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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-52懐かしい顔


俺が母さんから逃げるように桐谷の家を出たとき、懐かしい顔がこっちを見ていて立ち止まった。


「宇佐美…。」

「久しぶり。竜聖。」


俺は高校の同級生である宇佐美麻里を見て驚いた。

高校の同級生と言っても高校三年の半年間だけだが…

宇佐美は夏だと言うのにスーツ姿で大量のファイルを手にしていた。


「お前、ここで何してんだ?」

「あれ?知らなかった?私、あなたのお父さんの秘書になったの。」

「は?あいつの?」


宇佐美は挑戦的に笑うと、俺を見て口元を歪めた。


「そう。今は見習いに近いけど、いずれはあなたの秘書になるつもりだからよろしくね。」

「は?俺に秘書なんか必要ねぇよ。」


俺は宇佐美まで俺を跡継ぎだと思ってる事が腹立った。

高校とあと留学してたときもこいつと一緒だったけど、何考えてるのか分からない所が気持ち悪い奴だ。


「あれ?でも、譲太郎氏はそのつもりのようだけど?」

「俺は継がない!猛にでもそう言っとけよ!」

「猛君にその才はないわ。」


親父と同じようにきっぱりと言い切った宇佐美に親父と同じ苛立ちを感じる。

俺の周りはこんな奴ばっかりか。

気分が悪い!!

俺は宇佐美を押しのけると、帰るために足を速めた。


「竜聖。またね。」


宇佐美が平然とそう言ってきて、俺は返事もせずに庭を突っ切った。




俺は自分の家に帰る道中、色んな事が頭を過っていって気持ち悪かった。

親父の言葉、母さんの涙、宇佐美の親父と似た目。

それに、調べたと言っていたことがずっと引っ掛かっていて、頭を掻きむしってから立ち止まった。


「あーっ!くそっ!!」


俺はあの金持ち野郎が何かをしでかしそうで、苛立ちながらケータイである奴に電話をかけた。

そいつは、いつも通り2回の呼び出しで電話に出た。


『はい。何のご用ですか?竜聖さん。』

「鴫原、訊きたい事がある。ちょっと面貸せ。」


俺の一方的な要望に鴫原は鼻で笑うと答えた。


『あなたからお呼び出しとは珍しいこともあるものですね。今どちらですか?』

「駅前のコンビニの前だよ。」

『では、お車でお迎えに上がります。』

「この距離ぐらい歩いて来いよ。」

『私も暇な人間ではありませんので、時間短縮です。すぐに行きますので、そこでお待ちください。』


鴫原はそれだけ言うと電話を切ったので、俺はケータイをポケットになおすと目の前に見えているコンビニまで足を進めた。


そしてものの10分も待たない間にあいつはさっきと変わらない黒塗りの車でやって来た。

コンビニの客が物珍しそうにチラチラとこっちを伺ってきて、俺は恥ずかしさから車に乗り込んだ。


俺が後部座席に乗ると鴫原が運転席からバックミラー越しにこっちを見た。


「それで、訊きたい事とは何でしょうか?」

「とりあえず車出せよ。注目されんのは嫌なんだ。」


俺が窓の外を見て言うと、鴫原はふっと微笑むと車を発進させた。

俺はそれを見てから、鴫原に訊きたかった事を切り出した。


「俺が一人暮らし始めてからの事、どれだけ調べて、どこまで知ってるんだ?」

「…どこまでと言われましても、どこまでお話すればいいのですか?」

「全部に決まってるだろ!」


すべて知ってますというような口ぶりにイラついて声を荒げた。

鴫原は意味深に笑うと、「では。」と前置きしてから話し始めた。


「4月末に中学の同級生である本郷翔平さんと再会。そのとき竜聖さんは彼を拒絶されましたね。そして、5月頭に同じく中学の同級生の山本竜也さんと再会。このときも深く関わるつもりがなくて、拒絶されてますね。」


