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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-44おもちゃを取られた子供


川で遊んでいたときから、俺は自分で自分がおかしいことに気づいていた。

紗英が近くにいて、いつものように何気なく俺の名前を呼んで笑顔を見せてくれる。

二人っきりだったから高校のときのようで錯覚してしまった。

目の前の紗英の肩があまりにも小さくて、久しぶりに胸が痛くなったと思ったら手が勝手に動いていた。

ダメだと心が叫んでいたのに俺はそれを無視してしまった。


あのことをペンションに戻ってきてからもずっと自己嫌悪している。

紗英の事は諦めたんだ。

今は浜口が傍にいる。

それで良いと思ってた。


でも、なぜか紗英の事が頭から離れない。


ここのところずっと変な兆候はあった。

一番最初は竜聖が紗英を押し倒してるのを見たときだ。

あのときは全身の血がサーっと一気に冷えていくのを感じた。

付き合ってるのだから、ああいう流れになるのは当然だ。

当然だと思ってたのに、何か栓が外れたかのように嫌だという気持ちが溢れた。

こんな事思うのは間違ってる。


俺はじわじわと胸に広がる気持ちを抑え込んだ。

早くあの二人が手の届かないところまで行ってしまえばいい。

そうすれば、前までの自分に戻れる。

隙を見せるな…

俺の心を揺さぶらないでくれ…

俺はソファに座り込んで頭を抱え込んだ。


「本郷君!バーベキュー始まるよ!」


広間のソファで頭を抱えていた俺の元に浜口が笑顔でやってきた。

俺はその屈託のない笑顔を見て、ふっと気持ちが楽になるのを感じた。

大丈夫だ。俺は浜口の事が好きなんだ。

俺は自分に言い聞かせると、浜口に訊いた。


「なぁ、浜口。俺のこと好き?」


浜口はぽかんとした後、急に真っ赤になると平手で俺の肩を叩いて言った。

その力が強くて顔をしかめる。


「急に聞かないでよ!!好きに決まってるでしょ!?恥ずかしーい!!」


浜口は照れているのか両手で顔を隠すと足をバタつかせている。

俺はまっすぐなその言葉に安心した。


「そっか。」


俺はさっきまでの考えが嘘のようにいつも通りに戻れて、ほっと一息つくと浜口がちらっと俺を見てから隣に腰を下ろしてきた。


「私に言わせるだけ言わせといて、自分はナシ?それってずるくない?」


浜口がさっきまでの上機嫌とは打って変わって、不服そうに俺を見据えてきた。

俺は仕方ないなと微笑むと、まっすぐに浜口を見つめて告げた。


「好きだよ。」


浜口はそれを満足そうに聞いてから笑うと、俺をうっとりとした目で見て言った。


「ねぇ、紗英たちみたいにキスしよ?」

「へ…?」


紗英たちと言われて、俺は昨日ここで見たことを思い出して心臓が嫌な音を奏でた。

赤ら顔の紗英の顔が脳裏を過って、俺は目を瞬かせて振り払おうと努める。


「ねぇ、いいよね?」


俺は浜口の顔が紗英に見えてきて、顔をしかめると「いいよ。」と答えてから浜口に口づけた。

いけない考えを吹き飛ばすかのように、強く口付ける。

忘れろ!!忘れろ!

俺は今自分が誰に溺れているのか分からなくなっていた。

脳裏には紗英の姿が過るし、目の前には浜口が俺を求めて首に腕を回してくる。

浜口のことだけ考えろ!!

俺は雑念を飛ばそうといつの間にか激しくなっていたのか、浜口をソファに押し倒したとき我に返った。

俺らしくない行動に慌てて浜口から離れた。


「わ…悪い。」


俺は内心浜口をイライラのはけ口にしてしまった事を後悔した。

けれど浜口は俺の心も知らずに、体を起こすとぴたっと俺にくっついて言った。


「ううん。今までで一番嬉しかったよ。珍しいよね。本郷君が乱れてるのって。」


乱れてると言われて、俺はイヤな汗が背中から噴き出した。

この言葉は高校時代、紗英のことが好きだったときに圭祐たちによく言われていた。

紗英の事になると俺は見境がなくなるらしい。

だから浜口の言葉は俺を過去に引きずり戻してきそうで怖くなった。


違う!これはそんなんじゃない!!

とっくの昔に諦めただろ!!

紗英より浜口を選んだんだ!今更なこと考えるな!!


