれた事…本当に嬉しかった。」

「…うん。」


俺の言葉に紗英は嬉しそうに笑った。


「これからは俺が紗英を想い続けるって誓うから。だからこれからも一緒にいてくれよな。」

「もちろん!」


紗英が自信満々に言った言葉を聞いて、俺は気持ちが高ぶってきて紗英に顔を近づけた。

すると紗英が「あ!」と声を上げたので、俺はそこで動きを止めた。


「その…一つだけ…誤解があるんだけど…。」

「…誤解…?」


紗英は言いにくそうに目を逸らすと、照れているのか頬を赤く染めた。


「私…竜聖がいなくなったあと…ずっと竜聖だけを想ってきたわけじゃないんだよね…。」

「へ…?」


紗英から告げられた言葉に俺は間抜けな声を出した。

ずっと俺だけじゃないって…どういう事だ…?

俺は紗英の口から出る次の言葉が怖かったが、耳を傾けた。


「…その…一回、竜聖を想い続けるのはやめた時期があって…、そのときは…その…山本君が好きだったっていうか…。だから…ずっとじゃなくて…ごめんね?」


「た…竜也…。」


俺は竜也が好きだったという真実に唖然とした。

二人が抱き合ってる現場を目撃してるだけに、真実味が増していく。

紗英は言えたことでスッキリしたのか、ホッとした笑顔を浮かべて言った。


「まぁ、昔の話だから。竜聖に再会して、竜聖の事を思い出したのは事実だから。」

「昔…!?」


俺は意味深に昔と言われると、二人が想い合っていた時期があるのではと嫌な予感が過った。

高校のときは接点のなかった二人が、今、妙に仲が良いのもその予感を倍増させる。

俺は詳しい事を聞かなければと、紗英の肩を掴んだ。


「昔っていつぐらいの話なんだ!?」

「えっ!?…えっと…大学4年の…冬ぐらい…かな?」

「昔でもねぇじゃん!!」


一年前ぐらいの事だと分かって声を荒げた。

紗英は驚いて目を見開いている。


「それって付き合ってたって事か!?」

「えっ!?つ…付き合ってないよ!?だって、私が勝手に心の中で想ってただけで…あれ?でも、そういえば告白されたな…。っていうことは両想いの時期もあったって事…?」


紗英は自分で答えてから悩み始めてしまった。

俺はマジっぽい反応に、心のざわつきが消えてくれない。


「そ…それ好きになる要素が竜也にあったって事だよな!?あいつのどこがそんなに良かったんだよ!!」


俺は自分の自信を取り戻したくて必死だった。

竜也の良い面を紗英の口から聞いて、自分と当てはまれば少しは回復すると思った。


「好きになる要素って…。それは竜聖には言えないよ。」

「言えない!?」


何で言えないんだよ!!

俺は紗英の心のどこかに竜也がいるって事が嫌で嫌で仕方なかった。

また俺の独占欲が顔を出し始めて、俺は紗英を掴んでいる手に力をこめた。


「紗英…今も竜也の事、好きとか…思ってる?」

「え…そりゃあ…一時でも好きだった人だから、竜聖とは違うところで好きだと思うけど…。」


俺は紗英の言葉に我慢も限界だった。


「紗英は俺の婚約者だろ!?竜也のこと好きとか言うなよ!!」


俺はそう吐き捨てると、紗英を押し倒すように口付けた。

紗英は肩を強張らせると、鼻から大きく息を吸った。

俺がむさぼるように何度も口付けると、紗英は息を荒げ始めた。

それが分かって俺は唇から離れると首筋に顔を埋めた。

すると紗英が俺の顔を両手で押し返そうとしてきた。


「…っここでは…やめようっ…。りゅっせっ…待って…。」


紗英の拒否する声に少し我に返ると、顔を離して紗英を見下ろした。

紗英は俺を見上げると、手を体の前において防御している。


「冷静になって。窓も全開だし、ここ埃だらけで汚いよ。あと、山本君が好きだっていうのは本当に昔の話で、今は友達としての好きだよ。分かるよね?」


俺は紗英の言い訳を聞きながら、とりあえず今は折れる事にして紗英の上からどいた。

紗英はふーっと長い息を吐くと、余程安心したのか姿勢を正して笑った。

俺はその笑顔を見ながら、フラストレーションが溜まっていく。

東京に戻ったら遠慮はしないと心に決めて、俺は竜也の奴にも真実を問い詰めなければと思ったのだった。




過去の整理は終わりました。

吉田の家の料金等については、もう少し後で明かすつもりです。

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