4-22もう友達だ
俺は視線を左方向に向けている竜聖に気づいて、キャッチボールを中断した。
竜聖の視線の先には紗英が竜也と抱き合っていた。
俺には雰囲気から竜也が告白したんだと分かった。
でも、あの様子はきっと上手くいってないはずだ…
俺は身を引く覚悟を決めた竜也を見ただけに、そう思った。
そしてグローブの中でボールを握り直すと、紗英たちを見たまま動かない竜聖に近寄った。
「気になる?」
俺が尋ねると、竜聖は明らかに戸惑って視線を背けた。
「別に。」
「別にって面かよ?紗英のこと好きなんだろ?」
これには竜聖は顔をしかめると俯いた。
その横顔が辛そうで、俺は首を傾げた。
竜聖…何を考えてるんだ…?
竜聖は一度しっかりと目を瞑った後、紗英に視線を戻して言った。
「好き…になりたい。俺に…その資格があるなら…だけど。」
「資格?何言ってんの?お前。」
俺は意味が分からなくて、思った事を口に出した。
竜聖が驚いて俺に顔を向けた。
「好きに資格なんかいらねぇよ。誰かにとられたら嫌だとか、傍にいたいって思ってるのが、もう好きってことだし、資格云々なんてどうでもいいんだよ。体で感じるままに動けよ。」
俺は紗英や浜口を好きになって得た感情をそのまま伝えた。
竜聖はふっと顔を緩ませると、喉を鳴らして笑った。
「…ハハッ…!…おっまえ…すっげぇ、ストレートなんだな?」
「うっせ!俺はいつでも直球勝負なんだよ。だから、俺のストレートばっちりキャッチしろよ!」
俺はそう言うと竜聖から距離を空けて、思いっきり振りかぶった。
中・高・大と10年間部活で培った勢いのある球がスパンッと良い音を立てて、竜聖のグローブに収まった。
竜聖は驚いた顔でグローブを見ると、俺を指さした。
「おまえ!すっげー球投げんだな!!野球やってたのか!?」
「あぁ。10年のキャリアなめんなよ~!!」
「くっそ!経験者かよ。負けてられねぇな!!」
竜聖はそう悔しそうに言うと、ピッチャー独特のフォームになった。
俺はその姿が中学のときにダブった。
中学時代、竜聖はピッチャーだった。
竜也がキャッチャーで俺はファースト。
俺は竜聖の投げ方を何度も見てきた。
それが今、目の前にあって俺は思わずしゃがんでグローブを構えた。
竜聖が思いっきり振りかぶった球が、まっすぐ俺のグローブに飛んできた。
パンっと弾けた音が鳴って、俺はグローブに収まったボールを見つめた。
「っしゃ!!」
竜聖は思い通りだったのか、ガッツポーズしている。
その何気ない仕草も中学と一緒で、俺は懐かしい気持ちになった。
キャッチボールを始めてから、竜聖は昔の姿に戻ってきている。
竜聖自身は感じていないかもしれないけど、俺には分かる。
俺は「ナイスボール!!」と竜聖に言うと、竜聖は嬉しそうにニカッと笑った。
竜聖が笑ってる。
ただそれだけなのに、俺は嬉しくてにやける顔を我慢しようと口を引き結んだ。
「俺も混ぜてくれるか?」
竜也がいつの間にか俺と竜聖と等間隔の位置にいて、少し潤んだ目で俺たちを見ていた。
俺は少し離れたところにいる紗英をちらっと見ると、「いいよ。」と言って笑った。
竜聖は複雑そうな顔を浮かべていたが、俺は構わずに竜也にボールを投げた。
すると竜也がそれを受け取って、竜聖に投げるときに声を張り上げた。
「竜聖!!これでも、俺たちと友達でいたくねぇかよ!?」
その言葉に竜聖は動揺してボールを取り落した。
竜聖はそれを拾うと手に持ったボールを見つめて、何か考え込んでいる。
俺も竜也も心の中で期待して、返答を待った。
でも竜聖はボールを見つめたまま、何も言葉を発しようとしない。
