4-45本音と説教
俺は花火の前に自分の部屋に戻ると、今日買った指輪の箱を取り出した。
そしてその中を一度確認すると、自分に気合を入れてから蓋を閉めてポケットに忍ばせた。
紗英と二人っきりになるチャンスがあったら渡すんだ。
俺は喜ぶ紗英の顔を想像しながら、頬が緩むのを必死に堪える。
そして部屋を出ると、まっすぐに紗英のいる外へ足を速めた。
外に出ると、颯太が花火を広げていて皆に配って回っていた。
紗英も嬉しそうにそれを受け取ると、浜口さんや村井さんと何か話している。
俺は紗英の顔を見ただけで急に緊張してきた。
ただプレゼントするだけだ。
何を緊張することがある。
普通に渡せばいいだけだ。普通に。
そこまで考えて、俺は指輪ってもしかして重いと思われる事もあるんじゃないかと思い始めた。
こういうネガティブな考えが過ると、俺は決まって勇気が出ない人間だ。
紗英と気まずくなったときもそうだった。
竜也に背中を押されてなければ、今こうしていたかも分からない。
俺はそれではダメだと頭を振ると、紗英は喜んでくれると信じることに決めた。
それからはテンションの上がった颯太が一番に花火をつけて、次々に色とりどりの花火が灯っていった。
紗英も花火を見つめて目を輝かせている。
俺はその横顔を見て、一度大きく息を吸いこむと足を進めた。
大丈夫、いつも通りに…
俺は紗英の真横までくると、声をかけようと口を開いた。
しかし、それはテンションの上がりきった颯太によって阻止されてしまった。
「よー!!お前も花火しろよー!!」
颯太が花火を俺に向けてきて、俺は慌てて飛びのいた。
「おっまえ!あっぶねーだろ!!人に向けるなって注意書きもあるだろ!」
「はっはっは!悔しかったら、お前も花火するんだな!」
偉そうに花火の先を向けてくる颯太に苛立って、俺は置かれていた花火を手に取った。
そしてヘラヘラと俺と颯太のやり取りを見ていた竜也に火を分けてもらうと、仕返ししに颯太に向けて走った。
「おわーっ!!マジで仕返しすんなよ!!」
「うっせ!!精々俺に手を出した事を後悔しろっ!!」
俺は逃げ回る颯太とひたすら追いかけっこを繰り返した。
それを見ていた翔平まで途中から加わってきて、騒ぎが大きくなる。
俺は指輪の事なんかすっかり忘れてしまって、花火がなくなるまで花火戦争を実施していた。
最終的に竜也まで巻き込んで子供のようにはしゃぎまわって、俺たちは疲れ果ててペンションの入り口にへたりこんだ。
俺はふーっと息を吐くと、ずっと元気な颯太が打ち上げ花火に興じているのを見つめた。
俺の横には俺と同じように疲れ果てた翔平と竜也がいる。
俺はこうして3人でいると、時々懐かしいと思う事があって、その感覚がすごく不思議で胸がざわつくようだった。
今もそんな心境で自分から話しかける事ができない。
俺がちらっと横目で二人の様子を伺うと、竜也がおもむろに口を開いた。
「竜聖、お前…沼田さんに何か言っただろ?」
「…は?何かって何?」
「そんなん知るかよ。でも、俺が話しかけたらあからさまに避けられるんだけど。」
「あ、俺も。川行った後ぐらいから、女子面子にべったりで俺が話しかけても無視される。」
竜也と翔平の言葉に俺は思い当たることが一つだけあった。
紗英がいなくなったときに俺が腹立ち紛れに言った我が儘だ。
紗英はそれを守ろうとして、竜也や翔平を避けてるのかもしれないと思った。
でも、そんな俺の心の狭い独占欲を竜也や翔平たちにバラすのは嫌だ。
俺は適当に誤魔化すことにして口を開いた。
「さぁ…?お前たちが紗英に何かしたんじゃねぇの?」
「アホか!何かするほど、ほとんど何も話してねぇよ。ここに来てからお前らベッタリじゃねぇか!」
「ホントだよ。人目もはばからずイチャイチャしやがって、見てるこっちの身にもなれっつの!」
川での颯太と同じ事を言われて、俺は口を噤んだ。
俺はそこまで周りに目が向いてなかったのだろうか…?
