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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-28俺の気持ち


俺は高校時代、紗英と付き合っていたと知った。

覚えていないだけに実感は湧かなかったが、俺の体が心がそうだと告げていた。

嬉しかった。

紗英を近くに感じる事ができた。

記憶がない事をこんなに歯痒く思ったのは初めてだった。

何で覚えてないんだ。

俺は自分を責めた。

でも、紗英はそんな事を飛び越えて俺と友達になってくれた。

それがすごく心苦しかった。


俺は紗英に会えば会うほど惹かれていく事が怖かった。

隣で笑ってくれるだけで、嬉しくて幸せで…


でも――――


それと同時に嫌な気持ちが顔を出した。


何で俺だけじゃないんだ―――――と


紗英が翔平や竜也に気を許しているのを見るたびに、胸が痛くなってイライラした。

紗英が笑いかけるのは俺だけでいい。

なのに、どうして紗英は俺だけを見てくれないんだろう。

『好き』だと言ってくれたのに、なんで…?


俺は紗英を見るたび不安になる。


紗英はいつか俺の目の前からいなくなるんじゃないだろうか…と

その日を考えるだけで、目の前が真っ暗になって足がすくむ。


どうすればいい?

どうすれば、紗英は俺の傍にずっといてくれるんだ…?


結論の出ない疑問に眩暈がしそうだ。

俺は自分だけがフワフワと定まらないのが嫌で嫌で、紗英に向き合う前に自分に決着をつけなければ…とある場所に足を運んだ。




***




「君が予約以外の日に来るなんて珍しいね。」


目の前で倉橋先生が優しく微笑んだ。

俺は5年前からお世話になっている倉橋先生の元を訪れていた。

診察室で椅子に座って向かい合いながら、俺は切り出した。


「はい。あの、少し聞きたいことがあって…。」

「うん?私に分かる事かな?」


俺は倉橋先生のメガネの奥の瞳を見つめて訊いた。


「記憶を…取り戻すにはどうすればいいですか?」


倉橋先生は俺の言葉に驚いたのか、みるみる目を見開いた。

顔から笑顔が消える。

その様子を見て、俺は膝の上にのせていた拳を握りしめた。


「俺…記憶を取り戻したいんです…。」

「竜聖君。」


倉橋先生は俺をまっすぐに見据えると、真剣な口ぶりで言った。


「5年前にも言ったが、取り戻そうと焦るのが一番いけない事だ。焦れば精神的にもストレスになるからね。」

「でも…!!何か…何かできる事があるなら!」

「うん。気持ちはよく分かる。私も君が初めて取り戻したいと言ってくれて、正直に嬉しい。でも、今まで戻らなかった記憶を戻す方法なんてものは、私にも分からないんだよ。」

「そんな…。」


俺は先生の言葉に愕然とした。

戻す方法がない…

以前までだったらそれでも全然構わなかった。

でも今は、そう言われただけで自分の運命を呪いたくなってくる。


「竜聖君。急に記憶を戻したいなんて言い出した理由は何なんだい?」


倉橋先生はまた優しい雰囲気に戻っていて、俺を落ち着けるかのように言った。

俺は少し迷ったけど、一度紹介もしていたので話すことにした。


「…以前、ここで会った…紗英なんですけど…。」

「あぁ。あの女の子だね。」

「はい。…俺、高校のときに付き合ってたみたいで…。そのことをどうしても思い出したくて…。」

「なるほど…。」


倉橋先生は嬉しそうに微笑むと、俺の肩をポンと叩いた。


「竜聖君。なら方法は一つだよ。」

「え…?」


「彼女と一緒にいればいい。」


俺は倉橋先生の言葉に驚いた。

一緒にいればいい…?

それだけ…?


倉橋先生は俺の肩を強く掴むと、訴えるように口を開いた。


「彼女は君の失った記憶の関係者だろう?なら、一緒にいる事で思い出すきっかけをくれる可能性がある。何気ない一言だったり、行動だったり。そこから君の奥底に隠れてしまった記憶を呼び起こしてくれるかもしれない。だから、私は一緒にいるだけでいいと思う。」