すると痺れを切らした竜也が竜聖に向かっていく、俺はそれを見て慌てて竜聖に駆け寄った。
竜聖はボールをギュッと握りしめると、小さな声で何か言った。
「…………んだ…。」
「竜聖、はっきり言えよ!もう、何言われたって泣いたりしねぇから!!」
竜也が何もかも吹っ切れた顔でそう言った。
俺は朝に見た竜也と違って、竜也がやっと前に進みだしたのが分かって嬉しくなった。
竜聖は辛そうに歪めた顔を上げると、声を張り上げた。
「俺は、友達になんかなれる奴じゃねぇんだ!!」
「あぁ!?」
竜也がケンカ腰に竜聖に詰め寄った。
竜聖は顔を歪めたまま少し俯いた。
「…俺は…。友達になったところで…何も…覚えてねぇし…。何も…返せねぇ…。人を…傷つけるばっかりだ…。」
苦しそうに吐き出した言葉に、俺は竜聖が俺たちを拒絶した真実が見えた。
人一倍、人の事を考えてきて、出した答えがこれだったんだ。
人と深く関わらない。
そうしなければ、自分を保てなかったのだろう。
人の事を考え過ぎて、自分を一番傷つけてきたんだと分かった。
「お前、バカか!」
竜也が拳骨で竜聖を殴って言った。
竜聖は叩かれた箇所を手で押さえると、竜也を見てぽかんとしている。
「何でもごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ。俺はお前とこうやって笑ってたら楽しかったけど、お前は違ったのかよ?」
「…いや…、楽しかったけど…?」
「じゃあ、それでいいじゃねぇかよ。楽しいから一緒にいる。それが友達ってもんだろ?」
竜也の簡単な言葉に竜聖の瞳が震えるのが見えた。
俺はもうひと押しだと思って、竜也をフォローするように口を開いた。
「もう友達だよ。竜聖。」
竜聖は顔をしかめると、手で顔を隠して「そうだな。」と呟いた。
俺はそれを聞いて目に涙が滲んで、隠すように竜聖の背を叩いた。
竜也も「おっせーよ!!」と言って頭を叩いている。
すると竜聖が「いってーよ!」と俺たちを叩いた。
そこから笑い声が広がって、いつの間にか俺たちの中にわだかまりはなくなっていた。
そのとき俺の耳に鼻歌が聞こえてきて、俺は聞こえる方向に顔を向けた。
そこには紗英が目を瞑って鼻歌を歌っていた。
聞き覚えのあるメロディーに、俺は紗英が中学のときに練習していた曲だと思い出した。
体育祭のときにマーチングで演奏していた曲だ。
俺たち三人が初めて紗英を話題にあげたきっかけでもあった。
俺は懐かしくて紗英を見る目を細めた。
竜也も空を見上げて目を閉じている。
紗英の鼻歌が風にのって落ち着いた空気が流れた。
「…この曲…知ってる。」
横でボソッと竜聖の声が聞こえて、俺は竜聖を見た。
竜聖は紗英をじっと見つめて瞳を震わせていた。
知ってる…?ってどういうことだ…?
俺が言葉の意味を尋ねようと口を開きかけたとき、紗英の鼻歌が止まった。
「私からの応援歌だよ。三人が笑ってて、すごく嬉しい!」
紗英が嬉しそうに笑って言った。
竜也は紗英と同じ顔で笑うと「俺も!」と言って、俺たちの方を向いて肩を組んできた。
そして俺と竜聖を引き寄せると、「夢みたいだ。」と顔を歪ませて笑った。
俺は竜也の目尻が少し光っているのが見えて、今はこの瞬間がきたことに素直に喜ぶことにした。
「だな!!」
俺が二人の背中をパンと叩くと、竜聖が顔をしかめて頷いた。
「二人とも、ありがとう。」
竜聖が俺たちと肩を組むと、頭を近づけてきて嬉しそうに言った。
なんとか仲直りしました~。
ここからの竜聖の変化にご注目ください。




