番外編3 合コン:小関麻未
私のバイト先にはすごくモテる人がいる。
名前は桐谷竜聖さん。23歳。
私の二つ年上で、背が高くて短髪の黒髪とピアスという姿がすっごくカッコいい。
私が今まで見てきた男の人の中では断トツの一位!!
だから彼女にはなれなくてもいいからセフレでもいいと、そういう軽い関係を持ちかけた。
桐谷さんは見た目通り軽い人であっさりとセフレになってくれて、私は夢のような夜を過ごした。
なんせ桐谷さんに抱かれると、自分も良い女になった気分を味わえて最高だったからだ。
でも、そんな桐谷さんも変わってしまって、今では婚約者がいる。
セフレとの関係を断って、一人の女性に執心してしまったからだ。
元セフレの私としては気分が最悪だ。
後から現れた地味めな女子にとられてしまったわけだから。
何度か店で見たことがあるけど、彼女のどこが良いのか全く分からない。
胸だって私の方が大きいし、顔だって私の方が可愛い!これは自信を持って言える!!
だから、私は貸しを作って桐谷さんを目覚めさせようと、策を練った。
合コンにこれでもかと可愛い子を集めて、全員で桐谷さんを落とす作戦だ。
さすがに可愛い子に囲まれたら、ちょっとぐらい男心を擽れるはず!
そうすればホテルでも連れ込んで既成事実を作ってしまえばいい。
私は大学の友達を集めて、合コン会場で作戦会議をしていた。
「いい?桐谷さんは黒髪の短髪で耳にピアスしてる人だからね。見れば一発でこの人だって分かるぐらい魅力的な人だから大丈夫だと思う。」
「そんなにすごい人なの?私、信じられないんだけど。」
綺麗系代表の友達である由奈がネイルを触りながら言った。
いつも思うけど由奈は頭から爪先まで手入れを怠らなくて、つやつやした茶髪がすごく綺麗だ。
私は自分の取り柄が胸の大きさだけだっただけに、モデルのような彼女が少し羨ましい。
「見ればすぐ分かるから!!期待してて!」
「ふぅん。」
由奈は信じてないのか不服そうな顔だった。
ちなみに他のメンバーは魅惑系代表の珠李に、ぶりっ子代表の怜菜、癒し系代表の詩音だ。
みんなすごくモテるけど、お眼鏡にかなう男子がいなくて彼氏はいない。
このメンバーに囲まれれば、そうそう断る男子はいないだろう。
私は自身のあるメンツに安心して、桐谷さん達が来るのを待った。
そしてしばらくすると、お店の扉が開いて一番に桐谷さんが顔を見せた。
私は立ち上がって桐谷さんに手を振った。
「桐谷さん!!」
桐谷さんは私に気づくと、片手を上げた後に後ろを振り向いている。
「うっそ!あの人が桐谷さん!?すっごいカッコいいんだけど!!」
「うっわ!すっごいタイプ~!!」
「モデルさんか何かじゃないよね!?」
友達から悲鳴交じりに褒められて、私は鼻が高かった。
テンションを上げているメンバーを見てニヤッと笑う。
すると桐谷さんの後ろから次々と男子メンバーが顔を出して、私はその並んだ姿に唖然とした。
お店で見た二人だけど、こうして並んでいるとアイドル集団のように目を引く。
人懐こそうな色素の薄い髪の男の人とクールで背が桐谷さんと同じぐらい高い男の人。
確か…翔平さんと竜也さん?二人が名前を呼び合っていたので間違いないと思う。
桐谷さんとは昔からの友達のようだった。
やっぱりカッコいい人の周りにはカッコいい人が集まるんだな…
私は自分でメンバーを頼んだものの、三人並んだ姿にドキドキしていた。
「ちょっと!!桐谷さん以外もレベル高いんだけど!!もう桐谷さんに絞らなくてもいいんじゃない!?」
隣に座る由奈が鼻息荒く言ってきて、私は練りに練った作戦が崩れそうで内心焦った。
