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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-63話す、信用する


俺は仕事を終えて、また全速力で家に帰って来ると家の鍵が閉まっていて、俺は背筋が凍り付いた。

慌てて鞄から鍵を取り出すと震える手を押さえて扉を開けた。

大きく開けたドアから中に入ると、部屋が真っ暗でドクンドクンと心臓が嫌な音を奏でた。


「紗英!!ただいま!!」


俺は紗英が寝てしまったんだと思って、声を上げながらリビングを通り過ぎて部屋の扉を開けた。

でも俺の部屋のベッドに紗英の姿はなくて、綺麗に整えられた布団だけが佇んでいた。

まさか…帰った…?

俺はその可能性が頭を過って、リビングに目を戻すとラップをかけられた料理の傍に書置きが残されているのに目が留まった。

慌ててそれを手に取ると、内容に目を通す。


「…明日から仕事だから帰ります。短い同棲生活楽しかったよ。また会いに行くね。鍵はポストに入れておきます…。…紗英。追伸…ご飯はチンして食べてね…」


紗英らしいきっちりとした字で書かれたそれを読み上げて、俺は手を横に下ろしてテーブルに頭をつけた。


「……マジかよ…。朝のあれで終わり…?」


俺はもっと名残惜しく家を出れば良かったと後悔した。

てっきり紗英は俺が家に帰るまではいてくれると勝手に思い込んでいた。

帰るなよって言って、明日の朝までいてもらう想像までしていた。

それなのに、こんな一方的に帰るとか…あり得ねぇ…


俺は期待して家に帰ってきただけにダメージが大きかった。

俺はゆっくり顔を上げるとシーンと静まり返った部屋を見て、紗英の残り香を探した。

おかえりって言われて…二人で向かい合ってご飯食べて…それから…二人で一緒に寝た…。

思い返しただけで、紗英の笑う声や話し声が耳に聞こえてきそうで、俺は目を瞑って手を握りしめた。

…まさか、こんなに寂しくなるなんて思わなかった…

俺は紗英がいないだけで、心にぽっかり穴が開くようだった。

別れたわけでもないのに、ただ傍にいないというだけでこの世の終わりのような気分だった。


それだけこの三日は楽しくて、幸せで、手放したくないものだったのだと分かって、俺はますます気持ちが落ち込んだ。






***





紗英が帰ってしまってから4日が経ち、俺は連日の残業とそのせいで紗英と会えない現状におかしくなりそうだった。

たった二日休んだだけで、もう6日に渡って残業している。

俺は今も事務室でニコニコとお茶を飲んでいる店長を見て、イライラしてきた。

もうそろそろ残業解いてくれないかな…

でないと紗英欠乏症で禁断症状が出てきそうなんだけど…

俺は恨みがましく店長を見つめた。

店長はそんな俺の視線に気づいているのかいないのか、平然としていてますます苛立ってくる。

俺は我慢も限界だったので、そんな店長に近寄ると口を開いた。


「店長!俺の残業っていつまで続くんですか!?そろそろ終わってもいいんじゃないかって思ってるんですけど!!」


店長は俺をちらっと見ると「そうですねぇ~」と言ってから、ファイルを開いて何かを確認し始めた。

そして店長は俺に向き直るといつもの笑顔を浮かべて告げた。


「あと3日ですね。それで残業業務は終わりにしましょう。」

「3日!?あと3日も!?」


俺はてっきり今日で終わりと言われるのを期待していただけに、3日と聞いて愕然とした。

あと3日も紗英と会えないとか、無理だ!!

絶対仕事に支障をきたすに決まってる!

俺はそれが分かってるだけに、ちょっとでも減らしてもらおうと口を開いた。


「あの!これ以上続くと、俺の精神的、肉体的に支障が出てきて、これからの業務に支障をきたしそうなんですけど!!」

「……桐谷君。それは私情が絡んでいますね?」


店長に見透かされて、俺は口を閉じて店長を見つめた。

店長はいつか見た鋭い目で俺を見てきて、背筋が冷えていく。


「君がここ最近ストレスを溜めているのは分かります。ですが、2日休んだ上に、以前仕事中にも関わらず、店から離れたことがありましたね。これを見逃しておくわけにはいきません。あなたは社員なのですから、アルバイトの見本になれるようにプライベートと仕事をきっちり分けられるように努めなさい。」


