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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-79竜聖の居場所


私が紗英の部屋でテレビを見て寛いでいると、玄関で物音がして紗英が帰って来たのが分かった。


「おかえりー。」


声をかけるが紗英からは反応がなくて、私はテレビを消すと玄関に紗英を迎えにいった。

すると紗英が靴も脱がずにその場に手をついて泣いていて驚いた。


「紗英っ!?」


私はへたりこんでいる紗英にかけよって、紗英の背に手を置いた。

私は吉田と仲直りしに行ったとばかり思っていたので、紗英がこんな風に帰って来るのは予想外だった。

何があったのか気になって、紗英の背を撫でながら優しく訊いてみた。


「紗英…何があったの?」

「…うっ…ひっ…!…りゅうっ…せいっが……。」


紗英は肩を揺らしながら、手で何度も涙を拭った。

私は見るのも痛々しい姿にもらい泣きしてしまいそうで、ぐっと気持ちを強く持った。


「…っ……わかれようって…っ…っひ…うぅ~…っ!!」


紗英はそう何とか口に出すと、私にすがりつくように泣き出してしまった。

子供のように声を上げて泣く紗英を抱きしめながら、私は目の端に涙が滲んできて紗英の辛さが胸に突き刺さった。


吉田がなぜ別れを切り出したのかは分からなかったけど、今はただ泣きじゃくる紗英を支えたくて、私は紗英の背を撫でていることしかできなかったのだった。




それから少し落ち着いた紗英を支えてリビングまで移動すると、事情を聞くためにお茶を差し出して紗英の隣に腰を下ろした。

紗英は目の周りと鼻の頭を真っ赤にさせた顔でお茶に口をつけると、一息つけたのかふうと息をついた。

私はそれを見て聞くのも躊躇ったけど、知らなければいけないと口に出した。


「紗英、吉田に何を言われたの?」


紗英はビクッと肩を震わすと、お茶の入ったコップを両手で握りしめた。

紗英の視線はまっすぐコップに注がれている。


「……宇佐美さんと…キスしたって…謝ってきた…。」

「はぁ!?何それっ!」


私はカッと頭に血が上ってテーブルの上に置いていた手を握りしめた。


「…そのことは…宇佐美さんから聞いてたから…知ってたんだけど…。…抱きそうになったって言ってて……。私に…どう言ってほしいのかと思って…訊き返したら…別れようって…。」


紗英はまた肩を震わせると、思い出したのか目から涙が流れてきた。

私は怒りでどうにかなりそうだった。

こんなんじゃあんまりだ。

紗英はただ辛い事を聞かされて、別れるためだけに吉田に会いに行ったことになる。


あいつ!!昔っからぜんっぜん変わってない!!

自分勝手にもほどがある!!


