4-77本音を話せる友達
私は毎日、鴫原さんからメールをもらって吉田君の現状を知ることができていた。
本当に毎日教えてくれるなんて、鴫原さんは本当に良い人だ。
そしてある日、鴫原さんのメールで吉田君が家の問題を片付けたと知って、胸が高鳴った。
桐谷のお家を継ぐのが猛さんになりそうとの事だった。
でも、吉田君も猛さんをフォローする形で一応手伝いは続けるらしい。
お家の事とまっすぐに向き合っている吉田君を尊敬する。
でも、それと同時にお家に深く関わっていく吉田君が遠くなるようで寂しかった。
最初に出会った吉田君は世界に一人ぼっちという顔をしていて、お家の人にも頼れない状態だったんだと今なら分かる。
でも今の吉田君はお家の人たちと助け合って、前に進もうと頑張っている。
きっと宇佐美さんもその一人で…今も一緒にいるんだろう。
鴫原さんはああ言ってくれたけど、恋愛感情なんて他人が見てすぐ分かるものじゃない。
吉田君の気持ちが宇佐美さんに移りつつあるなら、きちんと心の整理はつけなければいけない。
前に進みだした吉田君の重しにならないように、彼のしたいことを応援する。
私はケータイを握りしめると、胸の痛みを隠すようにきつく目を瞑った。
***
それから何日か経ったある日――――
仕事から帰ってくると家の前に麻友がいて驚いた。
「えっ!?麻友!?ど…どうしたの!?」
「紗英、久しぶり。」
麻友は夏休みに会ったときと変わらず、明るい笑顔を浮かべて手を振った。
私はマンションの前まで駆け寄って、麻友が本物か確認した。
「何でこっちに?っていうか服部先生はいいの!?」
私が焦って尋ねると、麻友は口を大きく開けて笑うと私の肩に手を置いて言った。
「紗英こそ、大丈夫?」
麻友のその一言に、私は全てを理解した。
私が吉田君と距離をおいてるって事を電話で報告したから、心配して来てくれたんだ。
昔から変わらない麻友の優しさに、私は目の奥が熱くなってきて涙を堪えて頷いた。
「大丈夫だよ。わざわざありがとう…麻友。」
麻友は優しい笑顔を浮かべると、いつかのように私を抱きしめて頭をポンポンと撫でてくれた。
私は吉田君とは違う麻友の細い腕の中で、堪えていた涙が一粒零れ落ちた。
それから部屋の中に麻友を案内して、私は麻友と向かい合っていた。
麻友は私の部屋が珍しいのか、見回して嬉しそうにしている。
「ねぇ、麻友。服部先生は本当にいいの?」
私はそれだけが気になって尋ねた。
新婚さんなのに、引き離してしまった事が心苦しい。
「いいの、いいの!向こうも修学旅行の引率でいないんだ。だから今夜だけ泊めてね?」
「あははっ。いいよ。そっか、もうそういう時期だよね。」
私は自分の学校もこの間修学旅行だったなと思い出した。
私は引率担当じゃなかったけど。
「それよりもさ、吉田の事…本当に大丈夫なの?」
麻友がテーブルに身を乗り出して尋ねてきて、私は少しの強がりを含めて答えた。
「大丈夫だよ。頑張ってるんだから…応援しなくちゃ。」
「紗英!!強がるの悪いクセだよ?私の前でぐらい、本心言いなよ。」
長い付き合いの麻友に見透かされて、私はふっと強く持っていた気持ちが緩んだ。
胸に抑え込んでいた気持ちが溢れてきて、今にも口から出そうで手を握りしめて堪えた。
「紗英!!我慢しちゃダメだって!」
麻友が真剣な目で私を見据えてきて、私はほんの少しだけ話すことにした。
「……本当は…寂しいよ。…今すぐにでも会いたい…。」
私はあんな距離のとり方をした事を後悔していた。
玲子さんに嫉妬して、家族を大事にしている吉田君に言う言葉じゃなかった。
謝りたいけど、謝ったら…玲子さんに負けた気がして嫌だった。
竜聖は桐谷の家のもの。
それを認めてしまうようで…絶対にそれはしたくなかった。
だから、吉田君に会えない今も、吉田君が一番幸せになる道を探してる。
「竜聖が…今…宇佐美さんと一緒にいるんだ。」
「…宇佐美さんって……宇佐美麻里のこと?…あの吉田のストーカーだった?」
麻友が宇佐美さんの事を知っていて、私は顔を上げて麻友を見た。
麻友は信じられないという顔で瞳を震わせていた。
「うん。その宇佐美さんだよ。麻友、知ってたんだ?」
