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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-30自分が自分じゃない


楽しい一日はあっという間に過ぎるものだ。

俺は夕日に染まった空を見上げて、今日は早かったな…と思った。


俺と紗英は最初の紗英の希望である観覧車の列に並んでいた。


紗英はニコニコと微笑みながら順番が来るのを数えているようだった。

雰囲気から早く乗りたいという期待が見える。

俺はそんな紗英を見て、今日何度目になるか分からない衝動を抑え込んだ。


俺はお化け屋敷で繋いだ手の感触を思い出して、顔をしかめた。

あのまま手を繋いでいれば良かった。

手を離してしまった今、手を繋ぐタイミングが分からない。

今まで平気で女の子に触れてきたのに、紗英を目の前にすると壊してしまいそうで簡単に触れられない。

初めて失いたくないと思った女の子だから、嫌がられない方法を頭でいくつも考える。

でも、それを実行できなくて情けない自分に嫌気が差した。


紗英はというと平気で俺に触ってくるので、触られる度に体が強張る。

昼に腕を掴んできたときは驚いた。

紗英の手が俺の肌に触れただけで、血が逆流するようだった。

俺は平静を装うのに必死で離された手を引き寄せる事もできなかった。

我ながら惜しい事をしたと思う。

そのあとは紗英の『毎日会える』という言葉が嬉しくて、俺の本音と紗英の望みを叶えたくて毎日会いに行くなんて言ってしまった。

その言葉の奥にはいけない感情もあって、俺は紗英に伝わらないように内心ドキドキしていたのだけど、紗英は毎日会いたいと返してくれた。


そこから、俺は自分の気持ちが一回りも二回りも大きくなるのを感じた。


紗英がほしい。

独り占めするにはどうすればいい?

俺は紗英の隣を歩きながらそんな事ばかり考えてしまった。


俺は相当独占欲が強くて、我が儘な人間だ。


だから二人っきりの観覧車の中で自分を保てるか自信がない。

俺は紗英との関係を壊さないためにも、自分の心にしっかりと鍵をかけて戒めた。



そして俺が悶々と考えている間に順番が回ってきて、俺は紗英と向かい合わせで座った。

紗英は「やっぱり声がこもるね~」なんて言いながら呑気に笑っている。

俺はそんな紗英を見て、少し意地悪したくなってきた。


「紗英。今、二人っきりだな?」

「へ…?うん。そうだね。」

「………。」


俺がどういうつもりでこの言葉を言ったか知らずに、紗英は目をパチクリさせて首を傾げている。

そんな純粋で鈍感な姿に俺は罪悪感が胸を掠めて、攻めの手を引っ込めた。

ダメだ…嫌われたくない…

自分がこんなに臆病だっただろうかと思うほどに、気持ちのボルテージが下がっていく。


「わ!!見て!夕焼け綺麗だよ!!」


俺が少し落ちていると、紗英がはしゃいで声を上げた。

俺はちらっと横目で外を見ると、オレンジ色の空に雲が浮かんでいて綺麗だった。

夕日が眩しくて目を細めていると、紗英が窓にはりついたままで言った。


「あのね…ここ、私…の思い出の場所なんだ。」

「え…?」


紗英から初めて聞く思い出という言葉に驚いた。

紗英は今まで過去の話を一度もしなかった。

それだけに初めての事に胸がドクンと跳ねた。


「また、ここに来れて良かった。今日はありがとう。」


紗英は窓から顔を離すと、俺に顔を向けて笑った。

俺はその笑顔が少し寂しそうに見えて、気になって尋ねた。


「紗英。それってどんな思い出なんだ?」


紗英は笑顔を消すと、俺から目を逸らして俯いた。

その顔に見覚えがあって、俺は胸が苦しくなった。

また…何か隠してる…

俺はまた自分が自己嫌悪に陥りそうで、顔をしかめた。


すると、紗英が俺に視線を戻すと真剣な面持ちで言った。


「…じゃあ…話すから、目瞑って?」

「え…?何で…?」

「いいから!顔見られると話しにくいの!!」

「わ…わかったよ。」


珍しく話してくれるようだったので、俺は紗英の要望通り目を閉じた。

腕を組んで壁にもたれかかると、紗英の言葉を待つ。

すると紗英から「しっかり瞑ってる?」と聞かれたので「閉じてるよ。」と答えて眉間に皺を寄せた。

疑り深いなぁ…と少し不機嫌になったとき、柔らかい感触が俺の口に触れて、驚いて目を開けた。

目の前に紗英の顔があってキスされてると気づくと、思いっきり鼻から息を吸いこんだ。

それに気づいた紗英が慌てて俺から離れると、窓に手をついて真っ赤な顔で俯いた。


な…な…何が起きた…!?