俺は詳しく知っている鴫原に顔が引きってきた。

鴫原はそんな俺にお構い無しで続ける。


「その後、沼田紗英さんとも再会。このときは拒絶せず、お友達になられていますね。この辺りでしょうか。竜聖さんが変わられてきたのは。」


まるで全部見ていたように告げられて、俺は鴫原から目が逸らせない。

鴫原はからかうように微笑んでいる。


「…それから、沼田紗英さんを交えて本郷翔平さん、山本竜也さんと仲直りされていますね。あ、沼田紗英さんの同僚の方ともお知り合いになられてるようですね。この数ヶ月でご友人が増えられて良かったです。」


もうすべて知っていると分かって、俺は頭を抱えた。

一体どうやって調べたんだよ。

俺は鴫原という男を初めて恐ろしい奴だと認識した。


「沼田紗英さんとはここ一ヶ月ほどお付き合いされてるようですね。今までの方と違って、ご執心のようで譲太郎氏も驚かれてましたよ。何にも興味を示さなかったあいつが珍しいと言われていました。」

「何で親父にまで全部しゃべってんだよ!」


俺はこれがこいつの仕事だと分かっている上で糾弾した。

俺にプライバシーというものはないのかと訴えたくなる。


「譲太郎氏に頼まれて調べたもので、主人に伝えるのは当然でしょう?」


親父に頼まれたと聞いて、俺は顔を上げた。

鴫原に調べさせてまで、あいつが知りたいなんてどういうつもりだろう?

今までは勉強さえしていれば、交友関係には口出ししてこなかったのに不思議だった。


すると鴫原は急に車を路肩に停めると、俺を振り返って言った。


「譲太郎氏は本当にあなたを心配されておいでです。旧友に会った事であなたが腑抜けるのではないかと危惧されています。」


俺は鴫原から告げられたいらぬ心配に眉間に皺を寄せた。


「特に沼田紗英さんとのお付き合いに関しては譲太郎氏はよく思われていません。あなたが丸くなっている原因は彼女にあると思われているようです。」

「はぁ!?あいつにどう思われようとも、構わねぇよ!」


俺は紗英との付き合いにまで口出しされるなんて思わなかったので、苛立ちでこめかみがひくつくのを堪えながら言った。

鴫原は熱のない鋭い瞳で俺から目を逸らさずに告げた。


「あなたは桐谷の人間です。譲太郎氏のご意志には歯向かえないかと思います。そこはしっかりと頭に刻みつけておいてください。」


鴫原はそれだけ言い切ると前に向き直り車を発進させた。

俺は歯向かえないとか刻み付けろとか一方的な言葉の数々にイライラも絶頂に近かった。

俺はただの桐谷の家の駒でしかない。

俺の気持ちなんかまるで無視だ。

だから嫌なんだ、この家は!!

俺は自分の気持ちだけはハッキリ親父に伝えてもらおうと口を開いた。


「俺は誰が何と言おうと、桐谷の家は継がないからな!!それに紗英のこともだ!!俺はいつか紗英と結婚する!!親父にもそれだけは邪魔させねぇからな!あいつに全部伝えろ!」

「ははっ。口だけは達者ですね。」


鴫原にバカにされたように言われ、俺は「止めろ!降りる!!」と声を荒げた。

鴫原は素直に歩道側に車を寄せると車を止めたので、俺は扉を開けると鴫原から逃げるように外に出た。

すると鴫原が車から降りて、珍しく声のトーンを上げて俺を呼んだ。


「竜聖さん。」


俺は車の脇に立つ鴫原を横目で見た。

鴫原はいつも通り平然とした顔で口を開いた。


「譲太郎氏は今だけは自由にしてやると言っておられました。精々残り少ない自由を謳歌しておいてくださいね。」


親父と同じように上からものを言われて、俺は口をきくのも腹立たしかったので言葉を返さずに歩き出した。

残り少ない自由とか意味分からねぇよ!!

