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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-66天秤にかける


紗英の家の前で紗英の帰りを待ってた俺は、紗英からの電話に驚いて全力疾走していた。

まさか紗英から俺に会いたくて会いに来てくれたなんて思わなくて、心臓がどんどん高鳴っていった。

俺が会いたくて仕方なかった一週間、紗英も同じ気持ちだったのかと分かって嬉しくなった。

駅を降りると、俺はまっすぐ自分のマンションに向かって走る。

日曜日で人通りが多いので、俺は何度も人にぶつかりながらも目はまっすぐ自分の家に向かっていた。

そしてやっとの思いで家の前の通りに出ると、紗英が入り口の横に座り込んでいるのが目に入った。

俺はさらに足を速めると、足音に気づいた紗英が顔を上げて立ち上がった。

紗英は俺を見てふと笑顔になって、俺はその笑顔に高ぶった気持ちのまま紗英に飛びついた。


「紗英!!」


俺が力の限り紗英を抱きしめると、紗英は息の上がってる俺の背中を優しく撫でて「会いたかった」と呟いた。

その言葉に胸が鷲掴みにされて、俺は本能のまま紗英に口づけた。

紗英も同じだったのか俺の背に回した手に力を入れて、それに応えてくれた。

それが余計に俺を昂らせて、息が苦しくなっても何度も何度も口を合わせ続けた。

すると流石にしんどかったのか、紗英が口を離した瞬間に俺との顔の間に手を差し込んできた。


「…待って…キス…し過ぎだよ…。」


赤くなった顔で照れたように目を背けた紗英が可愛くて、俺は口はやめて頬に口づけた。

何度も口を寄せながら徐々に下に降りて首筋に顔を埋めていくと、紗英が俺の頭を両手で抱え込んで小首を傾げた。


「…なんか…体が変…。」


はぁっと息を吐き出しながら言った言葉に、心臓が大きく跳ねた。

俺は思わず少し顔を上げて紗英の顔を見た。

紗英は真っ赤な顔で苦しそうに息を吐いていて、俺は初めて見る紗英の反応に固まった。

……これ…って…、感じてる…?

俺はそう感じ取って、体中から汗が噴き出した。


ヤバい!!こんな紗英初めてなんだけど!!


俺は今にも押し倒したくなったが、外だという事が分かっていたので何とか堪えた。

紗英はぼーっとした表情で俺を見つめてきて、俺は目を逸らしてから遠慮がちに訊いた。


「…紗英…。その…部屋…来る…?」

「……うん。」


紗英が立ってるのもしんどいのか、俺に寄りかかるように抱き付いてきて、俺は今まで以上に興奮した。

何これ!!何コレ!!すっげー甘えられてるんだけど!

俺は紗英らしくない行動に頭が混乱していた。

そして焦る気持ちを抑えながら俺は、抱き付いたままの紗英を支えながらマンションの中へ足を向けた。

エレベーターの中でもぴとっとくっついたまま動かない紗英を見下ろして、俺はどんどん気が急いていた。

早く!早く着けよ!!

そしてやっと俺の部屋のある階につくと、足を速めて自分の部屋の鍵を開けて中に入った。

俺は後からゆっくり歩いてきた紗英を部屋の中に引っ張り込むと、靴も脱がずに玄関に押し倒した。

紗英は相変わらずぼーっとした潤んだ瞳で俺を見上げていて、その何ともいえぬ姿に理性が吹っ飛んだ。

紗英の気持ちを確認するように、何度も口付けながら自分の気持ちが高ぶっていくのを感じていた。

熱い吐息が交わって、紗英も同じ気持ちだと伝わってくる。

俺は靴を脱ぎながら紗英の背中に手を回すと、抱き起して部屋の中に運び込んだ。


その間も紗英は俺の首筋に顔を埋めて呼吸を繰り返していて、その吐息に俺は鳥肌が立つようだった。

そしてベッドまで運んでくると、俺は紗英に馬乗りになって汗でぐっしょりとなったシャツを脱いだ。

それから紗英も脱がそうと紗英のシャツに手をかけた瞬間、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。

俺はその音に一瞬気が削がれそうになったが、無視することにして紗英のシャツを上に引き上げた。

またそのときもう一度インターホンが鳴って、俺はさすがにイラついて電源を落としてやろうかと思った。


「…竜聖。お客さん来たみたいだよ。」


紗英はインターホンの音で平常通りに戻ってしまったようで、シャツを着直している。

マジかよ…ここでおあずけ!?