そしてその三人の後から、残りの二人が顔を見せてこの二人も普通にカッコ良かった。
というのも三人の輝きが凄すぎて霞んで見える。
桐谷さん以下メンバーは私たちの前の席に順に座ると、愛想の良い笑顔を見せて、友達たちはメロメロだった。
私はその色香に当てられないように、合コンをセッティングした本分を思い出して耐える。
「すっごいみんな可愛いなぁ!一体いくつなの?」
最後に座った体格の良い男の人が言って、彼の目の前に座っていた怜菜が作った高い声で「大学3年です!21だよ!!」と若さアピールをしていた。
質問した男の人は明らかに怜菜に鼻の下を伸ばしていて、この人は落とすの簡単そうだなと思った。
そして私は目の前に座っている桐谷さんを見て、目的はこの人!!と自分に言い聞かせた。
それから自然な流れで乾杯で始まり、自己紹介も終わらせて、それぞれが目当ての人に突撃していった。
私の最初の目論見と違い、自然と二対二の状況になり、私は目の前の桐谷さんにお酌した。
桐谷さんはいつもと変わらずに「悪いな。」と言ってグラスを掲げると、それに口をつけてから横に視線を向けている。
私も何となくそれに倣って横に目を向けると、由奈が竜也さんに猛攻撃をしかけていた。
さりげないボディタッチに上目づかい。体を寄せて胸の谷間まで見せてる。
私は本気だと伝わってきて、顔がひきつりそうになった。
他にも翔平さんに詩音がのんびりした口調で話しかけているし、颯太さんには珠李がお色気で攻撃していた。今にもキスしそうなぐらい距離が近いのに、颯太さんはヘラヘラと笑って躱している。
そして怜菜と恭輔さんはもうカップルと呼んでも良いぐらいに親密そうだ。
この短時間ですごい…。
私はみんなの奮闘ぶりに背を押されて、桐谷さんに目を戻した。
「今日はメンバー集めてくださってありがとうございました!」
「うん?まぁ、それぐらいいいけどさ。」
私は距離のある返しに、まだ職場の同僚な気分で嫌だったので、椅子ごと桐谷さんの隣に移動した。
「何?」
桐谷さんが明らかに警戒して、少し椅子をずらして私から離れる。
私は追撃するように椅子を寄せると、ビール瓶を手に持った。
「お酌するなら近い方がいいんで!もっと飲んでください!!」
私は酔わせてから誘惑することにして、その目論見がバレないように笑顔を作った。
桐谷さんはまったく疑っていないのか、「まぁ、それなら。」と言ってグラスを私に向けた。
私はそれに追加で入れると、気になっていた事を口に出した。
「そういえば今日の事、婚約者さんは知ってるんですか?」
桐谷さんは言いにくそうに顔を背けると「関係ねぇだろ。」と言って、お酒を飲み干した。
私はその反応から言ってない事が分かって、仲違いさせるならその方が都合がいいと思った。
何だ、そこまで順風満帆じゃないのかも。
私は隠し事をする仲ならつけ込めるとほくそ笑んだ。
そしてどんどん桐谷さんのグラスにお酒を追加していく。
桐谷さんはみるみる顔が赤くなってきて、お酒が回ってきたのが見て取れた。
「ちょっと飲み過ぎてるかも。もうやめるよ。」
桐谷さんはそう言うと店員さんにお冷を頼んだ。
「まだまだいけますって!日頃、お仕事で疲れてるんですから。たまには羽目を外しましょうよ!!」
私はもっと酔わそうと、ビールを追加してグラスに注いだ。
桐谷さんはじとっと私を見ると、そのビールを飲んでから言った。
「酔わそうとしてるのかもしれねぇけど。無駄だからな。」
「へ?」
私は桐谷さんにすべてバレていたと思って、桐谷さんを凝視して固まった。
桐谷さんはグラスをテーブルに置くと、頬杖をついた状態で私を横目に見た。
