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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
199/218

4-81見落としていた


俺は誰だか分からないけど女子に殴られたのは初めてのことで、痛む頬を押さえて玄関に腰かけていた。

さっき竜也やあの女子に言われたことは、俺だってよく分かってる事だ。

紗英がそういう奴だってのも知ってる。

だから、嫌なんだ。

俺のせいで苦しませたくない。


好きだけど、一緒にはいられない…。


俺はそう思って、玄関に寝そべった。

すると俺の顔を遠慮がちに宇佐美が覗き込んできて、俺は目を瞬かせた。


「……竜聖。傷…手当てしようか?」


宇佐美が俺の頬に触ってきて、俺はそれを振り払うように手で宇佐美の手を払いのけた。


「大丈夫だよ。それより、お前…俺と昔から知り合いだって本当なのか?」


俺は竜也に言われた事が胸に引っ掛かっていた。

宇佐美とは転校したときからの友達だと思ってた。

でも、竜也は俺が記憶のない高校のときからの同級生だと言っていた。

ストーカーだと…。

俺はそのことを確認したかった。


「……本当だよ。正確に言えば中学からの同級生。…私はその頃から竜聖が好きだった。」


中学と言われて俺は驚いて体を起こした。


「じゃあ…何で俺と会ったとき、初めてみたいな顔してたんだよ…。」


俺は高3のときに宇佐美と会話したことを思い出した。

俺はあの頃、頭が真っ白で人と関わるのが怖かった。

そんな俺に宇佐美は平気で話しかけてきた。

それこそ記憶がないと言っても、笑い飛ばすぐらいでそれにどこかで救われてた。

そんな宇佐美はどういうつもりで俺と新しい関係を築いていこうとしたんだ?

それが分からなくて、俺は胸がモヤモヤとしていた。


「…それは…。やっぱり…竜聖が好きだからだよ…。記憶がないなら新しい関係を作ればいいと思った。そうしたら…いつか竜聖と付き合える日がくると思ってた…。」


どこまでも一途に想われている事が伝わってきて、俺は頭を抱えた。

宇佐美に何度気持ちを伝えられようともピクリとも心が動かなくて、俺はため息をついた。

ここで宇佐美に心が動いてくれたら、少しは楽になれるんだろうか…?

俺は横に宇佐美がいる今も、紗英の事が頭から離れなかった。

竜也やあの女子に言われた言葉が頭の中を駆け巡る。


紗英は俺のことをどう想ってたんだろう…?


この一カ月以上…、何も連絡をしてこなくて宇佐美の言う男と仲良くやってたのかもと思った。

でも、あの三人の様子だと勘違いのような気もする。


紗英の幸せって何だ…?


