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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
183/218

4-65自分から動く


吉田君と会わなくなって一週間が経とうとしている日曜日――――


私は自宅に理沙を呼んで、話を聞いてもらっていた。


「ふ~ん。なんか竜聖君ってすっごい熱い男だねぇ~。」


理沙が私の話を聞き終えて、手でパタパタと顔を仰いだ。

私は吉田君との同棲生活を思い出しながら話して、顔が熱くなっていた。


「そうかな…?やっぱり、そう思うよね?」

「うん。私、本郷君にそんな求められ方した事ないよ。ましてや朝からとか経験ないし。なんなのそのアツアツぶり!!こっちまで気持ち高ぶってくるんだけど~。」


理沙は赤く染まった頬を冷やそうと、必死に手を動かして言った。

私は理沙の感想を聞きながら、自分の感じていた事は正しかったと確認した。

こういう経験が今までなかっただけに、他のカップルはどうなのかと気になっていたのだけど…

やっぱり吉田君は翔君とも違うらしい…


「っていうかさ!竜聖君をそんな熱い男にしたのは紗英じゃないの?」

「へ?」


理沙は私をビシッと指さすと半眼で私を見た。


「だって、付き合って今までずーっと長い間我慢させ続けてたわけでしょ?その間にも紗英は他の男と仲良くしてるし…。竜聖君の気持ち考えたら、そうなったのは、紗英自身のせいなんじゃないかって思うよ。」

「我慢とか…仲良くとか…私の何がいけなかったのかな?」


理沙に指摘されて、私は急に不安になってきた。

理沙はコホンと一度咳払いすると、私を指さしていた指を下げた。


「聞くと竜聖君は紗英だけ見てて、紗英が大好きだって伝わってくる。でも、紗英は本郷君や山本君とも仲が良くて、竜聖君との想いの差が分かり辛い。」

「分かり辛い…って…。私、結構恥ずかしい事も竜聖に言ってるつもりなんだけど!!」


私は今までの思い出しても恥ずかしい言葉の数々を思い浮かべて反論した。

でも、理沙は納得してくれなくて、私の頭にチョップしてくる。


「ちがうっ!分かってないんだから!!言葉も必要かもしれないけど、紗英に足りないのは行動だよ!」

「…行動?」


私はチョップされた頭を撫でながら理沙を見つめた。

理沙は何度か頷くと、腕を組んで偉そうに言った。


「そう!紗英は恥ずかしいからって全部受け身でしたいこと我慢してるでしょ!?今だってそう!竜聖君に会いたくて仕方ないなら、会いにいけばいいじゃん!!私に相談する前に!」


受け身…確かにそうかもしれないと思った。

女の私からなんて恥ずかしくて、なかなか行動になんか起こせないのは事実だ。

私はそんな事しても良いのだろうかと思って、理沙に尋ねた。


「でもさ…自分からとか…恥ずかしくない?…なんか欲求不満みたいで…嫌われないのかな…。」

「あー!!もうっ!紗英は我慢し過ぎなんだってば!!欲求不満上等!!彼女が彼氏に遠慮なんかしないの!!紗英は竜聖君が会いに来てくれたり、キスしてくれたりするの見て、嫌いになったの!?ならないでしょ!?」


熱く声を荒げて言った理沙を見て、私は言われてみてば嬉しかったことを思い出した。

もしかして、吉田君も私と同じなのかな?

私が会いたかったって会いに行けば、喜んでくれるのかな?

