4-55同窓会
今日は高校の同窓会だ。
私は開催場所のバーを見上げると、一息ついてから中へ足を踏み入れた。
中にはもう結構な人数が集まっていて、私はテーブルの傍にいた涼華ちゃんを見つけて駆け寄った。
「涼華ちゃん!!」
「あ、紗英ちゃん!久しぶり!!」
涼華ちゃんが私に振り返って、昔と変わらない笑顔を向けた。
私は涼華ちゃんと話していた美優ちゃんと佳織ちゃんを見ると同じように久しぶりに言葉を交わした。
美優ちゃんは大学卒業以来だったけど、佳織ちゃんは外部受験をしたので高校卒業以来だった。
「佳織ちゃん、すっごく大人っぽくなったね!」
「そういう紗英ちゃんも!先生やってるんですよね。昔の姿からは考えられません!」
「あはは、だよね。佳織ちゃんは今何してるの?」
「はい。私は雑誌編集者になりました。それも音楽雑誌です。色んな人にインタビューとかできてすごく楽しいんですよ。」
「へぇ、すっごいね!!」
私が素直な感想を言うと、佳織ちゃんは照れ臭そうに頬を緩めた。
佳織ちゃんは元々文章を書くのが好きだと言っていた、だから音楽を続けながらも自分の道を見つけたんだろう。
それってすごい事だと思う。
私は高校のときよりも背筋を正して堂々としている彼女を見て、尊敬した。
「それより紗英ちゃん。みんなに報告があるでしょ?」
涼華ちゃんが私をちらっと見てから、ニヤッと微笑んだ。
私は涼華ちゃんには吉田君の事を打ち明けていたので、そのことだとすぐに分かった。
こうやって注目されると恥ずかしいけど、この三日間色んな人たちに話してきたので多少免疫がついていた。
「あのね、私…吉田君と付き合ってるんだ。」
「…え!?」
「嘘!?吉田君ってあの吉田君!?高校のときに付き合ってた…紗英ちゃんを置いていなくなった人!?」
佳織ちゃんが私に詰め寄ってきて、私は今まで話した人たちと同じ反応に苦笑した。
「うん。彼、記憶喪失になってたんだけど、何とか受け入れてもらって…今は一応そういうことになったんだ。」
「記憶喪失って…これっておめでとうって言っていいのでしょうか?すごく複雑なんですけど…。」
「そうだよね…。紗英ちゃんは…好きだから付き合ってるんだよね?辛かったりはしないの?」
複雑そうな表情を浮かべる二人に私は本心を告げた。
「大丈夫。好きだから一緒にいるんだよ。記憶があるとかないとか関係なしに一緒にいられる事がすごく幸せなんだ。」
「…そっか。紗英ちゃんが嬉しそうで良かったです。」
「うん。何かあったら絶対に相談してね!力になるから!!」
「ありがとう。そうするね。」
私は最後には喜んでくれた二人を見て安心した。
やっぱり友達っていいなと思う瞬間だった。
すると、メンバーの大半が揃ったのか西城高校音楽科の同窓会が、幹事である西田君の乾杯の音頭で始まった。
みんながそれぞれにグラスを掲げて、お酒を口に運ぶ。
そして私たちは4人で固まって思い出話に花を咲かせていると、カウンターの方向から「ちゅうもーく!!」と大きな声がかかった。
ざわついていた店内が急に静かになって、みんなの目がカウンターに向く。
するとカウンターにには4人の元クラスメイトが並んでいて、その中の一人が咳払いをして声を張り上げた。
「知ってる人も多いかもしれないけど、俺たち4人はこの度、CDデビューしました!!」
CDデビュー?ってどういうこと??
