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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-71男のバトル


紗英の誕生日会をやった三日後の日曜日。


俺は竜也を呼び出して、カフェに男二人で向かい合っていた。


「なぁ、紗英やっぱり変だったよな?」


俺がコーヒーの入ったカップの取っ手を弄りながら竜也に訊いた。

竜也は同じくコーヒーの入ったカップに口をつけていて、目線だけ俺に投げかけるとカップを置いた。


「だな。なんかカラ元気だったし、何かあったんだろ。ホント、分かりやすいよな。」

「だよなぁ~。」


俺は竜也に同意を得られてテーブルに項垂れた。

竜也は冷静な目で俺を見てふうと息を吐いた。


「どうせ竜聖が何かやらかしたんだろ。俺らが口出す事じゃねぇよ。」

「そうなんだけどさぁ…。なんか…この間の紗英は…昔の紗英みたいで…嫌なんだよなぁ…。」

「昔?」


俺は竜聖がいなくなった後の紗英を思い出していた。

竜聖がいなくなった後、紗英はしばらく落ち込んでいたけど、それ以降は見る方が気を遣うぐらいカラ元気で振る舞っていた。

涙を見せなくなったのもその頃だ。

俺は竜也と会って立ち直った紗英が竜聖と再会したことで、高校のときの幸せそうな紗英に戻ったと思ってただけに、この後退ぶりは受け入れられなかった。


「そうだよ。竜聖がいなくなった後の紗英はカラ元気を振りまいてたからさ。見てて痛々しくて…あの頃に、少し似てる気がする。」

「今は竜聖がいるから、あの頃に戻るってのはおかしな話だな?」


竜也が腕を組んで考え込むと、「直接聞くしかねぇか~。」と呟いて、ケータイを取り出した。

俺はそれを見て体を起こすと、カップに口をつけた。

竜也は電話をかけると、視線を上に巡らせて話し始めた。


「あ、竜聖?今からちょっと出てこれねぇか?」


俺は竜也が竜聖にかけてると分かって、カップを置いて様子を見守った。


「は?そんな事言わずにさ、ほんの少しだけ。たまには友情優先にしろよ。」


竜聖はここに来るのを断ったのか、竜也が説得しているようだった。


「うん?忙しいのは分かってるけどさ。じゃあ、俺らがそっち行くよ。あ?来るな?お前、言ってる事意味分からねぇんだけど?」


竜也がイライラしてきているのが伝わってきて、俺は竜聖も早く折れればいいのにと思った。


「ああ、んじゃ待ってるからな。あいよ~。」


一応話はまとまったのか竜也が電話を切って、俺を見た。


「来るってさ。なんか色々言ってたけど、最初から来るって言えばいいのに、意味の分からねぇ奴だよ。」


竜也がため息をついてケータイをズボンのポケットにしまった。

俺は「ふ~ん」とだけ返事をすると、ガラス越しに外に目を向けた。

なんか忙しいんだなぁ…とそのときは思っただけだったのだが、しばらくして黒塗りの車が店の前に止まって、そこから竜聖が出てきたのを見た瞬間、俺は自分の目を疑った。


「あれ…竜聖だよな…?」


俺は外を指さして竜也に訊くと、竜也も同じように驚いて「に、見せるけど…。」と言って俺と顔を見合わせた。

桐谷の家が金持ちだとは聞いていたけど、実際目にすると衝撃が大きかった。

当の竜聖は店に入ってくると、違和感のあるスーツ姿で俺らの座ってる席に早足でやってきた。


「ほら、来たぞ。話って何なんだよ?」


竜聖は椅子を引いてドカッと座ると、ネクタイを緩めて店員さんの運んできた水を一気に飲み干した。

俺と竜也は竜聖が別世界の人間に見えて、言葉を発するのに時間がかかった。


「えーっと…、何でスーツなわけ?」


竜也が遠慮がちに尋ねて、竜聖は自分の姿を見た後に口を開いた。


「あぁ。今、休みの日は親父の仕事を手伝ってるんだ。それで、人目もあるから一応スーツ着てんだよ。」


親父の仕事を手伝ってる…?

俺は以前言っていた言葉と正反対の言葉が飛び出して驚いた。

竜也も同じなのか、少し前のめりになると竜聖を見据えた。


「親父さんの仕事、継ぐ気になったってことか?」


竜聖は竜也の問いに、少し考えるとふっと微笑んだ。


「そういう事になるのかな…。とりあえず、今まで目を背けてた分、きちんと向き合おうと思ってさ。」

「…何で急に今までのことを覆したんだよ?前まであんなに嫌がってたのに。」


俺は疑問がするっと口から飛び出した。

すると竜聖は少し悲しげに目を細めて腕を組んだ。


「俺の家、母さんが倒れたりして色々あってさ。俺だけ我が儘言ってられねぇなと思って。一回、きっちり向き合ってから継ぐとか継がないとか判断しようと思って…な。」


竜聖が言った言葉に、俺は信じられなかった。

竜聖が桐谷ってでっけー会社の跡取りになる?