私はそう前向きに考えられるようになってきて、理沙に向かって笑顔を作った。


「うん。そうだね。私、竜聖に会いに行ってくるよ。」


理沙は息の上がっていた肩を撫で下ろすと、嬉しそうに笑った。


「そうしてよ。でないと、私がこんなに熱く語ったのが無駄になる。」

「あはは!ありがとう、理沙。理沙の言葉…全部、すごくためになったよ。」

「そう?まぁ、私は常にフルスロットルで本郷君に向かってるからさぁ…我慢なんかした事ないよねぇ?だからこそ、言えるっていうか…ね?」


恥ずかしそうに頭を掻きながら言う理沙が恋する女子の顔になって、私は幸せそうな姿に顔が綻んだ。

理沙は高校のときから翔君一筋だったんだもんね…

私もそれを見習って、吉田君一筋で突っ込んでみよう。

私は理沙をお手本にしようと心に決めて、吉田君に会いに行く準備をすることにした。





***





それから私は理沙と駅で別れて、吉田君の働くお店の前にやって来ていた。

ガラスの自動ドアの向こうにお客さんで賑わう店内が見える。

私は久しぶりに会う緊張からか中々足が前に進まなくて、入り口で店内を見つめてモジモジしていた。


理沙に背中を押されて来てしまったけど、お仕事の邪魔だよね…

しばらく残業で会えないってメールも来てたし、あれは来ないでって意味だったんじゃ…


私はさっきまで前向きに考えていたはずなのに、すぐ後ろ向きな考えになってしまって、頭を振った。

私は一度大きく深呼吸をすると、意を決して店内に足を踏み入れた。

冷房の効いた店内は涼しくて、私はキョロキョロと辺りを見回して吉田君の姿を探した。

するとレジの奥の通路から吉田君が出てきたのが見えて、私は思わず棚の影に隠れた。

そして、その脇から顔だけ出して吉田君の姿を見つめる。


吉田君はレジの店員に何か指示を出していて、真剣な表情をしていた。

やっぱり…吉田君が一番輝いて見える…

私は久しぶりに見た吉田君に、心臓がどんどん高鳴っていく。

すると吉田君はちらっと自分の腕を見た後、慌てて奥に引っ込んでいってしまった。

私は吉田君がいなくなってしまって、棚の影から飛び出すと話しかけられなかった事に呆然とした。


ストーカーみたいに見てる場合じゃなかった…


私は誰か店員さんに吉田君を呼んでもらおうと周りを見回すと、一人の女子店員さんと目が合った。


あれ…この人…見たことあるかも…


私はその女子店員さんを見つめて、どこで見たのか思い出そうと首をひねった。

そうしてじっと見つめていると、女子店員さんが私に近寄ってきて口を開いた。


「こんにちは。あの、間違ってたらすみません。桐谷さんの彼女さんですよね?」


私は彼女が私を知っていた事に驚いて、「あ、はい。」としか返せなかった。

きっと見たことがある事に関係しているのかもしれないけど、まだ思い出せない。


「やっぱり。夏前ぐらいからよくお店にいらしてたんで、覚えてたんです。」


言われて私は吉田君とよく話していた店員さんだと思い出した。

私が最初に嫉妬したときにもいた気がする。

ちらっと胸についているネームプレートを見ると、小関と書いてあった。

小関さんは可愛らしい笑顔を浮かべると、目を細めて私を見た。


「あの、彼女さんにこんな事言うのもって感じなんですけど…、私、桐谷さんの事好きなんです。」

「え…?」


目の前で急に告白されて、私は面食らって固まった。

彼女はそんな私にお構いなしで続けてくる。


「あなたが桐谷さんに会う前からずっと想い続けてきたんです。だから、彼女ができたからって諦める気ないんで、精々別れないように気をつけてくださいね?」


この言葉を聞いて、私はケンカを売られている事が分かった。

何だか挑発されているような気もしたけど、私は堂々とした宣戦布告に引くわけにはいかなかった。


「別れないから、諦めてください。」


私は彼女を睨むように見て、きっぱりと言い切った。

内心なんて返ってくるだろうかとヒヤヒヤしていたが、吉田君の事だけは誰にも渡したくなかった。

彼女は怒ったのか、眉を吊り上げて目を細めた表情になった。


「嫌ですよ。私、毎日ここで一緒に働いてるんで、望みあると思うんですよ。」

「望みなんかないから!諦めて!!」


私は手を握りしめると、まっすぐに立ち向かうために気をしっかりと持った。

吉田君を渡すわけにはいかない。

