4-58ストリングスの生い立ち
私は実家に帰ってくると、自室でベッドに倒れ込んだ。
そしてギュッと布団を握りしめると、さっき自分の返した言葉にイライラしていた。
何で!!何であんな事言っちゃったんだろう…
家に帰らなきゃダメだとか…子供じゃないんだから!!
私は残念そうな吉田君の顔がちらついてベッドの上で悶えた。
吉田君が会いたいって言って、ここまで来てくれてすごく嬉しかった。
会って顔を見たら、もう離れたくないって思った…
求められて一瞬それでもいいと思った。
でも、昨日お兄ちゃんと交わした会話を思い出してしまって…
お兄ちゃんの言う通りになるのが、何だか無性に嫌だった。
吉田君はお兄ちゃんとは違う。
そう思ってただけに、咄嗟にあんな事を言ってしまったんだと…今なら理解できる。
私とお兄ちゃんのケンカに吉田君を巻き込む形になってしまった事が心苦しい。
私はガバッとベッドから起き上がると、自分に言い聞かせた。
次は絶対拒否しない。
どんな状況だろうと、吉田君がしたいって思うなら受け入れる。
私は自分の中に誓いのように打ち立てると、ふっと短く息を吐き出した。
吉田君は明日までこっちにいると言っていた。
なら私もそれに合わせて、明日一緒に東京に帰ろう。
私は今日別れるときもすごく名残惜しかったのを思い返して、もう一日だって離れるのは嫌だった。
そして私は夜中だというのに荷造りを始めたのだった。
***
次の日の朝―――――
私はお父さんとお母さんに東京に帰ることを告げた。
幸いお兄ちゃんはまだ寝ていたので、私は両親にだけ別れを告げると家を出た。
お母さんもお父さんも早く帰る私を問いただそうとはしなくて、笑顔で見送ってくれた。
きっと気づかれてるよね…私が早く帰るって言いだした理由…
両親にはすべて見透かされてそうで罪悪感が胸をかすめたけれど、私はいつか話そうと心に決めて駅へと向かって足を進めた。
そして歩きながら吉田君に電話をかけることにして、ケータイを取り出した。
しばらく呼び出し音が鳴り続けたあと、まだ寝ていたのか吉田君が寝ぼけた声で電話に出た。
『ふぁい。』
「あ、竜聖?私、紗英だよ。まだ寝てた?」
『んー……。』
吉田君はまだ目が冴えきってないのか、それだけ答えると黙ってしまった。
私は吉田君の居場所を聞きたかったので、起こそうと何度も声をかけた。
「竜聖!起きて!!朝だよ!」
『……うん。…起きてる。起きてるよ。』
吉田君は起きてると呟いているものの、反応が鈍いので絶対頭はまだ冴えてないと分かる。
「もう!九時過ぎてるんだよ!早く起きてよ!!」
『…んー…。』
鼻にかかった声を最後に電話が切れてしまった。
私は切れた事に唖然として、ケータイを見つめて固まった。
うそ…切れちゃった…
私は慌ててもう一度吉田君にかけるが、また寝てしまったのか無情な呼び出し音だけが響く。
仕方なく電話を切ると、とりあえず新幹線の止まる駅まで行くことにして、足を駅へと向けた。
***
そして私は人の多い新幹線の発着駅にやって来た。
とりあえずここにいれば吉田君と入れ違いになることはないだろうとふんで、私は改札の見えるカフェに入った。
コーヒーだけ注文して、カウンターで受け取ってから店の外の席に座った。
そしてもう一度だけ吉田君に電話しようかと、ケータイを取り出したとき、目の前の空いてる席に誰かが座ったのが分かって顔を上げた。
「沼田さん、偶然だね。」
「………小野田君…。」
私は目の前で昨日と変わらない笑顔を浮かべる小野田君を見て、ケータイを持ったまま固まった。
小野田君は私の反応が面白かったのか、笑いながらテーブルに肘をついて顔を寄せてきて、思わず椅子ごと後ろに下がった。
「ははっ!警戒しすぎでしょ?もうあんな強引な事はしないから安心してよ。」
私はそんな事を言われても、すぐ信用なんかできるわけがなかった。
だってクラスメイトなのに昨日まで顔も名前も覚えてなかったんだから。
小野田君はニコニコとしたまま続けた。
「今日は本当たまたまだから、あっちにメンバーもいるし。もうすぐここに来るよ。今から東京に帰るんだ。沼田さんもでしょ?」
小野田君は手で切符売場を示してそっちを見ると、確かに神谷君たちがいるのが見えた。
嘘は言ってないと分かって少し緊張を解いたけど、信用する気はサラサラなかった。
昨日身の危険を感じただけに、距離を自然と空ける。
「相変わらずガードかったいなぁ~。昨日の事は悪かったって。反省してるんだから、この距離間やめない?」
私は謝っている小野田君を見て、仕方なく普通の距離に戻った。
人も多いんだから、何もしてこないだろう。