俺はおあずけ感にがっかりしながらベッドから降りると、腹立ちながら一階を映している画面に駆け寄ってドスの効いた声で受話器を取った。


「はい!?どちら様ですか!!」

『竜聖さん。私です。鴫原です。』


画面を見ると、また暑苦しそうにスーツを着込んだ鴫原が立っていてイライラが絶頂に達した。


「何邪魔してんだよ!!帰れ!!」

『いえ、そういうわけには参りません。玲子様が倒れられまして、病院にお連れしようとお迎えに来たのです。』

「…は…?」


俺は母さんが倒れたと聞いて言葉を失った。

倒れたって…なんで…

俺は一度だけ見た死んだ父さんの横たわった姿が脳裏を過って、頭がふらついた。


『何度もお電話したのですが、竜聖さん出られなかったもので、ここまで来るしかなかったのです。突然の訪問をお許しください。』

「…そ、それで!母さんは大丈夫なのか!?」

『ご自宅で倒れられたときは意識がありませんでしたので…。今病院でどういう処置を受けておられるのか…私はまだ知りません。』


鴫原の様子から嘘じゃなさそうだと分かって、俺は焦る気持ちを抑えて言った。


「すぐ行く!そこで待ってろ!」


俺は受話器を置くと、着替えないとと思って振り返った。

するとそこには不安そうな紗英がこっちを見つめていて、俺は心配させないように笑顔を作った。


「大丈夫だよ。ちょっと病院まで行ってくる。すぐ帰るから待っててくれ。」


俺は言葉を失っている紗英の横を通って部屋に入ると、クローゼットからシャツを取り出して身に着けた。

脱ぎ捨てたシャツは手に持って、洗面所へと置きに行く。

すると紗英が俺の背を追いかけて来ながら、意を決したように口を開いた。


「私も行くよ!!」

「え…?」


俺は行くと言いだした紗英を振り返った。

紗英は胸の前で拳を握りしめて、少し震えていた。


「一人で病院に行かせるなんてイヤだよ!!私も行く!!」

「…で、でも…紗英…。」

「絶対に行く!!私も連れて行って!」


頑として自分の筋を曲げようとしない紗英を見て、俺はしぶしぶ折れる事にした。

鴫原や桐谷の家の連中に紗英を会わせるのは気が進まなかったが、紗英の意思を尊重しようと思った。


「分かった。一緒に来てくれ。」


紗英は嬉しそうに口を開けて笑うと「うん!」と力いっぱい頷いた。




***




そして俺は紗英と手を繋いで鴫原の待つマンションの前に降りていくと、鴫原が珍しく表情を変えた。


「…竜聖さん…そちらの女性は…?」

「あ、あぁ。紗英だよ。彼女。…紗英も一緒に行くから。いいよな?」


鴫原は紗英をちらっと見てから笑顔を浮かべると、紗英に向かって会釈した。


「お初お目にかかります。鴫原と申します。沼田紗英さんですね。よろしくお願いいたします。」


俺は知っているクセに、初めて紗英を見たという仮面を被る鴫原にイラッとした。

紗英は事情を知らないだけに、俺と繋いでいた手を離すと丁寧にお辞儀した。


「こちらこそ初めまして。急に一緒に行くなんて言い出してすみません。」

「いいえ。私は構いませんよ。では急ぎましょうか。」


鴫原はいつもと同じ黒塗りの車を示すと後部座席のドアを開けた。

紗英はその車に驚いて一瞬躊躇っていたが、鴫原の顔を窺いながら車に乗り込んだ。

俺はその後に乗り込むときに鴫原を見ると、いつもと同じ笑顔を浮かべ続けていて気持ち悪かった。


何…考えている?