自分が紗英しか見てなかった事実に少し恥ずかしい。
「イチャこくなら人目のない寝るときにしろっての。」
竜也が呆れたようにため息をつきながら言って、俺は寝るときと聞いてその想像をしてしまって体温が上がった。
昨夜は何とか理性で保つことができたけど、今夜も我慢できるか自信はない。
いっそのこと部屋を変えてもらいたいぐらいだ。
俺は上がった熱がなかなか下がらなくて、熱い顔を隠すように俯いた。
すると隣にいた翔平がそんな俺に気づいて声を上げた。
「何?その初心な反応。昨夜だって一緒に寝てんだし、今更照れるような関係でもねぇんだろ?」
「翔平、翔平。そこは察してやれよ。」
竜也は事情を知ってるだけに、からかうように言ってきて俺は二人から目を逸らすように顔を背けた。
「は?もしかして、一晩何もしなかったわけ?」
「らしいよ。こいつ沼田さんに対してはすっげー臆病なんだよ。」
「マジ!?バカじゃねーの!!なんかすっげ安心したんだけど!!」
「だろ?だから俺らが気に病む必要ねぇんだって。」
「あー、悩んでた俺がバカみてーだ。なんだ、そっかー。」
あきらかに安心した様子の二人の様子に疑問が過って、俺は顔を二人に戻すと尋ねた。
「何で俺と紗英がまだだって知って、そんな安心してるわけ?」
「へ?」
「それは、なぁ?」
俺の問いに二人は意味深に笑って顔を見合わせている。
その様子が俺を除け者にしているようで気に食わない。
翔平は紗英に手を出そうとしていた疑いもある。
ここは問い詰めなければ気が済まない。
「何なんだよ!?はっきり言えよ!」
俺が二人に詰め寄ると、翔平と竜也が顔を見合わせた後、竜也が一度咳払いして言った。
「お前さ、俺らの気持ち分かってる?」
「はぁ?お前らの気持ちなんか知らねぇよ。」
俺は紗英以外の人間の気持ちなんてあまり考えたこともない。
はっきり口に出すと、竜也も翔平も飽きれた様に俺をじとっと見てきた。
「ここまでくるとマジで腹立つな。もうこの際だからぶっちゃけるけどさ、俺大学のとき沼田さんの事好きだったんだよ。お前と付き合う直前までな。」
「は!?」
「俺も。前言ってるから知ってるだろうけど、中学からずっと紗英が好きだった。大学4年の頃までな。」
俺は翔平の告白のことをすっかり忘れていた。
そう言えばそんな事を言ってたような気もする。
二人とも紗英の事が好きだったなんて、驚いたけどどこかで納得してる自分がいた。
少しでも好きじゃなきゃ紗英の事…あんなに構ったりしねーよな…。
俺は友達だと聞いていたので、深く考えたこともなかった。
二人に嫉妬はしていたけど、まさか気持ちがあるなんて思わなかった。
「だからさ、急に横から現れて沼田さんの事奪ったお前は、いわば俺らの敵でもあるんだよ。」
「今まで紗英に想いが通じたことはなかったけどさ、ぽっと出のお前に紗英を独り占めされるのだけは許せねぇよ。彼氏だったとしても、限度っつーもんがあんだろ。」
「そうそう。今更沼田さんと付き合いたいとか考えてるわけじゃねぇのに、目の前でイチャつかれて、友達のポジションすら怪しい現状に腹が立つよ。」
「俺らが紗英に避けられてるのって、お前の独占欲からなんじゃねぇの?」
俺は翔平に見透かされて、思わず息を止めた。
二人の本心が胸に突き刺さり、俺は自分が相当自分勝手だと思い知った。
長い間友達だった紗英と竜也、翔平の関係を揺り動かしているのは自分自身だ。
だから俺が二人に嫉妬して、紗英の行動を制限するなんて恥ずべき行為だと思った。
「だからさー、お前がまだだって知って安心するぐらいいいじゃねぇかよ。可愛いもんだぜ?俺らの嫉妬なんてさ。お前のに比べたら。」
「そうだよ。今まで何の気兼ねもなく紗英と話できてたのに、お前が現れてから調子狂いっぱなしなんだからさー。」
うん?
