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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
188/218

4-70誕生日会



「大丈夫ですか?」


私が病院の廊下で蹲って嗚咽を漏らしていると、誰かから声がかかって顔を上げた。

目の前にはいつかに見た白髪交じりのお医者さんが私を見下ろしていた。

私はしばらく記憶を探って、吉田君と関わりの深かった倉橋先生だと気づいて、慌てて涙を拭って立ち上がった。


「ごっ…ごめんなさい!何でもないです!!」


恥ずかしい姿を見られてしまったと思って、逃げるように立ち去ろうとするとグイッと顔を掴まれてしまって、私は固まった。

近づけられた倉橋先生のメガネ越しの茶色がかった瞳と目が合う。


「何でもないわけじゃなさそうですね。頬にひっかき傷と打撲が見られます。手当しましょう。」


至近距離で診察されると、私は腕を掴まれて連行されるように診察室へと引っ張られた。

診察室に入ると倉橋先生は私を強引に椅子に座らせると、先生も椅子に座って消毒液のある棚へ椅子を転がして移動した。

私は突然連れてこられた事に戸惑いながらも、ちらっと部屋を見回して気持ちを落ち着けようと努める。

すると倉橋先生は棚から銀色のトレイに入った道具を持ってくると、机の上に置いて私の顔を掴んだ。

じっと見つめられて、緊張してきた私は口を噤んでいるしかできない。


「ひっかき傷から血が出てますよ。痛かったんじゃないですか?」

「あ、と…大丈夫です。」


私は強がりではなく痛みの事なんか忘れていたので、普通に返す。

先生は不満げに眉を押し上げると、私の頬を手当てしながら言った。


「いったい何をしたらこんな傷を作るんですか?打撲も見受けられるので、ケンカでもしたんですかねぇ?」


先生に見透かされて、私は口を引き結ぶと目を泳がせた。

先生は私の反応だけで分かったのか、ふっと口元を緩ませると叩かれた左頬には傷薬を塗った後、湿布を貼ってくれた。そして右頬はひっかき傷の上に絆創膏を貼って、「完了」と言って顔を離してくれた。

私は自分の頬を触って、大層な手当てになったなぁと思った。


「ありがとうございます。あの、治療費はどうしたらいいですか?」


私は受付も通っていなかったので、どうしようかと思って尋ねた。

すると先生は吹きだすように笑うと手を振って言った。


「あははっ!そんなのはいいですよ。私が勝手にやった事だから…まぁ、竜聖君のお知り合いだから放っておけなかったってのはありますがね。」


先生の言葉にやっぱり私だと気づいてて声をかけてくれたことが分かった。

一度しか会ったことがないのに、よく覚えてるなと思って私は頭を下げた。


「すみません。一度しかお会いしたことのない私を気遣っていただいて…。」

「いえいえ。あなたの事は忘れられませんよ。竜聖君の大事な方ですしね?」


私は以前会った時の先生の様子と今の様子が重なって、ふと気になった事を口に出した。


「あの…私のこと、会う前からご存知だったようですけど…、どこかでお会いした事ありましたか?」

「うん?あー…会ったのはあのときが初めてなんですが、お名前を知っていたってだけですよ。」

「名前…?」


先生は何かを思い出しているのか視線を上に投げかけてから頷いた。


「ええ。これは竜聖君も覚えてない事なんですが…。彼が事故にあったお父さんに会いに最初にここへ来た時、あなたの名前を言っていたんですよ。」


私は知らない吉田君の姿を聞いて、息を飲み込んだ。


「彼がここに来た時、悲しい事にお父さんはもう亡くなられてましてね…霊安室に寝かされたお父さんの姿を見つめて、しばらく固まっていた彼が呟いたんです。『紗英に会いに行かなくちゃ』って。」


先生から聞かされる5年前の吉田君の姿が脳内で巡って、私は目の奥が熱くなってきた。

先生は少し悲しそうな顔をしながら手を組むと私を優しく見つめて言った。


「そのときに紗英って誰だろうと思ったので、覚えていたんですよ。まぁ、病院を飛び出した彼が今度は救急車で運ばれてくるという事態にもなりましたから、それはもう鮮明にね。」


私は知らなかった五年前のあの日の様子が分かって、今にも涙が零れ落ちそうで必死に我慢した。

5年前のあの日…吉田君はどんな思いでお父さんと対面したんだろうか…?