俺は紗英を見たら何か言ってくると思っていただけに、無反応ぶりが怖かった。

鴫原は後部座席のドアを閉めると、運転席に乗り込み車を発進させた。

俺は何も話そうとしない鴫原を睨むように見て、顔をしかめた。

すると、紗英が俺の握りしめた手に自分の手を重ねてきて、優しく微笑んでいた。

その表情を見て、俺を安心させようとしてくれていると分かって、俺は鴫原を疑るのをやめることにした。

紗英の方が初めて乗る車に緊張してるだろうに、俺が気を遣わせてどうすんだ。

俺は紗英が安心するように手を握り返して、ふっと紗英に笑いかけた。



そして特に会話をすることもなく、病院についた俺たちは母さんのいる病室へと早足で向かった。

病室は一人部屋で、ノックもせずに中に入ると親父と猛がベッドの脇に座り込んでいた。

俺はそれを立ち止まって見つめた。


「竜聖。来たか。」


親父が俺を見て偉そうな態度で言った。

俺はそれを無視するようにベッドの脇に足を進めると、眠っている母さんを見下ろした。

顔色は白く健康な人間のものではなく、前に見た時よりも頬がげっそりとしているように見えた。

俺は無事なのかどうなのかが気になって口を開いた。


「母さん、大丈夫なわけ?」

「あぁ。ここ最近食事をちゃんととってなかったようでな。貧血と栄養失調だそうだ。点滴を打ってもらったから、今は落ち着いている。」

「そ…そうか…。」


俺は命には別状がないようで安心した。

すると俺の様子を窺っていた猛が急に立ち上がった。


「母さんがこんな状態になったのは誰のせいだと思ってる!!」

「は…?お前、何言って…。」


猛はベッド脇から俺に向かってくると、俺の服を掴んで顔を寄せてきた。


「お前のせいだろ!?お前が家を出てから、母さんはお前の心配ばっかして飯を食わなくなったんだよ!!」


俺はそんな事初耳だっただけに目を見張った。

俺が家に帰って母さんを見るたびに痩せていたのは、これが理由だったのかと知った。

猛はきつく眉間に皺を寄せると服を掴んでいる手に力を入れた。


「お前は勝手に俺たちの家から逃げて楽になったのかもしれないけどな!この5年、お前を見守ってきた母さんの気持ちも考えろよ!!この間帰ってきたときだって、母さんに何か言ったんだろ!?」


