4-38初めての夜
お兄ちゃんと吉田君が話し込んでいたとき、頼んでいた夕食の宅配が到着して、私は何となく二人が何を話していたのか聞けないでいた。
でも、こうして二人が話しているのを見るのは高校のとき以来で何だか嬉しくなった。
高校のときもお兄ちゃんは何だかんだ文句を言いながらも、吉田君の事を認めてくれているようだった。
それはきっと今でも変わらないはず…
私は二人が話をしたことで、もう邪魔してこないといいな…と思った。
そして私たちはテーブルやソファの周りで騒ぎながら夕食をとると、とうとうお泊りならではの問題に向き合う事となった。
「じゃあ、部屋割りだけど。どうしようか?」
野上君が切り出して、みんなが周りの様子を伺い始めた。
すると一番に声を上げたのはののちゃんだった。
「はーい!あたしはお兄ちゃんと!!」
「和花、それは分かってるから。他に希望は?」
野上君はいつもの事なのかさらっと流して、私たちを見回した。
そして私に目を留めると訊いてきた。
「沼田さんたちカップルは同室でいいよな?」
「えっ!?」
私はお昼に見たアレが忘れられなくて、思わず私は隣にいた理沙の腕をとった。
「私!理沙と同室で!!」
「えっ!?紗英!?」
「は!?」
私の発言に吉田君と翔君が同時に声を上げた。
私は内心理沙にごめんと謝りながら、目を瞑った。
するとお兄ちゃんがご機嫌で笑い出した。
「あっはっは!!俺もその部屋割には賛成だ!!翔平と竜聖は同室でよし!!」
「マジで!?」
「えー!?それはないだろ!!」
「翔平!先輩命令だ!!」
翔君はお兄ちゃんに命令されてブスッとしながら、吉田君と顔を見合わせている。
吉田君はちらっと私を見たが、私は気づかないふりをして躱した。
ごめん!!私にはまだ勇気が出ないから!!
私は理沙の腕を抱え込んだまま必死に謝り続けた。
その後の部屋割は意外と簡単に決まった。
山本君と堂上さんが同室、城田さんと村井さんが同室、そしてお兄ちゃんだけが一人部屋…(なんかずるい…)
城田さんだけは山本君と同室になりたかったのか、ちらちら山本君を見てアピールしていたけど、山本君は気づいているのかいないのか、さらっと先輩とでと言いだして驚いた。
そのとき今までずっと笑顔だった城田さんの表情が怖く見えたけど、きっと見間違いだと思う。
あんなに可愛い人があんなに怖い顔をするはずがない。
そして私たちは女性陣から先に順番にお風呂に入ると、掃除の疲れもあってそれぞれまっすぐ部屋に戻る事になった。
私は広間にいた吉田君に「おやすみ」と告げると、理沙と並んで部屋に戻った。
私は一段落ついたことにほっとしてベッドに飛び込む。
すると理沙がベッドに潜り込んだ私を見て、話しかけてきた。
「紗英。本当に私と同室でいいの?」
理沙は私の方に向いてベッドに座って訊いてきた。
私は体を起こすと、理沙に本音を打ち明けることにした。
「……だって、まだ心構えができてないし…。」
「え~?この間、もうすでにそんな雰囲気になってたじゃん?私、見たんだからね~?」
「あ…あれは!空気に流されたっていうか…なんとなく…そんな気持ちになって…。」
私がしどろもどろで言い訳していると、理沙が飽きれた様にため息をついた。
「紗英、そんなんでいいんだって。心構えなんて流されてる内にできるもんだよ。竜聖君の事好きなんでしょ?」
「好きだよ!好きだけど…まだ今までと違う関係になるのが…なんかヤダ。」
「もー…しょうがないなぁ…。」
理沙は急に立ち上がると「ここで待ってて」と言い残して部屋を出ていってしまった。
私はその背を見送ってから、膝を抱え込んで理沙の言葉を考えた。