俺はもしそうなったら竜聖が雲の上の存在になりそうで体が冷えていくようだった。


「それ…沼田さんも知ってるのか?」


竜也が震える声で尋ねて、竜聖は不機嫌そうに顔をしかめると椅子の背もたれに背をあずけて答えた。


「知ってるよ。紗英にはそうするって決めた日に伝えた。」

「え…紗英は賛成してるのか?」


俺はこの間の紗英のカラ元気が無関係ではないような気がして、竜聖に問い詰めた。

竜聖は眉間の皺を深くすると、ふてくされて小さな声で言った。


「一応…かな。よく分からねぇ…。」

「何だよ…それ。」


俺は曖昧な答えに紗英の苦悩が分かるようだった。

少なくとも紗英は竜聖が継ぐって言いだした事を、心から喜んでいないのは確かだ。

どういう話し合いをしたのかは分からないけど、二人の間にすれ違いが生じてるのだけは伝わってきた。


「竜聖、沼田さんにきちんと話はしたんだよな?どういう理由があって継ぐことにしたって事とか。」

「したよ。母さんの事情も含めて全部。」

「お母さんの事情?って何だよ?」


俺は事情っていうものが分からなかったので尋ねた。


「母さん…俺が家を出たせいで心配し過ぎて体を壊したんだ。そんな母さんが俺が家を継ぐことを望んでて、母さんの体調が回復するまでは家と向き合う事にしたんだ。あと、母さんは紗英の事を拒絶してて…それで、紗英には母さんの体調が落ち着くまで会わないでくれって話をした。」


どこもおかしい事のないように竜聖がさらっと話して、俺は反応が遅れた。


「お前のお母さんが紗英を拒絶って…な…何がどうなってんだよ…。紗英は誰かに嫌われるようなやつじゃねぇだろ…?」

「……俺だってそう思ってたさ。でも、実際そうだったんだ。だから、今は体調の良くない母さんの事を考えて、紗英とは距離をおいてる。」

「……は!?」


俺は驚いて喉に唾が詰まりそうになった。

竜聖は俺の声に反応して目線だけ俺に向けた。


「お前っ…何でそれが紗英と距離をおくことになんだよ!?お母さんが紗英を拒絶しようと、お前と紗英には関係ねぇじゃねぇか!!」

「だから!関係あるんだよ!!母さんが紗英と付き合ってる事を良く思ってないんだ。だから、落ち着いて話をするためにも、一回距離をおいて母さんを安心させてから―――。」


竜聖が言い訳を連ねていると、竜也が立ち上がって拳を振り上げたのが視界に飛び込んできた。

俺は口を開けた状態でそれを見て手を伸ばしたが間に合わずに、竜聖は竜也に殴られて椅子から転げ落ちて床に倒れ込んだ。

俺は立ち上がると追い討ちをかけようとする竜也を後ろから腕を回して止めた。


「竜也!!暴力はやめろ!!」

「うっせぇ!!このバカに我慢ならねぇよ!!」


竜也は周りの視線をものともせずに声を張り上げた。

俺は暴れる竜也を抑えながら、へたりこんで竜也を睨んでいる竜聖を見た。


「何で殴られなきゃならねぇんだよ。」


竜聖は口の端を切ったようで、手で口の端を触りながらぼやいた。

竜也はその態度にさらにイラついたのか、俺の体ごと一歩前に出ると吐き捨てた。


「母さん、母さんってマザコンかお前!!体調崩して入院してようが、お前が親にそこまで尽くす事が理解できねぇよ。それも一番大事な人を傷つけてまでな!!」


竜也の言葉に竜聖が大きく目を見開いた。

俺は竜也を押さえている腕から竜也が震えているのが伝わてきて、相当怒ってるのが分かった。


「そんなに母親が大事なら、一生母親とくっついてろ!!沼田さんの所には俺が行く!!」


竜也はそう言い残すと俺の腕を振り払って、早足で店を出ていった。

残された俺と竜聖はしばらくお互いに黙っていたけど、竜聖が椅子を直して立ち上がったのを見て声をかけた。


「竜聖…、お母さんの事、大事なのは分かるよ。だって、たった一人の肉親だもんな。でもさ、家族はどれだけ離れようとも家族でいられるけど…他人はそうはいかないんだよ。」


俺はこの間の紗英を思い出して、悲しさや辛さを押し隠した笑顔を少しでもこいつに伝えたかった。


「紗英だってそうだよ。彼女って肩書きだけだから、途端に不安になるんだよ。そんな紗英を放っておいてまで母親の傍にいる理由って何なんだよ?」


竜聖は椅子に座り直すと、顔をしかめて言った。


「母さんは俺を助けてくれた恩人でもあるんだ。俺は母さんがいなかったら、ここにこうしていられなかったと思うし、紗英とも会えてなかったと思う。そんな人が痩せ細ってボロボロなのに、俺だけ我が儘通せねぇだろ。それに、紗英だってこの事には納得してくれてる。連絡しないって言ったのは紗英なんだよ。」


俺はあくまでも自分の意見を通そうとする竜聖を見てため息が出た。

紗英の優しさに気づかずにバカなやつだよ…

俺は財布から千円札を取り出してテーブルに置くと、竜聖を見下ろして告げた。


「その様子だと最近紗英と会ってねぇみたいだから言うけど、一昨日は紗英の誕生日だったんだよ。」

「…は…?」


竜聖はさすがに驚いたようで、焦って俺を見上げた。


「紗英がお前に自分の誕生日すら知らせなかった気持ち、少しは察してくれよ。じゃあな。」


俺は竜聖の背中を一度だけトンと叩くと、出口に足を向けた。

そしてその足のまま紗英のところに行くと言っていた竜也を追いかけようと足を速めた。








すぐに手の出る男、竜也でした。

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