「知ってるも何も、高校のとき有名だったから。吉田は相手にしてないようだったし、気づいてもいなかったみたいだから、紗英には言わなかったけど…。何でその宇佐美さんが吉田と一緒にいるの?」
麻友は悔しそうに顔を歪めると、テーブルの上の手を握りしめている。
「桐谷のお家の秘書みたい。あ、でも、こっちの高校の友人でもあるって言ってたかな。」
「は!?こっちまでストーカーしてきたって事!?怖いんだけど!」
麻友が身震いするように自分の肩を抱きかかえた。
私はそんな麻友の反応に少し笑みがこぼれて続けた。
「その宇佐美さんが…竜聖の気持ちは自分に移ってるって…。竜聖は私と別れることを考えてるって…言ってて…それが本当の事なのか…会えない今じゃ確認することもできなくて…。」
「……紗英…、何で吉田と会えないんだっけ?」
麻友はまっすぐ真剣な目をしていて、私はあの日吉田君に言われたことを伝えた。
「私…吉田君のお母さんに嫌われてて…、そのお母さんが体調崩して入院してるから、私が傍にいるとお母さんの体に障るって事で、距離をおいてるんだ。…まぁ、私がお母さん、お母さんっていう竜聖が嫌だったっていうのもあるんだけど…。」
「…それ、紗英は悪くないじゃん。」
麻友にさらっと言い切られて、私は大きく息を吸いこんで麻友を見た。
「紗英は彼女だから、吉田の一番でいたいって思うのは当然で、母親とか宇佐美さんを大事にする吉田が一番悪い!!だから、紗英は吉田にしたことを思いつめなくてもいいんだよ!!」
私は吉田君にした事を後悔していただけに、麻友の言葉に救われるようだった。
誰かに悪くないって言われるのが、こんなに心が軽くなるものだと知らなかった。
「私は紗英の味方だから!!吉田が何て言ってきても、紗英の事は守ってあげる!!それこそ、宇佐美さんを選ぼうものなら、ギッタギッタのケチョンケチョンにしてやるから安心して!」
「あははっ!ギッタギッタのケチョンケチョンって…!!」
私が麻友の身振り手振りを合わせた言葉を聞いて、久しぶりにお腹から笑った。
麻友はそんな私を見て嬉しそうに笑うと、身振り手振りを続けた。
「グーパンチでもいいかな!右ストレート!!って感じで!」
「麻友、頼もしいよ。ボクシングだったら山本君に教えてもらうといいかも。」
「えっ?山本君ってボクシングできるんだ?」
「できるよ~!すっごく強いから!!」
私は何気なく麻友と話をするのが普通に楽しかった。
隠さずに本音を出させてくれる友達というものは大事にしなきゃ…
私は私のために怒ってくれた麻友を見て、心からそう思った。
そして吉田君の悪口を言っている麻友を見て笑っていると、私のケータイが着信を知らせて話を切って誰からか確認した。
そこに表示された名前を見て、私は体が強張った。
「…誰から…?」
麻友が私の反応を見て心配そうな顔をしている。
私はとりあえず笑顔を浮かべると、深呼吸をしてから電話に出た。
「はい。もしもし。」
『…紗英?俺…久しぶり。』
私は久しぶりに聞く吉田君の声に「うん。」とだけ返事をした。
声を聞いただけで胸が高鳴る。
『あのさ…今日、母さんが退院したんだ。だから…今から会えないかな?』
私はそれを聞いてちらっと麻友に目を向けた。
麻友は誰からか気づいているのか口パクで「行って、行って!」と手と一緒に示してくれた。
私はそんな麻友に甘えることにして、心を強く持って頷いた。
「うん。行く。」
『…じゃあ、前に行った、あの海の見える遊歩道で…待ってる。』
「わかった。すぐ行くね。」
私は返事だけすると電話を切って、一気に緊張が緩んでその場に手をついた。
心臓がドッドッと速くなっている。
「紗英…大丈夫?」
麻友が項垂れている私に優しく声をかけてくれて、私は顔を上げて笑顔を作った。
「だ…大丈夫。ちょっとだけ、出てくるね。絶対帰ってくるから、ゆっくりしてて。」
私はケータイを握りしめるとヨロヨロと立ち上がった。
電話で話しただけでこんな状態で、会ったらどんな風になるのか想像もつかない。
私はどうか元通りに戻れますようにと願って、鞄を掴んで麻友に振り返った。
「行ってくるね。」
麻友が「頑張れ!」と励ましてくれて、私はその言葉で奮い立つとまっすぐ前を見て家を後にした。
麻友の久しぶりの登場でした。
竜聖がどういう結論を出したのか、次回で明らかになります。