一緒の職場だからって、望みなんかあるわけない。

吉田君ははっきり私にそう言ってたから。


「ありますよ!私、桐谷さんと寝たことあるんですから!!」


この言葉に私は目を見開いた。

さっきまで自信を持って言い返せていたけど、途端に気持ちが揺れ動く。


それって…いつの話だろう…

私と出会う前…?それなら…前に話してくれた軽い関係ってやつなのかな…


私は以前吉田君と揉めたときの事を思い出して、気持ちをしっかり持ち直した。


「それって、それだけの関係ってやつだよね?」


私は確認のために口に出した。

すると目の前の彼女が息を飲み込むのが見えて、私はあっていたと分かってホッとした。

そして自信を取り戻した私は、畳みかけるように言った。


「その話は私も聞いてるから…。でも、関係は切ったって言ってたけど。違うの?」

「そっ…そんな事ありませんよ!!」

「嘘だね。私に竜聖の事好きだとか言う前に、あなたが気持ちを伝えるべきなのは竜聖でしょ?それができない人に、私は負ける気はしないから。」


私は戸惑っている彼女を見て言いきった。

これで諦めてくれると思っていたのだけど、彼女は涙目で私を睨むと声を荒げた。


「彼女だからって偉そうにしないでよ!!そんなの私が一番よく分かってるんだから!!」


この声が店内に響き渡って、慌てて店員さんがこっちに駆け寄ってきた。


「こら!!何騒いでる!!小関、お前お客様になんて態度とってんだ!!」


男の若い店員さんは彼女に向かって叱責すると、私に向かって深く頭を下げてきた。


「申し訳ありません。うちの従業員が失礼なことを…。」

「あ、いえ。私は大丈夫なので、お気になさらないでください。」


彼女をこうさせてしまったのには私にも責任があるので、謝ってもらう必要はなかった。

そこで私はここに来た目的を思い出して、その店員さんに尋ねた。


「あの、私…桐谷竜聖に会いに来たんですけど…彼を呼んでもらう事ってできますか?」


男の店員さんは顔を上げると、ポカンとした表情で言った。


「桐谷さんですか?…あの、すみません。ついさっき勤務時間が終わりまして、帰宅してしまいまして…。急用だったでしょうか?」

「え…あ、いえ。それなら結構です。ありがとうございます。」


私は店員さんの言葉にがっかりした。


さっきまでいたのになぁ…


店員さんはもう一度頭を下げると、申し訳なさそうに小関さんと一緒に戻っていってしまった。

私はこのままお店にいても仕方ないので、帰ることにしてお店を出た。



それから駅に向かって歩きながら、やっぱり会いにいかないとダメだと思って、私は吉田君のマンションへ行くことにした。

せっかく理沙に背中を押されたのに、このまま帰ったら意味がない。

私は気持ちが逸ってきて、早足から駆け足に変わるとまっすぐマンションへ向かった。



そしていつ見ても高そうな高層マンションに入ると、吉田君の部屋番号を入れてからインターホンを押した。帰ってるはずなので、出てくれるだろうと思っていたのだけど、一向に返事は返ってこなくて、まだ帰宅していないことが分かった。

おかしいな…と思った私は、ケータイを取り出すと、ケータイが点滅していて吉田君から何回も着信があったことを知らせていて驚いた。

私は焦って吉田君にかけ直すと、吉田君はすぐに出てくれた。


『紗英!?今、どこにいんの?』


第一声にそう訊かれて、私は吉田君こそどこにいるんだろうと思った。


「今、竜聖のマンションの前だよ。会いたくなって…お店にも行ったんだけど、いつの間にか竜聖帰っちゃってて…だから、今さっきここに着いたの。」


事情を説明すると、吉田君は黙り込んでしまって私は耳を澄ませた。


「竜聖?聞いてる?」


私が反応がないので問いかけると、急に雑音がし出して足音から走ってるのが伝わってきた。


『そこで待ってて!!すぐ帰るから!!』


吉田君はそう告げると、電話を切ってしまって無情なツーツーという音が鳴り出した。

私は一方的だな~と思って電話を切ると、自動ドアから外に出て入り口の脇にしゃがんだ。

そして吉田君を待ちながら、結局彼がどこにいたのか聞けなかったことだけが気になった。





受け身な紗英が少し成長しました。


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