流されてる内にできる…かぁ…
でもなぁ…今じゃないような気がするんだよね…
私はふーっと長くため息をつくと、ベッドに倒れ込んだ。
天井を見上げて吉田君の顔を思い返す。
たったそれだけなのに心臓がさっきとは違うリズムを奏で出す。
こんな状態で絶対無理だ…。
私は手で目を隠すと、コンコンとノックの音が聞こえて理沙が帰ってきたと思って「どうぞー」と口に出した。
すると扉が開く音がして聞こえてきた声は理沙のものじゃなかった。
「紗英~?浜口さんが呼んでるって言ってたけど、何の用だった?」
私は吉田君の声に息を止めると、体を起こして部屋に入ってきた吉田君を見つめた。
吉田君はお風呂上りなのか髪がぺしゃんこになっていて、中学のときのようになっていた。
頬が少し紅潮していて、何だかその姿にドキッとして目を逸らした。
「私…呼んでないよ!用はないから、早く部屋に戻って!!」
「へ!?呼んでないの…?おかしいなぁ…。」
吉田君は考えながら頭を掻くと、何かに気づいたのか慌てて部屋を飛び出していった。
私は帰ってくれたことにホッとしていると、何か言い争う声が聞こえてきた。
私は気にしないことにしてまたベッドに倒れ込むと、言い争う声が消えて代わりにドアの開く音が聞こえてドアの方を見ると吉田君が戻ってきていた。
「ど…どうしたの?」
私は気まずそうに目を逸らす吉田君を見て、嫌な予感がした。
吉田君はちらっと私を見てから口を開いた。
「…翔平に追い出された。浜口さんと一緒に寝るらしい…。」
「え…えぇっ!?」
私は再度ベッドから飛び起きると、吉田君を凝視した。
理沙…待っててってこういう事か…
私は理沙と翔君の企みに頭が痛くなってきた。
吉田君はちらちらと私を気にすると、モジモジしながら言った。
「でもさ…別に一緒に寝てもいいよな?その…付き合ってるわけだし…。」
「へっ…あ…うん。そ…だね…。」
私は声が裏返りかけて思わず喉に手をやった。
ここでダメというのも変な話なので、とりあえず頷いたけれど私は今までにないほど動揺していた。
ど…どうしよう…
あ、でも寝るだけだってこともあるよね!
寝るだけなら、それぞれのベッドで寝ればいいんだ!!
私はそう誘導しようと、自分のベッドの布団をかぶった。
「じゃあ、寝よっか!!掃除で疲れたもんね!おやすみっ!!」
私は強制的に寝に入ると、吉田君に背を向けて横たわった。
これで寝てしまえばこっちのものだ。
私は吉田君の存在を気にしないように、目を瞑って寝ようと試みる。
でも、現実はそう上手くはいかなかった。
部屋の電気が落ちたな~と思ってホッとしていると、布団に空気が入り込んできて吉田君が私と同じベッドに入ってきたのが分かって目を開けた。
「なっにしてんの!?」
私は首だけで振り返ると、ベッドに入り込んできた吉田君を見た。
吉田君はきょとんとした顔で私を見ると、小首を傾げた。
「何って…寝るんだけど?」
「な…そうじゃなくて!!なんで同じベッドに入るの!?」
「そんなの一緒の方がいいからに決まってるじゃん?」
「へっ!?」
ストレートに言う吉田君を見て息を飲み込んでいると、吉田君が後ろから私を抱きしめてきた。
私は急に体が熱くなってきて逃れようと暴れた。
「な…なっ!!ダメだから!!そういうのはしないから!!」
私は必死に抵抗すると、後ろから声がかかって動きを止めた。
「紗英。何もしないって。心構えできるまで待つって言っただろ?」
「え…?」
吉田君からの言葉に私は驚いて体の向きを変えて吉田君を見た。
吉田君はムスッとしていたけど、私を安心させようとしてくれているのか声が優しかった。
