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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
202/218

4-84同じ誓い


親父の本社で会議を終えて、昼過ぎに会議室から出てくると猛が俺に声をかけてきた。


「あんた、割とできるんだね。ちょっと見直したよ。」

「何で上からなんだよ。もっと兄を敬えよ。」


俺が冗談で返すと、猛はムスッとふくれて恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「…親父に言ってくれたことも感謝してる。ありがとな、兄貴。」


俺は初めて猛に兄と呼ばれて驚いた。

こいつの中で俺の存在がランクアップしたことが素直に嬉しかった。


「どういたしまして。ま、俺がこうやって手伝うのもあと少しだな。頑張れよ、若社長候補。」

「候補は余計だろ。ぜってーなってやるから。」


猛は俺のからかいに真面目に返すとふんっと鼻息荒く歩いていった。

そんな姿が面白くて笑いが漏れる。

するとケータイが着信を知らせて、画面を見ると鴫原だった。

そういえば会議の途中にいなくなりやがったな…

俺は紗英のところに鴫原の車で行こうと思ってただけに、早く戻って来いと言おうと口を開いた。


「あ、鴫原!今、どこだよ!昼休みの間に紗英のとこに行きたいんだけど!!」

『すみません。しばらくそちらには戻れません。というか、その沼田紗英さん絡みなのです。』

「は?」


鴫原は車を走らせながら電話をしているのか、雑音が度々混ざる。

紗英絡みって何なんだ?

俺が黙って返答を待っていると、鴫原の咳ばらいが聞こえた。


『落ち着いて聞いてくださいね。』

「ああ。何だよ?」

『沼田紗英さんが階段から足を踏み外して怪我をされたそうで、今病院で手当てを受けているそうです。』

「………は?」


俺は鴫原の言っている事がスッと理解できなくて、唖然とした。


『宇佐美が現場に鉢合わせたようで、今一緒に病院にいます。詳しくは宇佐美に聞いてください。私はこの事をご友人たちに知らせないといけませんので、一旦電話は切ります。竜聖さんは一刻も早く病院へ行ってください。』


語気を荒げて言い切られて、俺はハッと我に返ると混乱した。


「は!?病院って…!!紗英は!?どういう事だよ!!」

『落ち着いてください。私にも詳しい事は知らないのです。とにかく、今すぐに病院へ行ってください。』


落ち着いたトーンの鴫原の声を聞いて、少し落ち着いてきて息を吐き出した。


「わ、わかった。今すぐ病院に向かう。」


俺はそれだけ返すと、反射的に会社の廊下を走り出した。

エレベーターのボタンを押して、なかなか来ないのが分かると俺は階段に走った。

そして階段を駆け下りながら、徐々に胸に不安が広がっていく。


紗英が階段から落ちた…?

病院に運ばれるほどって…無事なのか?


俺は現状が知りたくて、ケータイを取り出すと宇佐美にかけた。

宇佐美は何度か呼び出し音が鳴ったあとに電話に出た。


「宇佐美!!紗英が階段から落ちたって本当なのか!?」

『竜聖…どうしよう…。今…沼田さん手当受けてるけど…意識なくて…。』


宇佐美が明らかに動揺して言うので、俺は不安が大きくなった。

意識がないって…


「紗英…大丈夫なのか?無事なんだよな!?」


俺はそうであって欲しい気持ちで、宇佐美に尋ねた。

宇佐美はしばらく黙ったあと口を開いた。


『…分からないよ…。血もいっぱい出てて…私も何がなんだか…。』


宇佐美から聞く生生しい様子に背筋がゾッとした。

脳裏に倒れ込んで血を流す紗英の姿が過る。

それが自分の事故の記憶と重なって、鮮明な血だまりが呼び起される。

俺は頭を振ってそれを振り払うと、「すぐ行く!」と言って電話を切った。

そして俺は会社を出ると、病院に向かって走った。


走ってる内に息苦しくなってきて、ネクタイを緩めてシャツのボタンを開けた。


紗英…!…紗英……紗英!!

何でもっと早く会いに行かなかったんだ!!

会いたいって…ずっと…毎日、毎日思ってたのに…!!

なんでこんな事になったんだよ!!


俺は走りながら自責の念でいっぱいだった。


紗英がどれだけ俺を想ってくれてたかを知って、俺もやっぱり紗英が好きだと思った。

今ならごめんって言って、元に戻れる気がしてた。

紗英が一番だって…ずっと一緒にいたいって言えば、またあの笑顔で笑ってくれると思ってた。

紗英はいるんだから大丈夫。

まだ間に合うとそう思ってた。


だからこんな形でそれが叶わなくなるかもしれないなんて思ってもみなかった。


どうか無事でいてくれ!!

また笑顔で、俺の名前を呼んでくれ!!