きっと悲しかったよね…それなのに、私に会いに帰ろうとしてくれたの…?

私は昔の吉田君が私との約束を守ろうとしてくれていた事に胸を打たれた。


「だから今、竜聖君があなたと一緒にいると知って嬉しかったんですよ。記憶がなくなっても、彼は大丈夫だと…安心したんです。どうかこれからも彼を支えてあげてくださいね。」


先生の言葉に私は素直に頷けなかった。

さっき、私は吉田君にひどい事を言ってしまった。

支える事なんて私にできるとは思えない。


「……分かりました。できる限りの事はしようと思います。手当、ありがとうございました。」


私はとりあえず笑顔で返すと、複雑な想いを抱えて立ち上がった。

先生は同じように立ち上がると「お大事に」と言って送り出してくれた。

私は口だけで返事をした後ろめたさから、先生の顔が見れず会釈だけして診察室を後にした。


昔の吉田君は私の事を一番に考えて、お父さんの事が辛かっただろうに約束を守ろうとしてくれていた。

でも今の吉田君は…?

倉橋先生でさえ私の頬の傷に気づいたのに、吉田君はお母さんの事ばかりで一切そのことには触れてこなかった。

こんなの一番だなんて言わない。

私は今の吉田君に対する苛立ちが消えなくて、まっすぐ前を向くと二度と来ないつもりで病院を後にした。




***




それから一週間経っても、二週間経っても、吉田君からは一向に連絡はなかった。

私はカレンダーを見て、明日は自分の誕生日だと思って目を細めた。


吉田君に誕生日言ったことないし…知るわけないよね。


私はふっと息を吐くと、今年は誕生日の事は忘れようと決めた。

気晴らしに一人で飲みにでも行こうと明るく前向きに考えて、鞄を持つとケータイがメールの受信を知らせて、私は靴を履きながらケータイに目を向けた。


届いたメールは理沙からで、内容は今日、翔君の家に来てほしいというものだった。

私は仕事が終わったら行くねと返事をして、ケータイを鞄にしまった。


突然、今日来てほしいとか珍しいな…


私は久しぶりに理沙たちに会えると思って、少し気持ちが明るくなって家を後にした。





そして仕事を終えて翔君の家にやってきた私は、初めての場所に少し緊張していた。

大学のときは翔君の家にしょっちゅう遊びに行っていた私だけど、こっちに来てからは一度もなかった。

というのも理沙のことと、吉田君のことがあったからだ。

私は教えてもらった部屋の前でインターホンを押すと、中から「鍵開いてるから入ってきてー!」と声が聞こえて、ドアノブに手をかけた。


「お邪魔しまーす。」


私は声をかけて玄関で靴を脱ぐと、理沙と翔君以外の靴もあったのが見えて首を傾げた。

靴を脱いでゆっくりと中に足を進めて、リビングと思われる扉を開けると、パァンッ!と大きな音がして心臓が跳ねて肩を縮めた。


「紗英!誕生日おめでとう!!」


声のそろった言葉が聞こえて、目を開けると翔君に理沙、それに山本君がクラッカーを手に嬉しそうに笑っていた。

テーブルには丸い誕生日ケーキが置かれていて、驚きすぎて声が出なくなった。


「一日早いけどさ、明日は竜聖とやるだろうと思って、サプライズで準備したんだ!!」

「紗英、23歳の誕生日おめでとう!!」

「ケーキは俺が買って来たんだ。ケーキ好きだったよな?」


翔君、理沙に続いて山本君も得意げに笑って言って、私は胸が熱くなった。

私のために…集まってくれたの…?

