4-64いつまで経っても変わらない
俺は翔平と一緒に竜聖の話を聞きながら、時間が中学のときに戻ったように錯覚していた。
目の前の竜聖は相当ストレスでも溜まってしたのか、桐谷の家の悪口ばかり口にしている。
「ことあるごとに呼び出されてさ、お前は家を継ぐんだーってそればっかでマジでムカつくんだよ。ヤクザみたいな顔してるあいつの跡なんか誰が継ぐかってんだよ。」
「へ~。桐谷の親父さんってヤクザみたいんだなぁ。ちょっと見てみてぇかも。」
竜聖は頼んだ定食を食べ終えると、水をがぶ飲みした。
何だか話し方からそれが酒に見えてきて、俺は今の時間を疑いたくなる。
翔平は竜聖の話の何がそんなに面白いのか、ずっと手を叩きながら笑っている。
「自分の息子の猛には継がせたくないらしくて、俺ばっかりで本当うんざりする!」
「え!?竜聖、兄弟がいるのかよ!年下?年上?」
竜聖がコップを机に叩きつけて言ったとき、翔平が食いついて身を乗り出した。
俺も興味があったので箸を置いて、耳を傾けた。
「一つ下の弟。今、東大に行ってて、すっげー頭が良くて、勘に触る奴だよ。」
「東大!?何それ!!そいつに継がせた方がいいに決まってんじゃん!?」
「だろ!?俺もそう思うんだよ!!でも、あのバカ親父はあいつには素質がないとかぬかしやがって…あー!!マジでムカつく!!」
竜聖は頭をガシガシと掻きむしると、テーブルに肘をついて頭を抱えた。
俺は東大に行ける頭の持ち主の弟が想像ができなくて、ポカンとするしかなかった。
このバカ竜聖の弟が東大とか…世の中どうなってるのか疑わしい…
それも東大の弟より竜聖を跡取りにしたいなんて、桐谷さんは一体何を考えているのだろうか?
「まぁまぁ、素質云々は置いといてさ、継ぐとかそんなすぐの話じゃねぇんだろ?」
「……まぁ、そうだけど…。俺、言われ続けるのが嫌なんだよ。お前は特別なんだから、それに見合うように努力し続けろって言われてるみたいでさ。…だから、さっさと縁切りてぇんだけど…母さんがいるからさ…。」
竜聖はお母さんの事を考えているのか、ふうとため息をついてさっきの勢いを失くした。
俺はそんな竜聖を見て、今まで気になっていた事がふわっと口から飛び出した。
「竜聖のお母さんって…お前の本当のお母さんだよな?その…お前がお母さんに引き取られたってのは分かったんだけど…、お前の…そのお父さんはどこに行ったんだよ?」
俺は竜聖のいなくなった原因がお父さんの事故だったので、そこがずっと気がかりだった。
翔平も同じだったのか、口を閉じて竜聖を見つめている。
竜聖はふっと顔を上げると、俺と翔平と目を合わせて言った。
「事故で死んだんだ。……って言っても、俺は覚えてねぇんだけどさ。」
自嘲気味に笑って告げた竜聖の言葉に、俺も翔平もショックを受けた。
名前が変わったことから、そうだったんじゃないだろうかと思っていた。
でも、できるなら違う理由であって欲しかった。
昔会った事のある竜聖のお父さんを思い出して、今にも目の奥が熱くなりそうで考えるのをやめようと試みる。
「これさ、紗英に言ったら…俺より泣かれてさ。それがあって今はもう、ある程度理解もしてるから、二人は気にしないでくれよな。死んだ父さんの事は思い出したときに、整理をつけるつもりなんだ。」
竜聖は全く平気そうに言うので、俺は自分がこんな気持ちになったらダメだと気をしっかりと持った。
「お前…この五年…本当に色々あったんだな…。俺…それ何も知らなくて、最初はひどい事を言ったと思う…今更だけど、悪かったな。」
「ホント、今更だよ。まぁ、今こうして話聞いてもらってるし、俺的にはそれでいいんだけどな。」
