番外編4 愛情の差:浜口理沙
翔平の彼女であり、紗英の友達である、浜口視点です。
私は紗英に竜聖君絡みの悩みを打ち明けられる度に、内心羨ましいなぁと思っていた。
―――というのも
私は紗英みたいに彼氏…要は本郷君から情熱的に求められた事なんて一度もない。
竜聖君と本郷君は違う。
そんなのは分かってるんだけど、どうしても自分が紗英だったらと考えてしまう。
もし私が紗英だったら本郷君も竜聖君のように、毎日私を欲しくなってくれるのだろうか?
紗英の事を長い間ずっと好きだった本郷君だから、紗英と上手くいっていたら竜聖君のようになっていた気がする。
付き合っている今でもよく感じる。
本郷君の中から紗英を追い出すことはできない。
私は紗英の代用品でしかないってことを――――。
一度それで大ゲンカになったこともある。
付き合い始めた当初、本郷君はよく言っていた。
紗英だったらこんなことしない。とか、紗英だったらこうする。という『紗英だったら』というフレーズを。
私は紗英じゃない!!
今まで溜まっていた鬱憤をまき散らすように叫んで、それから本郷君は紗英の名前を出さないように言葉を選ぶようになった。
本郷君だって分かってるんだ。
自分の中でまだ消えてくれない気持ちを抱えてる事を。
私は最近ではそれでも良いと思って、彼と一緒にいるようにしてきた。
紗英を好きだった本郷君だから、私は好きになったんだと思うようにした。
例え私と本郷君の『好き』という気持ちに大きな差があったとしても…私は彼から離れない。
紗英の事が羨ましくても、本郷君が私といたいと思ってくれている間は傍にいる。
私は自分の中にある欲を押し隠して、今日も笑顔を作った。
***
ある日―――――
私が本郷君の部屋に遊びに来ていると、本郷君のケータイに電話がかかってきて、本郷君は気まずそうに私を見た後、隣の部屋に逃げるように入っていった。
私は電話の主が誰か気になって、こそっと隣の部屋に耳を澄ませた。
「もう、電話しないでくれよ。頼むから。」
本郷君がため息をつきながらそう言っていて、誰に対して言っているのか更に気になった。
「あの日のことは悪かったと思ってるよ。」
あの日!?
私はそのフレーズに確信した。
これは浮気だ!!
私は私に隠れて本郷君がそんな事をしていたなんて信じられなくて、頭に血が上った。
紗英のことだけならまだしも、別の女に手を出すなんて!!
最低だ!!
私は問い詰めようと、隣の部屋の扉を開け放った。
本郷君は電話を終えた後のようで、ケータイを閉じて私に目を向けた。
「今の電話、何!?」
「は?」
本郷君は焦った様子もなく首を傾げたので、私は部屋に入ると本郷君の手からケータイを奪った。
「お、おいっ!!」
本郷君はさすがに焦って取り返そうと手を伸ばしてくるが、その前に私は着信履歴を画面に開いた。
するとそこには同じ女子の名前が並んでいて、ほぼ毎日電話しているのが記録されていた。
怒りで肩が震えてくる。
「この女誰!?」
私は画面を本郷君の顔に突き付けると、本郷君は顔を強張らせた。
「え…っと…友達…かな?」
適当に誤魔化そうとしている本郷君を見て、体の奥底から怒りが湧き上がってきた。
私はケータイを本郷君に投げつけると声を荒げた。
「嘘つかないでよ!!この浮気者!!別れるっ!!」
私は本郷君に背を向けると鞄を持って、部屋を飛び出した。
そしてしばらく走って本郷君のマンションを振り返るけど、本郷君は追いかけてきていなかった。
別れるって言われて追いかけても来ないなんて…
私は自分が言ったこととはいえ、別れるのは嫌で涙が出そうになる。
紗英に勝てないのは仕方ないと思ってた。
でも、まさか他の女に負けるとは思わなかっただけに、私は胸が痛くて苦しかった。
私は自分の家に帰る気も起きずに、なんとなく紗英の家に足を向けていた。
本郷君をよく知る彼女なら何かこのわだかまりを解いてくれるんじゃないかと思ったからだ。
私が紗英の家のインターホンを押すと、紗英は珍しくドアチェーン越しに顔を覗かせた。
「あ、理沙!!珍しいね!!」
紗英はそう言うと一旦扉を閉めてからチェーンを外して、中に招き入れてくれた。
いっつもオープンな彼女がチェーンをかけているなんて、何かあったのだろうか?
私はまたチェーンをかけている紗英を見て、そう思った。
「こんな遅くにごめんね。」
「ううん。いいよ!何かあったんでしょ?どうしたの?」
紗英が私にソファを勧めて、目の前に腰を落ち着けた。
私はこの胸のもやもやを打ち明けようと、口を開いた。
「その…本郷君が、浮気してるみたいで…さ。」
「翔君も!?」
私は驚いている紗英の言葉を聞いて、彼女を見つめた。
「翔君も?ってどういうこと?」
紗英は私の問いかけにしまったという表情になると、少し俯いて言った。
「…竜聖が…この間、合コンに行ったみたいで…さ…。」
「えぇっ!?合コン!?何してんの!?竜聖君!!」
私はあんなに熱々な二人でさえそんな状態なのかと驚いた。
竜聖君まで信じられない!!
冬だから浮気したくなるのかな?