「俺はこうしてるだけでいいの。だから、そんな動き回らないでくれよ。」
「……本当にいいの?」
私は信じられなくて訊いたのだけど、吉田君は当然という顔で笑った。
「いいんだよ。俺が我慢すればいいだけの話だし。」
我慢と言われて、私はアレの事を聞いてみる事にした。
「…あの…ね、…私が着替えにいったとき、竜聖のシャツ持っていったじゃない?」
「うん?」
「そのとき…竜聖の鞄に…その…アレが入ってるのを…見つけて…。使うつもりだったんじゃないの?」
私は言葉にするのも恥ずかしかったけれど、何とか言い切った。
すると吉田君は目を見張って慌てて口を開いた。
「見たの?」
「……うん。」
吉田君は急激に真っ赤になると、ギュッと目を瞑ってから私に少し頭を寄せてきた。
「ごめんっ…!その気がなかったって言ったら嘘だけど…、期待して持ってきたのは事実なんだ。でも紗英の事を一番に考えてるのは本当だから!!だから、紗英の了承がもらえるまでは何もしない!!これは約束する!」
「……本当にそれでいいの?」
「それでいいんだ!俺は紗英と一緒にいられるなら、そっちを選ぶだけだ。その延長線上にあれば嬉しいな…程度でいい!!」
「そっか…。」
吉田君のまっすぐな目を見て、嘘ではないと判断した私は体の向きを反対に戻した。
我慢させてるのは申し訳ないけど、私はその気持ちに甘えることにした。
吉田君の回されている腕に触れると、「ありがとう」と気持ちを込めて口に出した。
すると後ろから「いーよ。」という声が返ってきて、抱きしめる力が強くなったのが分かった。
こうして一緒にいられるのは嬉しい。
嬉しいんだけど…
私は自分の心臓が今までにないほど速くなっていて、眠ろうとしても寝られない。
後ろからは吉田君の息使いが聞こえてくるし、自然と体に力が入る。
疲れているはずなのに、今はそんな事が吹き飛んでいて背中にばかり神経が集中する。
するとまた吉田君の腕の力が強くなって、吉田君の体と私の背中がぴったりくっついたようで背中がすごく熱くなってきた。首筋に息がかかって鳥肌が立つのを堪える。
こ…これ以上は心臓に悪いんだけど…
私はギュッと目を瞑って、落ち着けと言い聞かせるけど全く効果がない。
「…紗英。心臓の音すごいね。」
吉田君が耳元でボソッと呟いて、速い心臓が大きく跳ねた。
平常心を心掛けてなんとか声を出す。
「…りゅ、竜聖だって…すごい体熱くて眠れないんだけど…。」
「紗英と一緒にいるとこうなるんだよ。感じてるってこと。」
「かっ…!?」
私は言葉を失って、息をのみこんだ。
そんな事言わないでよ!!余計眠れなくなる!!
私はだんだん逃げ出したくなってきて、口を噤んだ。
すると後ろから大きく息を吸いこむ音が聞こえて、吉田君が言った。
「紗英…いい匂いするな。この匂い…安心する。」
「匂いって…って嗅いでるの!?」
犬のように鼻息を荒くする音が聞こえて、思わず尋ねると楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「ははっ!うん。こうしてると幸せだーって実感する。ホント最高の夜だよ。」
「…最高って…大げさだよ…。」
私は吉田君の笑い声を聞きながら、自分が安心していくのを感じた。
そしてだんだん体の緊張が解けると、今までこなかった眠気が一気に押し寄せてきて重くなった瞼を下ろした。
遠のく意識の中で誰かと寝るのもいいかもしれないな…なんて思って、吉田君の幸せと言った声が何度も繰り返されて嬉しくなった。
イチャイチャ度が上がっていきます。
しばらく幸せそうな二人を見守ってください。




