4-46指輪
私はずっと長い間話し込んでいた吉田君を待つこともせず、さっさと寝てしまった。
というのも昨日のような状況になるのが嫌だったのが半分、流されてしまうのが目に見えていたのが半分の本心だ。
この旅行を通して私の気持ちはここに来る何倍も大きくなった。
吉田君がずっと近くにいたせいだと思う。
色んな顔やちょっとした嫉妬心を出してくれたことで、吉田君にグッと近づけたようで嬉しかった。
だから明日帰る事を考えると、少し寂しくなる。
もっと一緒にいたい、もっと近くにいたい。
そんな欲望が顔を出して、私は自分が欲張りな事に目を瞑った。
こんなこと絶対口にできない…
私は今ここに吉田君がいなくて良かったと心の底から思った。
こんな自分が自分じゃない姿は大好きな人には見せたくない。
私はふーっと長く息を吐き出すと、疲れていたのでストンと眠りに落ちた。
***
『紗英…紗英…』
私は夢の中で吉田君に呼ばれていて、思わず顔が綻んだ。
夢の中でまで会えるなんて、こんなに素敵な事はない。
夢の中の吉田君は私に笑いかけて、あるものを取り出した。
小さな箱に入ってたそれを見て、私は胸が高鳴った。
小さな箱に入っていたのは指輪だった。
吉田君は潤んだ目で嬉しそうに言う。
『紗英…俺とずっとに一緒にいて…』
私はプロポーズに胸が熱くなって涙が零れた。
嬉しい、嬉しくて胸がはちきれそうだった。
吉田君は私の左手に指輪を通してくれて、私は彼に誓いを立てた。
『ずっと一緒にいるよ…』
*
そこで私はハッと目が覚めた。
何度か目を瞬かせて視界をはっきりさせると、まだ暗くて朝じゃないことが分かった。
あーあ…いい夢見てたのに、目が覚めちゃった…
私はふーっと息を吐き出すと、私の左手が熱くて引っ張られている事に気づいて、体を起こしてそっちを見て驚いた。
そこには吉田君が私の左手をギュッと握ったまま、床に寝転んでいたからだ。
何で…床に寝てるの…?
私は右側にあるベッドを見て何でわざわざこっちにいるのか分からなかった。
このまま床に寝させておくわけにもいかないので、私は彼を一旦起こそうと繋がれた左手を自分の方へ寄せてあるものに目が留まった。
私の左手の薬指に寝る前にはなかったものが光っていて、私はそれを見つめたまま固まった。
………え…?
私の薬指に光っているのは紛れもなく指輪だった。
え?何が…どうなってるの?
夢では確かに指輪もらったけど、現実にはそんなものもらった覚えがない。
うん?私の欲望が具現化した?
そんなファンタジーあるのかな?
私は混乱するあまり非現実的な事を考えていたけど、導き出す答えは一つしかない。
私は床に頭をこすり付けて眠る吉田君を見て、じわ…と涙が溢れてきた。
吉田君…指輪なんか…いつ買ったんだろう…?
恥ずかしくなかったのかな…
ちゃんとしたお店で買ったものみたいだし、高かったんじゃないだろうか?