「俺、こう見えて酒には強いんだよ。顔はすぐ赤くなるけどさ。だから、俺をどうにかしようと思っても無駄な努力だよ。小関は見た目も悪くないんだから、同年代の奴で探せばいいじゃん?」
私の隠していた気持ちまで見透かされて、私は急に恥ずかしくなった。
でも、すぐ近くの桐谷さんに感じるこのドキドキを諦めろと言われて、諦められるわけがない。
「イヤです!!探せないんです!私は桐谷さんがいいんです!!また、前みたいに抱いてください!」
私は桐谷さんの方へ体を向けると服を掴んで訴えた。
こうなったら裏で画策するよりも正面突破しかないと思った。
桐谷さんは私の方に顔を向けると、はぁーっと長いため息をついた。
「それは前にも無理だって言っただろ。俺には婚約者がいる。それで終了だよ。」
「婚約者が何なんですか!?世の中不倫してる人もいっぱいいるのに、気になりませんよ!!」
「お前なぁ…。真っ当な恋愛する気はないわけ?」
「これも真っ当な恋愛ですよ!!婚約者と別れて、私を選んでくれれば何の問題もないんですよ!!」
私は、以前私に真っ向から立ち向かってきた、桐谷さんの婚約者の言葉を思い返していた。
私が向き合うべきはこの人だ。
桐谷さんは運ばれてきたお冷を受け取ると、それを口にしてから言った。
「悪いけど、それは天と地がひっくり返ってもないから。紗英に…彼女に感じる気持ちを小関には感じないんだ。恋愛してるなら分かるだろ?」
バッサリと断られて、私は唇を噛みしめるしかできなかった。
桐谷さんの気持ちは変えられない。
私はまっすぐに私を見る桐谷さんを見て、そう思った。
すると桐谷さんは鞄を肩からかけて立ち上がると、私を見下ろして言った。
「もう、いいだろ。俺は帰るからな。」
「えっ…。」
桐谷さんは万札をテーブルに置くと、お友達に声をかけてから店を出て行ってしまった。
私はそれを呆然と見つめて、一番言わなきゃいけなかった事を言ってないことに気づいて席を立った。
「あと適当に解散してね!」
私は友達にそう告げると、桐谷さんを追いかけて店を飛び出した。
桐谷さんは暗い道の先でケータイを耳に当てて、誰かに電話しているようだった。
私はその背を追いかけると、声をかけようと息を吸いこんだ。
「紗英。夜空が綺麗だよ。」
桐谷さんが白い息を吐き出しながら、言った言葉を聞いて、私は吸い込んだ息を飲み込んだ。
桐谷さんは夜空を見上げた状態でさっきとは全然違う、優しい声を出した。
「今から会いに行ってもいい?」
それを聞いて、私は足を速めて桐谷さんの背中に飛びついた。
桐谷さんが驚いて振り返ると、ケータイを耳から離した。
「桐谷さん!!好きです!!ずっと、ずっと大好きでした!!私を抱いてくれたときの影のある笑顔も、優しい指使いも一生忘れません!!今日、合コンに来てくれたことも本当に嬉しかったです!!」
「ちょっ!?何、大声で言ってんだよ!!」
桐谷さんの焦っている声が聞こえて、私は最後にするんだからこれぐらいの嫌がらせは許されるだろうと思った。
「また寂しくなったら、いつでも相手になるんで声をかけてください!!それじゃ!!また店で!!」
私は大声で言いたいことを言い終えると、駅に向かって走った。
その背後で桐谷さんが電話越しに言い訳を言い始めたのを聞きながら、私は自然と笑顔がこぼれた。
この恋は実らなかったけど、私を一回り大きくしてくれた気がする。
最後に嫌がらせもできたし、今日は心置きなく家で泣こう。
私はふっと息を吐き出すと、夜空を見上げて笑顔を浮かべた。
バイトちゃんの話はここで終了です。
彼女の恋愛へのひたむきな姿は書いてて楽しかったです。