俺の謝罪を軽く流されて、俺は昔と変わらない竜聖に笑みがこぼれた。
竜聖はそんな俺と同じようにフッと微笑むと、体を起こした。
「じゃ、お相子って事にしようぜ?お前は俺らには何でも話す。俺らはそれを聞く。今まで通りだよ!」
翔平が竜聖を指さしながら明るく言った。
俺は翔平の言った今まで通りという言葉に嬉しくなった。
今まで通り所…じゃないな…確実に以前より良い関係になれてる気がする。
俺は笑いあって話せる今の関係を見て、胸が熱くなった。
「じゃあ、これからも遠慮なく話させてもらうよ。桐谷の家はストレスが多くてさぁ…。それに最近は紗英にも会えてねぇし、余計にストレスだらけで…。」
「あ、そうなのかよ?会えてねぇって、またケンカか何かか?」
「ケンカじゃねぇよ!!何ですぐそういう不仲な方向へ持っていこうとすんだよ…。」
竜聖は翔平のからかいともとれる言葉に正直に返していて、俺はこういう正直なとこは変わらねぇなぁと思った。
「俺、ここんとこ残業ばっかでさ、会いに行く時間がねぇんだよ。」
「ふ~ん。紗英からは会いに来てもらってないわけ?」
「………この一週間ぐらい一度もない。」
ブスッとふてくされてぼやいた竜聖を見て、翔平が吹きだして笑い出した。
「っぶ!わはははっ!!お前、紗英から愛されてねぇんじゃねぇの!!」
「は!?んなわけねぇだろ!!」
「だって一週間音沙汰なしなんだろ!?会いたいって思われてないって事じゃんか!!」
「そ…そうだけど…でも!!会いたいって思ってても来られない事情があるのかもしれねぇだろ!!」
「事情って紗英、まだ夏休み期間なんだろ?学校あるときよりは時間に余裕あるはずだと思うけど?」
「そ…そうかもしれないけど…、何か来れない事情があるんだよ!きっと!!」
竜聖は余程沼田さんを信じているのか、以前とは違ってすぐ不安になったりはしないようで、ちょっとした成長が見て取れた。
でも翔平は良いからかう相手が見つかったと言わんばかりに、竜聖を弄ぼうと追い込むことを言った。
「来れない事情って言うけどさ、会いたかったら時間があれば会いに来るんだって。女子代表の浜口がそうなんだから、そうに決まってる!!あいつ試合前の時間がないときでも、俺の家に訪ねてくるからな。」
ふんっとふんぞり返って偉そうに言った翔平を見て、竜聖はさすがに凹んだようで悲愴な表情を浮かべている。
あー…流石に彼女持ちに言われると成長した竜聖でもダメだったか…
俺は場をとりなそうと、翔平の頭を軽く叩いた後に竜聖をフォローした。
「竜聖。浜口さんと沼田さんは性格も恋愛に向かう姿勢も違うだろ?浜口さんと違って、沼田さんは感情を表に出すタイプじゃねぇんだよ。そこをくみ取ってさ、お前から会いに行けばいいじゃん。残業がないときにでもさ。そしたら、きっと会いたかったって言ってくれるはずだよ。」
「だよな…?そうだよな!!」
俺の言葉に自信を取り戻したのか、竜聖が息を吹きかえした。
しきりに紗英だってそう思ってるよな!!と自分に言い聞かせている。
翔平はというと、竜聖が立ち直ったことに不服そうに顔をしかめて、俺を睨んできた。
―――ったく…いつまで経ってもライバル関係は変わらねぇんだから、子供みたいな張り合いすんなよなぁ~…
俺はいつも竜聖にケンカを売るように話す翔平にげんなりした。
翔平は竜聖の上に立ちたいのか、度々こうして威張ってくる。
中学からの名残なのかもしれないが、いい加減休戦して欲しいものだ。
俺は不機嫌な翔平と必死で自分に言い聞かせる竜聖を見て、大きく息を吐いた。
翔平と竜聖はずっと犬猿の仲です。