俺はまさかの出来事に心臓がバクバクしていて、紗英を見つめる事にしかできない。

すると紗英が小さな声で言った。


「…これが…私の大切な思い出…だから…。」


紗英の言葉の意味を理解するのに時間がかかる。


俺とキスするのが…大切な思い出…?

それもここで?

俺は意味が分からなくて考え込むと、竜也から聞いた事を思い出した。


そうだ…俺たち…高校のとき付き合ってたんだから…

そのときのことだよな…?


俺は紗英の言葉を思い返して、そうだと確信を持った。

そう理解すると、紗英のしたことがすごく可愛く見えて鍵をかけたはずの心が揺れ動いた。

俺は腰を上げて紗英に近づくと、しゃがんで今も俯いて顔を隠している紗英に言った。


「紗英。…話してくれて嬉しいよ。」

「え…?」


紗英は真っ赤な顔のままで俺を見た。

俺はまっすぐに紗英を見て、彼女に分かるように告げた。


「俺、竜也から聞いて…昔、紗英と付き合ってたって事…知ってるんだ。」

「…うそ…。…何で…。」


紗英は驚いて目を見開いた。

その瞳が震えていて動揺しているのが分かる。


「紗英が俺のために内緒にしてたのは分かってる。でもさ、俺は昔もこうして紗英といたって知れて嬉しかった。だから、今のキスの思い出も…すごく嬉しい。」


紗英は俺の言葉に少し落ち着いたのか、照れ臭そうに口を引き結んだ。

俺はそんな紗英見て、自分の欲を出した。


「でも…思い出だけじゃ足りない。…紗英。もう一回しよ?」

「へっ…!?」


俺は窓に手をついて紗英に詰め寄ると、ゆっくり紗英に顔を近づけた。

紗英は息を飲み込んで身を縮めている。


「…ダメだったら…言って?」


紗英は俺の最終確認に何度も瞬くと、少し目を潤ませて首を振った。


「ダメ…じゃないよ。」


その言葉に俺の心の鍵が完全に外れた。

最初は優しく壊れ物のように紗英の唇に触れると、紗英が肩に力を入れるのが分かって少し遠慮して離した。

そのときに薄く目を開けると、紗英も同じように目を開けていて、しばらく見つめ合った。

すると紗英がまたゆっくり目を閉じるのが見えたので、今度は少し強く口づけた。

やばい…すっげぇ幸せだ…

俺は紗英の鼻にかかった喘ぎ声を聞いて、気持ちが昂りかけたが何とか理性で堪えた。

これ以上は紗英に嫌われるかも…

そう思って後ろ髪引かれる気持ちを抑えて紗英から離れる。


紗英は真っ赤な顔で俺を見つめていたが、しばらくすると恥ずかしくなったのか手で顔を隠してしまった。


「ご…ごめん。なんか…恥ずかしい…。」


紗英は顔を見せないように俯くとボソッと言った。

その言葉に俺まで照れ臭くなってくる。

気まずくなって、俺は頭をガシガシと掻くと自分が手に汗を握ってることに気づいた。

こんな緊張するとか…初めてだ…

自分が自分じゃないみたいで複雑だった。

俺は手の汗をズボンで拭うと、大きく息を吐き出してなるべく明るく言った。


「もっと、いっぱい色んな思い出作ろーな!」


紗英は隠していた目を手の隙間から覗かせると、俺と目が合った事に慌てて逸らしてしまった。

でも、その後に「うん。」と嬉しそうな声が返ってきてひとまず安心した。


そして俺は小さくなって照れている紗英を見て、心がムズムズしていたが、今は見ているだけで我慢しようと紗英から離れて向かいに腰を落ち着けた。






***





その日は観覧車に乗った後、紗英を送り届けてから家に帰った。

セキュリティの万全な家に帰って来ると、靴を脱いで真っ先にベッドに倒れ込んだ。

そして大きく息を吐き出すと声を出した。


「…俺は…誰だ…。」


この言葉は今日の自分を思い出しての言葉だった。

好きな女の子を前にして臆病なまでに攻めあぐねている自分が信じられない。

初めて人と付き合うわけでもないのに、キス一つであそこまで緊張するなんてバカみたいだ。

自分から手も繋げないし、この純情ぶりは何なんだろう…?


