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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-67生まれる疑念


私は病院の廊下を鴫原さんに手を引かれながら、さっきの事が頭の中でグルグルと繰り返されていた。

吉田君のお母さん…私をすごい目で睨んでた…

近付くなって言ってるようで、すごく怖かった…

私は突き飛ばされたときの事を思い返して身震いがした。

それを感じ取ったのか、鴫原さんが歩くスピードを緩めて立ち止まった。


「先程は玲子様が大変失礼いたしました。」


深々と頭を下げられて、私は咄嗟に首を振った。


「いえ!ビックリしただけなので…大丈夫です。」


私はきっと何か事情があるんだろうと思う事にした。

吉田君のお母さんは一度吉田君の首を絞めた事があると、聞いたことがある。

だからどんな人なのか気になっていたんだけど、今日の様子だと吉田君をすごく想っている良いお母さんに見えた。

私に対する態度は置いておいて…

桐谷のお家の人たちも吉田君の事をすごく大事にしているのが伝わってきた。

だから、嫌いだと言う吉田君が分からなかったし、お家を継いでもいいんじゃないだろうかと思った。

少し吉田君が遠い人に見えたけど、今は気にしないように笑顔を作る。


「あの、私一人で帰れます。気を遣っていただいて、ありがとうございました。」


鴫原さんにそう告げると、鴫原さんは困ったように顔をしかめた。


「いえ…でも、譲太郎氏から送り届けろと言われましたので…そういうわけには…。」


譲太郎氏と敬意を表す呼び方をする鴫原さんを見て、逆らったら何かお咎めでもあるのかもしれないと感じ取った。


「分かりました。じゃあ、駅までお願いします。そこからは一人で帰るので。」

「…そういうことでしたら。」


ほっとしたように言う鴫原さんを見て、お仕事大変だな…と他人事のように思った。

すると後ろから大きな足音が聞こえてきて、振り返ると吉田君のお父さんと弟さんがこっちに向かって足早に近づいてくるのが見えた。

鴫原さんが軽く頭を下げている。


「沼田紗英さん!先程は玲子が失礼なことをしたな。申し訳ない。」

「あ、いえ。全然気にしてないので、謝らないでください!」


私は、鴫原さんが頭を下げる相手である偉い桐谷さんに頭を下げられて焦った。

桐谷さんは顔を上げると、私をじっと見てから口の端を持ち上げた。


「少し、お時間良いですかな?」

「え…あ、はい。」


私は有無を言わせぬ雰囲気の桐谷さんに気圧されて、思わず頷いた。

桐谷さんはふっと微笑むと、傍にあった長椅子に腰を下ろして胸ポケットから扇子を出して仰ぎ始めた。


「君は竜聖と付き合っているようだが、これからの事…二人で話したりはしているのかな?」

「…これからの…事?」


私は何を聞かれるのかとビクついていたので、これからと聞かれて何を示しているのか理解するのに時間がかかった。


「付き合っていたら、いずれはたどり着く結婚とかの話ですよ。」

「け…っ!?結婚!?」


私はまだまだ未来の話だと思っていただけに、声が裏返った。


「そんっな!!結婚なんて話にも出てないですよ!!」


私は両手を左右に振って全力で否定した。

桐谷さんは変わらず扇子で仰ぎながら、ふっと顔を綻ばせた。


「そうですか。それを聞いて安心しましたよ。」


安心したと言われて、私は胸が何かに突き刺さったように痛くなった。

目の前の桐谷さんを見下ろして、表情が強張る。

桐谷さんは仰ぐのをやめて、扇子を開いたり閉じたりしながら手で弄ぶと、ふっと息を吐いた。


「正直な話、あいつが家を継いでくれるなら、結婚相手はお互いに高め合っていける女性がふさわしいと思っているんですよ。あなたではなくて。」


真っ向から否定されて私は目を見開いて桐谷さんを見つめるしかできなかった。

桐谷さんは扇子をパシンと閉じると、ちらと私の様子を窺って告げた。


「あなたと付き合うようになってから、あいつは丸くなりましてね。仮にも桐谷を引っ張る男がそれでは困るんですよ。分かりますかな?」


私は桐谷さんがさっきまでのお父さんの顔ではなく、経営者の顔をしていて息を飲み込んだ。

桐谷さんの言いたいことは頭で理解できた。

でも、それを認めるとこれからの未来が消えそうで頷けなかった。


「今は好きにやらせようと思っていたのだが、玲子があんな事になったら、時期を早めざるを得ない。君には悪いが…気持ちの整理を早めにしておいてもらえると助かるよ。」


暗に別れろと言われて、私は胸がどんどん苦しくなってきた。

私は…ここで桐谷さんの言う通り、これを受け入れたらいいの…?

これが吉田君のためになるの…?

