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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-54まだ子供


麻友たちに会った次の日――――


私は実家の自分の部屋で懐かしいものを手にしていた。


それは吉田君の家の鍵だ。


大学を卒業するとき、もう吉田君に会う事はないだろうと思って、この鍵を実家に置いていた。

私は吉田君と再会した今、彼に返さなければと思っていた。

でも、記憶のない彼に渡してもいいのか悩む。

私は考えても結論が出そうになかったので、吉田君に渡す決心がつくまで財布に入れておくことにした。


そして、私は今日はある人たちに会う約束があったので、財布を鞄にしまうと鞄を手にして部屋を後にした。



***



今日会う約束の人というのは、板倉さんと美合さん、相楽さん、加地君の四人だ。

去年の今頃、久しぶりに再会してから板倉さんとはたまに連絡を取り合っていた。

だから、今日を指定して加地君たちを板倉さんの家に集めてもらった。

もちろん吉田君の事を伝えるためだ。


私は懐かしい吉田君の家を横目に見て、以前とは違う目でこの家を見れることに自然と嬉しくなった。

去年までは見るのも辛くて顔をしかめていた。

でも今はあんな事もあったなと過去として振り返る事ができる。

吉田君と再会したことで生まれる心の余裕だと思う。

私は吉田君の家の前を通り過ぎると、板倉さんの家の前で立ち止まってインターホンを押した。


そして扉を開けて私を出迎えてくれたのは板倉さんではなく、加地君だった。


「紗英さ~ん!!お久しぶりッス~!!」


加地君は私の方へ駆けよって来ると、昔と変わらない子犬のような笑顔を浮かべて抱き付いてきた。

私は過剰なスキンシップに目を白黒させて何とか口を開いた。


「あ、久しぶり。元気そうで良かった。」

「はい!!紗英さんも相変わらずお綺麗でギュンギュンするッス!」


加地君は離してくれる気はないのか、腕の力を強めてきて私はどうしようかと口を引き結んだ。

すると玄関からたくさんの足音が聞こえてきて、一番に飛び出してきた美合さんが加地君を引っ叩いて私から引きはがしてくれた。

その後ろから相楽さんと板倉さんの姿も見える。


「バカか!!お前は!梓の家の前ですることじゃねぇだろ!!」

「ったー!!そんな全力で引っ叩く事ないじゃないッスかー!!」

「うっせぇ!!お前は中に戻れ!!」


美合さんは子供をしつけるお父さんのように加地君の背を押すと、私に目を向けて笑みを浮かべた。


「紗英さん。お久しぶりです。」

「久しぶり、相変わらずみたいで安心したよ。」


私は美合さんに促されて玄関に足を進めるときに相楽さんと板倉さんとも挨拶を交わした。

そして板倉さんに案内されて、みんなで板倉さんの部屋へと入った。

私が鞄を置いていると板倉さんが私の分の飲み物のグラスをテーブルに置いて言った。


「沼田さんから会いたいなんて、向こうで働き始めて何かあったの?」

「あ、うん。皆には話さなきゃいけない事だから…。」


私はテーブルから少し離れたところに座ると、隣の加地君から順にみんなを見渡すと、口を開いた。


「あのね、東京で吉田君と再会したんだ。」

「え?」

「へ!?」

「えぇっ!?」

「嘘!?」


私はみんながそれぞれに驚いている姿を見ながら、吉田君がどこにいたのか、どうして帰って来なかったのか、今何をしているのか等…分かりやすく説明した。

もちろん記憶喪失で今は会せることができないという事も含めて。

みんなは時折質問を投げかけてきながらも、私の話に真剣に耳を傾けてくれた。

そして、自分が今吉田君と付き合っているという事を告げると、皆の表情が一変した。


「マジッスか!?それ、本当の話ッスか!!」

「うん。本当の事だよ。」

「信じれない!!」

「もうこんなの奇跡としか言いようがないんだけど。」

「こんな事…本当にあるんですね…。」


私は恥ずかしかったけど、こうして肩の荷が下りたように笑う皆を見ていると、話して良かったと思った。

板倉さんは目にうっすらと涙を浮かべると、私の手を握りしめて言った。


「りゅーが沼田さんと一緒にいてくれて…本当に嬉しい…。記憶がないのは悲しいけど…、でもちゃんと生きていてくれたってだけで…私…すごく救われるようだよ…。教えてくれて、ありがとう。」