俺はグッと目を瞑ってから点滅している横断歩道に駆け込んだ。

今なら渡れる!!

俺は全力で走った。

すると、信号が変わることに焦ったトラックが曲がってきて、俺は驚いてそのトラックを見つめた。

脳裏にいつかの記憶がフラッシュバックする。


ヤバいっ…轢かれる!!


そう思った瞬間、何かに引っ張られて、間一髪轢かれるのを逃れた。

トラックが大きなクラクションを鳴り響かせて通り過ぎて行くのを、呼吸を荒げながら見つめる。

そして安堵から歩道に尻餅をついたときにポケットから、紗英に返された指輪が転がった。

紗英と別れてからもお守りのように指輪を持ち歩いていた俺は、それを見つめて瞳を震わせた。

そのとき激しい頭痛が俺を襲った。


「いっ…!!」


頭を押さえてきつく目を閉じると、頭の中に早送りで映像がフラッシュバックした。

一番最初に見えたのは事故のときのもの。

宇佐美と言い争って、横断歩道で立ち止まってるところにトラックが突っ込んできた。

俺は宇佐美を突き飛ばして、トラックに轢かれた。

血だまりの中に自分の手が見える。


そこから遡って、今度は死んだ父さんの前で呆然とする自分。

言い様のない不安と悲壮感が胸に広がる。

隣には倉橋先生の姿が見えた。


そして今度は暗い部屋の中、目の前に紗英の笑顔が見える。

少し幼い…制服を着てる。涙ぐんでて…俺はそんな紗英を抱きしめてる。


そのときの言葉を鮮明に思い出した。


『紗英を俺にください。』


俺は確かにそう言った。


それをきっかけに紗英と過ごした高校生活、中学のときのこと、それよりも前のことを全部思い出した。


俺は急に全部思い出して、まっすぐ道路を見つめたまま荒い呼吸を繰り返した。


「……マジかよ…。」


俺は今まで埋まらなかった空白の時間が埋まって、頭がはっきりと冴え渡るようだった。

今なら自分は吉田竜聖だとはっきり口にできる。


そう思うと、俺が今まで見えなかった紗英の気持ちが見えてきた。


紗英がどうして俺を見てたまに泣きそうな顔をしたのか、全部分かる。


俺が大事な約束を全部忘れてたからだ!!


俺は守れなかったひどい約束を思って、涙が出そうだった。

紗英は約束を守って、俺を待っててくれたのに最低だ!


一番に会いにいけないなら、約束なんかで紗英を縛り付けなければ良かった。


俺は後悔ばかりで転がっている指輪を手に取って握りしめると、足をまっすぐに病院へ向けた。



今すぐ行く!!

だから絶対無事でいてくれ!!



俺は紗英の笑顔が頭から離れなくて、目の奥が熱くなりながら顔をしかめて走った。





***





そして病院に着くと、汗でシャツが体に貼りついているのが気持ち悪かったが、受付の人に居場所を尋ねた。


「ここに急患で運ばれてきた、沼田紗英はどこにいますか!?」


受付の女性は俺の汗だくぶりに驚きながらも、パソコンで調べて教えてくれた。


「沼田紗英さんの病室は…301号室です。そちらのエレベーターで三階に行ってください。」

「ありがとうございます!!」


俺はお礼だけ告げると、エレベーターのボタンを連打した。

エレベーターがすぐ来ていたので乗り込んで三階のボタンを押す。


早く!!早くしろよ!!


俺は気が急いていて、三階に着くなりエレベーターから飛び出した。

そして左右の廊下を見て、右側の廊下の向こうに見える長椅子に翔平たちがいるのが見えた。

それを見て反射的に走り出すと、俯いている翔平と竜也、それに恭輔さんと宇佐美に声をかけた。


「紗英は!?」


俺が来たことに顔を上げた4人は疲れ切った暗い顔をしていて、俺は息をのんだ。

まさかっ…!?