俺は答えが出そうにもなくて頭を掻きむしった。



「…俺、今日は休む。親父や猛にはよろしく言っておいてくれ。」



俺は靴を脱いで中に入ると、宇佐美に告げた。

宇佐美は焦って俺の後を追いかけてくると、後ろから抱きついてきた。


「竜聖!沼田さんと別れたんでしょ!?なら、私の気持ちを受け入れてよ!今なら何の問題もないでしょ!?」


俺は宇佐美を引きはがすと、キッパリと言い切った。


「悪いけど、俺が宇佐美と付き合う事はない。というか…紗英以外のやつと付き合うとか…考えられねぇ。諦めて次にいってくれ。」


「そんっ…な…こと…。何で…沼田さんなの…?」


宇佐美の傷ついた顔が見えたが、もう俺には誰が傷つこうと構わなかった。


「…そんなの俺が聞きたい…。心が勝手に動くんだよ。紗英しかいないって…勝手に反応する。こんな状態で…他のやつとか…俺には無理だ。」


「…っイヤだよ!!そんなこと言わないでよ!!私が沼田さん以上になるから!!だからっ―――」


「もう、やめてくれよ!!考えたくないんだ。頼むから…もう言わないでくれ。」


俺は宇佐美の顔も見ずにそれだけ伝えた。

すると廊下の奥の引き戸が開いて、母さんの姿が見えた。


「竜聖?何を言い争ってるの?」


俺は傷ついた表情を見せる宇佐美を一瞥した後、母さんに心配をかけないように笑顔を浮かべた。


「何でもないよ。宇佐美に今日は親父の所に行くのはやめるって言ってただけだ。」

「そう…。それなら、少し時間をちょうだい。竜聖に話したいことがあるの。」


優しい表情を浮かべた母さんを見て、以前言っていた退院したら言いたい事かと思って、母さんに向けて足を進めた。

すると後ろから宇佐美が引き留めてきたので、俺は親父と猛に伝えてくれとだけ言い残して、母さんの促す部屋に入った。


母さんは部屋の奥に進むと、座布団の上に正座して俺を見据えた。

俺はその前に座布団を滑らすと、同じように正座した。


「…あなたに言わなければいけないことがあるの。聞いてくれる?」

「…あぁ。いいよ。」


俺は何の話か気になって、一度唾を飲み込んだ。

母さんは細く息を吐き出すと、胸に手を当てて話し始めた。


「…まず…以前…あなたの彼女にひどい事をしてしまった事…謝らせてちょうだい…。あのときはあなたをあの子にとられると思って…ひどい事をしたわ…。本当にごめんなさい。」

「…いや…そのことは…もういいよ。」


俺はもう終わった話だと思って、少し頭を下げる母さんにそう言った。

母さんはまだ何かあるのか、ふっと息を吐き出すとさっきよりも真剣な顔になった。


「それと…以前…ともっと昔に…あなたの首を絞めたこと…心から後悔してるの…。これは、許してなんて言わないわ…恨んでくれて構わない…。親として失格だと思ってるから…。」


俺はあのときの事が間違いじゃなかったと思って息を飲み込んだ。


「…以前と…もっと昔って…昔にも同じことをしたの…?」


俺は以前思い出しかけた暗い記憶が脳裏を過っていた。

母さんは暗い顔で頷いた。


「…あなたの記憶がないことをいいことに…隠していたの…。あなたが中学二年のときの事よ…。これがきっかけで…あなたのお父さんとは離婚したの。」


母さんから初めて聞く過去の話に、俺は失くした記憶が埋まるようだった。

母さんは膝の上で手を握りしめると顔をしかめた。


「離婚してからは…あなたに一切会わせてもらえなくて…、会いたくてその想いだけを募らせていたの…。だから、お父さんが事故にあって亡くなったと聞いて、あなたと会えるチャンスだと思った。そして、今のお父さんに頭を下げてでも、あなたと一緒に暮らしたかった。会えなかった時間を埋めたかった。」


母さんが俺を引き取ってくれた背景が見えてきて、俺はまっすぐ母さんを見つめた。


「一緒に過ごすようになってからは、あなたが離れて行かないように、桐谷の家に閉じ込めてしまった事…後悔しているの。私の愛情が…独占欲に変わっていて…、あなたの自由を奪ってしまった…。本当にごめんなさい。」


俺は母さんの懺悔を聞きながら、なぜ今になって話したのかが気になった。


「…母さん。何で、今になって俺にその話をするの?」


母さんはちらっと俺を見ると、ふっと微笑んだ。


「私がダメだと言った…あのお嬢さんに気づかされたのよ…。」

「…紗英に…?」


俺は二人の間に何があったのだろうと思った。

二人が会話してる姿なんて一度だって見たことがない。


「…あの子に説教されてしまったの…あなたを桐谷の家に閉じ込めてるのは私だって…。あなたの幸せを分かってあげて欲しいとそれはもう熱心にね…。でも、私は頭にきていたから、手を出してしまって…。彼女には悪いことをしてしまったと思ってる。そして、気づかせてくれたことを感謝してるの。」