それを聞いて、俺は以前河原で見た、見たことのない景色の事を思い出した。

紗英の鼻歌を聞いただけで、頭に浮かんだものだ。

今までにないものだったから何か分からなかったけど、もしかしたらあれが昔の記憶だったのかもしれないと思った。


倉橋先生は俺を勇気づけるように肩をポンポンと叩いてから手を離した。


「大丈夫だ。いつか戻る日がくる。私はそう信じている。だから、焦らずに今を楽しみなさい。」


俺は先生の力強い言葉を胸に刻み込むと頷いた。


今は無理でも、いつかきっと…

俺は倉橋先生の言葉に勇気をもらった。


記憶がなくても、紗英に感じる気持ちは本物だと信じる。

だからこそ、紗英の手を離さないために勇気を出そうと心に決めた。





***





日曜日――――――



俺は紗英と二人で近くの遊園地に足を運んでいた。

紗英は俺の少し前を歩きながらはしゃいでいる。

今もジェットコースターを指さして、こっちに振り返った。


「ねぇ!アレ!!楽しそうだね!乗りに行こうよ!!」

「うん。いいよ。」


俺が笑って返事をすると、紗英は本当に嬉しそうに笑った。

俺は彼女のこの笑顔が好きだ。

嫌な考えとか悩みとか全部吹き飛ばしてくれる。

ただ、ここにいるだけでいいと思わせてくれる。


だからこの笑顔を失くさないように、大事に…本当に大事にしたいと思う。


俺たちがジェットコースターの列に並ぶと、紗英がパンフレットを取り出して悩みだした。


「う~ん…。次はどこに行こうかな…。」


俺は紗英の持っているパンフレットを覗き込むと、一通り目を通してから指さした。


「観覧車は?」

「え?」


紗英が驚いた表情で俺を見上げて、俺はその反応に一瞬戸惑った。

観覧車はダメだったのだろうか…?

紗英はハッと我に返ると、俺から目を逸らして笑った。


「観覧車は最後がいいな。夕方ぐらいに乗りたい。」

「…そっか。」


紗英は何かを思い返しているのか、笑顔に影があるような気がした。

こういうとき、自分に記憶がないことが歯痒くなる。

紗英の思い返している事が何なのか分からない。

彼女は過去の事を一切口にしないので、余計に不安になる。


俺の何気ない一言で傷つけてはいないだろうか…と


紗英は話を変えようと、「ゴーカートもいいよね!」と言って明るく振る舞っている。

その姿が健気で胸が痛い。

無理ばかりさせているような気がして、自己嫌悪に陥る。


本当に俺は紗英の傍にいてもいいのか…?


何度も思ってきた疑問がまた浮き上がる。


でも俺は紗英の隣にいたい。

ニコニコしている紗英を見下ろして、俺は自分の中の複雑な気持ちにきつく目を閉じた。




ジェットコースターを乗り終えて、次のアトラクションを何にするか決めているときに、ふと目の前にあるアトラクションに目が止まった。


「お化け屋敷。」


俺は今日は気温も高いので、涼しそうだなと思って口に出したのだが、紗英が目の前で動きを止めた。

明らかに動揺している姿に向かって、俺は訊いた。


「紗英…?お化け屋敷…怖い?」

「へっ…!?…いや…その…怖いっていうか…。怖くないっていうか…。だ…大丈夫…かな?」


焦って言い訳を並べ立てる姿が可愛くて、俺は笑みが漏れそうだった。

そんな紗英を苛めたくなって、つい彼女の『怖い』という本音を見ないふりすることにした。


「じゃあ、行ってみよう。きっと中涼しいだろうし。」

「へっ!?…あ、うん。」


紗英は声を裏返らすと真剣な目で頷いた。

何で本当の事を言わないんだろうか…?

