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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
152/218

4-34嫉妬と仲直り


理沙や翔君、山本君に吉田君と二人きりにされた私は、気まずくてテーブルの前から動けないでいた。

吉田君も靴を履いたまま玄関で立ち尽くしている。

沈黙が続いて息苦しくなってくる。


ど…どうしよう…


私は顔を上げてちらっと吉田君の様子を伺うと、吉田君が横目でこっちを見ていてドクンと心臓が跳ねた。

慌てて目を逸らして俯くと、膝の上の手を握りしめた。

心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

吉田君との距離がこんなにあっても、私の胸は変わらず苦しくなる。

私はこの一週間、嫌なことばかり考えていたけど、この気持ちだけは変わらなかった。


吉田君が自分だけのものだったらいいのに…


欲張りな自分が嫌になって顔をしかめる。

過去の女の子や周りの女の子にまで嫉妬するなんて、すごく惨めで嫌だった。

私はいつだって自分に自信がない。

だから、吉田君が目の前にいてもこんなに不安になる。

信じるって言ったのに情けないと思う。


「紗英…、上がっても…いい?」


私が考え込んでいると、吉田君が遠慮がちに訊いてきて私は焦って立ち上がった。


「あ、ごめんっ!いいよ。上がって!!今、お茶出すから!」


私は玄関から上がってきた吉田君の横を通り過ぎて、キッチンに向かった。

通り過ぎるとき吉田君と目が合わせられなくて、自然と逸らしてしまう。

そして冷たいお茶をグラスに注いでリビングに目を向けると、吉田君はテーブルの前で立って部屋を見回していた。


そういえば…私の部屋に吉田君がいるのって初めてかも…


そう思うと変な想像をしてしまって体温がグワッと上昇した。

いけない考えを頭を振って吹き飛ばす。


ダメダメ!!山本君たちすぐ帰ってくるから!!


私はなるべく自然に見えるように笑顔を作って、吉田君の斜め横に腰を下ろしてお茶を差し出した。


「外、暑かったよね?ごめんね。ずっと外で待たせちゃって…。」

「あ…いや。それはいいんだけど…。」


吉田君は腰を下ろすと差し出したお茶に口をつけた。

そのときグラスを掴んだ吉田君の大きな手が目に入って、触りたい衝動にかられたが目を瞑って考えないように努める。


ダメだ!二人っきりはダメ!!


自分にこんなに煩悩があっただろうかと思うほどに、自分が自分じゃないみたいだった。

吉田君といるとどんどん欲張りになってしまう。

一旦距離を空けよう…


そう思って、私は吉田君からお尻をずらして離れることにした。

そうしてジリジリと離れていると、吉田君が口を開いた。


「…紗英…。俺のこと…嫌いになった?」

「え?」


吉田君が悲しげに言って、私は耳を疑った。

嫌い…?何で?むしろ、その逆で困ってるぐらいなのに…

吉田君は辛そうに顔を歪めていて、グラスを持つ手に力が入ってるのが見えた。


「き…嫌いになるわけないよ。…だって、先に好きになったの…私だし…。」


好きだと口に出すだけで気持ちが大きくなるようで、吉田君から顔を背けた。

するとふっと息を吐く音が聞こえて、ちらっと横目で吉田君を見ると安堵の表情を浮かべていた。

そ…そんなに不安にさせてたのかな…?