俺は二人の言い分ももっともだと思って反省していたのだが、ふとある事が頭を過った。
二人の言い方や言葉の節々からある可能性を導き出してしまった。
「…お前らさ…。紗英のこと好きだったって過去形で言ってたけど…、嫉妬とか腹が立つとか今でも好きみたいな言い方なんだけど。」
俺の言葉にさっきまで文句を言い続けていた二人の口が固まった。
それを見て、嫌な予感が背中を掠めていく。
「まぁ、好きっちゃ好きだけど。なんせ初恋の相手だし、ずっと特別だと思うよ。」
「俺も。今は浜口が一番好きだけど、紗英もどこかで好きだし、ずっと特別だよ。」
二人の告白に俺は顔がひきつって言葉を失った。
意味が…分からない…!
ずっと特別?どこかで好きとか…もうそれ好きだって事なんじゃねぇの!?
俺は二人の気持ちが全く理解できなくてパニックだった。
友達だと思ってた奴がライバルなんてやめてほしい。
でも、二人はケロッとした様子で俺を見て告げた。
「別にお前らの邪魔しようとか考えてねぇし、安心しろって。」
「そうそう。今まで通り紗英とは友達でいたいだけだよ。」
「意味わかんねぇんだけど!?好きなのに友達とかっ…お前ら頭どうかしてんのか!?」
俺は紗英にフラれたときの事を考えて声を荒げた。
好きなのに友達とかただの拷問でしかない。
俺は紗英と別れたりしたらきっと会わないことに全力を注ぐ気がする。
それぐらい相手に想いが通じないってのは苦しいはずだ。
ましてや誰かに奪われたのを黙って見守るなんて、俺だったら絶対に御免だ。
「頭って…。お前には分かんねぇかなぁ…こう笑顔を見られるだけでいいみたいな気持ち。」
「そうそう。まったく話ができなくなるより、俺は友達で居続ける道を選んだだけなんだよな…。」
「は!?そんなん辛いだけじゃねぇか!!好きなのに自分のものにならないとか、俺だったら死んでも御免だ!!」
悟った表情を浮かべる二人に俺は自分の思いをぶつけた。
俺は俺と友達になってくれた二人だから、紗英の事はきっぱりと諦めて心の中から追い出して欲しかった。
俺のためにも、二人のためにも辛い道はやめてほしかった。
でも二人は自嘲気味に笑うと言った。
「辛くなんかねぇんだよ。沼田さんはお前しかいねぇってのは昔から分かってたし、好きになっても仕方ないってのはちゃんと理解してた。だから、友達でいたいんだよ。」
「俺らはお前ほど紗英に執着してねぇの。だからこの距離間でいられるんだよ。俺らと紗英見てたら分かるだろ?」
俺を諭すように言う二人に、俺は自分が子供みたいで口を噤んだ。
俺の好きとこいつらの好きは違うのかもしれない。
何となくだけど、二人の冷めた様子にそう思った。
だったら俺に口出しする権利はない。
そう友達でいたいと言うなら、俺が紗英の行動を制限するのもおかしな話なんだ。
俺はふっと息を吐き出すと、ちらっと二人を見て本当の事を話すことにした。
「分かったよ。…あと、悪いな。紗英がお前らを避けるのは、俺が俺以外の奴と二人っきりになるなとか…笑顔見せるなとか…他にも色々…言ったからだと思う…。」
俺はぶっちゃけてくれた二人にお返しするつもりで話したのだが、二人はへらっと笑顔を浮かべた後、鋭い目で俺を突き刺してきた。
「んな事だろーと思ったよ。」
「紗英の事、そんなに苦しめて…お前最低だな。ちっせー男だよ。」
「へ…!?」
二人は俺の肩に腕を回してくると、俺を蔑むように見て言った。
「今から説教してやるよ。お前がどんだけ情けなくて、自分勝手な人間なのかって事を。」
「紗英のためだからな。その腐った独占欲ぶち壊してやるよ。」
俺は二人の据わった目を見て、顔をひきつらせた。
そこから二人は花火が終わっても、説教をやめてくれず、解放されたのは皆が寝静まった頃だった。
親友だけど…ってところで、中々難しい関係です。
長かったペンション編もあと少しで終わりです。