俺は桐谷の人間皆が嫌で嫌で。

久しぶりに胸の中が黒く濁っていくようだった。




***




桐谷の家に呼び出された次の日、俺は仕事をしながらムカムカしていた。

商品を並べながら、その商品に当たってしまって上手く並べる事ができない。

何度も落としては拾ってを繰り返していく内に並べる事そのものを放棄した。


すると滅多に店内には姿を現さない店長が、いつの間にか俺の隣に来ていて驚いた。


「荒れてますねぇ、桐谷君。」

「あ、店長。すみません。今すぐ直しますんで。」


俺は商品を拾うと急いで並べ始めた。

すると店長が俺の腕を掴んで、優しい目で言った。


「また桐谷のお家で何かあったんですか?」

「あ…分かりましたか?」

「はい。君は昔から桐谷のお家が絡むとそうなりますねぇ。」


俺を昔からよく知ってくれてる店長の言葉に俺は自分が不甲斐なくなった。

店長の言葉通りなら、俺はいつも私情を仕事に持ち込んでいることになる。


「ここ最近の君は本当に幸せそうで安心していたんですが、いったい何があったんですか?」


店長が俺の親父のように優しく相談にのってくれるので、今まで何度も相談にのってもらっていた。

だから今回も店長に話せば気が楽になるかもと思って、口を開いた。


「あの、昨日桐谷の家に呼び出されたんですけど、とうとう俺の交友関係にまで口を出してきて…。跡継ぎの話ばかりされたんですよ。俺が丸くなったとか優しくなったとか言って、それはお前に必要ないみたいな事まで…。本当、うんざりします。あの家…。」

「…いつも大変ですねぇ…。私は今の桐谷君は私は好きですけどねぇ。感情を飲み込むことが少なくなったというか、表に出るようになったというか…。反応が人間らしくていいと思いますよ?」


店長に人間らしいと評されて、今までの自分はいったい何だったんだと思った。

人間の下は猿か?それとも虫とかか?

以前の俺は店長にどう思われていたのか気になってきた。


「ありがとうございます。俺が変わったとしたら、それは好きな彼女ができたからだと思います。」

「ほう。君に彼女ですか。君とは5年ほど一緒にいますが、初めて聞きましたね。」

「ははっ。そうかもしれないです。俺が初めてほしいって思った子なんで。」

「おやおや熱いですね。」


店長は年甲斐もなく照れているのか、手で顔を仰ぎ始めた。

俺はそんな素直な反応の店長に自然と笑みが漏れた。


「正直な話。初めてですよ。こんな気持ちになるの。ベタ惚れっていうんですか?もう彼女なしでは俺、生きていけないんで。」

「生きていけないほどですか!それは良い相手と巡り合えましたね。」

「そうですよね。俺、ちょっとした運命感じてるんで、手放す気ゼロですよ。今もお盆で彼女実家に帰っちゃって、一週間会えなくて…それがすっげー辛くて…あ、それもあっていつも以上に荒れてたかもしれません。すみません。店長。」


俺はただの惚気になっているのに気付いて、店長に頭を下げた。

店長はニコニコ笑顔のままポンポンと俺の肩を叩くと言った。


「会いたいなら、会いにいけばいいんですよ。桐谷君。」

「え…?」

「仕事で荒れるぐらい彼女に会いたいなら、会いにいって気分よく帰ってくればいいんです。なんなら休みをあげますから、行ってきなさい。」


店長の心遣いに俺は本当にいいのかと返事が出てこなかった。

店長はそんな俺の心の中を見透かしているのか、笑顔のまま俺を見つめている。

俺は少し悩んだ後、せっかくの厚意に甘えることにした。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて明日と明後日。休みをください!!」

「分かりました。その代わり、帰ってきたら残業は覚悟してくださいね。」


さらっと条件をつけてきた店長に俺はふっと微笑むと、しっかりと店長を見つめて頭を下げた。


紗英に会える。

俺はそう思うだけでさっきまで荒んでいた気持ちが吹き飛ぶようだった。

俺は紗英の実家の場所は詳しく知らなかったけど、翔平たちに聞けばなんとかなるだろうと気持ちは前向きだった。







宇佐美が登場しました。

今後の絡みにご注目ください。

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