私は知らない方の人間だったので、カウンター前で身振り手振りするクラスメイトを見つめた。
「コンサートもやってるんで、良かったら見に来てくれよな!!あ、もちろんサインもするからいつでも持ってきてくれよ~!!」
ウィンクしたクラスメイトを見て私はぞわっと鳥肌が立った。
私たち4人以外のクラスメイトは「すげー!!」とか「キャー!!」とかそれぞれに食いついている。
そしてカウンターの4人も業界人になったせいか、どこかの自信に満ち溢れている。
私はその4人を見ても、誰かも思い出せなかったので目を涼華ちゃんたちに戻した。
涼華ちゃんは物凄く軽蔑した眼差しで4人を見つめていた。
「きっも!高校のときは冴えない男子だったのに、ちょっと見た目整えて、業界人になったからってはしゃぎ過ぎでしょ。」
「そうですね。デビューって言ってもCDを一枚、二枚出しただけですよね?このまま消えないといいですけど。」
「あーあ。私、昔の方が好きだったなぁ…もったいない。」
涼華ちゃんに始まり、佳織ちゃん、美優ちゃんとそれぞれ彼らを非難していて、私は顔がひきつった。
そしてちらっと盛り上がる集団を見て、アイドルのようだなと思った。
「ねぇ、私…あの人たちの事思い出せないんだけど…、本当にクラスメイト?」
私はブツブツと文句を言い続けている涼華ちゃんたちを見て、疑問を口にした。
すると私の言葉に涼華ちゃんたちが吹きだした。
「あはははっ!!紗英ちゃん、最高っ!!覚えてないとか今のあいつらにとったら一番嫌な言葉でしょ!!」
「あははっ!!確かに目立たない面子ですけど、まさか三年間一緒だったのに忘れるなんて大物ですね。」
「もう、紗英ちゃん笑かさないでよ~!!お腹痛い~!!」
私は爆笑されてしまい、覚えてない事が恥ずかしくなった。
だって思い出せないものは思い出せない。
クラスメイトにあんなチャラそうなメンバーがいただろうか?
私は高校のときの同級生の男子を思い出そうとして、皆真面目で大人しそうだったなという事しか浮かばなかった。
あんなホストみたいにスーツの着こなしをしながら、笑顔を振りまく人なんて記憶にない。
「まあ、あまり話したこともないから当然かも。私は忘れたりしないけどね。」
涼華ちゃんが笑いを収めると私を意地悪く見て言った。
私はムスッとすると腕を組んだ。
からかわれようと覚えてないんだから仕方ない。
「では、私が説明してあげますよ。仮にも雑誌で取り上げたグループなので。」
「あ、そうなんだ。」
佳織ちゃんがメガネをクイッと上げて笑った。
「グループ名はストリングス。弦楽器そのものですね。その名前通り、リーダーの神谷昴君がバイオリン。筑田光汰君がヴィオラ。森下零君がチェロ。そして、小野田仁君がピアノの四人組です。名前を聞けばクラスメイトの顔を思い出しませんか?」
言われてみて、そういえばよく4人で固まって話をしていた面子をうっすらと思い出した。
まだ顔まではハッキリ思い出せない。
でも地味だったっていうのは覚えている。
「うん…。なんとなーく思い出したかな…。」
「っぶふ!!それでも何となくなんだ!!紗英ちゃん、高校のときどれだけクラスの男子に興味なかったのか伝わってくるんだけど!!」
興味がなかったと指摘されて、私はそうかもしれないと思った。
あの頃は音楽科の男子より、スポーツ科のメンバーと話をしていたことの方が格段に多い。
まぁ、翔君のせいでもあるんだけど…
「紗英ちゃんには大事な人もいたわけだし、それは仕方ないのかも。竜聖君以外、眼中になかったんだよね?」
美優ちゃんにからかわれて、私はグワッと体温が上がった。
「そっ!そんな事はないはず!!私が竜聖しか見てないみたいな…そんな事はないよ!!」
「竜聖だって!ラブラブだよねぇ~?」
「羨ましいですね。その人しか目に入らないとか経験してみたいです。」
皆の方が私よりも上手で私はどんどん肩身が狭くなった。
何とか話を逸らそうと良い返しを考えていると、後ろから肩に手を置かれてビクッと顔だけで振り返った。
「久しぶり~!山森さんに吉岡さん、織田さんに沼田さん。」
明るい声で声をかけてきたのは、さっき大盛り上がりしていたストリングスのメンバーだった。
私の肩を掴んでいるのはたぶん…神谷君。
名前だけは覚えたけど、誰が誰なのかこうやって近くで見ても分からない。
「4人は俺らのサインいらないの?」
「俺らクラシック音楽界に現れた貴公子って言われてるんだぜ?もうこうやって会えなくなるかもしれないよ?」
貴公子って自分で言うものなのかな…と思っていると、佳織ちゃんがボソッと呆れたように「私の雑誌のあおり真に受けるなんて…。」と呟いた。
メンバーの中でも一際チャラそうな神谷君は私から手を離すと、涼華ちゃんに近寄っていってニッと笑顔を浮かべた。
