4-35俺と同僚
どうやら竜聖が沼田さんを押し倒していたようで、翔平が激怒した。
俺は後ろにいたのでその場を目撃していないが、こいつがここまで怒る意味が分からない。
二人は付き合ってるんだから自然とそうなってもおかしくないはずだ。
本当にこいつの心の中は読めない。
竜聖はというと、真っ赤な顔で必死に否定を続けていて翔平に掴みかかられて慌てている。
その様子が中学のときのようで何だか懐かしい。
俺は騒ぎが収まるまで見守る事に徹して、キッチンにもたれかかって怒り続ける翔平と焦った表情の竜聖を見つめる。
すると、部屋に引きこもっていた沼田さんが浜口さんの説得に応じて、自室から姿を見せた。
それに気づいた翔平が竜聖をほったらかして、沼田さんに駆け寄って事情を聞いている。
沼田さんは恥ずかしそうに頬を掻きながら、「何もないから。」と場を収めようと翔平を宥めている。
その表情は心なしか嬉しそうで、翔平も納得せざるを得なかったようで、ムスッとして頷いている。
竜聖はというと沼田さんをじっと見つめていたが、彼女と目が合うと思春期の子供のように慌てて逸らしている。
そんな初々しい反応に笑いが込み上げてくる。
こいつら見てたら飽きねぇなぁ…
俺は高校のときに見てきた二人を思い返してそう思った。
まぁ、竜聖の奴の悩みもなくなったようだし、結果オーライってやつかな…
俺は幸せそうに笑う二人を見て、自然と頬が緩んだ。
***
夏の日差しがカッと照りつける外回りから会社に戻ってきた俺は、クーラーの効いた室内に入ってふーっと息を吐き出した。
そして自分のデスクに戻ると、ピッチを上げて仕事を終わらせようと大きく息を吸いこむ。
というのも明後日は皆でペンションに行く日だ。
仕事を残してしまったら気がかりで楽しむ事なんかできない。
翔平や竜聖と遊ぶなんて中学以来の事で、実はワクワクしていた。
自分だけ独り身ってのは少し引っかかるところではあるけど、沼田さんの同僚も独り身らしいのでそこまで気にはしてなかった。
「なんかご機嫌ですね?」
後ろから声をかけられて、俺が振り返るとそこには城田さんが首を傾げていた。
先輩と付き合いだしてからは俺に話しかけてくることはなかっただけに少し驚いた。
どういう心境の変化だろうか?
「あ…うん。ちょっと遊びに行く予定があってさ。」
「えー!?羨ましいなぁ!!どこに行くんですか?」
「えっと、友人の知り合いの知り合い?のペンションに…。」
「そうなんですか!?いいなぁっ!私も行きたーい!!私も行っちゃダメですか?」
「へ!?」
行きたいと言われてどうしようかと思って悩んだ。
沼田さんから人数制限の話は聞いてない。
でも、ぶっちゃけ同僚と旅行なんてできれば避けたい。
断ろうと口を開きかけたとき、隣から肩を掴まれた。
「おい。それ、俺も連れてけ。」
「は!?」
先輩がニヤッと笑いながら言った。
先輩のこの顔には見覚えがあった。
合コンに無理やり連れて行かれたときにこの顔をしていた。
これ…断れない感じか…?
