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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-31我慢する


『私の家に来てくださいよ!!』


あの女の子の声が耳から離れない。


吉田君と再会したときから気づいてた。

吉田君はそういうことをしてきた人だって…

その事実を今まで見ないようにして、彼に接してきた。


だからこそ、好きだと言われた後のあの言葉は胸に突き刺さった。

昨日の幸せな時間が消えていきそうで怖い。


私はベッドに座って拳を握りしめた。

嫌な考えばかりが頭に浮かんで、私は顔をしかめた。


大丈夫。

誘いを断ってたのは吉田君の態度で分かってる。

吉田君は私を選んでくれたんだから信じなくちゃ。


自分に何度も言い聞かせる。

信じよう、大丈夫。


でも次に浮かぶのはどうしてもそういうことをしてる吉田君の姿で、私は傍にあった枕を壁に向かって投げつけた。

枕が壁に当たって落ちるときに、ラックにのっていた写真立てや翔君からもらったテディベアが一緒に落ちた。


付き合えるようになって浮かれてた。

また吉田君と一緒にいられると思って、幸せだった。


私には吉田君だけだったけど、吉田君はこの五年色んな人と付き合ってきたんだ。

それこそ私にしたみたいに…他の女の子とキスしたり…してきたんだ。

吉田君の中にいる女の子は私だけじゃない。

ただの嫉妬だけど、その事が嫌で嫌で仕方なかった。


私だけなら良かったのに…


私は自分の中の独占欲に頭が痛くなった。




***




次の日―――――


私は机の上を整理しながら、ちらちらと嫌な考えが頭を過って集中できないでいた。

来週から学校は夏休みに入る。

だから片付けしていたのだが、集中できないので全然はかどっていない。

私はプリントの山を束ねながら大きくため息をついた。


すると隣から野上君が椅子を転がして近寄ってきた。


「来週から夏休みだってのにテンション低いなぁ?」


毎度思うけど、野上君って人の変化に敏感というか落ちてるときに限って声をかけてくる気がする。

表情から面白がってるのが分かって、私は軽く返す。


「私のことはほっといてください。」

「あれ?つれないなぁ~。良い誘いがあるんだけどなぁ~?」

「良い誘い?」


私が野上君に目を向けると、彼は一枚のちらしを持って笑っていた。

コテージだろうか?ちらしには避暑に!!なんてあおり分が添えられていて、下の方には値段が書かれていてその桁の大きさに目を剥いた。


「このペンション、俺の友達が持ってるやつなんだけど、なんと七月中なら何日か貸してくれるみたいなんだ!それもタダで!!」

「え…そのお友達すごいね…。」


私は持ってるという事実に素直な感想を漏らした。

すると野上君は満足そうに頷いて言った。


「だからさ!夏休み、みんなでここに遊びに行かない?」

「…ん?…えぇ!?」


私は驚いて思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を手で押さえた。

周りの先生に目を向けてから、軽く頭を下げて謝った。

そして私は野上君に目を戻すと、小声で尋ねた。


「みんなって…いったい誰を呼ぶつもりなの?」

「え?だから、沼田さんは竜聖連れてくるでしょ?」

「え…あー…うん。」


私は昨日の事もあって気まずいなと思って、変な返事を返してしまう。

野上君はその返事に首を傾げていたが、続けた。


「他にも誘いたい奴がいたら誘ってくれても構わないし、俺はとりあえず妹と村井さんは数に入れてるからさ。」

「村井さんはもう行くって言ってるんだ?」

「うん。さっき聞いたらいいですよ~だって。だから、沼田さん達が行くなら今のとこ5人だね。もう二、三人ぐらいは人数欲しいかな~。」


二、三人と聞いて翔君たちの顔が浮かんだ。

理沙や山本君も合わせたらちょうどいいかも…

それに三人に来てもらったら、嫌な事を考えずに済みそうだ。


「二、三人だったら当てがあるよ。」

「マジ!?やった!七月中だったらいつでも良いみたいだからさ、予定聞いてみてよ!」

「分かった。」


私は喜んでいる野上君に頷くと、ケータイを取り出して三人にメールした。

『今週末に話したいことがあるから、時間作ってください。』

私はそれだけ打って送ると、ケータイを閉じてふぅと息を吐いた。





***





そしてその日は集中できなかったのもあって、いつもより帰るのが遅くなってしまい、人の少なくなった職員室を一人で後にした。

野上君は早速友達にお願いしに行くといって、早々に帰ってしまった。

村井さんも気持ちはその旅行へと向いているのか、旅行グッズを買いに行くと言って嬉しそうな顔で帰ってしまった。

あんなに嬉しそうな村井さんは初めて見た。


前から思ってたけど、村井さんって野上君が絡むとすごく女の子の顔になる。

いつも自分に厳しく能面のような顔をしているのに、信じられない。

恋ってすごいなぁ…としみじみ感じる。

この旅行で二人の距離が近くなればいいのになと他人事のように思った。


そんな考えを巡らせていると、後ろから声をかけられた。


「沼田先生!」


声に反応して振り返ると、野球部のユニフォームを身に着けて、大きなスポーツバックを背負った川島君が駆け寄ってきた。