「ありがと。それにしても沼田さんの彼氏すっげーカッコいいよな。男の俺が見てもそう思ったよ。」
吉田君の事を褒められて私は普通に嬉しかった。
顔が緩みそうになるのを堪えようと、少し下を向いた。
「なんか人を惹きつける魅力あるよな~。俺らよりも芸能界向いてるんじゃねぇ?って思ったからさ。きっと今までも相当モテたでしょ?」
相当モテたと言われて色んな女の子の顔が過った。
吉田君は私の知ってる中学の時からずっと人気者だ。
どこにいても目を引く。
それは吉田君の持って生まれたものだと思ってる。
「そうだね。竜聖…カッコいいから。」
私は自分の彼氏が褒められて悪い気はしなくて、さっきまでの警戒を解いて微笑んだ。
すると小野田君が笑顔を消して、私をじっと見つめてから言った。
「でもさ、すっごい嫉妬深そうだったよな?同窓会まで乗り込んでくるなんてさ。あの後すごかったんだからさ~。」
「え…?」
あの後と言われて何があったのか気になった。
結局私は吉田君と帰ってしまったので、あの後何があったのか知らない。
小野田君が不敵に笑ったとき、私のケータイが震えた。
私はそれに反応して画面を見ると、吉田君からだったので慌てて電話に出た。
「もしもし、竜聖?」
『あ、紗英!!ごめん!電話くれてたんだよな?何か用だった?』
吉田君はやっと目を覚ましてくれたようで、さっきと違いはっきりとした声で安心した。
少し呆れながら笑って返す。
「今日一緒に帰ろうと思って、家を出てきたの。竜聖のいるホテル知りたかったんだけど、寝てたみたいだからさ~。」
『わ、悪い!帰るって実家はいいの?』
「うん。だって…会っちゃったら、もう離れるの嫌になっちゃってさ。」
私は恥ずかしかったけれど、本音を口に出した。
吉田君は反応に困ってるのかすぐに返事はしてくれなくて、しばらくしてから『俺も』と返ってきて自然と顔がにやけた。
そして私が今自分がどこにいるのか伝えようとしたら、急にケータイを奪われた。
「あ、もしもし。昨日はどうも!」
小野田君が私からケータイを奪って勝手にしゃべっていて、私は驚きすぎて反応が遅れた。
私は慌ててテーブルから身を乗り出すと、ケータイを取り返そうと手を伸ばした。
「小野田君!!なにやって!ケータイ返して!!」
「あはは、そうです。沼田さんの同級生の小野田といいます。」
呑気に自己紹介しながら、小野田君が立ち上がってしまい手が届かなくなって、拳を作って机を叩いた。
「返してってば!!」
「今は沼田さんとお茶してますね~。あー、はい、仲良くさせていただいてますよ。いや~照れるなぁ~。」
一体何の話をしているのか気になって、私は立ち上がると小野田君に近付いた。
小野田君は軽やかに躱しながら会話を続けて、私を近づけようとしない。
一向に返す気のない小野田君にイライラして頭が痛くなってくる。
「場所?そんなの決まってるじゃないですか~。東京に帰るって言ったらここしかないでしょう?それじゃ、また後で。」
小野田君は一方的に電話を切ると、私にケータイを渡してきて信じられなかった。
「なっ……なに…信じらんない…。何で勝手に人の電話奪っておいて、切るとか…普通しないでしょ!!」
「まぁまぁ、場所は伝えたから彼、迎えに来るって。ささ、お茶しようよ。」
私はケータイを受け取りながら抗議したが、小野田君はしれっとして笑ってるだけだった。
その姿が異様に腹立たしくて、私は吉田君にかけ直そうとケータイを耳に当てた。
でも吉田君は電話に出てくれなくて、一体何を言ったのかが本当に気になってきた。
私は電話を切ると、小野田君に問いただそうと席に戻った。
「竜聖に何を言ったの!?」
「へ?別に、同級生ですって挨拶して、楽しくお茶してますって言っただけだよ。怒られるような事は言ってないって。自分横で聞いてたでしょ?」
小野田君に真っ当な事を返されて私は言葉につまった。
確かに変な事は口にしてなかったと思う。
小野田君はニコニコとしながら、さっきと同じようにテーブルに肘をついて私を見てくる。
私はそんな人懐っこい笑顔に、怒る気が削がれてしまった。
すると、さっきの騒ぎで私たちに気づいたのか神谷君たちがテーブルへとやって来た。
「あれ、沼田さんじゃん。仁、切符も買わないで何してるのかと思ったら。」
「あはは、悪い。でも買っておいてくれたんだろ?」
「当たり前だろ。ほら。」
神谷君が小野田君に切符を差し出していて、小野田君は笑って受け取っている。
私は神谷君以外のメンバーの名前が思い出せなくて、インテリ系メガネの人と金髪の女の子みたいな顔の人に愛想笑いを浮かべた。
