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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-78一番言いたくない言葉


俺は退院した母さんを実家に送り届けると、紗英に会うために実家を後にした。

電話をするときは今までにないほど緊張した。

冷たい声で返される事も覚悟していたけど、紗英の声はいつも通りで少し安心した。

久しぶりに聞く紗英の声は心地よくて、もっと聞いていたいと思って、電話を切るのが名残惜しかった。

会えなくても連絡をしなくても関係ない。

やっぱり俺の心が動くのは紗英だけだ。


俺は駅まで歩きながら、何としてでも元通りになろうと心に決めた。


すると俺の家に向かっているのか、宇佐美が前から歩いてきた。

宇佐美は俺に気づくと笑って手を振ってきた。

俺は告白されて以来、距離感が上手くつかめなくて固い笑顔を浮かべて手を振り返した。


「竜聖。玲子さん、帰ってきたばかりなのにどこに行くの?」

「あー…ちょっと紗英に会いに行くんだよ。」

「沼田さんに?」


俺が紗英に会いに行くと言った事で、宇佐美の表情が険しく歪んだのが分かった。

まぁ、俺が好きだと言っているんだから当然の反応か…

俺は気持ちに応えられない申し訳なさから、視線を逸らした。


「そう…じゃあ、別れを切り出されるかもしれないよね。」

「…は?何言って…。」


俺は宇佐美が何かを知っているかのように言い切ったのが気になって、宇佐美に視線を戻した。

宇佐美は得意げな顔で微笑むと、俺に言った。


「だって、この間沼田さんに会ったんだけど、知らない男の人と一緒だったから。」

「男って…それ…どこで…?」


男と一緒だったと聞いて、俺は背筋が冷えていくようだった。


「どこかは言わないけど、その男の人は落ち込んでる沼田さんを優しく支えてる感じだったの。あの雰囲気で何の感情もないなんて、私には考えられないから。きっと沼田さんは竜聖から気持ちが移ってるのよ。」

「…移ってるって…そんなわけねーだろ…。」


俺はかろうじて残っている自信をかき集めて反論した。

宇佐美は本当の事を言っているようで堂々としていて、少ない自信さえ揺るぎそうだった。


「分からないじゃない?一カ月以上もほったらかしにしたのは竜聖でしょ?女心は移りやすいのよ。あ、私は違うけどね。」


宇佐美に痛い所を突かれて、俺は俺に体を近づけてくる宇佐美から離れた。

そういえば鴫原もそんな事言ってたな…

距離間を見誤るなとか…

俺は紗英との距離の取り方を間違えたのか…?

俺は言い様のない不安が湧き上がってきて、駅に目を向けると走り出した。

背後で宇佐美が呼び止める声が聞こえたが、一刻も早く紗英の所に行きたい気持ちで足を動かし続けた。




***



そして俺は紗英より先に約束した海の見える遊歩道に来ると、歩道の手すりにもたれかかって息を整えた。

紗英に男…?

いったい誰なんだ…?

紗英もそいつに心を許してるなら…俺はもう必要ないんじゃ…

俺は海を背に、手すりの柵にもたれかかったままへたり込むと頭を抱えた。


俺はただでさえ紗英がいるのに、宇佐美に手を出した大馬鹿野郎だ。

紗英が許してくれたとしても、俺は自分を許せるのだろうか…?

紗英に無理をさせる自分を情けないとは思わないのか…?

紗英に無理させるぐらいなら、いっそのこと離れた方が紗英の幸せになるんじゃないのか…?

傍に支える男がいるのなら…尚更だ…

俺は色んな事を悶々と考えて、頭がガンガンと痛くなってきた。


もう…どうすればいいのか分からねぇ…


「竜聖。お待たせ。」


俺が顔を手で覆っていると、紗英の声が聞こえて俺は顔から手を外した。

紗英は以前と変わらず優しく微笑んでいて、それを見ただけで体が会いたかったと叫び出した。

立ち上がって紗英を抱きしめたくて足が前に出る。

でも、かろうじて自分の衝動を抑え込んで、紗英から目線を外して耐えた。


「来てくれて…ありがとう…。」

「ううん。お母さんの退院良かったね。連絡してくれて嬉しかったよ。」


紗英は本当に喜んでくれているようで、俺は罪悪感から「うん。」としか言えなかった。


「あのね…あの日の病院での事…ごめんなさい。」

「え…?」


紗英が急に頭を下げて謝ってきて、俺は戸惑った。

紗英は顔を上げてから、じっと地面を見つめて眉をひそめたまま続けた。


「竜聖がお母さんばっかり…守ろうとしてるのが見ていられなくなって…。お母さんに嫉妬して…ひどい事言ったから…。…ずっと竜聖を傷つけた事…後悔してて…。本当にごめんなさい。」