紗英が俺のために、母さんと言い争いをしていたなんて知らなかった。

俺は自分が何か大きな見落としをしているような気がしてきた。


「竜聖。あの子に会ったら、伝えてちょうだい。気づかせてくれてありがとう…という言葉と、手を出してしまってごめんなさいという謝罪を。お願いね。」


母さんに言われて、俺は頷くしかなかった。

いつの間にか母さんが紗英を受け入れていて、俺は自分のしてきた事が間違っていたような気がした。

紗英と距離をとったところから歯車が狂った気がしてならない。

俺はドクドクと鳴る心臓の音を聞きながら、握りしめた手が震えているのを感じたのだった。






***






母さんと話した週の日曜日―――――


俺は特別診察で倉橋先生の元を訪れていた。

というのも最近仕事と家の事で忙しくて、中々病院に来れなかったため特別に倉橋先生にお願いしたからだ。

休みの日にも関わらず、倉橋先生は俺を笑顔で出迎えてくれて、いつものように世間話をし始めた。


「いや~この一カ月程は君も忙しそうですね。お家の事は順調ですか?」

「あ、はい。猛が率先してやってくれるので、俺はサポートだけで助かってます。親父も猛を認め始めてて丸くなった気がしますし、だいぶ家にいるのが楽になりました。」


俺の近況に倉橋先生は嬉しそうに目を細めた。


「それは良かったです。それじゃあ、診察しますね。」


倉橋先生はそう言うと、いつもと同じ流れで問診し始めた。

俺ははっきりと取り戻した記憶はなかったので、いつもと同じ返答をして軽く診察を終えた。

倉橋先生は問診票を見ながら、「おかしいですねぇ~」と言って首を傾げている。


「君が彼女と再会したことで、何か変化があると思ってたんですが…。最近は彼女と一緒にいてどうですか?」


俺は別れたことの知らない先生に聞かれて、返答に困った。

正直に答えるべきか誤魔化すか…

俺は少し俯いて、先生から目を逸らした。


「…その…紗英とは…最近会ってなくて…。」

「ほう。そうなんですか?」


俺は別れたとは言い出せずに、ひざの上の手を握りしめた。

先生に嘘をついた罪悪感が胸を掠める。


「う~ん…それって一カ月前の事と何か関係がありますか?」

「えっ…?何の話ですか?」


先生は何かを知っているのか、腕を組むと俺を見据えた。


「一カ月ぐらい前、紗英さんがそこの廊下で泣きながら蹲ってましてね。頬にひっかき傷と殴られたような打撲があったので治療したんですよ。彼女は誤魔化してましたが、何かケンカでもしたのは一目瞭然でしたねぇ…。」


一カ月くらい前…頬に殴られたような打撲…?

それを聞いて、母さんの話と俺が距離をとろうと言った日が重なった。

まさか…あの日!?


「せ…先生…。紗英は何か言ってなかったですか…?その…俺のこととか…。」


俺はあの日か確かめたくて先生に尋ねたが、先生は唸ると「隠してましたからねぇ…。」と言ってしまい、新しい情報はなさそうだった。

でも俺は、紗英が俺のために母さんと言い争ったときに、俺が追い打ちをかけるように紗英を傷つけた事だけは分かって、自分がますます情けなくなった。

俺は一体紗英の何を見てきたんだ!?

紗英が母さんを理由もなく殴ろうとするはずないだろ!!

母さんに殴られて、やり返そうとしただけだったんだ。

俺はそれを誤解して、紗英にひどい言葉を浴びせた。


俺は最低だ…。


俺は自分のしてきた愚かな行動の数々が胸に重くのしかかった。

あの女子の言う通り、俺は一方的だったのかもしれない…

俺は紗英がしてくれた数々の行動を思って、紗英に会いたい想いを募らせていった。


まだ今なら話を聞いてくれるかもしれない。


俺はもう一度紗英と話をしなければならないと感じて、どう伝えようかを頭の中で必死に考えたのだった。






竜聖が真実を知りました。

次は久しぶりに紗英の視点です。

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