私は指輪を選んでくれた吉田君の姿を想像して、嬉しくて涙が止まらなかった。
どういうつもりで指輪をくれたのか分からない。
でも、こんなサプライズで渡してくれるなんて期待してもいいということのように思えてくる。
私は手の甲で涙を拭うとベッドから降りて、寝ている吉田君の隣にコロンと寝転んだ。
そして吉田君の寝顔を見つめて小声で言った。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。」
言った後、私は軽く吉田君にキスをしてから、吉田君の胸に顔を埋めて目を閉じた。
嬉しくて、ただ嬉しくて吉田君から少しでも離れているのが嫌だった。
こんなに心が満たされているのは初めての事で、これから来る未来を想像して自然と顔が綻んだ。
***
次に私が目を覚ました時、私は最初に息苦しいなと思った。
そして次には暑いと思って、閉じていた目を開けた。
そこで自分が昨夜したことを思い出して、目が一気に冴えた。
息苦しいのも暑いのも吉田君にくっついていたからだと思って、離れようと体を動かそうと力を入れる。
でも動かなくて、吉田君が私を抱きしめてることに気づいた。
「りゅ…竜聖っ!?」
「あ、紗英。目覚めた?」
私が声を上げたことで、吉田君は力を弱めて私を離してくれた。
私は密着してることが恥ずかしくて、慌てて起き上がって離れようとした。
でも腕を掴まれて思った以上に離れられなくて、振り返って声を上げた。
「あ…朝だよっ!昨日みたいにならないように、早く部屋戻らないと!!」
「えぇ…?」
吉田君はブスッと顔をしかめると、不服そうに顔を背けて起き上がった。
そのとき体が痛んだのか、空いてる手で腰を押さえている。
「あたた…床で寝るもんじゃねぇなぁ…。」
私は起き上がった吉田君を見て、離してくれると思って立ち上がろうと背を向けると、グイッと掴まれた腕を引っ張られた。
「わっ!!」
私がその場に尻餅をつくと、後ろから腕が伸びてきて優しく抱きしめられる。
「ちょっとだけ。」
「ダッ…ダメだってば!!早くしないとお兄ちゃんにバレちゃうよ!!」
私は昨日のような危ない事をさせたくなかったので、腕の中で暴れてなんとか抜け出した。
思いっきり吉田君から離れると部屋の扉に向かって這いつくばったまま移動する。
そしてドアまでくると、ドアに手をついて立ち上がって、昂った気持ちを落ち着けようと何度か呼吸を繰り返した。
平常心、平常心…
そうしているときに私はドアについた自分の手に目がいって、ハッと思い出した。
今も左手には指輪が光っていて、お礼を言わないとと思って振り返ると、吉田君が頭を掻きながらこっちに向かってきた。
でもその顔は不機嫌そのもので、私は口を開けたまま呆然と吉田君の顔を見つめた。
「部屋に戻る。また、後でな。」
吉田君は低い声でそれだけ言い残すと、私を押しのけて部屋を出て行ってしまった。
言葉こそ普通だったものの、態度から怒ってるのが伝わってきて、私は何も言えなかった。
なんで…怒ってるの…?
私は怒ってる理由が思い当たらなくて、閉まったドアを見つめて頭を抱えた。
そして、指輪のお礼も言えなかった事がずっと胸の中に引っ掛かっていた。
***
そして、私は着替えを終えてから朝食に向かうときに、ふと指輪をどうしようか考えた。
昨日はつけてなかったコレをつけて皆の前に行ったら、からかわれるに決まってる。
私は指から指輪を外すとなくさないように薬の入れているケースに大事にしまいこんだ。
ここなら大丈夫だよね。
私はそれを鞄の中に大事にしまって一安心したとき、扉が開いて理沙が戻ってきた。
「おっはよー!いやぁ、良い朝だね~!!」
理沙はニコニコと上機嫌で帰ってきて、よほど翔君と仲良く過ごした事が見て取れた。
昨日は翔君の悪口ばかり言っていたのに、たった一晩で仲直りするなんて二人は本当に仲が良い。
吉田君を怒らせてしまった私とは正反対で、少し羨ましい。
「あれ?紗英、もう着替えたんだ。竜聖君さっき戻ってきたばっかりだから、てっきりまだ着替えてないかと思ったのに。」
「え…?」
理沙の言葉に疑問が過った。
吉田君とは30分以上も前に別れてる。
その間吉田君はどこに行ってたんだろう…?
「ま、二晩も一緒に過ごしたんだし、紗英たちも一気に進展したんでしょ?」
理沙がさらっと恥ずかしげもなく訊いてきて、グワッと体温が上がった。
なるべく不自然にならないように、平常心を心掛けて答える。
「そ…そうかな…。たぶん、そうかも…。」
「そっか、そっか。なんだかんだ言って二人、仲良いもんね!安心したよ~!」
理沙の嬉しそうな声に私は振り返ることができなかった。
理沙のいう進展なんて何もしていない。
それを飛び越えて指輪はもらったけど、これがどういう意味なのかも分からない。
私はいたたまれなくなってきて、立ち上がると理沙の顔を見ずに扉に向かった。
「あ、朝ごはんの準備してくる!!」
「分かった~!私も後で行くねー!!」
私は理沙の声を後ろに聞きながら、部屋を逃げるように出た。
廊下を歩きながら、もやもやと色々な事が浮かんで消える。
吉田君が怒ってるのは、私が先に寝ちゃったから?