怖いって一言言えば、入るのやめるのにな…

俺はギュッと手を握りしめてまっすぐお化け屋敷を見つめる紗英を見て、そう思った。

そして俺たちはお化け屋敷に足を踏み入れた。


俺が前を歩いて、紗英は少し後ろをゆっくりついてくる。

俺もちょっとしたビビりでもあるので、このいかにも出るぞという雰囲気にドキドキしてきた。

紗英は前に進むのでさえ躊躇っているのか、俺が入り口からどんどん進んでいる間にかなり間が空いてしまって俺は振り返って立ち止まった。


「紗英。怖い?」

「へっ!?…だ、大丈夫、大丈夫。」


紗英は少し離れたところから笑顔をを作って答えた。

大丈夫って顔には到底見えない。

俺はふーっと息を吐くと、手を差し出した。


「手、つないでたら安心だろ?」


紗英は驚いたように俺の手を見つめていたが、嬉しそうに微笑むと俺の手をとった。


「ありがとう。」


その手の柔らかさに俺はさっきとは違う意味でドキッとした。

俺とは違う華奢な手が俺の心を揺り動かす。

俺は紗英から目を逸らして前を向くと、気持ちを落ち着けようと足を進めた。

そして進むにつれて色んな仕掛けやお化けが飛び出し、俺は紗英が過剰に反応するため余計にビビっていた。

繋いだ手から紗英が震えているのが伝わってくる。

そんな弱々しい姿に守ってあげたくなって、つい手が出そうになるのを堪える。


そしてお化け屋敷も終盤にさしかかったとき、耳に爆音が聞こえてきて照明がバッと落ちて真っ暗になった。


「あれ?」


俺は暗い視界の中で何かを見ようとするが、何も見えない。

後ろにいるはずの紗英の姿でさえ確認できない。

唯一繋いだ手だけで紗英の存在が分かる。

俺は絶対に離さないように手に力をこめる。

すると、急に「ひっ!!」と息を飲み込んだ悲鳴が聞こえてくると、後ろから抱きつかれてバランスを崩した。危うく前に倒れそうになるのを堪える。

そして抱き付いてきたのが紗英だと分かって、俺が後ろに目を向けるとそこには仄かにライトに照らされた長い黒髪の女性が立っていた。

それを見た瞬間、背筋が冷えて体中に鳥肌が立った。

俺はその女性から離れたくて前に向かって足を進めた。

アトラクションの一部だと頭では分かっていても、ゾクッとする恐怖から逃げたくて早足で歩く。

そしてやっと外の明るさが見えて、脱出するとほっと胸を撫で下ろした。

紗英は相当怖かったのか俺の背から離れようとしない。


「紗英。外に出たよ。もう大丈夫だって。」


俺は安心させようと声をかけたのだが、紗英は腕に力を入れたまま離そうとしない。

そんなに怖かったかな…?

俺は回されている腕に触れると、トントンと叩いた。

すると鼻をすする音が聞こえてきて、まさか泣いてるのかと思って首だけで振り返った。


けれど紗英は俺の背に顔をくっつけていて表情が分からない。


どうするかな…


俺は辺りを見回して、空いているベンチを見つけると、とりあえずそこに座って落ち着こうと思い、足を進めた。

くっついたままでも紗英は足を進めてくれて、とりあえずホッとする。

そしてベンチまで来ると、紗英に声をかけた。


「紗英。とりあえず座ろう。落ち着くまで隣にいるからさ。」


紗英は俺の言葉に反応すると、俺の背から離れて今度は俺の腕を抱え込んで顔を隠してしまった。

俺はそんな紗英を見て、とりあえず腰を下ろすと紗英も隣に腰を落ち着けた。


何なんだろう…?


紗英は一向に口を開かないし、顔を隠してしまっているので表情も分からない。

俺は落ち着けば自分から話してくれるかな…と思い、紗英から目を離すと前を見据えた。


日曜日の遊園地は家族連れやカップルばかりだ。

みんな幸せそうな顔で大事な人と一緒に歩いている。

俺は横目で紗英を見ると、自分もそうかと思って心が弾んだ。


何も話さなくてもこうして隣に紗英がいるだけで、幸せな気持ちになる。

嫌なことや悩んでいたことがバカらしくなってきて、勝手に顔が緩む。


これもみんな紗英のおかげだ。


俺は少し前の自分を思い返して、今とは比べ物にならないな…と笑みが漏れた。


紗英を『好き』になって良かった。

そう思うと、急に彼女にそれを伝えたくなってきて、おもむろに口を開いた。


「紗英。俺、紗英が好きだよ。」


俺の告白に紗英が驚いて顔を上げるのが分かった。

俺が紗英の顔に目を向けると、紗英は俺の腕を掴んだまま目を見開いていた。

目に涙は浮かんでなかった。

少し開いた口が何かを言おうと動いているが、声は出ていない。


俺はそんな素直な反応がくすぐったくて、自然と笑みを浮かべた。


「前…言ってくれただろ?俺の事が好きだって。…あのとき、本当に嬉しかったんだ。紗英の言葉が胸に響いた。」


俺はあの日の紗英を思い出しながら、あのとき感じた気持ちを伝えた。


「…でも、紗英のためには俺と一緒にいない方がいいって…あのときは思った…。俺なんかと一緒にいても…紗英を幸せにはできないって…最初に会った俺を知ってたら…分かるだろ?」


紗英に同意を求めてみたけど、紗英はまっすぐ俺を見つめたまま動かなかった。

俺はそんな紗英を横目で見ると、ふっと息を吐いた。


「でもさ…紗英に隣にいたい、隣で笑ってたいって言われて…俺もそうだって思ったんだ。これってさ…好きになっていい?って聞いたけど、もう好きだったって事だよな?」


紗英はここで少し反応を見せた。

紗英が口を引き結んで、泣くのを堪えているのか瞳が震えていた。

俺はそんな紗英の頬に手を触れると、笑顔を作って言った。


「俺は…紗英とずっと一緒にいたい。大好きなんだ。紗英の事が。」


俺の言葉が通じたのか、紗英はみるみる目に涙を溜めると口を開いた。


「…私もだよ。…私、いっつも…竜聖のこと…考えてる…。これって大好きってことでしょ…?」


俺は紗英の言葉が素直に嬉しかった。

目に涙を溜めて笑う紗英を見て、俺は紗英の頬を撫でると答えた。


「俺も紗英のことばっか考えてる…。じゃあ…、これから…ずっと一緒にいてくれるか?」


俺の問いに紗英は声を出して笑うと、「もちろん。」と答えてくれた。


その姿が幸せそうで、俺はこの笑顔を失いたくないと思った。

紗英をこの顔にし続けられる間は、紗英から離れない…


俺は紗英の顔を見つめて、心にそう誓った。







デート編スタートです。

お化け屋敷の話…多くてすみません。三度目の登場です。

書きながら、他になかったかと悩みましたが、入れる事にしました。

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