私は男心が分からないだけに、上手く言えない。
「それも…前に関係のあった子だったっぽくて…。関係は切ったって聞いてただけに、許せなくてさ…。」
「そりゃそうだよ。前に関係のあった子と合コンなんて、その気ありまくりじゃん。」
「だよね!?そう思うよね!!」
紗英は鬱憤が溜まっていたのか、私の同意を得られて嬉しそうに顔を緩めた。
「だから、頭冷やしてもらおうと思って、一人で地元に帰ってもらうことにしたの。」
「地元?」
まさかの強制送還だろうか?
こっちに戻って来るな的な…?
私は紗英が相当お冠だと分かって、自分もそれぐらいするべきだろうかと思った。
「そう。私、竜聖の地元の家の鍵をずっと預かってて、今度一緒に帰ろうと思ってたんだけど。なんか、一緒に行くのもバカらしくなって、せいぜい向こうの知り合いに怒られればいいやと思って。もう、竜聖の心配ばっかするのはやめにしたの。」
私は腕を組んで怒っている紗英を見て、心の底では竜聖君の事を許しているのが分かった。
要は記憶の戻った竜聖君を向こうの友達と会わせてあげるようにしたって事だよね。
一緒に行かないのはちょっとした反抗なのかもしれないけど、口に出しながらも気にしてるのが紗英らしい。
「そっか。でも、どこかで竜聖君のこと許してるよね。」
私が言うと、紗英は顔を赤らめて俯いた。
「…だって…やっぱり好きだから…。」
紗英は照れたようにボソッと呟いた。
何だかその反応が可愛くて笑いが漏れる。
そうだよね…自分の気持ちに正直になって許しちゃえば解決するんだよなぁ…
私は怒り任せに吐き捨てた言葉を思って、ふうと息を吐いた。
私と本郷君に想いの差があるのは今に始まった事じゃない。
本郷君が私と一緒にいたいなら一緒にいるって言ったのは私だ。
私はしっかり理由を聞くことにしようと思って、本郷君に対する怒りを抑え込んだ。
「…理沙は翔君だったよね。翔君もたぶん合コンに行ってるはずだよ。」
「え?」
紗英が思い出すのも嫌というように顔をしかめて言った。
「言い訳に来た竜聖が言ってたから。翔平や竜也もいたから誤解だ!って。俺らが大学生相手にするわけないだろ!?って必死に。」
「…相手、大学生なんだ。」
「うん。そう言ってた。頼まれて仕方なく行っただけだって。彼女のいる翔平も巻き込んだんだから許してくれって。だから、翔君は竜聖に巻き込まれただけだと思うよ。翔君ってすごく正直だから、隠し事できないじゃない?」
紗英に事情を聞いて、私は本郷君の本当の姿を思い出した。
そうだ…本郷君はいつだって正直なんだ。
だから嘘をつくのも下手だし、私を傷つけないように必死に言葉を選ぶから答えるのが遅くなる。
さっきの本郷君もそうだったと思い返して、私は立ち上がった。
「ありがと!紗英!!私、しっかり本郷君と話してみるよ!!」
紗英は立ち上がった私を見ると、ふっと優しく微笑んで頷いた。
私はその笑顔に自信をもらって、玄関に足を向けた。
するとインターホンが鳴って、私が紗英の代わりに扉を開けた。
「あ…。」
そこには本郷君が立っていて、私を見て目を見開いたあと、彼は反射的に頭を下げた。
「浜口、ごめん!電話の子はこの間行った合コンで出会った子で。連絡先教えないと帰らせてもらえそうにないから教えただけで、合コン以降一度も会ってない。雰囲気が…その紗英に似てて、話を聞いてる内に気をもたせちゃったみたいで…。ちゃんとキッパリ断ったから!だから、別れるなんて言わないでくれ!!」
私は頭を下げたままの本郷君と固く握りしめられた拳を見て、真実だと伝わってきた。
いつでも正直だもんね…
私はふっと息を吐き出すと、本郷君の背に手をのせてその上に頭をのせた。
じんわりと本郷君の体温が伝わってきて、私は胸が熱くなった。
「いいよ。今回のことは許してあげる。若い子より私を選んでくれたわけだし?」
私の言葉に本郷君が頭を上げて私を見た。
その表情が驚いているもので、思わず吹き出して笑ってしまう。
「何で…若い子とか知ってんの?」
「さぁ?どうしてでしょう?」
私が紗英から聞いたとは言わずに笑って誤魔化した。
すると珍しく本郷君が私を抱きしめてきて、体が強張った。
「良かった。ありがとう。浜口。」
本郷君が本当に安心したように耳元で言って、私は自然と顔が綻んだ。
私は本郷君を抱きしめ返すと「どういたしまして。」と返事を返した。
すると背後で楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「いいなぁ~ラブラブだね。」
そこで紗英の家の玄関だった事を思い出して、私は焦って本郷君から離れた。
本郷君も同じだったようで、耳まで真っ赤になって部屋の奥にいる紗英に目を向けている。
紗英はまた笑った後、「私も会いたくなってきたよ。」と呟いた。
私は紗英だって色んな事を乗り越えて、竜聖君と一緒にいることを思い出した。
だから、私だけがこんな嫉妬したりしてるわけじゃないと分かって、少し心を強く持てるようになった。
少なくとも目の前の本郷君は私の事を想って、ここまで迎えに来てくれたんだ。
他の誰でもない私の事を。
想いに差があろうとも、向けられてる気持ちは本物だと感じる事ができて、私は本郷君に対する気持ちがまた深くなったのだった。
彼女が一番の恋愛功労者だと思っています。
高校時代に一度フラれてるにも関わらず、一途に翔平だけを想い続けた彼女。
恋愛の姿勢が紗英とも似てるので、現在こうして親友となってるのだと思います。
彼女視点は初めてだったので、書けて良かったです。