「……はい。」


俺は先生に怒られた生徒のように、納得せざるを得なかった。

店長の言うことは正しい。

俺は昔からここでバイトしていた事もあって、バイト時代の気分が抜けずに我が儘を通していたのかもしれない。

俺は社員なんだ。

しっかり自分を保とう。

そう、ポジティブに考えるんだ。

紗英には3日後に会えるんだ。

今は店長の言う通り、仕事に集中するんだ。

俺は自分にそう言い聞かせて、店長に「分かりました。」と返事をしたものの、気を緩めると会いたい気持ちが溢れてきて、その複雑な心境に苦しくなったのだった。





***




そんな禁欲生活を送っていた俺のところに翔平と竜也が訪ねてきたのは、紗英に会えるまであと1日という日の昼の事だった。

俺は休憩をもらうと翔平と竜也と一緒に近くの食堂へとやって来た。

二人は日替わり定食を頼んだので、俺もそれに倣って同じものを頼むと竜也が口を開いた。


「お前、あれから沼田さんとはどうなわけ?お前の気持ちの押しつけしてねーだろうな?」

「何でお前らに話さなきゃならねーんだよ。俺と紗英の事は放っておいてくれよ。」


俺は以前説教された事を思い出して、二度と口出しされてたまるかと思った。

すると翔平が何かに勘付いたのか、テーブルに身を乗り出してきて俺と目を合わせた。


「お前ら…したな?」

「なっ!?おまっ…こんな人の多いとこで何口に出してんだ!バカか!!」


ニヤッと笑いながら言い当ててきた翔平に俺は肝が冷えた。

何でそんなすぐに分かるんだよ!!エスパーか!!

俺は心の中でも読まれたのだろうかと焦った。


「やっぱりな~、なんか返しに余裕があると思ったんだよ。俺らの予想外れたな、竜也。」

「だな。意外と早くて驚いたよ。もっとグダグダしてると思ってた。」


二人は何の予想をしてるんだとイラッとしたが、楽しげに顔を見合わせている二人を見たら何も言えなくなった。


「ま、大事にしてるならいいんだよ。」

「そうそう。でもさ、俺ら一つ気になってる事があってさ。今日はそれを聞きにきたんだ。」


「何だよ?」


俺が普通に返すと、二人は少し迷った素振りを見せてから口を開いた。


「話すのが嫌なら、嫌だって言ってくれればいいから、俺の話を聞いてくれ。」

「あぁ…分かったよ。」


真剣な顔でそう言う翔平が初めてで、俺は何を言われるんだろうかと不安になった。

すると翔平は意を決したように話し始めた。


「お前、今は桐谷竜聖って名乗ってるけど…俺らが知ってるのは吉田竜聖って名前なんだ。その名字が変わった理由に5年前の事故が絡んでるのはなんとなく分かるんだけど…、桐谷って名前とお前の住んでる高層マンションの持ち主が引っかかってさ。お前…まさか、あの桐谷財閥の関係者とかじゃねぇよな?」


俺は言い当てられた事に心臓がドクンと大きく跳ねた。

なるべく表情に出さないようにしてから、気づいた理由を尋ねる事にした。


「…桐谷財閥って…日本中あちこちで見る銀行持ってるとこだろ?何で…俺がそこの関係者だって…そう思うわけ?」

「え…と、それはあのマンションに住んでる事と…、あと前にお前の同僚の女の子から金持ちだって聞いたことがあってさ…。そのときは聞き流してたんだけど、今になって気になってきてさ…。」


同僚の女の子というのは小関の事だろうと分かったが、あいつには何も話をしてないはずなのにどこから情報を手に入れたのか気になった。

俺は特に隠していたわけではなかったので、教えてもいいような気がしたが、この二人に金持ちの坊々だと思われるのは嫌だった。

なので、どうして知りたいのか尋ねる事にした。


「…もし、俺がその桐谷の家の奴だって分かったら…お前らはどうするわけ?」


二人は俺の問いに目を丸くさせると、二人で顔を見合わせてから笑った。


「別にどうもしねーけど。もしそうなら、お前大変なんじゃないかと思ってさ。」

「そうそう。金持ちの家って色々ありそうじゃん?お前が桐谷の家とどういう繋がりでそうなったのか分からないし、苦労してる事とか抱え込んでるなら話相手になれるのになーって程度だよ。」


