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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-85おかえり



吉田君から発せられた言葉に私は耳を疑った。


『紗英をください。』


この言葉はあの日に聞いた言葉だった。

記憶のない吉田君からは到底聞くことのない言葉だ。

私は目の前にある吉田君の瞳を見つめて、何とか声を出した。


「……それ…って…。」


「うん。俺があの日、紗英に言った言葉だよ。あのときから気持ちは変わってない。」


吉田君があの日と言って、私は息を飲み込んだ。

吉田君は私から顔を離すと、ポケットから何かを取り出して手のひらにのせた。


「…それ…。」


吉田君が手のひらにのせていたのは、私が突き返した指輪だった。

まだ持っていたことが分かって、私は胸が熱くなってくる。


「すごく時間がかかったけど…今度こそは守るから…。もう一回、誓わせて。」


吉田君はそう言うと、私の左手を掴んで胸の前に手の甲を上にしておいた。

私は目の前の吉田君が5年前のあの日の吉田君と重なった。


「俺の…一生分の愛を紗英に捧げるよ。だから、紗英を俺にください。」


吉田君はあの日と同じ顔でそう言うと、私の左手の薬指に指輪を通した。

私は色んな想いが溢れてきて、何から答えればいいのか分からなくなった。

涙だけが溢れてきて、上手い言葉が見つからない。


「紗英…ずっと俺と一緒にいてくれ。」


吉田君に手を握ってプロポーズされて、私は大きく頷くと吉田君に抱き付いた。

嬉しい…嬉しいよ…

吉田君が…あの日の吉田君が帰ってきた…

私は吉田君の記憶が戻ってることに感激して腕の力を強めた。

吉田君も同じように強く抱きしめてくれると、耳元でボソッと言った。


「紗英…俺の事…吉田君って言ってくれないかな?」


私は言われたことに驚いて、吉田君から離れた。

吉田君は照れているのか少し頬を赤く染めていて、言いにくそうに口をもごつかせた。


「その…俺、紗英に吉田君って言われるの…結構好きだったんだよ…。誰も俺の事…そんな風に呼ばないからさ…。だから…名前で呼ばれるのも嬉しいんだけど…久しぶりに聞きたいな…なんて…さ。」