私は涙を流し続ける紗英を横から抱きしめると、励ました。


「もう忘れよう!!紗英!あんなやつ放っておけばいいよ!!紗英はあいつ以上に好きになれる奴見つければいいよ!!」

「…っ…そんなの…無理だよ…。私…昔から…竜聖しか…いなかったんだもん…っ…」


紗英の言葉に私は納得するしかなかった。

紗英は中学の頃から…それこそ10年に渡ってあいつだけだった。

その時間の長さと想いの深さを超える相手を見つけるなんて…

簡単なことじゃない…

私はそれでも吉田のしたことは許せなくて、紗英には忘れて幸せになってほしかった。


「大丈夫!!きっと見つかるから!見つかるまで、ずっと紗英を守るから!!」

「…っ…麻友…っ…ありがと…。」


紗英は私の腕に手を添えると、鼻をすすりながらそう言った。


私は紗英を強く抱きしめながら、今日ここに来てよかったと心からそう思った。

私がいなかったら、紗英はきっと一人で泣いていた。

きっと心も折れて、自分を責め続けたかもしれない。

私の言葉が支えになれたかは分からないけど、少しは力になってると思って、私は自分のできることを頭に思い描いていた。




***




次の日――――


私は仕事に行く紗英と一緒に出ると、また冬に会おうと約束を交わして紗英とは駅で別れた。

紗英は昨夜に比べたら元気になっていて、笑顔で電車に乗っていった。

本物の笑顔には遠いかもしれないけれど、笑顔を作ってることが前に進もうとしている証拠だと信じる事にした。

そして私はケータイを取り出すと、ある人物に電話をかけた。


「あ、もしもし。本郷君?久しぶり。」

『安藤…じゃないな、服部?ってのも変か…。っていうか何の用だよ?珍しいな。』


私は結婚式以来に話す本郷君の反応に笑いが漏れた。


「呼び方なんてどうでもいいけどさ。吉田竜聖の居場所知らない?」


私は昨日の泣きじゃくる紗英を見て、吉田に会いに行こうと決めていた。

紗英から本郷君たちも仲直りしたと聞いていたので、きっと居場所を知っていると思った。


『…何でお前が竜聖の居場所を知りたいわけ?』

「何でもいいでしょ!?いいから教えてよ!!」

『いや…だって、あいつ記憶ないんだぜ?知ったところで会いにいけねぇだろ?』


私は中々教えようとしない本郷君に苛立ってきた。


「記憶がなによ!!会いに行くんだから、黙って教えてくれればいいの!!」

『ちょっ…何、怒ってんだよ。こえー奴だな…。っていうかお前こっちに出てきてるわけ?』

「そうよ!!文句ある!?」


私は早く教えろと思いながら、本郷君に噛みついた。

すると電話の向こうでため息が聞こえて、呆れたような声が聞こえた。


『なんかただ事じゃねぇのは分かったから、俺も一緒に行くよ。とりあえず、○○駅まで出てきてくれよ。俺もそこに行くから。』

「……分かった。早く来てよね!!」


私は一緒に来るというのが不満だったけど、ここで折れないと居場所を教えてくれそうにもなかったので、しぶしぶ納得した。

そして電話を切ると、約束した駅へと向かうため駅員さんへ声をかけたのだった。




***




私が約束した駅で仁王立ちで待っていると、なぜか山本君まで一緒に本郷君が姿を見せた。

増えてる…何で…

私は一人で行くつもりが三人になって唖然とした。


「悪い!竜也に連絡してたら遅くなった。」

「何で、わざわざ連絡するの!?」


私はヘラヘラと笑っている本郷君を見て抗議した。

本郷君は悪びれる様子もなく首を傾げると「ダメだった?」と言っているし、私は大きくため息をついた。

こうやってる時間がもったいない。

今日は向こうに帰らないといけないし…

私は自分の予定を思い返して、歯向かうのはやめることにした。


「もういい!!早く行こう!吉田はどこにいんの!?」

「っていうかさ、何でそんなに竜聖に会いたいわけ?」


私に急かされた本郷君が歩きながら尋ねてきて、私は一緒に来てもらう以上事情は知っておいてもらった方が良いかと話すことにした。


「…紗英が…吉田と別れて…その文句を言いにいくのよ。」

「は!?」「別れたって何で!?」


本郷君も山本君も食いついてきて、私はムスッとしたまま話した。


「なんか宇佐美さんが絡んでるっぽくて。詳しくは分からないから、吉田の言い分も聞こうかと思ってるの。」

「宇佐美が!?」「宇佐美って誰?」


山本君は私と同じ高校だっただけに宇佐美さんを知ってたけど、本郷君は首を傾げて知らないようだった。

横目で二人を見ると事情を大体理解した山本君の表情が険しく歪むのが見えた。

本郷君は変わらず呑気な顔で「誰なんだよ?」と言ってくるし、心底鬱陶しい。


「宇佐美さんは吉田のストーカーだよ。高校のとき有名だったの。なんか、紗英に聞いたら宇佐美さんはこっちの高校でも吉田と友達だったらしくて、今は吉田の家の秘書なんだってさ。」