私は今年の誕生日は諦めていただけに、嬉しくて自然に涙が溢れてきた。

泣き顔を隠そうと手で顔を覆うと、私は俯くと「ありがとう。」と掠れる声で告げた。

すると理沙が私に駆け寄ってきて、私を慰めるように背に手を当てて撫でてくれた。


「もう、主賓が泣かないでよ~!まだ来たばっかりでしょ?」

「ごめん。…だって、嬉しくて…。こんな事されたの初めてだよ。」


私は涙を拭うと気を遣わせないように笑顔を浮かべた。

理沙は仕方ないなぁって顔で笑うと、私をケーキの前に促してきて、私はそこに座って翔君と山本君にもお礼を言った。


「ホント紗英は泣き虫だよなぁ~…。でも、こういう反応があると達成感もあるしな!!」

「だな。泣くほど嬉しいなんて、やった甲斐があったってもんだよ。」


翔君と山本君は顔を見合わせて笑っていて、私はそんな二人の昔から変わらない笑顔に癒された。

ここの所、吉田君の事ばかり考えて気持ちが落ち込んでいたから、余計にみんなの優しさが沁みるようだった。

みんなと友達で良かった。

私は孤独な誕生日を迎えなくて済んだ事に心から感謝した。


「さ!じゃあロウソクタイムだ!!紗英、火をつけるから願い事を言ってから消してくれよな!!」


翔君が理沙に合図して電気を消すと、目の前のケーキに刺さっている一本のロウソクに火を灯した。

さすがにロウソク23本はやめたようで、ちょっと安心した。


「紗英、じゃあ願い事言ってくれよな!!」


テーブルを囲むように翔君、理沙、山本君の視線が私に向いて、私は浮かぶ願い事は一つだった。


「また来年もこうしてみんなと一緒にいられますように。」


願い事を声に出してから、私はロウソクの火をフッと吹き消した。

すると部屋が暗くなって、理沙が焦って電気をつけてくれた。

その直後に驚いた顔をしている翔君と山本君の顔が視界に入ってきた。

電気をつけた理沙も驚いているようで、目をパチクリさせながらテーブルの席についた。


「紗英、そんな願い事でいいの?」


理沙が不満そうに訊いてきて、私はこれしか浮かばなかったので「いいよ?」と普通に返した。

そんなに意外な願い事だっただろうか?


「てっきり竜聖と結婚できますように…とか、竜聖関係の願い事だと思ってたよ。」

「あぁ、俺もそう思った。あ、その願い事が悪いとかじゃなくて、意外だったからさ。」

「そうそう!私たちは嬉しいけどね?」


私は竜聖の名前が出ただけでイラッとすると、それが伝わらないように笑顔を作った。


「あははっ。そんな竜聖の事ばっかり考えてるわけじゃないよ?私が今、一番に思った願い事はそれだったの。また来年も一緒に祝ってくれる?」


私は翔君たちを見回して尋ねた。


「もちろん!!また、来年も誕生日会しような!」

「うん!っていうか皆の誕生日会をすればいいんだよ!!」

「次に誕生日って誰だ?」


さも当然のように頷いてくれた皆の反応を見て、私はまた嬉しさが募った。

山本君の問いに翔君が考え込んだあと、山本君を指さした。


「次って竜也じゃねぇの?確か11月だろ?」

「ああ…そっか、そこまで誕生日のやついねーんだ?」

「私5月だから終わっちゃったんだよね!」

「俺も、6月だし。」


理沙と翔君は終わっているようで、私は祝えなかった事に少し負い目を感じた。

自分だけ祝ってもらうなんて後ろめたい。


「そういえば竜聖っていつだ?誕生日?」

「えーっと…確か…12月末だったと…思うんだけど…。あんまりハッキリとは覚えてねぇなぁ…。」


私は12月なんだと知れて、心にメモっておいた。

高校のときは祝ってあげる事ができなかったから、今度は祝ってあげたい。

私は吉田君に対して怒っていたのも忘れてそんな事を考えて、振り払うように頭を振った。

今は吉田君のことなんてどうだっていいんだから!!


「沼田さん?なんか今日変じゃねぇ?」


私が一人で考え込んでいると、山本君が不満げに私の顔を覗き込んできた。

私は怪しまれないように笑顔を作ると首を振った。


「何でもないよ!!じゃあ、次の誕生日会を楽しみにしながら今はケーキ食べよう!!」


私は翔君に「ナイフちょうだい!」とお願いして手を伸ばした。

翔君たちも山本君と同じように私の様子を怪しんでいたけど、今はみんなの厚意に感謝してひたすら笑顔を浮かべ続けた。






久しぶりの翔平たちでした。

意外と誕生日の話はやっていなかったです…。

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