二人の返答に、その桐谷だと分かったとしても壁を作るつもりじゃないと分かって、俺はホッと胸を撫で下ろした。俺は紗英と同じで、二人との関係を変えてしまうのが怖かった。

今までも桐谷の家の息子という特別な目で見られてきて、人との関係を上手く作れなかった。

というよりそれ目当てで近づいてきたのではないだろうかと思う事も山ほどあった。

だから、いつからか自分の事は話さなくなった。

いや…話せなくなったという方が正しいかもしれない。


俺は二人なら信用できると思って、すべて話すことにした。


「思ってる通りだよ。俺は桐谷財閥の桐谷譲太郎の関係者…いや、息子になったってだけだ。血は全く繋がってないけどな。」

「マジか…。」

「…信じらんねぇ…。」


二人は半分も信じてなかったのか、口をぽかんと開けて固まった。

そのときに日替わり定食が運ばれてきて、俺は受け取って二人に回しながら続けた。


「5年前事故にあったとき、俺の実の母親が桐谷と再婚してたんだ。どういう経緯でそうなったのかは知らないけど、母さんが俺の記憶がなくて路頭に迷ってると知って、親父に頭を下げて頼んでくれたんだ。それから俺は桐谷の人間になった。今思うとおかしな話だよな?」


俺は鼻で笑いながら言った。

日替わり定食の唐揚げに目を向けながら、箸を持っていただきますと手を合わせる。

翔平も竜也も俺の話に耳を傾けながら、食べ始めた。


「親父は俺に家を継げって言ってくるけど、俺は継ぐ気はないし…ぶっちゃけ母さんがあの家と関わりがなかったら、とっくの昔に縁を切ってる。それぐらい、俺にとって桐谷なんて名前は飾りでしかないんだ。俺はお前らが言う…吉田竜聖に戻れたらって…そう思うよ。」


紗英も俺の事を吉田君と呼んでいた。

あのときは昔と言われて、分からない現実に気持ちが落ち込んだけど、今は違う。

俺は紗英と翔平や竜也と関わりのあった、吉田竜聖に戻りたい。

本気でそう思っていた。


翔平は食べるのをやめて箸を置くと、まっすぐな目で俺を射抜いてきた。


「…戻れるよ。」

「え…?」


俺は何に対しての言葉か分からなくて、翔平をじっと見つめた。

すると翔平はグッと拳を握りしめてから、もう一度口を開いた。


「戻れるよ、竜聖。今は記憶がなかったとしても、俺らの中に吉田竜聖はいる!!消える事はないんだ!だから、いつか思い出す日が来る!!俺はそう思う!」


翔平の言葉に偽りはないと感じて、俺は胸が熱くなってきた。

そんな横で竜也がふっと微笑むと、優しげな声で言った。


「そうだよ。俺もそう思う。っていうか、そうなってもらわないと心の底からお前との再会を喜べねぇよ。今のお前が嫌とかじゃねぇんだけど、やっぱり俺らの中では今の桐谷のお前も、昔の吉田のお前も、竜聖だからさ。片方だけじゃ、寂しいんだよ。」


初めて二人の気持ちを聞いて、俺は以前だったら苦しい思いをしていただろうなと思った。

でも今は二人が自分の気持ちを押し付けたくて言ってるんじゃないと分かる。

だから、俺は素直に二人の本心を受け止める事ができた。

俺が紗英や翔平、竜也との思い出を思い出せないのが苦しいのと一緒で、竜也たちも吉田の頃の俺を思って苦しんだんだろう。

俺は二人をまっすぐに見つめると、笑顔を作って頷いた。


「気持ち受け取ったよ。俺も戻れる日を信じる。」


俺の言葉に二人は満足そうに笑うと、手を伸ばして俺の肩を叩いてきた。

その力が強くて左右に揺さぶられる。

そんな何気ない行動が近くで支えてやると言ってくれてるようで、自然と笑みがこぼれた。


それからは食事をしながら桐谷の家のことを質問されたので、俺は嫌味も交えながら面白おかしく話をしたのだった。

俺は二人と話すことで、桐谷の家の問題が消えていくようで気分よく話すことができるようになった。

それが胸に引っ掛かって不思議だったけれど、今までため込んできたストレスがなくなっていくのを感じて心が軽くなった。







桐谷家の事を明かしていきます。

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