「…っそういう事かよ…。」


山本君は怒っているのがヒシヒシと伝わってくるぐらい、眉間の皺が深くて奥歯を噛みしめているのが見える。

本郷君は言葉を失って、悲愴な顔で前を見つめている。

私は二人がまだ紗英の事を大事に思ってくれてると分かって、少し安心した。

私が一緒にいれなくても、二人がいれば紗英は一人ぼっちじゃない。

きっと紗英の支えになってくれる。

自然と怒っていた気持ちが和らいで、私は足を速めた山本君に続いて歩くスピードを速めた。



そして二人が連れて来てくれたのは、スポーツ用品のお店だった。

二人は自動ドアをくぐって中に入っていったので、それに続いて私も中に入る。

中には首から社員証を下げた店員さんが何人かいて、二人は誰かを探すとレジの方へ進んでいって店員さんに話しかけた。


「桐谷竜聖に会いたいんだけど。」

「…え…桐谷さんですか…?桐谷さんは今日はお休みですけど…。」


山本君が店員さんを威圧して聞いたけど、返答は残念なもので二人は黙って考え始めてしまった。

私は二人に任せるしかなかったので、とりあえず様子を見守る。

すると、何か思い至ったのか本郷君がレジの店員さんに向かって声を上げた。


「あの!店長さんに取り次いでもらえますか!?」

「…て…店長ですか…?…少々お待ちください…。」


レジの女性店員さんは困った顔をしながら奥に引っ込んでしまった。

それを見て二人が何か通じ合っているのか顔を見合わせて「これしかねーだろ?」と言っている。

私だけ蚊帳の外だったが、今は吉田に会えるなら何でも良かった。

しばらくすると、さっきの女性店員さんの後ろから小太りで禿げ頭のいかにも店長!というおじさんがやって来た。

そのおじさんは二人と顔見知りだったのか表情を驚いたものに変えると、その後に「こっちに来てください。」と出てきた所に戻って行こうとしてしまう。

二人は焦ってついて行こうとするので、私はレジの店員さんに軽く会釈してから続いた。


そして照明の暗いバックヤードを抜けて少し広い空間に出ると、店長さんは振り返って立ち止まった。


「私に何か御用ですか?」

「あの!!以前は断られてしまいましたけど、今日はどうしても竜聖の事を教えていただきたくて来ました!!竜聖が今、どこにいるのか知らないでしょうか!?」


本郷君が店長さんに詰め寄った。

店長さんはふうと息を吐くと、メガネを押し上げた。


「…君たちは、桐谷君とあれからどうなりましたか?」

「仲直りしました!!今は友達だと思ってます!あいつから桐谷の家の事情も少しは聞いています!」

「あいつ…今、実家にいるんですよね!?俺たちその実家に行きたいんです!場所を教えてください!!」


山本君が頭を下げたのに倣って本郷君も頭を下げた。

私はそれを後ろで見ていて、慌てて一緒に下げた。

一体…これはどういう関係なの…?

頭を下げながら、なんでこのおじさんにお願いするんだろうかと思った。


「じゃあ…君たちは…桐谷君の彼女もご存知なんですか?」


この言葉に私は紗英の事だと思って頭を上げた。

前で本郷君と山本君も顔を上げていた。


「はい。紗英は俺たちの友人です。」


「…そうですか…。そういう関係でしたか…。では、あなた方には感謝せねばなりませんね。」


本郷君の返答を聞くなり、店長さんの態度が変わって表情が柔和なものになった。

それを見て、私たちはホッと胸を撫で下ろした。

何だか分からないけど、教えてもらえそうな雰囲気だ。


「桐谷君はその彼女のおかげで…すごく前向きに変わりましてね…。彼の昔の姿を知ってるだけに嬉しかったんですよ。彼も人並みに人を愛したり…大事にできるようになったんだってね…。最初に出会った頃は…それこそ世界の誰も信用していないような姿だったので…。」


店長さんの言葉にこの人は吉田と深く関わりのある人なんだと分かった。

私の知らない吉田を知っているようで、少し興味が湧いた。

それは二人も同じようで店長さんを見つめて言葉を失っている。


「だからお礼を言わせてください。彼を…諦めないでくれたこと…本当にありがとう…。彼は記憶がないことをかなり負い目に感じていたから、人との繋がりを自ら拒絶していたんです。そんな彼がここまで変われたのは、君たちのおかげだ。」


「いえ!!俺たちは何もしてないです!!」

「そうです!あいつが変わったとしたら…それは…やっぱり彼女のおかげです…。」


二人は紗英と吉田が別れたと知っているだけに複雑そうな表情を浮かべた。

私だって店長さんの話を聞く限りでは、どうして別れる事になったのかその状況が見えてこない。

吉田を変えるぐらい、紗英の存在は吉田の中で大きかったはずだ。

なのにどうして別れを切り出したんだろう…?

私は怒りが収まっていて、代わりに疑問が過った。


「あの、その彼女のことで…どうしても竜聖に会いたいんです!!」

「お願いします。実家の場所を知っていたら教えてください!!」


二人は考え込む私の代わりにまた店長さんに頭を下げた。

店長さんはそんな二人を見て笑った。


「そうでしたね。すみません。話が逸れました。えっと、実家の場所ですが…高級住宅地の中になりますので駅からは結構歩きますよ。駅からタクシーを拾った方が早いと思います。住所をメモしてきますので、ちょっと待っててくださいね。」


店長さんはそう言うと、奥に見えていた扉に向かって早足で行ってしまった。

従業員名簿にでも住所が書いてあるのだろうか…?

私は店長さんの背を見送ってそう思った。


すると同じように店長さんの背を見ていた二人が振り返った。


「なぁ…店長さんの話を聞いたら、二人が別れるなんて信じられねぇんだけど…。」

「俺も…どう見たって竜聖は沼田さんにベタ惚れだったんだぜ?沼田さんから別れを言い出したのか?」

「んなわけないじゃん!!紗英から別れを切り出してたら、私はこんなとこまで来ないって!!」


私は疑ってくる二人に噛みついた。

二人は「悪い…。」と謝って、不思議そうな顔を浮かべている。

私だって理由なんか分からないんだって!!

吉田の頭の中が分かったら、こんなに苦労してないっての!!

私は腕を組むと二人を睨んだ。


そうしている内に店長さんから扉から走って出てきて、山本君にメモ用紙を手渡した。


「ここに詳しい行き方も書いておきました。分からないなら、駅で誰かに聞けばすぐ分かると思いますよ。桐谷の家は大きいですからね。」


丁寧に説明してくれた店長さんに私たちは揃って頭を下げると、その桐谷の家に向かうべく足を進めた。

すると後ろから店長さんが思い出したように声をかけてきた。


「あ、以前はひどい事をいってすみませんでしたね。傷はもう癒えているようなので、私の言葉は忘れてくださいね。」


私は言葉の意味が分からなかったけど、二人には伝わったのか二人は「ありがとうございます!!」と返事をして足を速めた。

私はその背に続きながら、優しい顔で笑っている店長さんを一瞥してからそこを後にした。







この三人の組み合わせは珍しいです。

次まで続きます。

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