あんなに好きアピールしていたのに何でだろうと疑問が過る。


「そっか…。俺…てっきり俺の前までの女関係で軽蔑されたと思ってた。」


女関係とさらっと言われて、私は嫌な気持ちが復活してきた。

自然としかめっ面になる自分を隠そうと、吉田君から顔を背けた。

吉田君て、無神経だな…

女の子との経験がある事、そんなに口に出して私が喜ぶとでも思ってるのかな…

ムカムカしてきて、我慢してきた気持ちの一部が口から飛び出した。


「…軽蔑してるよ。」

「……え…。」


吉田君の息をのむのが聞こえてきて、私は顔を背けたまま続けた。


「…今までたくさんの女の子とそういう事してきたんでしょ?軽蔑以外の何でもないよ。」

「さっ…紗英…!…それは…そうだけど…。でも、違うんだ!!」


吉田君が言い訳しながら私の肩を掴んできて、思わずその手を振り払って振り返った。


「触らないでっ!!」


さっきまで触りたいと思ってたのは自分なのに、今の吉田君の手はすごく気持ち悪かった。

呆然とした表情で固まってる吉田君を見て、私は今まで我慢してきた事が堰を切ったように溢れてきた。


「竜聖は勝手だよ。他の女の子にしてきたように、私にもそうやるつもりなんでしょ!?今まで彼女なんかいないとか言いながら、そういう事だけはやってきたんだもんね。」


私の言葉に吉田君が口を引き結ぶのが見えて、事実だと認めた事が伝わってきて泣きたくなってきた。


「私は…そんなことした事ないし…、そういう事軽くやる人の気持ちが分からない。私は心の奥の方でずっと竜聖を待ってたから…、竜聖が自分だけじゃないって…分かって…ずっと苦しかった。」


私は目に涙が溜まってきて、視界が揺らいだ。


「…他の女の子に触った手で私に触らないでほしい。」


私は涙が零れ落ちそうになって、思わず立ち上がると手の甲で涙を拭って自室へ足を向けた。

そして自室に入ると後ろ手でリビングとの間の引き戸を閉めて、その引き戸にもたれかかった。


こんな事…言うつもりじゃなかったのに…


自分の心の中にしまっておいたつもりだったのに、吉田君の何も分かってない顔を見たら我慢できなくなった。

私はもたれかかったままズルズルとへたり込むと、はぁと大きくため息をついた。


すると扉越しに動く物音がして、「紗英。」と吉田君から声がかかってビクッと体が震えた。

私は話す気は起きなかったので、黙ったまま耳だけ傾けた。


「…ごめん。紗英。俺…紗英の気持ち何も分かってなかった。本当…自分が情けないよ。」


吉田君は引き戸のすぐ向こうにいるのか声が近かった。


「ただの言い訳かもしれないけど…聞いてほしい。…俺、色んな女の子とホントその場限りみたいな付き合いしてた…。紗英に出会う前まで…気持ちが死んでて…付き合うとか、彼女とか…深い繋がりから避けて生きてきたんだ…。」


気持ちが死んでた…?

私は再会したころの吉田君を思い返した。

冷たい目、拒絶しようとする態度。

今と同じ吉田君とは思えない。


「でも…紗英だけは違ったんだ…。」


この言葉に心臓がドクンと跳ねる。


「記憶がない俺の言葉なんか信じられないかもしれないけど…、出会ったときから紗英はずっと…俺の心の奥の方にいたんだ。この五年…死んだように生きてきた心が…紗英に会って揺り動かされた…。これって記憶がなくても、俺の中には紗英がずっといたって事だろ…?」


ずっと…私が…いた?

吉田君の言葉に胸がギュッと苦しくなってくる。


「俺は今までの子達と紗英が同じだなんて思ってない。もう俺には紗英しかいないんだ…。お願いだ…俺の傍からいなくならないでくれ…。」


私はどんどん胸が苦しくなってきて、振り返ると引き戸に手をかけた。

そのとき扉の向こうから鼻をすする音が聞こえてきて、私は引き戸を開け放った。

すると目の前に吉田君が子供みたいに俯いていて、私はその前でへたり込むと床に手をついて頭を下げた。


「ご…ごめんなさい!!」


私は勝手に色んな女の子に嫉妬して、その苛立ちを吉田君にぶつけてしまった事を後悔した。

この5年どんな思いで吉田君が過ごしてきたかも知らないのに、すごく自分勝手だった。

自分から手は離さないって誓ったはずなのに、自分からやっと繋いだ糸を断ち切ろうとしてしまった。

一時の感情に流されるべきじゃなかった。


「私、自分のことばっかりだった。吉田君の一番になりたくて…知らない女の子に嫉妬してた。何で自分が一番じゃなかったんだろうって…そればっかりで…。こんな自分が恥ずかしい…。…ひどい事ばかり言って…本当にごめんなさい…。」


私は床についた手を握りしめると、ギュッと目を瞑った。

吉田君はこんな私を許してくれるだろうか?