呼び方のお願いをしてくるなんて可愛くて、私は思わず吹き出して笑った。


「あははっ!…そんなのお願いしなくてもっ!私の中では吉田君でも竜聖でも一緒だよ。」


私は吉田君に向かって笑顔を作ると久しぶりに口に出した。


「おかえり。吉田君。」


私がそう呼ぶと吉田君は急に真っ赤になると、一度顔を背けてから横目で私を見た。

そして私に手を伸ばしてくると、壊れ物を扱うみたいに優しく口付けてきた。

そんな怯えてる吉田君がくすぐったくて、私は自分から唇を押し当てて力を加えた。


すると吉田君も何かが吹っ切れたのか、激しく何度も口付けてきて息が上がった。

そのとき自分が風邪をひいていた事を思い出して、吉田君の顔の前に手を差し込んで止めた。


「…っ私…風邪ひいてて…それで眩暈がして階段から落ちたの…だから、キスしたらうつるよ。」


吉田君は少し驚いたように私を見たあと、差し込んだ私の手を押さえつけてきた。


「うつってもいいよ。」


吉田君は少し悪い顔で微笑むとそう言ってから、また口付けてきた。

そして同時に服の中に手が入ってきて、吉田君の手が肌に触れてビクッと体が反応した。

ヤバい…流される…

そう思ったとき、ガターン!!とすごい音がして病室の扉がこじ開けられた。

私が目を剥いてそれを見つめていると、お兄ちゃんが真っ赤な顔をさせて声を張り上げた。


「何やってる!!」


お兄ちゃんの声に吉田君が大慌てで扉に振り返った。


「病人に襲いかかるとは男の風上にもおけねぇやつめ!!追い出してやる!!」

「わっ!!すみません!!でっ…でも婚前交渉ってことで許してください!!」

「婚前交渉だぁ!?俺がいつそれを許すっつった!?」


お兄ちゃんが吉田君を捕まえようと病室に入ってきて、吉田君はその手を逃れようと逃げ回った。

私はそんな二人のやり取りが面白くて、久しぶりにお腹から笑ったのだった。




***




それから私は風邪をひいているのもあって、病院に一泊することになった。

階段から落ちたときはどうなるかと思ったけど、頭を切っただけで済んで本当に良かったと思う。

我ながら自分の強運に感謝する。

以前、トラックに轢かれかけたときも右肩の打撲だけで済んだし、何だか事故に関して私には守り神がついてるような気がしてならない。

私は面会時間が終わって静かになった病室で、今日の事を思い返して顔が綻んだ。


皆には心配をかけたけど、これがきっかけで吉田君と元に戻れて本当に良かった。

吉田君の記憶も戻って、全部の歯車がかみ合ってきた感じだ。

これからも彼の隣にいられると思うだけで、未来が輝いて見える。


そのときにちらっと宇佐美さんの事が頭を過った。

彼女は私にした事をすべて告白して謝ってきた。

5年前、吉田君が記憶をなくすきっかけになった事故も自分が引き起こしたものだと教えてくれた。

駅でたまたま見かけた吉田君を追いかけて東京にきて、落ち込んでいる吉田君を見て想いをぶつけたと言っていた。

そしてすがりついて支えると言っていたときに信号無視のトラックにやってきて…

自分を守るために吉田君が代わりに轢かれたと涙ながらに謝罪してきた。

事故自体は不可抗力によるものなので、吉田君も彼女を許していた。

私もいまさらの話だったので、責めようとは思わなかった。


彼女も振り向いてほしくて必死だっただけだ。

いつかの私のように…


私は自分の想いが吉田君に届いていることが奇跡のようだなと思った。


たくさんのすれ違いや勘違いもあって、離れたこともあった。


でも、今はこうして一緒にいることができる。

私は運命のようなこの奇跡に心から感謝した。


もう二度と離れたりしない。


私は左手に光る指輪を撫でて、心に誓いを立てた。





***





そして次の日――――



私が退院するのに荷物をまとめていると、たくさんの足音が聞こえてきて、私はドアを見つめた。

そしてドアを開けて一番に顔を見せたのは吉田君だった。


「っしゃ!!一番!!紗英!!一番に会いに来たぞ!!」


私は今までの約束を思い出した吉田君が、約束を守ろうとしてくれているのが嬉しくて笑みがこぼれた。


「っだー!!相変わらず、足だけは速いよなーっ!!」

「ホントだよ。何をそんなに一番に拘ってるんだか。」


吉田君の後ろから翔君と山本君も顔を見せて、私は仲の良い姿にさらに嬉しくなる。


「なんで病院で走るの!?患者さんに迷惑だよ!!」


後から歩いてきたのか理沙が顔を覗かせて、私は彼女に手を振った。

理沙は翔君たちを押しのけると私に駆け寄ってきた。


「紗英。大変だったね。大丈夫なの?」

「うん。もう大丈夫だよ。」


私が笑って返事をすると、理沙はほっと顔を緩めたあと、横にいた吉田君を睨んだ。

吉田君は理沙に睨まれたことで、ビクッと体を揺らして彼女を見つめた。


「よくもまぁ、記憶が戻ったからって紗英の隣に平気な顔して戻ってこられたわね?今までの落とし前はちゃんとつけるんでしょうね!?」


