4-24音楽室にて
山本君から告白されて、私は本当に嬉しかった。
吉田君に再会する前だったら、喜んで付き合ってたと思う。
でも今は…
私は全て分かっている上で気持ちを伝えてくれた山本君に感謝の気持ちでいっぱいだった。
彼がいたから前に進むことができた。
吉田君の事を受け入れることができたのも、本音を出させてくれた彼がいたからだ。
私はいつか彼が私の助けを必要とするときがきたなら、何を置いても助けに行こうと心に決めた。
それだけ山本君は私にとって大事な…大事な友達だから。
私は一度グッ目を閉じると、息を吐いて立ち上がった。
すると、隣に座っていた野上君が顔を上げた。
「あれ?どっか行くの?」
「うん。ちょっと気分転換に、音楽室でピアノ弾いてくる。」
「へぇ。なら、俺も付き合おうかな。」
「へ!?」
よいしょっと掛け声をかけながら立ち上がった野上君を見つめて、私は驚いて固まった。
付き合うって何で!?
私は今授業中の村井さんの事を思って、少し複雑だった。
「ちょっと待ってよ。何でついてくるの?」
「え?だって、ピアノ弾くんでしょ?聴きたいからだけど?」
「…あ…そうなんだ。」
私は野上君が何を考えているのか分からなくて、一応その言葉を信じることにした。
首を傾げながら、職員室を出ると野上君が後ろから話しかけてきた。
「ねぇ、何の曲弾くの?」
私は階段を上りながら、とりあえず曲名を口にした。
「トロイメライだけど。聞いて分かるの?」
「うんにゃ。分からねぇ。でも、妹がピアノ習ってたから、聴けば分かるかも。」
「そうなんだ。」
野上君から時々出てくる妹の話に、彼が妹さんを大事にしていることが分かった。
「沼田さんは兄弟いる?」
「うん。兄が一人。」
「兄貴なんだ!意外だなぁ~!てっきり妹がいると思ってた。」
「そうかな?私、泣き虫で弱虫らしいから、典型的な妹だと思ってたけど。」
お兄ちゃんによく泣き虫だと言われていた事を思い出した。
それと同時にお兄ちゃんに吉田君の居場所を聞いて以降、何も連絡していない事に気づいた。
あんなに心配かけたのに、すっかり忘れてた。
私は今日帰りにお兄ちゃんの家に寄って行こうと思った。
「泣き虫で弱虫ね。確かに納得だな。」
「失礼じゃない?私、野上君の前ではそんな姿見せてないと思うんだけど。」
「泣いてはないけど、しょっちゅう落ち込んでるじゃん?」
この言葉に言い返すことができない。
野上君には見られているだけに誤魔化すこともできないのが悔しかった。
「私の事はいいの!野上君こそ、人にばっかり首突っ込まないで、自分こそプライベート充実させた方がいいんじゃないの?」
「はははっ!!自分が上手くいってるからって、よく言うじゃん!俺はさ、流れに身を任せるのが性に合ってるんだよねぇ~。」
確かにそうだと思った。
野上君が恋愛にがっついたりしていたら、印象が変わりそうだ。
のらりくらり今までも生きてきたんだろう。
そんな雰囲気が流れていて、違う意味で大丈夫かと心配になる。
「それに俺が首突っ込むのは沼田さんだからだよ。」
「はぁ?」
口説き文句かと思って、思わず振り返ると、野上君はいつもと変わらない笑顔を見せていた。
「沼田さんってうちの妹にすごく似てるんだよねぇ?」
「妹!?」
さっきまで私には妹がいそうとか言っておいて、意味が分からない。
「野上君って…シスコン?」
「っぶ!!シスコンって!!あはははっ!!」
急に大声で笑いだして、私は思わず彼の口を手で塞いだ。
今は授業中なのに何を考えてるんだ。
小声で「静かにして!」と伝えると、音楽室に向かって足を速めた。
後ろから野上君が足音を立てないようについてくる。
私は急いで音楽室を開けると、急いで中に入って野上君を促して扉を閉めた。
そしてピアノに楽譜を置きながら、野上君に注意した。
「もう、冷汗かいたよ!!また茂下先生に見つかったらどうしてくれるの。もう。」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。だってシスコンだなんて、初めて言われたからさ。もしかしてお兄さんがそうとか?」
「うちのお兄ちゃんが?まさか!?」
私は厳つい顔のお兄ちゃんを思い出して首を振った。
長い間、離れて暮らしているし、シスコンになる要素はどこにも見当たらなかった。
昔は仲が良かった気がするけど、お兄ちゃんが中学三年ぐらいのときから私とは遊んでくれなくなったし。
今でこそ話はするけど、少し距離はあると思う。
「でもさ、沼田さんが大事に育てられたんだろうなってのは見てたら分かるよ。スレてないっていうかさ、素直で真面目なんて、今時珍しいよ。村井さんと違って雰囲気も柔らかいしさ。」
急に褒められて照れ臭くなってくる。
それと一緒に村井さんと違ってという言葉がひっかかって、少し罪悪感が胸をかすめた。
「…なんか、ありがとう。」
「いいえ~。」
野上君は何も気にしていないのか、いつも通りヘラヘラと笑っている。
私は村井さんの事が気になって、少し聞いてみることにした。
「あのさ、野上君って村井さんの事、どう思ってるの?」
「何それ?どうって…同僚でしょ?それ以上もそれ以下もなし。」
「そ…そういう事じゃなくて…。」
そんな答えが聞きたいわけじゃなかったので、私はどう質問しようか迷った。
「えっと…私の事は妹みたいって言ってたじゃない?だから、村井さんはどういう感じなのかな~なんて!」
私が期待の眼差しで見つめると、野上君は腕を組んで考え込んだ。
「どう…かなぁ…?妹ではねーし…。どっちかってーと、姉御!みたいな?」
「姉御?…それって…褒めてる?」
元気に言い切った野上君に私は少し不安だった。
これは好意なのか…?