「そっ…そんな事ねぇよ!!悪いのは俺だ!!母さんを優先して…紗英の事…考えてなかった。」


俺は母さんに拒絶されて傷ついていたのは紗英の方だと思って、頭を下げた。

そうだ…紗英はいつも優しい…

自分が傷ついてても、俺のことを考えて謝ってくる奴なんだ…

俺はますます自分が情けない人間に見えてきて、紗英に宇佐美の事を告げる決心をした。


「俺も紗英に謝らなきゃならないことがある!!」

「…?…何?」


紗英の表情は柔らかく、言うのが躊躇われたけど勇気を出して口にした。


「俺…桐谷の家の秘書の宇佐美ってやつと…キスしたんだ。寝惚けてたとはいえ抱こうともした。許してくれなんて言わない!!紗英のしたいように、殴るなりなんなりしてくれ!!」


俺が勢いのままに言い切って紗英の反応を待った。

俺はじっと紗英の足元を見つめていたけど、どれだけ待っても反応がないので、ゆっくり顔を上げて紗英の顔を見た。

紗英は今まで見たことのないぐらい暗い瞳で表情をなくしていた。

俺はその表情が胸に深く突き刺さって、自然と呼吸が浅くなった。


傷つけた…俺が…!!


俺は自分が情けなくて泣きたくなってきた。

固く手を握りしめると、目の奥が熱くなるのを堪えようと目を瞑った。


「……それで…私は…どうしたらいい…?」


紗英の掠れた声が聞こえて、俺は目を開けて紗英の顔を見た。

紗英はさっきと違って無理やり笑顔を作っていて、俺を許そうとしてくれてるのが分かった。


俺が…無理させてる…よな…


紗英の優しさに甘えて、このまま付き合ってくれって言ったら、紗英はきっとそうしてくれる。

俺のしたこと全部飲み込んでくれる。

紗英は本当に優しいやつだから…そうすると思った。


俺は紗英にそうさせたいのか…?

違うだろ…

紗英に笑っていてほしくて、傍にいることを選んだんだ。

無理させたかったわけじゃない。


宇佐美との事…母さんに拒絶された事…

俺は紗英に無理をさせ過ぎてる。


こんな自分…許せるわけがない。


紗英が無理をするぐらいなら、俺が無理をすることを選ぶ。


俺はまっすぐ紗英を見つめると、一番言いたくなかったことを口に出した。



「……俺たち…別れよう…。」



紗英が目の前で大きく息を吸いこんで、目を見開くのが見えた。

俺は爪が手に刺さるぐらい固く拳を握りしめると、熱くなる目の奥を堪えようと目線を上に向けた。

紗英はしばらく固まっていたけど、ふっと表情を崩して微笑むと頷いた。


「……分かった…。」


紗英は暗い声でそう言うと、左手につけていた指輪を外して俺に手を差し出してきた。

俺はそれを手を差し出して受け取ると、紗英が目を潤ませたまま笑って言った。


「…私は竜聖といられて幸せだったよ。…今度は竜聖も幸せになれる人と一緒になってね。」


俺は紗英があっさりと納得したことに衝撃を受けて、何も言い返せなかった。

紗英はそんな俺を見つめた後、口を引き結んでから背を向けて歩いていく。


俺はその背を見つめて、今ならまだ引き留められると心が叫んだ。


嘘だ…別れようなんて…本心じゃない…!!

行かないでくれ…

振り返って一緒にいたいって言ってくれよ!!


イヤだ…イヤだ…っ…

俺が幸せになれるとしたら…それは紗英の隣しかない…


俺は体から力が抜けてその場に膝をつくと、地面に蹲った。

紗英から受け取った指輪を手のひらに握りしめて、俺は紗英のためだと言い聞かせて、ひどく胸が痛んだ。








竜聖はこういう結論を出してしまいました。

ここから翔平や竜也、麻友を巻き込んでいきます。

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