俺は少し足掻いてみようと口を開いた。
「先輩。城田さんと二人で出かけてくればいいじゃないですか?」
「バッ!!お前、そんな事大きな声で言うな!!」
先輩は俺の肩に腕を回して引っ張ると、首を絞めてきて少し苦しくなった。
そして城田さんに背を向けるように俺に顔を寄せると、小声で言った。
「お前は誤解してるようだから言っとくが、俺と城田さんはまだ付き合ってない。」
「へ?何、言ってんですか?デートしてましたよね?」
「そうだ。デートは何回かしてる。でも、まだそこまでの関係ではない!」
何でデートしてて付き合ってくださいって言ってないんだこの人…
俺は意気地のない先輩をじとーっと見た。
先輩は俺の目に責められた気分になったのか、少し表情を強張らせると言った。
「だから、俺にチャンスをくれ!!その旅行に俺と城田さんも連れて行け!!」
「え~…?…俺、そういうの嫌なんですけど…。」
「お前に拒否権はない!!先輩命令だ!」
出た…先輩命令…
この人、ホント大人げないよな。
俺ははぁーっと大きく息を吐くと、諦めて沼田さんに相談することにした。
「分かりました。一回聞いてみます。でも断られたら諦めてくださいよ?」
「分かった!!頼むな!」
先輩は満足そうにニカッと笑うと俺から手を離して、城田さんに「頼んでくれるって!」と俺の手柄アピールしている。
城田さんも城田さんで「やったー!」と喜んでいるし、俺の周りにはこう何で自分勝手な奴が多いんだと頭を抱えた。
そして昼休みになり、俺は沼田さんも昼休みだろうとふんで電話をかけることにした。
沼田さんはいつもより早く電話に出て、俺は驚いた。
『もしもし、山本君?』
「あ、うん。仕事お疲れ。」
『お疲れ様。こんな時間に電話してくるなんて珍しいね。急ぎの用件?』
「あぁ、うん。明後日の旅行の事なんだけどさ、二人行きたいって同僚がいて…その二人連れて行くってダメだよな…?」
俺は断ってくれと願いながら尋ねた。
すると沼田さんは誰かと話しているのか『ちょっと待ってね。』とケータイを離してしまったのかくぐもった話し声が聞こえる。
そしてしばらくすると『同僚に代わるね。』と言われて、俺は突然の事に緊張した。
同僚って…例のペンションの話をもってきた奴か…?男?女?どっちだ?
俺は相手の想像を膨らませてドキドキし出した。
すると、向こうから聞こえてきたのは能天気な男の声だった。
『どうも、初めまして!沼田さんの同僚の野上颯太です!!人数の件聞きました!!』
「あ、すみません。俺、友人の山本竜也です。急に無理をお願いしてしまって…」
『いいですよ!!ちょうど人数欲しいなって思ってたとこだったんで!!』
「そうなんですか?じゃあ、二人追加でお願いします。」
OKが出てしまった事に、俺は少し落胆した。
先輩のドヤ顔がちらついてきて気持ちが沈み込む。
『あと初日なんですけど、動きやすい服装で来てもらうように言っておいてください!!』
「へ…?動きやすい服装ですか?」
『はい!!旅費タダなんで!ちょっと訳アリなんですよね!!そこんとこよろしくお願いします!!』
「はぁ…分かりました。」
俺は訳アリという言葉が引っかかった。
一体何をさせられるのだろうか?
俺が引っかかった疑問を膨らませていると、同僚の男は『じゃ、当日よろしく!』と言ってまた沼田さんに代わってしまった。
『あ、もしもし?私。野上君、喜んでるよ。ここんとこずっと人数が~って言って悩んでたから良かったよ。』
「そうなんだ?何でそんな人数いるんだろ?」
『さぁ?場所以外何も教えてくれないから分からないんだけど…。まぁ、タダってとこに何かあるのは確かだよね…。』
沼田さんも俺と同じところに不安を感じていたようで、同じ事を思っていることに嬉しくなった。
何だかんだまだ沼田さんとの何気ない共通点が心をくすぐる。
「ははっ!そうだな。ま、とりあえず当日楽しみにしてるよ。」
『うん。そうだね。』
「あ、沼田さんの水着姿もね?」
『また!!そんな事言って!川で溺れても知らないから!!』
久しぶりにおちゃらけた会話ができた事に自然に笑顔になる。
沼田さんが電話の向こうでムスッとしている姿を想像して、心が弾む。
こんな関係も悪くないよな…
少し前までは落ちていたけど、俺と沼田さんの関係はこれぐらいがちょうどいい。
今はそう思えるようになった事が素直に嬉しかった。
いまだに竜也の先輩の名前が出ていませんが、次で分かります。