俺はこの間最後に会った母さんを思い出して、確かに様子がおかしかったと思った。

首を絞められそうになったし、いつもの母さんじゃなかった。

特に気に触ることを言ったつもりはないのだが、母さんにとったら何か傷つく言葉があったのかもしれない。

俺はまっすぐに否定できなくて、猛を見つめて黙った。

すると今まで黙っていた親父が体の向きを変えて俺たちを見た。


「猛。竜聖から手を離せ。」


猛は親父に命令されて、悔しそうに顔をしかめてから、俺から手を離して窓の方へ体の向きを変えた。

俺は解放されたことにホッと胸を撫で下ろしていると、親父が鋭い目で俺を射抜いてきた。


「竜聖。猛の奴が言ったことは本当のことだ。玲子はお前を思いすぎて体を壊している。お前だって気づいていただろう。」


俺は自分で気づいてしまっただけに言い返せなくて、口を引き結ぶしかなかった。


「それにこの間はお前が継がないと言っていた事に、ひどく取り乱していてな。玲子はお前に継いでほしいと思っていたようだったぞ。」

「は…?母さんが…?」


俺は母さんがそんな事を思っていたなんて知らなくて、白い顔の母さんを見下ろした。

今までそんな事一度だって口にしたことなかったのに…


「ここ最近塞ぎこんでいたのは、きっとその事だろう。お前は嫌なのかもしれないがな。周りはそう思っていない事、そろそろ真剣に考えたらどうだ?」

「そ…そんなっ…こと…今、言わないでくれよ。」


俺はいつもより丸い姿勢で親父から言われて、決心が鈍りそうだった。

母さんの気持ちを考えると、継ぐのが一番良いのはバカな俺でも分かる。

でも、そうなると桐谷の家を受け入れて、桐谷の家のために生きる道を選ぶという事だ。

そんな決断を俺はできるはずもなかった。


俺は病室の入り口を振り返って、様子を見守っている紗英を見て顔をしかめた。

桐谷の家に帰ったら、今よりも紗英に会えなくなる。

俺は母さんと紗英を天秤にかけて、頭が痛くなってきた。


「まぁ、玲子の事を考えればどうすればいいのか答えは簡単に出るはずだ。精々考えろ。」


親父の言葉に以前のように反抗できない自分が嫌になった。

嫌だ、継がないって言ってしまえばいい。

でも、俺を救ってくれた母さんを見捨てるなんてできない。


「…竜聖?」


俺が顔をしかめて俯いていると、母さんが目を覚ましたのか俺の名前を呼んだ。

俺が顔を上げて母さんを見ると、相変わらず白い顔だったが表情は柔らかく微笑んでいた。

親父も猛もベッドに目を向けると、安堵した表情を浮かべた。


「母さん、大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。」


母さんはゆっくりと体を起こそうとしたのでその背を支えてるために手を差し出した。

母さんの背はやはり痩せ細っていて、俺は壊れそうで力がいれられなかった。


「玲子、もう心配をかけさせるな。しっかり食べろ。いいな?」

「はい。ごめんなさい。」


何だかんだ仲の良い親父と母さんを見て、俺は自分が一番の悪者に見えてきて軽く眉間に力を入れた。

すると母さんが俺越しに紗英に目を向けて首を傾げた。


「あちらのお嬢さんはどなた?」

「あぁ、そうだ。私も気になっていたんだ。」


母さんの言葉に親父まで紗英に目を向けて、俺は紗英に振り返って笑顔で呼び寄せた。

紗英は遠慮がちに中に入ってくると、ペコッと会釈してから口を開いた。


「初めまして。沼田紗英といいます。今日は竜聖…君に勝手についてきてしまって…。」

「そうじゃないよ。俺がついてきてもらう事にしたんだ。母さんの事を一緒になって心配してくれたんだよ。」


俺がフォローを入れるように母さんに説明した。

すると親父は紗英の事を知っていたのでボソッと「君か。」と言って顎に手を当てていた。

母さんは「…紗英って…。」と呟いたので、俺は以前話したので紹介するように言った。


「そうだよ。前、母さんには言ってただろ?俺の彼女だよ。」

「よろしくお願いします!」


紗英が母さんと親父に向かってもう一度頭を下げると、母さんの細く白い手が紗英に伸びて、紗英を突き飛ばした。

突然の状況に俺はただ呆然と紗英が尻餅をつくのを見て、次の瞬間に助け起こそうと手を伸ばした。


「紗英っ!」


でも俺を引き留めるように母さんが俺にしがみついて動けなくなり、紗英に手が届かない。


「母さん!?」


俺が母さんの手を振りほどこうともがくが、母さんのどこにこんな力があったのかと思うほど力が強くて振り払えない。

紗英はひたすらもがく俺と母さんを見上げて固まっている。


「…帰って。」

「は!?」


母さんは俺にしがみついている力を更に強めると、紗英を睨みつけていた。


「この子は渡さないわ。帰りなさい!!帰って!!」


声を張り上げた母さんを見て、部屋にいたどの人間も息を飲み込んだ。


「早く!!帰りなさい!!二度とここに来ないで!!」


取り乱し始めた母さんを見兼ねて一番先に動いたのは親父だった。


「鴫原!彼女を家までお送りしろ!!」


鴫原が親父に呼ばれて部屋に入ってきて、呆然として固まっている紗英の腕を掴んだ。

それを見て俺も我に返った。


「待ってくれ!!紗英と一緒に俺も――――」

「ダメよ!!あなたはここにいるの!!母さんを心配して来てくれたんでしょう?あなたは帰ってはダメ!!」


紗英に駆け寄ろうとすると母さんが強い力で遮ってきて、俺はその力の強さに腕が痛んだ。

その間にも鴫原は紗英を立たせると、病室から連れ出そうと紗英の腕を引っ張っている。

紗英はどうすればいいのか分からないといった表情で、しぶしぶ部屋を鴫原と一緒に出て行ってしまった。

それを見送った母さんは心底ほっとしたように、俺を掴んでいた力を弱めた。

それを感じ取った俺は、紗英を追いかけようと母さんの手から逃れた。


「また、来るから!」

「ダメよ!!竜聖!母さんを置いていくの!?」


俺が病室の入り口で立ち止まって母さんを見ると、母さんが悲愴な顔で涙を流しながら俺に手を伸ばしていた。その姿に俺は躊躇って、足が紗英に向かない。


「竜聖。母さんの傍にいろ。彼女の所へは私が行く。」


親父がそう言って俺の横を通り過ぎると、病室を出ていってしまった。

それに倣うように猛も俺を睨みつけてから病室を出ていく。

残された俺は唇を噛みしめると、仕方なく手を伸ばしている母さんの傍に近寄ったのだった。






ここから桐谷家の問題に突っ込んでいきます。

この話の一番最後のくくりになります。

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