理沙は吉田君を指さすと声を荒げた。

吉田君はそんな理沙にふっと笑顔を向けると、私の肩を引き寄せた。


「もちろん。これから一生かけて幸せにするって誓ったから。」


この言葉に私はグワッと体温が上がった。

目の前の理沙は予想外の事を言われたのか、唖然として口を開けている。

その後ろで翔君たちも目を見開いている。


「これからは彼女じゃなくて婚約者なんで、手を出すなよ?特に翔平?」

「は!?」


翔君は急に名指しされて驚いている。

理沙も驚いて、翔君に顔を向けている。

吉田君は記憶を思い出したことで翔君とのいざこざを掘り返したんだと分かった。

あんなに過去の話を今更…

私は吉田君の意地の悪い面を見た気がした。


「何バカなこと言ってんだよ!!俺は紗英に手を出したことなんて、お前と付き合って以降はねぇよ!!」

「付き合う前はあるんだろ?信用できるか!」

「何年前の話をしてんだよ!?もう時効だろが!!」

「この件に関しては時効なんてねぇよ!!俺はまだ紗英のファーストキスの相手がお前だっての、根に持ってるからな!!」

「ちっせー男だな!!お前は!!」


よほど記憶が戻ったことが嬉しいのか、過去の話を言う吉田君に私は複雑な気分だった。

ファーストキスとか言わないでほしいなぁ…

私はそのときの事を思い出しそうで口を引き結んだ。

でも、昔のように言い争う二人を見ていると懐かしくもあった。


「紗英!!こんな独り善がりな奴とは婚約破棄した方が身のためだぞ!?」

「お前、何吹き込んでんだよ!!」

「でも、俺も一理ある気がするけど。」

「竜也まで!!どんだけお前らの中で俺の株低いんだよ!?」


吉田君の問いに二人は同時にしゃがむと、床から数センチの所を指で示した。


「これぐらいだろ。」

「あぁ。これぐらいだ。」


息ぴったりに同じ位置を示した二人に私と理沙は吹きだしてしまった。


「あははっ!同じってすごい!」

「あはははっ!!だよね!!何でそんなに通じ合ってるの!?」


私は男の子の友情ってなんだか羨ましいなと思っての言葉だったんだけど、吉田君は機嫌を損ねてしまったようで、私の荷物を持つと私の手を引っ張って歩き出した。

そして私は歩きながら吉田君の表情を窺うと、ムスッと子供みたいに拗ねていて声に出さずに笑ってしまった。

後ろから笑いながら翔君たちがついてくる声が聞こえる。


「紗英はさ、俺がいない間…ずいぶんあの二人とは仲良くなったみたいじゃん。」

「うん?…そうかな?」

「そうだよ。竜也なんて、全然関わりなかったのにアイコンタクトで分かり合ってる感じがする。」


吉田君に指摘されて、私は山本君には翔君以上に失態を見せてるせいかなと思った。

主に吉田君絡みだけに吉田君に本当の事は言えない。


「そう見えるとしたら、やっぱり会えない時間が寂しかったからかな。二人には随分支えてもらったからなぁ…。」


私は大学のときのことを思い出して、懐かしくなった。

すると私の手を握っている力が強くなって、吉田君が私に顔を向けた。


「もう寂しくさせないから!!鬱陶しいって言われるぐらい傍にいるから!!」


赤い顔と真剣な瞳を見て、私は自然と笑顔になる。


「うん。傍にいてね。」


私がそう言うと、吉田君が軽くキスしてきて驚いた。

吉田君は何事もなかったように耳まで真っ赤にして顔を背けている。

私は触れたあとすぐに離れてしまって実感が湧かなかった。

こんなんじゃだ不満だ…

私は吉田君の腕を下に引っ張るとおねだりした。


「もう一回!」


吉田君は私の発言に驚いていたけど、顔をクシャっとさせて笑うと「喜んで」と言って、今度はしっかりと唇を合わせてくれた。

唇から伝わる体温に嬉しくなる。

彼はここにいるって実感することができる。

私は背後で「イチャイチャするな!!」という声を聞きながら、吉田君と笑い合った。



私の初恋は勘違いから始まったものだったけど、


こうして色んなすれ違いを乗り越えて


今は彼の隣にいることができる。



これが運命だったらいいって思ったときもあったけど、


これはもう私の中で運命に変わっていた。



私はこの恋を一生手放さない。









勘違い系○○


社会人編 完




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。

紗英と竜聖の話は一旦ここでおしまいです。


書きはじめたときは、ここまで長く書くことになろうとは思ってもいませんでした。

でも、思い通りの最後にできてホッとしています。


まだ色々と不完全燃焼な部分があるため、その部分を番外編として今後上げていきたいと思っています。

そっちはラブ度が高めになるとは思いますが…

彼らのその後に興味がありましたら、読んでいただければ…と思います。



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