今までこんな気持ちになったことはない。

だからどうすればいいのかも分からない。

何かしようとするたびに嫌われるんじゃないかという不安が先に立って、怖くなる。


俺は体の向きを変えて天井を見上げると、今日の紗英の顔を思い出してにやけた。

紗英は今日一日で本当に色んな顔を見せてくれた。

そのことが俺との距離を縮めてくれたようで素直に嬉しい。


でも別れ際、臆病な俺は紗英ともっと一緒にいたいって事を伝えられなかった。

それだけが心残りで、自分のヘタレ具合にイラついて顔をしかめた。





***






そして次の日―――――


俺は仕事をしながら終業時刻になるのを今か今かと、時計と睨めっこしながら待っていた。

在庫確認のファイルを片手に店内の時計を見上げては、残り時間を数える。


あと30分――――


俺は気持ちがだんだんソワソワとしてきて、在庫確認しながら無駄にウロウロする。

そのとき俺の傍に小関が近寄ってきて、おもむろに俺の腕を掴んだ。


「桐谷さん。今日どうですか?」


俺は小関の期待した目を見下ろして、こういう関係に決着をつけようと持っていたファイルを閉じた。

そして小関から腕を振り払うと言った。


「悪いけど。もう、そういうのはいいんだ。」

「え…?桐谷さん。急にどうしたんですか?」

「急ってわけでもないよ。大事にしたい奴ができてさ。悪いな。他の奴あたってくれよ。」


俺は顔の前で軽く手を合わせて謝ると、小関から離れようと足を裏に向けた。

すると小関が慌てて俺の服を掴んで引き留めてきた。


「待ってくださいよ!大事な奴って本当ですか?桐谷さん、本気で恋してるんですか?」


小関のストレートな問いに、俺は少し心臓が跳ねた。

紗英の顔がちらついて平常心でいられなくなる。

恋愛一つでこんな状態になるなんて、我ながら情けない。

俺は真剣な眼差しで見つめてくる小関を見つめ返すと、はっきりと口に出した。


「うん。まぁ…小関の言葉の通りだよ。だからさ、悪いな。」

「そんな…似合いませんよ!!」


小関は俺の服をギュッと握りしめて身を寄せてくる。

俺は少し仰け反って離れると、尋ねた。


「似合わないって…何でだよ?」

「だって、遊んでるのが桐谷さんじゃないですか!!本気で恋とか似合いませんよ!!」

「遊んでるのが俺って…ひでー言い様だな。でもさ、本気なんだから仕方ねぇだろ?」

「それが変なんですよ!!早く前の姿に戻って、私の家に来てくださいよ!!」


小関は服を掴んだまま揺さぶってきて、俺はいい加減うんざりしてきた。

軽く付き合える関係だったはずなのに、これはどういう状況だ?

拘束されるなんて自分の性分に合わない。


俺がバッサリと小関を切ろうと口を開きかけたとき、ふと人の視線を感じて俺はそっちに目を向けた。

するとそこには紗英がポカンとした表情で立ち尽くしていた。

俺は紗英の姿を見た瞬間、背筋が凍り付いた。


「さ…紗英…。」


俺はなんとか声を出して、紗英を見つめたまま固まった。

紗英は俺の声にビクッと反応すると、少し俯いて口を開いた。


「あ…と…その。毎日…会いたいって…言ってくれたから…迎えに来たんだけど…。タイミング悪かったみたいだね…。……邪魔するつもりじゃなくて…その…。…今日は帰るね。」


紗英は言い訳のように並べ立てると、踵を返して背を向けて歩いていってしまう。

俺は小関を押しのけると、紗英に向かって手を伸ばした。


「さ、紗英!!待ってくれよ!」


俺は紗英の手を掴んで引き留めた。

掴んだ紗英の手が震えているのが分かって、俺は次の言葉が出てこない。

紗英は少し振り返ると口元に笑顔を浮かべて言った。


「今日は顔が見られただけでいいよ。また、明日ね。」


紗英の手がするりと俺の手から抜け出して、紗英は早足で出口をくぐっていってしまった。

俺はその背を見つめたまま心臓がドクドクと気持ちの悪い音を立てているのを聞いていた。

…これ…何か誤解させたんじゃ…

俺は回らない頭でそれだけポツンと浮かんだ。


「桐谷さん。あの子が例の本気の相手ですか?なんか、帰っちゃいましたけど、上手くいってないんですか?」


小関の能天気な声にカッと頭に血が上った。


「うっせーよ!!もう俺に声かけんな!」


俺はそれだけ小関に吐き捨てると、紗英の後を追いかけるべく走った。

店を出て左右を見回して紗英の姿を探すが、後ろ姿がもう見えないのでどっちに行ったか分からない。

帰るなら駅だろと結論付けて、駅に向かってまっすぐ走る。

帰宅ラッシュの時間なので駅に近づくにつれて人が多くなる。

そんな混みあいの中、紗英の姿を探すが一向に見つからない。


とうとう駅まで着いてしまって、俺は改札の前で頭を抱え込んでへたりこんだ。


「…くそっ…。」


俺は悪態をつきながら自分の不甲斐なさに吐き気がした。


昨日近づいた紗英との距離が大きく離れるようで、俺は言い様のない不安が胸いっぱいに広がっていった。







デート編終了です。

次は紗英の嫉妬心に焦点を当てます。

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