2-9お盆休み
長い長い夏休み、
お盆の週に入り部活の練習もなくなった私は
今日、紗英と夏凛と会う約束をしていた。
最近できたショッピングモールを待ち合わせ場所にしていたので、
早めに行こうと思い家を出た。
モールまでの道を影を探しながら歩く。
暑いからだけど、途中で影が切れていたりするとイラッとする。
そうして歩いていると、前から吉田と板倉さんが一緒に歩いてきた。
二人の距離は目を伏せたくなるほど近い。
くっつきすぎで汗をかきそうだ。
私の視線に気づいたのか吉田がこっちを向いた。
が、何も見てないというように目をそらされてしまった。
板倉さんは話に夢中で私になんか気づいていなかった。
夏休み前、
吉田と話したときに感じた違和感。
吉田は紗英の事が好きなんじゃないか…と勝手に思っていたが…。
今通り過ぎて行った親密度MAXの二人を見ると、
ただの思い違いだったような気になる。
紗英は知っているんだろうか?
今日会ったときにさりげなく聞いてみようと思ったが、
先日の紗英の様子を思い出しやめておこうと首を振ったのだが…。
いざ実際紗英に会うと、その不安も飛び越えてきたのである。
「麻友。吉田君に伝えてくれてありがとう。話せて満足したよ。」
私が聞かなくても、紗英は会う早々そう言ってきた。
あまりにも拍子抜けした私は、話してどうなったか自然に聞けた。
「うん。話したくないって言われちゃったけど、それも仕方ないかなって。」
笑って言う紗英が、輝いて見えた。
何が紗英を強くしたのかは分からないが、以前の思いつめた紗英ではない。
私は笑う紗英につられて自然に笑顔になった。
「なんか幸せそう。紗英」
私が安心してるのを見てか、紗英は嬉しそうに頷いた。
そして私たちは夏凛を待つ間、近くのベンチに座って様々な話をした。
「そういえば紗英の高校の修学旅行って9月2日からだよね?」
「うん。」
「うちの高校の修学旅行9月3日からなんだ~。場所も一緒だし、会うかもしれないね。」
「本当?楽しみ~!あ、でも…」
何かを思い出したように、紗英の表情が険しいものに変わった。
「実は…音楽科の子達と翔君のスポーツ科の人たちで一緒に回ることになってるんだ。
抜け出せないかも…。」
紗英は残念そうにうなだれた。
ここで紗英が吉田に会っても元気だった理由が分かった。
翔君と親しげに呼ぶ、紗英の顔。
彼女が前に向かって歩き出したのは、本郷君のおかげだったんだ。
私は紗英の肩を叩いて、励ました。
「いいよ、いいよ。会ったらラッキーぐらいで。」
私がそう言うと、後ろから「いいな~。」と声が聞こえてびっくりした。
いつの間にか夏凛が後ろに立って、私たちを見下ろしていた。
「夏凛!久しぶり。」
紗英が嬉しそうに声をかけながら、私との間に夏凛を座るように勧めた。
夏凛はそこに座ると悲しそうな顔をして再度言った。
「修学旅行なんて、楽しそう…羨ましい。」
「何で?夏凛のところは修学旅行ないの?」
紗英の問いかけに夏凛は無言で頷いた。
「うち芸術系だから、コンクールの日程上日に目星がつけられないんだって。
それで昔からないみたい。そのかわり課外学習は多いけどね。」
そんな高校もあるんだと感心した。
ただ夏凛は話したあとも何だか浮かない顔でため息をついた。
私が気になり尋ねると、夏凛は私ではなく紗英に向いて口を開いた。
「紗英。恋ってこんなにしんどいものなの?」
夏凛の問いかけに私は納得した。
そりゃ恋愛経験のある紗英の方が的確なことを言ってくれるだろう。
私はまだ初恋もしていない。
紗英は質問に驚いていたが、理解すると嬉しそうに夏凛につめよった。
私も未経験だったが気になるのでそれに倣った。
「え?夏凛、恋してるの?」
夏凛は恥ずかしそうに俯くと頷いた。
私は紗英と目を合わすと、夏凛の方に腰を寄せた。
「だれだれ?どんな人?」
「…同じクラスの北嶌君。すごく絵が上手で、すごく無口なんだけど優しいんだ。」
夏凛の顔は恋する女の子の顔だった。
何度も見たことがある、紗英と同じ顔。
そのあとも紗英は夏凛を質問攻めしていたが
私は一人だけ恋というものを知らなくて、置いてけぼりになった気分だった。
***
その日は夏凛の話を聞いたあと、ブラブラとショッピングモールを回った後
解散となった。
私は家への帰り道、恋した夏凛の顔を思い出していた。
あの夏凛がなぁ~
ずっとマンガ読んでるイメージしかないので、
夏凛が想い人の前でどうなっているのか見てみたい。
機会があれば夏凛の学校をのぞきに行こうと思った。
そのとき私は階段を上っていたのだが、考え事をしていたせいで一段踏み外してバランスを崩した。
やっばい!!
後ろ向けに倒れると目を瞑ったが、誰かが背後で支えてくれ助かった。
私は後ろの人にお礼を言おうと振り返って、驚いた。
すごくがたいの良い野球のグローブとバットを背負った男の人だったからだ。
私は離れると頭を下げた。
「ありがとうございました!!助けていただいて…」
男の人は笑うと頭をかいた。
「いえいえ。後ろから見ていて危ないな~と思っていたんですよ。」
「見てた…?」
その言葉がひっかかり首を傾げた。
もしかしてあやしい人なのだろうか…?
「あ、誤解しないでね。仕事柄人を観察してしまうのがクセで。」
「お仕事ですか…?」
「うん。高校で野球のコーチしてるんだ。
いやー若い子ってのは体の使い方がなってなくてハラハラするんだよね~。」
「はぁ…」と返事をしながら、初対面なのに話しやすい人だなと思った。
その人は私をじっと見つめると、ふぅんと頷いた。
「君、何か走る競技してる?」
「え!?何でわかるんですか!!」
「筋肉のつき方が陸上とか下半身を使う競技者の体型に見えてさ。」
ばっちり当たっている。
私は驚いて思わず拍手していた。
「すごい…」
「唯一の特技かな。いやー反応が新鮮で色々話したくなっちゃうなぁ~」
私が「是非!」と答えると、その人は真面目な顔になった。
その大人の表情に私はドキッとした。
何だろう、ドキドキする。
「今度、僕を見つけられたら教えてあげようかな~。また会った時の楽しみってことで。」
その人はそう言うと名前も言わずに歩き出した。
私は反射的に追いかけて、その人の腕をつかんだ。
今までの私では考えられない行動力だった。
「名前だけでも教えてください!!」
その人は驚いた顔をすると、持っていたグローブを私に渡してきた。
私は受け取って、その人の顔を見つめる。
「それがヒント。じゃあ、またね。」
私はグローブを握りしめて、去っていくその人の後ろ姿を見つめ続けた。
胸が高鳴って、今まで感じたことのない気持ちになる。
これが恋なのかもしれない…
ただ漠然とそう思った。
夏凛ちゃん高校生編初登場でした。
次からは修学旅行編に入ります。




