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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-48認める、認めない


今回の旅行は再度あいつの事を見つめる良い機会になった。


5年前会ったあいつは、自信満々で堂々としていて誰かを従わせるようなリーダーっぽい雰囲気を醸し出していて、4つも年が上の俺でさえ少しビビったものだ。

そんな男らしいあいつを俺の親父も母さんも認めていた。

親父なんかは俺に説教してくるぐらいあいつの事を気に入っていた。


紗英が選んだ男なのだから、当然だと思ったのだが…


そんなあいつは俺たちの期待を根こそぎへし折っていった。


親父は言葉や態度には出さないものの、今にも崩れ落ちそうな紗英のことを一番心配していた。

母さんは俺に頼るぐらい紗英とあいつの事を気に病んでいた。

何があったのか紗英は両親には話していないようだったからだ。

もちろん俺にも話そうとしなかったので問い詰めたら、やっと重い口を開けて説明してくれた。

紗英は信じる、待つと自分に言い聞かせるように呟いていた。

俺はこのときにあいつを何があっても許すわけにはいかないと誓った。


約束を破ったのだから当然だ。

俺はいつあいつが紗英の前に現れるか分からないので、長期の休みの度には実家に帰って、紗英の様子を見ていた。

でも、ずっと紗英に変化はなくて安心していたところにあいつを見つけてしまった。

東京で平然と働くあいつを見たときに、今までため込んだ感情が溢れた。

記憶がないなんて知らなかったから、罵詈雑言を浴びせた気がする。

捲し立てたせいで何も覚えていないが…

あいつは俺の言葉をすべて聞き流して、平然と他人だと言いきったとき、苛立ちよりも先に絶望が目の前を過った。


だから、紗英があいつに会いたいと言いだしたとき、俺と同じ思いをさせたくなくて、本当は断固として阻止したかった。

でも、もしかしたら…という期待もあって、紗英に約束させることで送り出した。


その期待通り、あいつは昔と同じ姿に戻りつつあると、俺はこの旅行を通して感じる事ができた。

この旅行で再会したあいつは昨年秋に会ったあいつとは別人のようだった。

いや、同じ人間かと思うほどの違いだった。


なぜなら、あんなに冷めた目をしていたのに、今は紗英を見る目が紗英が高校のときと同じように、熱を持った目をしていたからだ。

紗英を女として見ている目に、俺は昔の事を思い出して信じてみたくなった。

あいつは昔、紗英には手を出さないと誓ってた。

だから、傍にいることを少し許してやっていたのだが、あいつはやりたい放題でその自分勝手な行動に俺は我慢ができなくなった。


紗英を幸せにできるならいい。

以前と同じ笑顔を取り戻してくれるなら、大歓迎だ。


でも、どう見ても欲望のままに動いてるとしか思えなくて、許すことなんて到底先だと結論付けた。

だから口出しし続けていたのだが、まさかあの大人しい紗英に弱みを握られて脅されるなんて夢にも思わなかった。


紗英もあいつと再会したことで強くなっていると感じた。

俺はそれが嬉しくもあり、寂しかった。

昔はお兄ちゃん、お兄ちゃんと何でも俺を頼ってきていたのに、いつからか俺を頼らなくなり、全部自分で解決しようとするようになった。

ただの兄離れなのかもしれない。

でも、俺は妹離れするつもりは一ミリもない。



俺は後部座席で熟睡する紗英をちらっと見てから、黙って運転するあいつに目を移した。


「……お前、紗英に何もしてねぇだろな?」

「…?何の話ですか?」

「バカ野郎。俺が気づいてねぇとでも思ったのか?お前ら一緒の部屋で寝てたんだろ?」


俺の言葉にあいつはあきらかに動揺して、車が急に横揺れした。


「あっぶねぇな!!しっかり運転しろ!」

「すっ…すみません!」


素直すぎる反応に俺はふうとため息をついた。

あいつは少し落ち着きを取り戻すと、ちらちらと横目で俺の顔色を伺ってくる。

その姿に苛立ってきて、もう一度ストレートに尋ねた。


「で、どうなんだ。」

「あ…と…その。…何もしてない…です。」


あいつは恥ずかしかったのか、語尾になるほど声が小さくなった。

俺は予想外の答えに一瞬言葉につまった。


「…それ、本当の話か?」

「……………はい。」


俺はさっきよりも小さくなったような気のするあいつを見て、信じられなかった。

二晩も一緒にいて…マジか…

俺は認めない理由として糾弾してやろうと思っていたので、まさかの返答に何も言えなくなる。


「あ…その、恭輔さんを騙すつもりはなかったんですけど、翔平たちのカップルがどうしても同室が良いって言うから…その仕方なくっていうか…。でも、一緒に寝てたのは事実なので…その、すみません。」

「あ…いや。何もないなら…いい。」


俺は正直に弁明してくるあいつに対して、自分がすごく悪者に見えてきた。

好きな女と同室で二晩も何もしないなんて、こいつ実はすげー大物なんじゃねぇのか?