私は返答が怖くて手が微かに震えてきた。

すると、私の震えてる手に吉田君の手が触れてきて、私はバッと顔を上げた。

吉田君は泣きそうな顔で私を見つめていて、胸が痛くなった。


「紗英…謝らないでくれ…。紗英は悪くないんだ。俺が…俺が全部悪いから…本当にごめん。」


謝りながら吉田君の顔が少しずつ歪んでいって、私は吉田君を傷つけてしまった事に罪悪感でいっぱいだった。

吉田君の泣きそうな顔を見てると、自分まで泣きたくなってくる。

でも私がここで泣いてしまうと吉田君を悪者にしてしまいそうで、何とか堪える。

すると吉田君が少し俯いてから、重ねていた手に力を入れて握りしめてきた。


「…でも俺…紗英の本音聞けて…良かった。」

「え…?」


吉田君は私に視線を戻すと、少し微笑んで言った。


「嫉妬してくれてるとか…紗英には悪いんだけど…すげー嬉しい…。」


吉田君が嬉しそうな顔になっていて、私は恥ずかしくて思わず俯いた。

今思い返すと、我ながら恥ずかしい事ばかり口にしたものだと思う。


「紗英、一番になりたいって言ってたけど、もう俺の中では一番だから。」

「へ…?」


私が言葉の意味を理解しようと考えていると、吉田君が握っていた手を引っ張って、私の手を吉田君の胸に押し当ててきた。

突然の事に私は吉田君の体に触れた瞬間ビクッと体が震えた。

ちょうど吉田君の心臓の上辺りに手が触れていて、吉田君の熱い体温とドッドッと速い鼓動が指先から伝わってくる。


「分かるだろ?俺の心臓の音。こんな風になるのは、紗英の前だけなんだ。」


吉田君の言葉と彼の真剣な顔を見て、私は体に電流が走るようにブワッと鳥肌が立った。

顔に熱が集まってきて、一気に上気する。

私の心臓も吉田君の心臓に負けず劣らずどんどん速く鳴り響く。


「俺の中で紗英が一番だから、自分からキスしたいとか抱きしめたいとか思ったし…独り占めしたいとか言えないことも沢山思ってきた。」


吉田君の本音に私は頭が混乱しそうだった。

ただでさえ頭に熱が集まり過ぎて頭が働かないのに、ストレートな言葉に手に汗を握ってくる。

吉田君は何かスイッチが入ってるのか、私の手を強く握りしめたまま一直線に気持ちをぶつけてくる。


「紗英が初めてなんだ。初めてだから、正直どうすれば紗英と距離を縮められるか、とかそんな事も分からなくて…嫌われるんじゃないかとか、色々考えて…考え過ぎるぐらい俺の中は紗英でいっぱいなんだ。本当に他の女の子とか目に入らないし、紗英だから俺こんな気持ちを初めて知って――――。」

「わ!!分かった!!分かったから!!」


私はこれ以上は心臓に悪いと思って、吉田君の言葉を遮った。

心臓が爆音を奏でていて、頭がクラクラしてくる。

嬉しいんだけど、恥ずかしさの方が勝ってる気がする。

私は自分の顔が真っ赤になってるだろうと思って、少し顔を下に向けた。

そして吉田君に言われた分の少しでも返そうと、自分の気持ちを口に出した。


「…私も一緒だよ…。私…自分から触りたいって思ったの…吉田君だけだから…。」


口に出しながら恥ずかしさで、手にも額にも汗が滲んでくる。

私の言葉に吉田君が反応を見せないので、ちらっと顔を上げると吉田君の手が私の後頭部に回されてきて、勢いよく口づけられて目を見張った。

観覧車のときとは違う強引なキスに私はすぐに息苦しくなってきて、逃れようと後ろに重心を傾けるけれど私の頭を押さえてる手の力が強くてビクともしない。


「…っ!?」


すると今度は唇を割って舌が入ってきて、私は体がビクッと反応して背筋がゾクゾクしてくる。

初めての事にどうすればいいのかも分からない。

嫌じゃないけど…怖いっ!!

