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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
139/218

4-21教えてくれてありがとう


『あなたたちにその傷を癒すことはできますか?』


竜聖の店の店長にこう言われたとき、言葉が出なかった。

店長から部屋を追い出された俺たちは、しばらく呆然とそこに立ち尽くしていたけど、翔平がおもむろに口を開いた。


「…俺、あいつの事…本当に理解しようとしてたかな…。」


あいつの事を考えて行動してきた翔平ですら、自分のしてきた事に迷いが生じていた。

俺は自分のことばかりだったので、この言葉は胸に突き刺さった。


俺にこの五年があったように、竜聖にも俺の知らないあいつの五年があった。

その間、あいつが何にも悩まずに過ごしてきたわけなんてあるはずがない。

俺は店長の言葉にそれを気づかされた。


「翔平…。お前、家にグローブあるか?」

「え…?グローブ?」


俺はあいつとの絆を元に戻すにはこれしかないと思った。

俺が竜聖のためにできること、沼田さんの助けになること。

そして…俺の気持ちに決着をつける方法だ。


「今日、仕事終わったらここにグローブ持って集合だ。」

「え?竜也。何する気だよ?」


俺は困惑顔の翔平を見て告げた。


「俺たちが出会った頃に戻ろう。」


「も…戻るって…。」


俺は翔平を置いて歩き出した。

そして、ケータイを取り出すと沼田さんにメールした。


『仕事が終わったら、竜聖の店に集合。』と―――――




***




俺はこっちにグローブは持ってきてなかったので、仕事終わりに竜聖の店に入るとグローブを二つ持ってレジに向かった。

レジには翔平が連れてきた小関さんという店員がいて、俺は軽く会釈した。

彼女はちらと俺を見てから、口を開いた。


「桐谷さんのこと、どうなったんですか?」

「特に何も。」

「そうですか。」


彼女は詳しく聞く気もないようで、値段を告げるとグローブを袋に詰めた。

俺は細かい札がなかったので、万札を受け皿に置いた。

彼女は俺に袋を差し出したあと、精算しておつりを俺に手渡した。

俺はそれを受け取りながら、彼女にお願いをした。


「竜聖。呼んでくれないかな。」


彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、「少々お待ちください。」と接客スタイルに戻ると奥に引っ込んだ。

