4-32友達降格
この一週間紗英がおかしい。
小関との関係を疑われたと思って、素直に本当の事を伝えた。
紗英は信じてると言ってくれた。
なのに遊園地のときのような、あの距離間に戻らない。
毎日会って一緒に帰ってるのに、一向に縮まる気配もない。
ドクドクと心臓が嫌な音を奏でる。
紗英に嫌われているんじゃ?
もう見放されたのだとしたら、心が引き裂かれるようだ。
俺は手を繋ぐことを拒絶されてから、さらに臆病になって自分から攻める事もできない。
もう自分一人ではどうするべきかも分からなかったので、竜也に相談することに決めた。
そして竜也に電話をかけて家に来てもらうことになった。
竜也と俺の家は意外と近いようで、たまにコンビニ等で出くわす事がある。
だから竜也もさらっと俺の家に来ることを了承してくれたようだった。
俺は竜也が来るまで、気持ちがソワソワして落ち着かなかった。
一人でいるとどうしても嫌な事を考えてしまって、泣きたくなってくる。
今の俺の生活から紗英を切り離す事なんて考えられない。
いなくなったら…なんて想像しただけで、目の奥が熱くなってくる。
どうしたらいい…どうすれば前みたいに戻れる…?
俺は自分の心に何度も問いかけていると、インターホンが鳴って竜也が来たことを知らせた。
俺は竜也の姿が映ってる画面に近づくと、受話器を取って声を上げた。
「今開ける!!」
竜也は急に俺の声がしたことに驚いていたが、開いた自動ドアをくぐったのが画面に見えて、俺は受話器を置くと玄関に走った。
そして、玄関の扉を開けて竜也がエレベーターで上がって来るのを待った。
しばらくすると俺の部屋から左手にあるエレベーターが開いて竜也が姿を見せた。
「竜也!!」
俺が扉を開けた状態で顔を出していると、竜也が唖然とした表情で口を開けた。
「…お前、そんなに俺に会いたかったわけ?」
「いいから!!早く入れよ!!」
俺は裸足のまま部屋から出ると、竜也の腕を引っ張って部屋に連れ込んだ。
竜也は引っ張られてバランスを崩していたが、玄関で焦って靴を脱ぐと俺に手を引かれるままリビングのソファに座った。
俺はその向かいにテーブルに手をついて座ると、聞きたくて仕方なかった事を口に出した。
「好きな相手と距離を縮めるにはどうすればいい!?」
「は?」
竜也は俺の問いにポカンと口を開けて固まった。
それもそうだろう、来て早々お茶も出さずに自分勝手なことをしてるって分かってる。
でも、もう抱え込んでいられなかった。
不安で不安で自分が壊れそうだった。
竜也は俺の顔をしばらく見つめた後、急に吹きだして笑い出した。
「あはははっ!お前、変わんねぇなぁ!!あははっ!!なんか懐かしいもん見た!!」
変わらない?ってどういうことだ?
俺は目の前で爆笑している竜也を見つめるしかできない。
竜也はしばらく笑い続けて、やっと笑いを抑え込むと目尻に浮かんだ涙を拭って言った。
「で?今度は何やらかしたわけ?」
「やらかしたわけじゃない…と思うけど…。」
「何もやらかしてねぇのに、沼田さんが距離あけるわけねぇだろ?」
竜也はすべて見透かしているかのように言った。
俺はとりあえず紗英に見られたこと、そして自分から伝えた事を竜也に説明した。
言いながら自分はこの五年…なんて情けない生き方をしてきたんだろうかと思った。
大事にしたい相手がいる今なら分かる。
今まで生きてきた五年より、紗英や竜也たちに会ったこの一か月ぐらいの方がすごく充実した毎日だったと…。
最初こそ怖がって関係を断ち切ろうとした俺だったけど、受け入れてもらえる事がこんなに心が休まるものだと初めて知った。
人との繋がりをもう自分から断ち切ったりはしないと誓う。
竜也は俺の話を聞き終えると、鋭い目で俺を突き刺してきた。
その目に体に緊張が走る。
「お前さ…最低な奴だな。」
「へ?」
竜也が軽蔑するように言って、俺はサーっと血の気が引いていく。
最低…?…俺…そこまでひどい事をしたのか…?
竜也は鋭い視線を弱めようともせずに続けた。
「俺が沼田さんの立場だったら、もう二度とお前には触れてほしくないね。」
「え…えぇっ!?何で!?」
竜也の言葉に俺は思わずテーブルに身をのり出した。
竜也はふんと鼻で笑うと俺を指さした。
「これから付き合う彼女に対して、前は色んな女の子と遊んで色んな経験してきたけど、今は変わったから信じてくれってすり寄ってるように聞こえる。それも、彼女に過度の期待を押し付けてな。」
「期待って…そんな事…。」
俺は内心それもあったかもしれないと口を閉じて黙った。
すると竜也が俺の方に前のめりになると、顔を近づけて言った。
「ないとは言い切れねぇんだろ?」
「…う…!」
竜也の見透かした目に俺は堪らず目を逸らした。
竜也はまた鼻で笑うと、今度はふんぞり返って言った。
「お前、相当自分勝手で我が儘だよ。沼田さんの事、何も考えてねぇ。もう一生友達の距離で居続けろバーカ。」
「そっ…んな…。」
竜也の言葉に頭がガンガンすると、テーブルにのせていた腕の力が抜けて俺はテーブルに突っ伏した。
俺は紗英の事何も考えてなかったのか…?