私はさっき病室で別れた吉田君の顔を思い出して、これは違うと確信した。


「整理なんかしません!」


私は自分の気持ちと吉田君の気持ちを胸にしっかり刻み付けて、桐谷さんを見つめ返した。

桐谷さんは歯向かわれると思ってなかったのか、少し目を見開いていた。


「私から…彼の手は離さないって誓ったんです。過去にたくさん後悔をしたから…。だから、申し訳ないですけど、桐谷さんの言われている事を受け入れることはできません!!」


きっぱりと言い切ると、桐谷さんは私を見て目を細めた。


「……それは…あいつが君を選ぶと…分かっていての言葉ですかな?」

「……そんなこと分かりません。」


私は吉田君が私を選んでくれる自信なんてなかったので、正直に告げた。

桐谷のお家が嫌いだと言っていた。

私の傍にいたいと言ってくれた。

だったら、私にはそれを信じるしかない。


「竜聖が…望むなら、私は別れることだって受け入れます。でも、彼がそう望まないなら…私は自分からは絶対に手は離さない。それだけです。」


私の宣言を聞いて、後ろで鴫原さんがふっと笑う声が聞こえた。

桐谷さんはちらっと鴫原さんを見たあと、何度か頷いて立ち上がった。


「君の気持ちはよく分かりました。では、私はあいつを説得することにしよう。」


桐谷さんはそれだけ言い残すと、背を向けて病室に向かって歩いていってしまった。

私は緊張がとけて、ふっと肩を下ろすと細く息を吐き出した。

その姿を吉田君の弟さんに見られていて、私はまた姿勢を正した。

弟さんはじっと私を見た後、何も言葉を発することなく桐谷さんの後を追いかけるように歩いていった。

残された私は鴫原さんにポンと肩を叩かれて振り返ると、鴫原さんが笑顔を浮かべていた。


「私は少しあなたが好きになりましたよ。竜聖さんをお願いします。」

「え…。あ…はい。」


私はてっきり鴫原さんも桐谷さん側の人だと思っていたので、この言葉が意外だった。

それから鴫原さんは私を気遣うようにゆっくりと前を歩いてくれて、さり気ない優しさに私は胸が熱くなった。





***




そして駅までと言っていたのに、私は結局家まで送ってもらい帰宅した。

鴫原さんは次の駅までと言って距離を伸ばしてしまったからだ。

私はその強引さに目を瞑って、素直にお礼を言って鴫原さんとは別れた。


私は自分の部屋に入ると、何だか濃い一日にどっと疲れが出てきた。

ふらふらとソファまで進むと、倒れ込んで天井を見上げる。


桐谷のお家って…何だか…すごいなぁ…

あの桐谷さんだから、経営者になれたような気がする。

だから吉田君が跡を継いでああなるなんて全く想像ができない。

どちらかと言えば弟さんの方が桐谷さんに雰囲気は似ていた。


私は詳しく桐谷のお家の事を知らなかっただけに、どうして弟さんじゃなくて吉田君を跡取りにしたいのか分からなかった。

竜聖も竜聖でどうしてお家を継ぎたくないんだろうか?

見た感じそんなに仲が悪そうにも見えなかったし、何がそこまで嫌なのかも分からない。

やっぱり記憶がないって事がどこかで負い目となっているのだろうか?

私は吉田君と桐谷のお家の人たちの顔を思い浮かべて、頭が痛くなってきた。


そしてふうと息を吐いて目を閉じたとき、吉田君のお母さんに拒絶された事が蘇ってきて体が震えた。

私は汗が噴き出してきて目を開けると、起き上がって浅い呼吸を繰り返した。

思い出しただけで怖くなる。

吉田君のお母さんは私を敵と認識していた。

吉田君の体にしがみついて、自分から奪わないでと目が言っていた。

私はその迫力に押されて何も言えなかった。


心の中では私の方が吉田君を奪われた気分で悲しかったのに…


私はお母さんを大事にしている吉田君の姿を思い浮かべて、グッと目を瞑った。

吉田君のお母さんはお母さんでありながら、まるで恋人のように吉田君にしがみついていた。

私に対する態度からも私は嫌な考えを導き出してしまって、顔をしかめた。

こんな事考えるのはおかしいって分かってるのに、どうしてもそうじゃないのかと思ってしまう。

吉田君の事が大好きな私だから気づいた、吉田君のお母さんに対しての違和感。


吉田君のお母さんは、息子としてというよりも一人の男として…

吉田君の事を愛しているんじゃないだろうか?


私はおかしいと思いながらも否定しきれない自分が嫌だった。

生まれてしまった吉田君のお母さんに対しての疑念。

それが胸の奥に重くのしかかって、気分が落ち込んでいくようだった。










お母さんの設定は書きはじめた頃からあったので、やっと出せてスッキリしました。

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