そのとき後ろの自動ドアが開いて、翔平と沼田さんが揃ってやって来た。


「竜也、来たけど。何なんだよ?これ?」

「山本君。私、何も持ってないけどいいの?」


二人は揃って不思議そうな顔で俺を見てくる。

俺は「いいから。」と返すと、また前に向き直って竜聖を待った。

すると後ろから声がかかった。


「でも…あのね…。私、吉田君の事で…二人に話さなきゃいけないことが…。」


後ろから沼田さんが焦って何かを話そうとしていると、店員が戻って来て、その後ろから竜聖が現れて一瞬動きを止めた。

竜聖の視線は俺から沼田さんに映ったのが見えて、翔平が言っていた事を肌で感じた。

竜聖の目が以前と違う。

俺はそれだけで勇気が出た。


「竜聖。ちょっと付き合え。」

「は!?」


竜聖は俺を見つめて口をポカンと開けた。

俺は買ったばかりのグローブを取り出すと、竜聖の胸に押し当てた。


「キャッチボールしようぜ。」

「はぁ!?」「えっ!?」「何!?」


竜聖だけでなく、背後から翔平や沼田さんの驚く声が聞こえてきた。

俺は固まったままの竜聖を見て、あいつの腕を掴んで引っ張った。

そして翔平や沼田さんの横をすり抜けて、自動ドアに向かって歩いた。


「お…おいっ!!」


俺は竜聖の戸惑ってる声にも構わず、足を止めずにキャッチボールができそうな河川敷に向かう。


「ちょっ!待てって!!いったい何なんだよ!!」


さすがに竜聖は大人しくついてきてくれるようではないようで、俺の腕を振り払って止まった。

俺は振り返るとまっすぐに竜聖を見て言った。


「俺は、お前と友達でいたい。」

「は!?…お前、俺の言った事覚えてねぇのかよ!!」

「覚えてるよ。でも、諦めきれねぇから、今だけ付き合ってくれよ。頼む。」


俺は竜聖に頭を下げた。

俺たちは中一のとき、野球部に入部したことで出会った。

一緒にキャッチボールして笑いあった。

その時間が今でも鮮明に思い出せる。

だからこそ、もう一度キャッチボールしてあいつが何も感じねぇようなら、潔く諦めるつもりだった。

その覚悟をこめて頭を下げ続ける。


「ねぇ、キャッチボールしようよ。」


沼田さんの落ち着いた声が聞こえて、俺は顔を上げた。

沼田さんは竜聖の横に立つと、竜聖に笑いかけていた。

竜聖はそれを見下ろして複雑そうな顔をしている。

その二人の雰囲気に見覚えがあって、俺は希望の光を見ているような気になった。

懐かしい…

そう感じた。


「……わ…分かったよ。」


竜聖は少し顔を歪ませると、俺をまっすぐ見た。

その目が以前と違い温かみを持っていて、俺は胸がグッとつまった。

あいつだ…

高校のときに…見た、あいつが目の前にいる。

俺はそれだけで涙が出そうになって、思わず背を向けた。


竜聖の態度が丸くなっているのは、きっと沼田さんのおかげなのだろう…

俺が腕っぷしを強くしてもできなかった事を、彼女は二度もやってのけてしまった。

俺はそれが悔しい反面、すごく嬉しくもあった。



そして俺たちは近くの河川敷に来ると、それぞれグローブをつけた。

俺は買ったばかりのグローブを竜聖に渡して、自分も同じデザインのものをつけた。

翔平は家から持ってきたのであろう使い古されたグローブをつけている。

沼田さんは俺たちから少し離れたところに腰を下ろして、こっちを見ている。


俺たちは三角形に距離をとると、俺は竜聖を見つめて手の中のボールを握りしめた。

この球に自分の気持ちが少しでものって竜聖に届くように念じる。

そして思いっきり竜聖に向かって振りかぶった。


俺はかなりのブランクがあったが、球はまっすぐ竜聖のグローブに収まった。

パンと気持ちの良い音が響く。

球を受け取った竜聖は複雑な表情を浮かべて、「ナイスボール!」と俺に向かって言った。

それだけの事に中学の竜聖と重なって見えて、俺は胸が熱くなった。

竜聖は俺のそんな心情にお構いなしで、翔平に球を投げている。

竜聖の投げた球は大きく翔平を外れて草むらに飛んで行った。

「ちゃんと投げろ!アホ!!」と翔平が怒鳴ってボールを取りに行く。

それを見て、初めて竜聖から笑みが漏れた。

「悪い!」と言いながら口を開けて笑っている。


その姿に俺は我慢していた涙が流れた。


「山本君!!」


俺の様子に気づいた沼田さんが真っ先に駆け寄ってきてくれた。

俺はその場にへたりこむとグローブで顔を隠した。


こんなことで泣くなんて…カッコわりぃ…


俺が沼田さんに「大丈夫だから。」と伝えると、彼女は何を思ったのか俺からグローブを抜き取って言った。


「私がやるよ!キャッチボール!」

「へ…?」


彼女はトンと俺の背中を叩くと、グローブを手につけて翔平たちの所に走っていった。

「私も混ぜて!」という沼田さんに翔平と竜聖が戸惑った顔を浮かべているのが見える。

俺は顔を手で押さえたまま視線だけ三人に投げかけて見た。


翔平が優しく沼田さんに向かってボールを投げたが、彼女は見事にボールを落としていた。

その姿を見て二人は大口を開けて笑っている。

沼田さんは一人で「おかしいなー?」と言いながら首を傾げているが、何度もボールを取り逃していて見ているこっちまで笑いがこみ上げてきた。

見兼ねた竜聖が紗英の隣に移動して、何やら助言している。

彼女はそれを真剣に聞くと構え方を変えた。

そして次に翔平が投げたとき、沼田さんはやっと取ることができて手を上げて喜んでいる。

竜聖も嬉しそうに沼田さんとグローブを合わせて喜んでいる。


その姿が幸せそうで、俺は自分の気持ちに決着をつけようと目を瞑った。



すると砂を踏み鳴らす音が近くで聞こえて、目を開けると沼田さんが笑顔で戻ってきた。

よほど必死だったのか息を荒げていた。


「あははっ!キャッチボールって難しいねぇ。」


彼女はそう言うと、しゃがんでグローブを俺に手渡してきた。

俺はそれを受け取ると、沼田さんをまっすぐに見つめて告げた。


「沼田さん。」

「うん?」

「俺、沼田さんが好きだよ。」


俺の告白に沼田さんが目を見開いた。

そして顔を赤らめると、俺から目を外して焦ったように声を発した。


「…え…っ?…好きって…。」

「そのままだよ。付き合ってほしいって意味の好きだ。」

「ご…ごめん!!」


彼女はおそるおそる顔を上げると、顔をしかめてそう言った。

俺は予想通りの答えに微笑んだ。


「わ…私…。吉田君が…竜聖が…好きで…。その…山本君の事も好きなんだけど…。それは…その違うっていうか…何ていったらいいのかな…。」

「知ってるよ。竜聖と…上手くいってんだろ?」


彼女は俺の言葉に安心したのか、瞳を震わせると目を瞑って頷いた。

俺はほんの少し期待していた気持ちが消えていくのを感じた。

俺は自分の顔から笑顔が消えそうで、彼女に顔を見られたくなくて彼女を抱きしめた。


「沼田さん。あいつと…もう離れないでいてくれ…。俺、ずっと憧れだったんだ。…一度離れてしまっても、運命の糸で繋がっているように付き合いだした二人に…。だから、今度も…見せてほしい…。」

「…うん…。うん。」


彼女が泣いているのか耳元で鼻をすする音が聞こえた。

俺は彼女を抱きしめる手に力を入れると言った。


「…俺、沼田さんを好きになって…良かった。初めての気持ちを…教えてくれて…ありがとう。」


俺は目の奥が熱くなって、グッと目を閉じて耐える。


「私も…山本君の事好きだったよ…。吉田君を待ってた時間が苦痛じゃなくなったのは…山本君のおかげだった…。本当に…ありがとう。」


俺は彼女の言葉を聞いて、自然に涙が流れた。


俺と沼田さんが積み上げてきた時間は無駄じゃなかった。

少なくとも彼女の支えになることができていた。

それが嬉しいのと、竜聖の存在に敵わなかった自分が悔しかった。


幸せになってほしい…

今度こそ…

俺の憧れた二人だからこそ…壊れない関係を見せてほしい…


俺は彼女の肩に顔を埋めて、そう願った。




竜也の気持ちに決着がつきました。

まだ続きます。

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