「山森さん。俺と少し話しようよ。俺、実は高校のとき山森さんに興味あったんだよね~。」
この言葉に涼華ちゃんの眉間の皺が深くなるのが見えて、私は息を飲み込んだ。
やばい…これは怒りが爆発する前の仕草だ…
私と同じようにそれに気づいた佳織ちゃんと美優ちゃんは「飲み物取りにいってくる~。」と言ってここから逃げるように行ってしまった。
それを追いかけるように、ストリングスのメンバーが二人減った。
「私は話することなんかないわ。紗英ちゃんたちと楽しく飲んでたんだから邪魔しないで。」
涼華ちゃんはさすがに怒りを抑え込んで大人の返しをしていて、私は少しほっとした。
でも、相手は手を緩めなくて私はその様子をハラハラしながら見つめた。
「そこに混ぜてくれるだけでいいんだけど。久しぶりに会ったクラスメイトじゃん?俺ら。」
「それがイヤだって言ってんのよ。聴こえてないの?」
バチバチと飛び散る温度の違う会話に私は身を強張らせた。
すると急に腕を掴まれて引っ張られた。
「こっち来て。」
「へっ!?」
私を引っ張った人はストリングスのメンバーの一人だった。
でも名前が分からない。
私は部屋の奥の方へ連れて来られると、壁を背にしてその人を見上げた。
頭の中で誰だか思い出そうと必死に記憶を探る。
「沼田さん、久しぶりだね。」
「あ…っと…うん。久しぶり…?」
その人は人懐っこい笑顔を浮かべて、私を見下ろした。
私はひきつる笑顔を浮かべながら、当たり障りのない言葉を返した。
「俺さ、今日すっげー楽しみにしてたんだ。何でだと思う?」
「え…何でかな…?」
私は名前も分からない目の前の人を見上げて首を傾げた。
名前も分からないのに、何で楽しみにしてたとか知るはずもない。
するとその人が一歩近づいてきて、私の後ろの壁に手をついた。
距離の近さに私は変に緊張してきた。
業界の人ってみんなこんな距離間で話をするんだろうか?
私は一般人なだけに、この状況が分からなかった。
「そんなの決まってるじゃん。本当に分からない?」
「あはは…分からないかな…。」
私の口から何かを言わせたいのか、誘導してこようとしているようだけど、私は本当に分からないので正直に口に出した。
そして気まずさから目線を落としたときに、その人の手が目に入って、瞬間的にピアノを弾く人の手だと思った。
そこからやっと目の前の人が小野田君だと気づいて、気持ちが少し和らいだ。
「焦らすよね。沼田さんって昔からガード固かったもんなぁ…。」
「へ?ガード?」
私は名前が分かったことでホッとしていたので、今度は彼が何を言っているのか考えようと頭を捻った。
「スポーツ科の奴だったっけ?常に沼田さんの周りウロついてたよね。あいつがいたせいで、高校時代沼田さんとあまり話もできなかったんだよ。あいつとは付き合ってたとか?」
「へ…?翔君のこと?翔君とは付き合ってないよ。ずっと友達なだけだよ。」
「へぇ?そうなんだ。てっきりそうだと思い込んでたけど、こんなことなら高校のときもっと頑張れば良かったかな。」
「うん?」
ここで小野田君の考えてることが分かってきて、サーっと背筋が冷えてきた。
この状況ってもしかして…口説かれてる…とか…?
この私が!?同級生に…!?あ…あり得ない!!
私は自分の勘違いかもしれないので、ゆっくり視線を上げて小野田君の顔を見上げた。
小野田君はそれに気づいて、ふっと微笑んだ。
作り笑顔なのかどうか判断できない。
私はとりあえずこの状況から抜け出そうと、体を横に滑らせて移動した。
距離の近さから逃れるためだ。
でも、反対の手を壁につかれてしまい、私は逃げ場を失って立ち止まった。
横目でちらっと小野田君を伺うと、彼は顔は笑っていたけど目が真剣そのものだった。
「やっと分かった?」
その言葉に確信すると、私は鼻から息を吸いこんで両手で小野田君を押し返した。
「ごめん!!私、彼氏がいる!!」
「知ってるよ。指輪してるもんね。」
私は体を近づけてこようとする小野田君を力いっぱい押し返しながら、顔を強張らせた。
知ってるなら、何で!?
小野田君はニヤッと笑うと口を開いた。
「大人の恋愛は大概奪うところから始まるんだよ。だから、こうなってるのも覚悟の上ってわけ。」
「覚悟って…。覚悟されても意味ないから!!」
「ハッキリ言うね。でもさ言っておくけど、俺…今の彼氏よりいい男の自信あるよ。だから試してみなよ。」
「は…!?」
私はハッキリ拒否したはずなのに、小野田君は顔を近づけてきて、私は体に緊張が走った。
すると、急に入り口がざわめき立って、私は彼越しに入り口に目を向けて固まった。
そこには息を荒げた吉田君が立っていた。
高校の同級生登場です。