「褒めてるでしょ!頼りがいあるって意味で、姉御って感じ?まぁ、妹タイプの沼田さんと違って、萌えるタイプではないけどね。」
「萌える?って…それも褒めてるの?」
「あははっ!萌え~って知らない?沼田さん自覚ないみたいだから言っておくけど、相当愛されキャラだから。」
愛されキャラ?
初めて言われた言葉に私は理解できなかった。
それよりも村井さんだ。
「村井さんは愛されキャラじゃないの?」
「村井さんはそういう意味では違うかなぁ?S、Mで行ったらSキャラって感じ?癒し系の愛されキャラとは正反対。だから、沼田さんとペアで見てて面白いしね。」
私は村井さんとSが結びつかなかった。
男の人っていうのは、こういう変な見方をするものだろうか?
私はこれ以上聞いても良い情報は仕入れられそうにもなかったので、諦めてピアノを弾くことにした。
譜面台に楽譜を置いて、ピアノの蓋をあけた。
そして楽譜に一度目を走らせたあと、最初の一音を鳴らした。
譜面通りに指を動かす。
1フレーズ終わった所で野上君が「この曲知ってる。」と言う声が聞こえた。
私は弾きながら耳を澄ませて、高校のときにこの曲を弾いていた事を思い出した。
課題に行き詰ったときに癒されたくてよく弾いていた。
ここが高校の音楽室なだけに、鮮明にそのときのことを思い出せる。
懐かしいな…
私は高校のときのことをこうして思い出せるようになって、本当に嬉しかった。
これも吉田君と会う事ができて、翔君や山本君たちとも上手くいっているおかげだと思った。
このままずっと一緒にいられますように…
私はその思いをのせて最後まで弾ききった。
すると野上君から拍手が打ち鳴らされて、私は笑顔で会釈した。
「すっげー!さすが、音楽科担当!!なぁ、リクエスト言ったら、それ弾けたりすんの!?」
「う~ん…。知ってる曲だったら。」
「やった!じゃあさ!!」
野上君は今流行っている曲やCMで流れている曲をリクエストしてきて、私はすげーと言われるのが気持ち良かったのでチャイムが鳴るまで、野上君のリクエストに付き合った。
そして野上君は「次授業だ!!」と慌てて職員室に帰っていったので、私は後片付けをしてピアノの蓋を閉めていると、音楽室の入り口に誰かが走ってやって来た。
私が入り口に目を向けると、三年の川島君が息を切らせて立っていた。
授業はないはずなのにな…と思って、私は蓋を閉めてから声をかけた。
「どうしたの?何か用?」
川島君は一歩音楽室に入って来ると、真剣な顔で言った。
「この間の球技大会のとき。拍手してくださって、ありがとうございました!」
急に頭を下げられて、私は驚いてその姿を見つめた。
球技大会って…あの、ホームランのときのことかな…?
私は場の雰囲気に流されてしただけの事にお礼を言われて、気まずかった。
「そんな事に頭下げなくてもいいよ。すごかったから拍手しただけだし。川島君、野球得意なんだね?」
川島君は顔を上げると私の目をまっすぐに見つめて頷いた。
「はい。一応野球部なんで。」
「あ、そうなんだ。私の知り合いにもずーっと野球やってた人がいるよ。プロにはなれてないけど、一応甲子園までは行ったんだ。川島君も甲子園出場が目標?」
川島君は少し顔をしかめた後、首を横に振った。
「俺は甲子園優勝が目標です。」
「すごいね!優勝か!!見てみたいな。」
「本当ですか!?」
急に川島君が声のトーンを上げて、私はビクッと肩を縮めた。
キラキラ光る川島君の目を見て、私はその目が懐かしくて笑ってしまった。
「うん。頑張って。」
私がそう言うと、川島君は私の方に近づいてきてまっすぐに私を見つめた。
「あの!じゃあ、試合。応援に来てくれますか!?」
「応援?いいけど…いつあるのかな?」
「今度の日曜です!!」
日曜日と聞いて、私は吉田君と約束していた事を思い出した。
どうしようか…と考えて、期待した目の川島君を見て今更断れないな…と思った。
仕方なく吉田君に事情を説明して変更してもらう事にした。
「いいよ。試合はどこであるの?」
「○○球場です!午後一時からが予選の二回戦なんです。」
「分かった。応援に行くから、勝ってね!」
私が胸の前でガッツポーズすると、川島君は嬉しそうに笑った。
そんなまっすぐな彼を見て、私たちにもこんな頃があったなぁと懐かしくなった。
紗英の学校生活での話に視点を合わせてみました。
今まで中学メンツが出張っていたので、出ない回は新鮮でした。