二人はそんな私に営業スマイルを浮かべていて、若干居心地が悪かった。
「そういえば沼田さん。ちょこっと聞きたい事があるんだけどさ。」
「…うん。何?」
神谷君がスーツケースに腰かけながら、私に顔を向けてきた。
その姿勢にここに居座るつもりなのだろうかと少し嫌な予感がした。
「山森さんなんだけど、今付き合ってる人いるのかな?」
「涼華ちゃん?うん。いるよ。今は同棲もしてるはず。」
「マジ!?やっぱりそうなのかー!!」
神谷君はオーバーリアクションで額に手を当てて上を向いた。
その様子から昨日口説いていたのは本気だったのかと思った。
「どうりで押しても引いても何の反応も見せないわけだよ。あー、残念だな~。」
「何?お前諦めるわけ?」
悔しそうにしている神谷君を見て、小野田君が尋ねた。
神谷君は小野田君に目を向けると、ニヤッと笑って「いや?」と首を傾げた。
それを見た私は目の前の神谷君を凝視した。
「彼氏持ちだからって諦める理由にはならねーよなぁ?それに、意外と押しまくれば落ちるかもしんねーし。」
「ダッ!ダメだよ!!」
神谷君の発言に私は思わずやめてほしくて声を上げた。
神谷君と小野田君の目が私に向く。
「涼華ちゃんは今の彼氏の事が大好きなんだよ。だから、諦めて欲しい。二人の間に何もしないで。」
「え~…?でもさ、それって俺の勝手だよね。好きなんだから、何もしないで諦めるわけにはいかねーのよ。分かってくれないかなぁ?」
「で…でも…。私は…やめてほしい。」
神谷君の言う好きだからって気持ちも分かるけど、でも涼華ちゃんたちには何もしないで欲しかった。
高校の頃からずっと変わらずに付き合っている二人に憧れてきた。
その憧れを壊してほしくなかった。
私は鋭く神谷君を見つめると、念を押したくて口に出した。
「お願い。苦しいかもしれないけど、諦めて。それが涼華ちゃんのためにもなるから。」
「……ふ~ん。ま、一応心には留めとくよ。留めるだけね。」
ニヤッと意味深に笑う神谷君に私は不安が込み上げてきた。
本当にこの人は同級生なのだろうか?
こんな自信満々で自分勝手な人、クラスにいた記憶がない。
人ってものはこんなに変わるものなのだろうか?
そして私はヘラヘラ笑っている二人を見て、昨日から気になっていたことを口に出した。
「あのさ、4人はどうしてデビューしようと思ったの?」
私の問いかけに神谷君たちは顔を見合わせると、ふっと微笑んでから答えてくれた。
「高校のときから、俺ら色んなとこで演奏活動してたんだよ。それが5、6年かな…経って、ある人の目に留まってデビューしたってわけ。元々楽しいから演奏活動してたんだけだったんだけど、CDデビューってのは俺らも予想外でビックリしてるとこだよ。」
「へぇ…。」
私はこんなチャラそうな外見だけど、やっぱり音楽が好きだから続けてきて、それが報われた結果なんだと少し見直した。
「沼田さん、その様子だと俺らのこと何も知らねーんだよな?」
「あ…えっと…ごめん。」
私は神谷君に見透かされて、正直に謝った。
神谷君たちは軽く笑うと鞄から何かを取り出して、私に差し出してきた。
「俺たちの演奏聴いてよ。そしたら、少しは俺らのこと分かるかも。」
そう言って差し出されたのはストリングスのCDだった。
ご丁寧にサインまで入っている。
私は突き返すわけにもいかないので、お礼を言って受け取った。
「正直さ、デビューしただけで俺ら人生変わったんだよね。俺らの高校時代知ってる沼田さんなら分かるだろ?俺らがすっげー地味だったの。」
「あー…あはは…そう…だったかな…?」
私は4人の記憶もあやふやだったので笑って誤魔化した。
すると小野田君が苦笑して言った。
「デビューするってなって、事務所の人がさ、俺らの見た目にすげー手を入れてくれてさ。そしたら、今までの倍以上…いや生まれて初めてモテるようになって。それで、今の俺らの完成ってわけ。」
「どうしてって言ってたけど、俺らは好きな事を続けてたから、自然の流れでこうなっただけだよ。全然興味なさそうだったけど、ちょっとは興味持ってくれた?」
私は好きなことを続けてたって言葉が好きだった。
チャラそうとか色々バカにしたりもしたけど、根本は私の知ってる人たちと何も変わらなくて彼らの見る目が変わった。
「うん。ちょっと見る目変わったよ。CD聴くね。ありがとう。」
私はもらったCDを掲げて笑顔を作った。
すると神谷君たちが嬉しそうに笑ってくれて、私は昨日の彼らのイメージが払拭された。
そこからは神谷君たちに対する壁もなくなって、自然と業界の事について話を続けたのだった。
当て馬感たっぷりのストリングスに視点を向けてみました。