俺の言った言葉で紗英を傷つけたのか?
紗英はどうしたら俺を許してくれるんだ?
俺は突っ伏したまま拳を握りしめると、顔を上げてから竜也を見据えた。
「…一生、この距離はイヤだ…。俺は紗英が好きなんだよ…。手も繋げないなんて…拷問だ…。」
「ははっ!拷問か!!いいじゃねぇか!今までの節操のなさを悔い改めろよ!!」
竜也は他人事のように笑い飛ばして、俺は苛立ちとちょっとした殺意が芽生えた。
「他人事だと思って!!竜也なら何か良いアドバイスくれるんじゃねぇかって思ったのに!この役立たず!!からかうなら帰れよ!!」
「人を呼びつけといて帰れとは良い身分だな。ま、この後沼田さんに呼ばれてるから帰るけどさ。」
「は…!?」
竜也は立ち上がると大きく伸びをした。
俺は紗英に呼ばれてると言った事が信じられなかった。
そ…そんな話…聞いてない…
今日は予定があるからって遊ぶのも断られた。
竜也は動揺してる俺に気づいたのかニヤっと笑って言った。
「何?お前、沼田さんから何も聞いてないわけ?」
「え…、…あ…。」
俺が言葉につまっていると、竜也が俺の肩をポンと叩いて言った。
「もう友達降格だな。たった一週間なんて早すぎるだろ~。」
「っち!違う!!そんな事ねーよ!!」
俺はただの冗談だと分かってるのに、目の奥が熱くなってきて思わず俯いて顔を隠した。
違う!…そんなことあるはずない…!!
紗英から別れようなんて聞いてない
大丈夫…隠し事が多いなんて今に始まったことじゃない…
そこまで考えて、俺は目から自然に涙が溢れてることに気づいて焦って手で拭った。
「おいおい。泣く程のことかよ?」
竜也が飽きれた様に言った声に反応して、俺は目が涙で潤んだまま竜也を見上げた。
「うるっせ!!別れてねーよ!!俺はまだ紗英の彼氏だ!冗談でもそんな事言うんじゃねーよ!!」
「まだとか自分で言ってんじゃん。別れてなくても、そういう状態に近いのは事実なんだろ?」
竜也は俺の心情お構いなしに痛い所を突いてくる。
俺はイヤな考えばかりが浮かんできて、涙が一向に止まらない。
「そんな状態でもねーよ!」
「強がるなよ。だって今日、俺や翔平が沼田さんに呼ばれてる事すら知らされてなかったんだろ?そんなのもう彼氏じゃねぇよ。」
「ちがうって言ってんだろ!!」
俺は竜也の真実に近い言葉に耐えられなくて、歯向かうように立ち上がった。
そして嫌な考えを吹き飛ばすように言った。
「紗英は毎日会いたいって言ってくれてたんだ!!一緒にいられるだけでいいって!!観覧車でキスしたことが大切な思い出だって言って笑ってた!!そんな紗英がっ…俺と別れたいなんて思うはずねぇよ!!」
声を荒げて言いきって、俺が肩で息をしていると、竜也がふっと息を吐き出す音が聞こえてきた。
それに反応して俺は竜也を見ると、竜也はさっきとは違う優しい笑顔を浮かべていた。
「自分で分かってるじゃん?なら、それを信じろよ。」
「は…?」
急に優しい言葉をかけられて意味が分からない。
さっきまで俺にケンカをふっかけてきた奴と同一人物か?
「沼田さんがお前と離れるわけねぇだろ?彼氏が彼女に遠慮してんじゃねぇよ。」
「……遠慮?」
「そうだよ。距離空けてんのは沼田さんじゃなくて、お前だよ…竜聖。」
「…俺?」
竜也の言葉に俺は自分が紗英に接するときに怖がってたことを思い返した。
嫌われるんじゃないかってそればかりで、一歩踏み込めなかったのは確かだ。
竜也は満足そうに頷くとふっと笑った。
「沼田さんに対して臆病なのも全然変わってねぇよな。お前。」
「は…?変わってない…?」
「昔の話だ。気にすんな。」
竜也は俺の頭をポンと一度叩くと、帰るのか俺に背を向けて玄関に歩いて行く。
俺は慌ててその背を追いかけると、言った。
「紗英の所に行くんだろ!?俺も行く!!」
竜也は靴を履きながら振り返ると「勝手にすれば」と言って、ニッと口の端を吊り上げた。
俺はそれがOKの意味だと分かって、ケータイと財布をポケットに突っ込むと竜也に続いて家を出た。
紗英と話さないと何も解決しない。
遠慮なんかしない。
嫌われるの覚悟で俺の気持ち全部紗英に伝える。
俺は心にそう決めて、目に残っていた涙を拭った。
竜也と竜聖のコンビは好きです。
次は翔平が絡んできます。