俺はこんな事を考える自分が許せなくて、浜口をきつく抱きしめた。




***




それから俺はあまり食欲も出なくて、一人先に部屋に戻ってきてベッドに寝転んだ。

外からはみんなの騒ぐ声が聞こえてくる。

俺はぼーっと天井を見つめながら、グルグルと色んな事が浮かんでは消えていった。

紗英と過ごしてきたこの10年…はっきり言って気持ちが通じた事なんて一度もない。

紗英はこの10年ずっと竜聖だけを見てきたんだ。

俺が紗英の事を想ってきたように、紗英も竜聖のことをずっと…

それをしっかりと分かってるのに、何で今更こんな懐かしい気持ちを思い出した。

俺は自分が分からなくて歯痒い。


浜口の事は好きだ。

今、あいつがいなくなる事なんか考えられない。

俺の中で浜口の存在は大きい。

俺が今でも紗英の事を気にかけてるのを分かっていて、それを心のどこかで見逃してくれている。

こんな女の子は世界中どこを探したって、浜口以外にはいないだろう。

だから、きっと浜口は俺のこの気持ちにも気づいてる。

気づいて、見ないふりをしてくれてる。

そんな事をさせてる自分が情けなくて、許せない。


俺は顔をしかめると拳を握りしめてベッドに叩きつけた。


「くそ…。何でいまさら…。」


俺は何で自分が紗英と竜聖が一緒にいるのを見て、こんな気持ちになるのか分からなくてイラついた。

紗英が竜聖と友達だったときには何も思わなかったし、むしろ上手くいけばいいって応援してたのに…

イチャつく二人を見るたびにイライラする自分がいるのが、すごく嫌だった。


俺がイラついて顔をしかめている所に、ノックの音がして誰かが部屋に入ってきた。


「おい。大丈夫か?」


声から竜也だと分かって、俺はだるい体を起こした。

竜也は俺の顔を見てふっと笑うと、腰に手をあてて言った。


「何だ。その眉間の皺。余程イラつくことでもあったって顔だな?」


竜也に言われて俺は自分の眉間を手で触ってみると、確かに深い皺が刻まれていてそれを少し緩めた。


「別に。イラつくことなんてねぇよ。」


俺は竜也の顔がまっすぐ見れなくてそっぽを向いた。

竜也は軽く笑うと傍にあった椅子を俺の方へ向けてそれに腰かけると言った。


「分かってるよ。お前の気持ちは。俺も一緒だからさ。」

「は?」


俺は竜也が一緒だと言ったのを聞いて視線だけ竜也に向けると、竜也は少し俯いて悲しそうな目をしていた。


「沼田さんと竜聖が仲良いの見て、嫉妬してるんだろ?」


俺は竜也に見透かされた事にドクンと心臓が大きく跳ねた。

何で…分かったんだ…?

俺はイヤな汗が背中を伝っていく。


「分かるよ…俺だって高校の時と変わりない二人に嫉妬してるから。」

「竜也…。」


竜也の言葉に俺は少し緊張が緩んだ。

竜也も紗英の事が好きだったんだ…。それも最近まで…

そんなにすぐ気持ちが変わるわけでもないだろうし、俺以上にきつかったのかもしれない…

俺はそう思うと自分の気持ちはちっぽけなものに思えてきた。


「…会えなかったこの5年をすっ飛ばすように、再会して数か月で付き合うようになるなんて信じられねぇよな…。二人の絆は本物だって分かって嬉しいのと同時に、俺はこの5年がすごく悔しいよ。」


悔しいと言われて、俺はその気持ちが自分の中にもあることに気づいた。

イライラする原因はこれな気がする。


「この5年は俺たちの沼田さんだったわけだろ?それが急に竜聖の沼田さんだもんな。あいつすっげー独占欲つえーし、沼田さんと話してただけで睨んでくるし、正直ムカつくよ。」


竜也の気持ちがストンと理解できることが自分で驚いた。

竜也は俺を見つめてふっと笑顔を浮かべると訊いてきた。


「お前もそうなんだろ?翔平。」


言われてやっと俺はこの気持ちを自分で理解することができた。

竜聖が紗英と付き合って、何でこんなにイライラするのか…

それは俺の中にある独占欲だったんだ。

大事に大事にしてきた人が横から誰かのものになって、途端に話すことも触れることもできなくなった。

前まではみんなで紗英の笑顔を共有してきたはずだったのに、竜聖だけのものになっていくのが耐えられなかっただけだ。

それが分かって俺は紗英よりも竜聖に腹が立ってきた。


「そうだよ。あいつ、紗英にべったりだし、紗英と二人でいただけで邪魔してくるし、すっげームカつく。かと思ったら思い込み激しくて紗英を不安にさせたりしてるし、自分勝手で自分中心なとこも腹立つ。」