私は必死に逃れようと腕に力をこめると、やっと少し吉田君を引き離すことに成功した。


「りゅう…せいっ!待って…!!」


離れた口から何とかそれだけ口にすると、吉田君の力が弱まってほっと一息ついた。

ちらっと吉田君の顔を見ると、吉田君は頬を赤く染めて顔をしかめていた。

瞳が潤んでいて、胸がギュッと鷲掴みにされるようだった。


「……ごめん。」


吉田君は悲しげな声でそう言うと、私から少し距離を空けた。

その行動に拒絶したことで傷つけてしまった事が分かって、咄嗟に口を開いた。


「ちっ…違うの!そっ…その…嫌じゃなかったんだけど…。初めてだから…びっくりして…、心構えができてなかったっていうか…。」


私の言い訳に吉田君の眉間の皺がなくなっていくのが見えて、私は少し安心した。

なんとか自分の気持ちは伝わったみたいだ…

すると吉田君がまた私に近づくと、まっすぐに私を見据えて言った。


「紗英の心構えができるまで待つよ。…でも…ちょっとだけ…、触らせてくれないかな?」


吉田君のまっすぐな視線を浴びて、私はダメなんて口に出せるはずもなかった。

ドクドクと脈が速くなっていくのを聞きながら、一度唾を飲み込んでから頷いた。


「…ちょっと…だけなら。」


私は吉田君の手と顔が近づいてくるのが見えて、手を握りしめて体を強張らせた。

吉田君はさっきと違って優しく私の顔に手を触れると、私の頬に口を寄せてきた。

私は触れられるたびにピクッと反応するのを堪えようと眉間に力を入れて目を瞑る。

吉田君の熱い息が耳にかかってゾクゾクする。


私はこの体が熱くなる感じに身に覚えがあった。

吉田君がいなくなったあの日、確か吉田君の部屋で同じような事があった。

あのときは吉田君に求められてるのが分かって、嬉しかった。


そして今も同じような気持ちになっていることが素直に嬉しかった。

あの日が戻ってきたようで、ふっと強張っていた体の緊張が解けた。


すると吉田君が首筋に口を寄せてきて、それがくすぐったくて思わず後ろ向けに倒れて、後頭部を床に打ち付けた。


「ったー…い…。」


私は痛みに閉じていた目を開けると、目の前に吉田君が私を見下ろしていて現状に目を見張った。

こ…これって…押し倒されてる感じ…?

ちょっとってどこまでなんだろうか…と考え始めたとき、吉田君が目を細めて私に顔を寄せてきて、思わず目を閉じた。

さっきみたいな強引なキスではなかったけど、強く何度も口づけられて考え事が飛んでいく。

このまま流されてもいいかもと思い始めて、吉田君の手が服の中に入ってきても抵抗しなかった。

すると吉田君が私から顔を離したのが分かって、目を薄く開けると彼は熱い眼差しで私を見下ろしていて、私は自然と嬉しくなって頬が緩んだ。


そのときガチャっと扉の開く音がしたと思うと、「たっだいまー!」と翔君の呑気な声が聞こえて私は今までにないほど心臓が大きく跳ねた。

吉田君も目を見開くと、咄嗟に顔を玄関の方へ向けた。


忘れてた!!


私はとりあえず離れなきゃと体を半分起こすと、玄関で立ち尽くす翔君と理沙の姿が見えて血の気がサーっと一気に引いていった。


「おい?何入り口で立ち止まってんだよ?」


翔君の後ろに山本君がいるのか、そんな声が聞こえてきて、私は慌てて吉田君の下から抜け出すと、自分の部屋に逃げ込んだ。

そして引き戸を閉めてその場にへたり込んだとき、翔君が声を張り上げるのが聞こえてきた。


「りゅうせいっ!!何やってんだよ!!」

「わーっ!!違う!!違う!!何もやってないっ!!」


引き戸の向こうから吉田君の慌てる声が聞こえてきて、私は自分だけ逃げたことに胸がチクンと痛くなった。







仲直りしました。

ここからラブラブな関係が始まります。


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