「ううん。私の方こそ…話すのが遅くなってごめんなさい。この話は直接会って話したかったから…。」


「全然いいッス!!今、こうして知れたんスから!!竜聖さんがいるって分かっただけで、俺すっごく嬉しいッス!!」

「だな。それも高校のときと変わらずに紗英さんといるとか最高だろ。」

「ですね。私は、ずっと竜聖さんを信じてましたけどね。」


ふんぞり返って威張っている相楽さんを美合さんがなぜか殴っている。

加地君はそれを見て爆笑しているし、板倉さんも私もそんな三人を見て自然と笑みが漏れた。


ここに吉田君が加わる日もそう遠くないはず。

私は今も東京にいる吉田君を想って、胸を高鳴らせた。




***




それから吉田君の事を根掘り葉掘り訊かれた私は、知る限りの吉田君の情報と会わせて説明を続けた。

かなり長い時間そうして話をしていて、私が家に帰ったのは辺りも暗くなった頃だった。

私は加地君たちとまた会う約束をしてから、まっすぐ家に帰って来た。


リビングへ行くとお父さんが帰っていて、かけていたメガネを外して私を見て微笑んだ。


「おかえり、紗英。遅かったな。」

「あ、うん。ちょっと友達に会いに行ってて遅くなっちゃった。」


私は両親にだけは吉田君の事が話せないでいて、お父さんの顔を見るのが心苦しかった。

台所からお母さんも笑顔で私に話しかけてくる。


「紗英、楽しかったの?」

「うん。すっごく楽しかったよ。昔と全然変わってなくて、安心した。」

「そう。それなら良かったわ。ご飯にするからお兄ちゃんを呼んできてちょうだい。」

「分かった。」


私は話せない事で気まずかったので、お母さんの言葉に従って二階へと向かった。

お兄ちゃんは今日も大音量で曲を聞いているようで、廊下まで音が漏れている。

私はそのうるさそうな部屋をグーでドンドンとノックすると、大きく声を張り上げて声をかけた。


「お兄ちゃん!!ご飯だよ!」


私は自分の出せる精一杯の大きな声だったつもりだったけど、お兄ちゃんには聞こえてないようだったので、ドアノブに手をかけて勢いよくドアを開けた。


「お兄ちゃん!!」


私が入り口に立って声を荒げると、ベッドに寝転んでいたお兄ちゃんが飛び起きた。

そのとき手に持ってた雑誌がいかがわしい系のものだと分かって、私は顔をしかめてお兄ちゃんに詰め寄った。


「人が声上げて呼んでるのに、そんな本見てるなんて最悪!!」

「は!?男だったらこういう本は必須なんだよ!お前に口出しされる筋合いはない!!」

「そんなんだから城田さんに一ミリも振り向いてもらえなかったんだよ!竜聖を見習えばいいのに!!」


私が吉田君の名前を出してお兄ちゃんを非難すると、お兄ちゃんは雑誌をベッドに叩きつけて私を睨んだ。


「竜聖を見習うだぁ?お前、あいつが常にそういう事考えてるの知らねーだけだからな!!あいつはムッツリスケベだよ!!」

「なっ!?そんなことないよ!!竜聖のこと何も知らないのに言わないでよ!!」

「お前が先に名前出してきたんだろが!!」


まだ大音量で曲が流れているので、お互いに言いあう声が自然と大きくなる。

私はお兄ちゃんが吉田君を貶すのが許せなくて、一歩前に出るとまっすぐお兄ちゃんを睨む。

ベッドに座っているお兄ちゃんも私を見上げて睨んできた。


「お兄ちゃんがあまりにも男らしくないから、男らしい代表の竜聖の名前を出しただけ!!」

「どこが男らしいんだか!!精々、帰った時には今まで会わなかった分、接触にはくれぐれも気をつけろよ!!あいつのスケベ具合を味わう事になるからな!」

「なっ!?何言ってるんだか意味分かんない!!竜聖は大丈夫なんだから!」


私はお兄ちゃんの言っている事を理解して顔を赤らめた。

吉田君に限ってそれはないと思う。

だって、いつも私の気持ちを優先させてくれてるし、無理には求めてこないと信じてる。

こんなことばかり考えてるのはスケベなお兄ちゃんくらいのものだ。

私はイラッとして、お兄ちゃんの足を蹴とばすと、逃げるように背を向けた。

そして部屋を出たところぐらいで、後ろからお兄ちゃんが追いかけてきているのが分かって、私は階段を駆け下りた。

そのまま台所まで走ると、助けを求めようとお母さんの背中に貼りついた。

すると追いかけてきたお兄ちゃんがリビングに顔を見せて、私はお母さんの背中で小さくなって身を隠した。


「紗英。またお兄ちゃんを怒らしたの?」


お母さんが飽きれた様に言ってきて、私は細かく頷くと「匿って!」とお母さんに言った。

お兄ちゃんは私に気づいて向かって来ようとしたけど、ソファに座るお父さんに呼び止められてそっちを向いた。


「恭輔。お前はいつになったら妹離れするつもりだ?紗英に子供みたいに絡むんじゃない。」

「だって紗英が!!」

「だってじゃない。4つも下の紗英にムキになるな。仮にも会社で働く大人だろう。」


お兄ちゃんはお父さんに言いくるめられていて、私は心の中で助かったと安堵した。

でも私はお母さんに肩を掴まれると、真剣な目で言われた。


「紗英、あなたもよ。あなた向こうじゃ先生なんでしょう?いつまでもお兄ちゃんに絡まないの。生徒の見本になれる人になりなさい。」

「はい…ごめんなさい…。」


私は母に怒られるのは久しぶりの事で、言い訳ができずに謝った。

母はいつもはニコニコしている柔らかい人だけど、ごくたまにこういうピシャッとした口調で諭される。

やっぱり母には敵わない。


私はお兄ちゃんと二人、両親から怒られ、子供の頃に戻ったように感じた。

向こうで教師だろうと会社で働く大人であろうと、親を目の前にするとただの子供だ。

私はそれが分かって心が温まるようだった。


いつでも自分の事を一番に考えて、道を踏み外さないように叱ってくれる。


私は実家に帰って来て、久しぶりに両親の有難さを噛みしめた。






恭輔と紗英の絡みは意外に好きです。

次から波乱の同窓会編です。

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