「そうだな。」


竜也も気持ちが分かるのか笑顔を浮かべて頷いた。

俺は竜聖と一緒にいるときの紗英の笑顔を思い出して、グッと奥歯を噛んでから口を開いた。


「でも…紗英はそんな竜聖がいいんだよな。あんなに嬉しそうな紗英見てたら…俺のこんな嫉妬心なんて邪魔なだけだよ。」


紗英は竜聖と一緒にいるときが一番良い笑顔をしている。

見てるこっちが幸せになるくらい、竜聖と一緒にいられることに幸せを感じてる笑顔。

俺にはあの顔はさせることができない。


俺はお気に入りのおもちゃを取られた子供みたいに竜聖に嫉妬してただけだ。


それをストンと理解して、俺は紗英への気持ちが恋心じゃないと分かってほっとした。

やっぱり俺には浜口がいればいい。


「そうかもな。俺もそう思うよ。沼田さんの事が大事だから、俺は見守る方に徹する。お前もそうだろ?」


竜也は最初に見せた悲しい目ではなくなっていて、どこか熱をもった決意の目をしていた。

俺はそんな竜也に微笑むと頷いた。


「決まってるだろ。俺は中学の時のこと、散々後悔してきたんだ。二人がこのまま上手くいくなら、俺はそれを見守るだけだ。」


俺は中学のとき、自分の気持ちを優先させて竜聖と紗英の仲を引き裂いた事を後悔していた。

だから紗英を支え続ける事で償ってきたんだ。

今、二人が上手くいっているのを見るだけで、俺はそのときの罪悪感から救われる。

そう思って、さっきまでのイライラは完全になくなった。


竜也は俺の返答に満足したのか、椅子から立ち上がると言った。


「もう大丈夫だな、翔平。」

「…あぁ。悪い。竜也には全部お見通しだったんだな。」

「バーカ。長い付き合いなんだ。それぐらいすぐ分かるっつーの。」

「ははっ…そうだな。」


竜也は拳で俺の頭を小突くと、ニヤッと口の端を持ち上げて笑った。

俺はそんな竜也に心が救われるようだった。


「バーベキュー終わったら、花火するらしいから早めに降りて来いよな。」

「あぁ。一緒に行くよ。」


俺は竜也の後に続くように、部屋から出た。

すると出たところに浜口が立っていて、俺はドキッと心臓が跳ねた。

竜也は気をきかせてくれたのか、ちらっと俺たちを見たあと先に下へ向かって歩いていってしまった。

俺は無表情で俺を見つめる浜口を見て、全部聞かれてたことが分かって心苦しくなった。

どんな言葉を発しても言い訳になる。

俺はどう言おうか必死に頭の中で考えた。


すると浜口が一歩俺に近づくと、俺の胸をドンと殴ってきた。

浜口はムスッとした顔で俺を見上げると口を開いた。


「バカ。遠慮なんかしないでよ。」


俺は遠慮というのが分からなくて、じっと浜口を見つめた。

浜口は俺を怒ってるようではなかったので、きっと話してくれると思った。

その通りで浜口はもう一発俺を軽く殴ると言った。


「紗英は大事な友達なんでしょ?本郷君が嫉妬してるのなんか分かってたよ。それを、私に隠さずに話して欲しかった!遠慮なんかしないで。」


すべて知っていて受け止めてくれていた浜口に驚いた。

俺は申し訳なさと彼女への愛しさで思わず彼女を抱きしめた。


「ごめん。俺…自分で自分が許せなかったんだ…。本当にごめん。」


俺はとにかく謝罪するしか方法がなかった。

浜口はそんな俺を許してくれているのか抱きしめ返してくれると、言った。


「分かってる。本郷君、正直でまっすぐだから…そんな事だと思ってた。私は…紗英の事も含めて本郷君が好きなんだよ。だから、今度は隠さずに全部話して。」


俺は浜口の大きな愛に涙が出そうだった。

俺は浜口を抱きしめる手に力を入れて「ごめん」と繰り返し続ける。


やっぱり浜口には敵わない。


俺はどこまでも優しい浜口に心が洗われるようで、胸が熱くなっていくのを感じていた。










翔平の葛藤でした。

次は親友三人の話です。

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