彼は私の隣までくると、帽子をとってペコッと頭を下げた。


「試合!!応援に来てくださってありがとうございました!!」

「え?…あ、ううん。そんなお礼言わないで。私もあの試合に力をもらったから!」

「で…でも、次の試合で負けてしまって…。」


川島君が申し訳なさそうに顔を上げたのを見て、私は元気づけるようにポンと肩を叩いた。


「いいの!頑張ったんだから!!三回戦まで進めただけで充分だよ。」


私の励ましに川島君は照れ臭そうに帽子をかぶり直すと、顔を背けた。

その横顔を見て、私は校門に向かって足を進めると彼も隣をついてきた。


「川島君はもう部活引退したんだよね?」

「あ、はい。試合に負けた日に引退しました。」


川島君は少し寂しそうな顔で前を見据えている。

その顔がいつかの吉田君と重なって見えて、私は何度か瞬いた。


「じゃあ、これからは受験勉強に入るんだね?」

「はい。俺、大学でも野球続けるつもりです。だから、野球部のある大学に入ろうと思って。」


まるで翔君みたいだな…と思って、私は懐かしくなった。


「そっか。勉強頑張ってね。私、応援してるから。」

「あ…はい。頑張ります。」


川島君は力強く頷いて、帽子のつばに手をやっている。

帽子の影から覗く顔が少し赤い気がしたけど、暗がりだったのでよく見えなかった。


それから目を前に戻すと、校門の横に吉田君が立っているのが見えて思わず足を止めかけた。

へ…平常心、平常心…

私は隣の川島君にも吉田君にも変に思われないように、笑顔を作って足を進めた。

そして吉田君に近くなってきたところで、私は川島君に声をかけた。


「それじゃ、気をつけて帰ってね。」

「え?…先生。どうしたんですか?」


川島君が足を止めて訊いてきて、私は彼氏がいるからとは口に出せずに迷っていると、前から声がかかった。


「紗英!!」


吉田君が仁王立ちしてこっちを見つめている。

川島君もさすがに気づいたようで、吉田君に目を向けたあと私を不思議そうな顔で見てくる。

気づかれた以上、隠すことはできないな…と思って、私は吉田君を指さすと言った。


「その、彼なんだ。ごめんね。また明日、授業でね。」

「あ…そうなんですか。」


川島君は驚いた表情で固まってしまった。

私は生徒に私生活を知られた事が恥ずかしかったが、川島君なら誰かに言いふらす事はしないだろうと信じることにした。

川島君はしばらく動揺しているようだったけど、校門へ向かって足を進めると、一度振り返ってペコッと頭を下げてから駅に向かって歩いて行った。

私はそれを見送ってから、仁王立ちしてこっちを睨んでいる吉田君に駆け寄った。


「ごめん。来てるなんて思わなくて。」

「俺は毎日会いたいって言ったよ。」

「あ…そうだったね。」


吉田君が少し怒ってるように感じて、私はまっすぐ吉田君が見れなかった。

昨日の事は忘れていつものように接しようと、鼻から息を吸いこんだ。


「来てくれて嬉しいよ。帰ろっか。」


私が笑顔でそう言うと、吉田君は複雑そうな顔をしたけど私に倣って駅に足を向けてくれた。

並んで歩いているけど、なんとなく以前より距離を空けてしまう自分がいる。

私は黙ったままの吉田君をちらちらと横目で見ながら、バレないように細く息を吐いた。


気まずい…


「紗英。昨日はごめんな。」

「え?」


吉田君が急に謝ってきて、私は思わず吉田君を見上げた。

吉田君はムスッとしかめっ面のまま言った。


「あいつ…店の小関なんだけど、いっつもしつこくてさ。俺がそうさせたのかもしれないけど、ちゃんと前までの関係にはケリをつけたから。」


前までの関係…?

私はケリをつけたという事よりも、そっちの方が気になってしまった。


「正直に言うと…、俺さ今まで平気で色んな女の子と付き合ってた。紗英にも一回話したような気がするけど…。その…由梨のこととかさ…。」


私は海の傍で会った由梨さんの顔を思い出した。

そのときずっと胸にひっかかっていたわだかまりが胸に広がるのを感じた。


「あいつらとは…もう本当に関係を切ったから。今は紗英だけだから、信じてくれるよな?」


私は吉田君の懇願してくる顔を見て、信じることしかできないと感じた。

本当かどうかなんて、確かめる気も起きないし、今は目の前の吉田君を信じるしかない。

前の関係っていうのは気になるけど…今更それを言っても仕方ない。

私は胸の奥に言いたい気持ちを押し隠すと、頷いた。


「うん。信じてるよ。」


吉田君はそれを聞いて安心したのか、ほっと表情を崩した。

吉田君の綻んだ笑顔を見て、これで良かったと自分に言い聞かせる。


そして顔を前に戻したとき、私の手に吉田君が触れてきて思わず手を引っ込めてしまった。

気づかなかったフリをして前を見ながら、心臓はドキドキと大きく鳴り響いていた。


今は…触られたくない…


私は信じると言ったものの、心が逆の反応を示していて複雑だった。

吉田君と手が触れないように距離を空けてしまう。


こんな態度とりたくないのに、胸の奥が苦しくて自分に制御できなくなっていた。




前の女の子の事っていうのが気になる紗英です。

もうしばしこのわだかまりとお付き合いください。

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