嫌な予感がする。

俺は4人の返答も聞かずに病室に飛びこんだ。

病室には紗英が頭に包帯を巻いた状態で寝ていて、顔色が異様に白かった。

無事なのかどうかも分からない。


俺は駆け寄って紗英を見下ろすと自然と後悔が口からこぼれ落ちた。


「…イヤだ…。別れたいなんて嘘なんだ…。俺を…置いて行かないでくれ!!」


息が浅くなってきて、目の奥が熱くなる。

胸に何かが突き刺さったように痛い。


「お願いだっ!!…俺にっ…償うチャンスをくれよ…っ…!!もう…離れるのは嫌だっ…!」


俺は紗英のベッドに突っ伏すと声を押し殺して泣いた。


父さんっ…紗英を連れて行かないでくれ…っ…

もう父さんのときみたいに後悔したくないっ…

お願いだ…お願いだよ…


俺は父さんが横たわっているときの事を思い出して、胸が苦しくなった。

あのとき、俺は後悔したんだ。

何でもっと早く父さんと向き合わなかったんだろうって…

家族の時間を取り戻してる最中に父さんがいなくなって…親孝行もできなかった事を悔いた…

反抗していた時間を巻き戻してほしかった。


今もあのときと同じだ。


紗英を一方的に傷つけて、紗英の気持ちを見ないふりをしてしまった。

自分が傷つくのが嫌だったから…

紗英を悲しませるのが自分だなんて思いたくなかった。

だから、色んな事を理由に逃げたんだ。


そんな事、もうすべて解決していたのに…

自分が悪者になりたくなかった。


でも紗英はそんな俺をすべて分かってた。

分かってて、俺を信じてくれていたんだ。

ずっと…本当にずっと昔から…


俺も紗英のその想いに報いたい…

やり直させてくれよ…

紗英と距離をおいた辺りから…やり直させてくれ!!


俺はそんな事ができないのは分かっていて、拳を握りしめた。

俺はいつも動くのが遅いんだ…。

俺は臆病な自分を呪った。


「…っ…うっ…!…ひっ…!!」


俺がベッドに顔を押し付けて声を殺して泣いていると、俺の頭に手が置かれて、俺は驚いて顔を上げた。


「竜聖…何で泣いてるの?」


そこには紗英が目を開けて笑っていた。


生きてる…


俺はそれが分かっただけで、体が勝手に動いて紗英を抱きしめた。

温かい紗英の体温を感じて涙が溢れる。


「良かった…良かった…。紗英…良かった…。」


俺は鼻をすすりながら何度も繰り返した。


良かった…本当に良かった…


紗英がいなくなったら本当に生きていけないと思った。



「変なの…。私、頭をちょっと切っただけだよ?」

「へ…?」


紗英の言葉に俺は涙で汚れた顔を上げて、紗英を見た。

紗英は俺を見た後、ちらっと俺の後ろに目を向けた。

それを見て、俺は後ろを振り返った。


そこには翔平や竜也に恭輔さんがニヤッと笑って立っていた。

その姿に口をぽかんと開ける。

すると竜也が一歩部屋に入ってきて、意地悪そうに笑った。


「仕返しだよ。沼田さんを傷つけたな。」

「まったくだ。紗英の事、散々泣かせやがって!!これで懲りただろ?」

「お前はもう沼田家の敷居は跨がさんからな!!」


口々に非難されて、俺は皆の表情が演技だったと分かった。


こんなんで騙すとか…縁起でもねぇ…


俺は騙された事に頭を抱えて項垂れた。


「ははっ!!ざまーみろ!!」

「お前の悲愴な顔、マジで笑ったぜ!?」

「『俺を置いていかないでくれ!!』だもんなぁ?」


俺は自分が言った言葉でからかわれて、さすがに頭にきた。

俺はイラッとしながら立ち上がると、竜也たちを追い出した。

そして扉を閉めると、傍にあったモップでつっかえ棒にして扉が開かないようにした。


扉の向こうから恭輔さんの怒った声が聞こえてくる。


「竜聖?」


ずっと聞きたかった紗英の声が聞こえて、俺は紗英の姿を目に映すと駆け寄ってもう一度抱きしめた。


「ごめん!本っ当にごめん!!俺…本当に自分勝手で…紗英の気持ちなんか考えなかった。すごく一方的だったって反省してる。別れたいなんて…嘘なんだっ…。俺はこれからも紗英と一緒にいたい。もう紗英がいないと生きていけないんだ!!」


俺はどう受け止められようとも構わなかった。

自分の本心を伝えないままに終わるのは嫌だった。

今回、紗英と二度と会えなくなるかもと思って、一生分に近い後悔をした。

だから、もう自分のしたことで後悔したくなかった。


すると紗英が俺の背に手を回して、抱きしめ返してくれた。


「うん。私も…竜聖がいないと生きていけないよ。もう…我慢するのは…イヤだ…。」


紗英のだんだん鼻にかかっていく声を聞いて、俺は紗英から離れて紗英の顔を見た。

紗英は目に涙を浮かべていて、今にも零れ落ちそうだった。

俺はその涙を手で拭うと、紗英の額に自分の額を合わせて言った。


「今まで傷つけた分、俺の一生をかけて償うよ。だから、紗英の一生を俺にください。」


俺の言葉に紗英が目を見開いた。

俺はあの日と同じ言葉を口にした。


「…俺が18になったとき、紗英に永遠の愛を捧げるよ。」


俺はあのときと同じ誓いを胸に刻んだ。


「紗英を俺にください。」







やっと記憶を取り戻しました。

この思い出し方はずっと以前から決めていたので、やっと出せてホッとしています。

次が最終話になります。

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