俺は固く誓った『許さない』という気持ちが緩みそうで、あいつから目を逸らすとかぶりを振った。


まぁ、こいつはこいつなりに紗英の事、真剣に考えてて大事にしてるってのは分かってた事だけど…


俺は紗英がしてる指輪に気づいていた。

紗英はみんなに見せないように隠していたけど、こいつから貰ったものだというのは一目瞭然だった。

どういう意味のものかは聞いてないので分からないが、こいつなりの紗英への誓いなのだろう。

紗英も今までで一番幸せそうだったから、俺が口出す事じゃないと思って追及はしなかったのだが…


俺は認めないと言った経緯もあるので、こいつに訊いてみる事にした。


「おい、紗英のしてる指輪だけど、お前が贈ったものなんだろ?」

「っへ!?あ、はい。そうです…。」


俺の問いかけにあいつは何を言われるのかとビビり出して、俺はそれを無視するように口を開いた。


「あれはどういう意味のものなんだ?俺は結婚は認めねぇって言ったはずだけど?」

「けっ!?結婚とかじゃないですよ!ただのプレゼントです!」


慌てて否定するあいつを見て本心だと分かり、少しほっとした。

紗英がこいつと結婚なんて、嫌に決まっている。

俺は兄の立場として、もしそうだったら全力で阻止しようと思っていた。


「プレゼントならいい。でも、付き合い始めてすぐ指輪だなんて高価なもの、よく思い至ったな。」


俺は以前彼女がいた頃にせがまれて指輪を買いに行ったことがあったので、あそこに買いに行くのにはかなりの勇気がいる事だと知っていた。


「いや、俺ずっと思ってたんですよ。紗英に変な男が寄らない方法を。それで、指輪を思ってしまったらいてもたってもいられなくなって…。高価なものほど、ちゃんとした彼氏がいるってアピールにもなりますよね?」


こいつの凛とした横顔を見て、俺は要は男除けの指輪かと理解した。

やっぱりこいつ昔と何も変わってないのかもな…

俺はこいつが紗英の事ばかり考えてると分かって、自然と嬉しくなった。


「まぁ、そうだろな。」

「だから、付き合った期間とか関係ないですよ。俺が贈りたいときに贈っただけです。」

「ふ~ん…。お前、よっぽど紗英のこと独り占めしてぇんだなー…。」


俺は指輪を贈ったこいつの心境を思って、からかってやった。

それに引っかかってあいつは顔を赤く染めると口をパクつかせている。

よほど独り占めしたいことを見透かされて恥ずかしいのだろう。


「ま、それもあとちょっとだろ。お盆には紗英と一緒に実家に帰るからな。お前はしばらく紗英には会えねぇよ?」

「え!?そ…実家って…それ、本当ですか!?」


会えない事がショックだったのか、あいつはさっきより声を上げて食いついてきた。


「本当だよ。俺らは毎年必ずお盆には実家に帰ってる。一週間ぐらいは向こうにいるから、精々東京で我慢する生活を送るんだな。」

「そ…そんな…。」


さっきとは打って変わって沈んだ表情を浮かべたあいつに俺は心の中で笑みが漏れた。


こいつの思ってる事、全部表情に出るからおもしれーな。


俺は窓の外に目を向けたとき、自分の家の傍だという事に気づいて声を上げた。


「おい、そこ曲がってくれ。」

「あ、はい。」


俺は竜聖に自分の家の場所を指示して、家の前で車を止めてもらうとシートベルトを外した。


「じゃ、紗英も下ろすからな。」

「え?俺、ちゃんと家まで送りますけど。」


俺は平然と言ったこいつをじとっと見ると、告げた。


「お前、バカか。この俺がこんな夜遅くに、紗英と二人で帰すわけねーだろが。紗英は今晩うちに泊める。お前はさっさと一人で家に帰れ。」

「そっ…んな…。」


俺は言葉を失っているあいつをスルーして、荷物を背負ってから後部座席で寝てる紗英を抱っこした。

抱き上げたときも紗英は目を覚ますことなく、規則的な寝息を立てていた。

こういうとこはいつまでたっても子供だな。

俺は昔も紗英をおぶって帰ったことを思い返して、自然と顔が緩んだ。


「じゃ、送ってくれてどーもな。」


俺は名残惜しそうに紗英を見つめるあいつを見て、礼だけは言った。

するとあいつは車から降りてくると、声を張り上げた。


「恭輔さん!」


俺が紗英を抱えたまま振り返ると、あいつは真剣な顔で言った。


「いつか、絶対俺のこと認めてください!」

「はぁ?認めねーよ!」


俺がはっきり宣言すると、あいつは少し怯んだけど真剣な目は変わらなかった。


「俺だって、紗英を抱っこして家に連れて帰りたいです!!だからお願いします!!」

「アホか!!余計認めるわけねぇだろ!!一人で帰れ!!」


正直に訴えるあいつにこっちが恥ずかしくなって、思わず大声で言い返してしまった。

まだあいつは何か言おうとしていたけど、もう聞く気のなかった俺はマンションへ足を進めた。

背後で「認めさせます!」と聞こえたような気がしたが、俺は固く誓ったものが緩んできていて、それをしっかりと保つことに必死だった。







お兄ちゃんな恭輔でした。

これでペンション編終了です。

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