やっぱりそういうことを期待してたんだよね?
指輪は何?プロポーズ?
まさか…まだ付き合って一カ月経ってないし…
じゃあ、誕生日プレゼント?
いや…私の誕生日九月だし…
30分以上も部屋に戻らなかったって何をしてたんだろう?
怒らせたことで、憂さ晴らしに何かしてたとか?
何かって何だろう?
考え事ばかりして歩いていた私は、階段を下りながら一段踏み外してバランスを崩してしまった。
「わっ!!」
私は手すりを掴もうと手を動かしたけど、その手が空を掴んで体が前に倒れる。
そのとき誰かが後ろから腕を掴んでくれて、私は何とか階段から落ちるのは免れた。
「…っぶねー!!竜聖の次は沼田さんとかやめてくれよ。」
後ろから山本君の声が聞こえて、私はほっと胸を撫で下ろすと振り返った。
「ありがとう。山本君。」
「ホント危なっかしいよなぁ~。」
山本君は私の好きな笑顔を浮かべて言った。
その笑顔に癒されているとき、私は吉田君と交わした約束を思い出した。
男の子と二人っきりはダメ!!
私は焦って「じゃ。」と言うと、足を速めて山本君から逃げるように階段を降りた。
心の中でごめんと謝って、広間まで降りてくると追いかけてきた山本君に前を塞がれた。
「なぁ、もう避けんのやめようよ。」
「へ?…さ、避けてないよ。」
私は山本君から視線を逸らすと、塞がれた道を迂回するようにキッチンへ向かう。
でも、またその前を塞がれてを繰り返すと、山本君が口を開いた。
「竜聖から聞いたよ。俺以外としゃべんな的なこと言われたんだろ?」
二人だけの約束を知ってる山本君に驚いて、私は立ち止まると山本君を見上げた。
山本君はしょうがねぇなぁみたいな顔をして笑っていた。
「俺ら昨日の夜、竜聖と話したんだ。そのときこっぴどく説教したから、もうあいつの独占欲に振り回されなくても大丈夫だよ。沼田さんは好きな事してればいいんだよ。」
「え…そうなの?…それって…竜聖、納得してるの?」
昨夜、三人が熱心に話をしていたのはこの事だったのかと思った。
私は川で吉田君の嫉妬心を聞いてから、彼に嫌な思いをさせたくなくてなるべく言われた事を行っていたのだけど…
やっぱり山本君や翔君にはバレてたんだ。
「あぁ。あいつだって大人なんだから、子供じみた事は言わないって、最後には言ってたから大丈夫だよ。」
「そっか…。なら、良かった。」
私は少し安心して、心苦しい気持ちが晴れていった。
大好きな人達と話せないっていうのは寂しかったし、今までの関係を変えてしまうのは嫌だった。
吉田君の事は一番好きだけど、やっぱり山本君や翔君の事は心のどこかで好きだからこのままでいたい。
私は昨日避けてしまった事を山本君に謝ることにした。
「ごめん。山本君。昨日は避けちゃったけど、やっぱり山本君とは笑って話できるのが一番いい。」
山本君は私の謝罪を受け入れてくれたのか、ふっと嬉しそうに微笑むと私の頭を撫でてきた。
「いいよ!!友達だもんな!」
山本君の友達という言葉に嬉しくなって、私は自然と顔が緩んで頷いた。
そして、私たちはみんなが起きてくるまで朝食の準備をすることになりキッチンに向かった。
そこで山本君の料理の腕前に私は驚くことになった。
指輪トラブルが勃発します。
あと二話ほどお付き合いください。




