4-20心の傷
俺は竜聖の同僚である小関さんと話してから、自分にできる道を見つけた。
それを竜也にも協力してもらおうと、俺は竜也の会社にやって来た。
受付で竜也の名前を出して呼び出ししてもらい、待っている間小関さんに聞いた話を頭の中でまとめる。
竜聖は記憶を失ってから、誰にも本心を打ち明けていないようだった。
それはどうしてか…
竜聖に聞く以外にも方法があるはず。
俺がふーっと息を吐いて手を組んでいると、エレベーターから竜也が姿を見せた。
竜也は急ぐ様子もなく俺にゆっくり近づいてくる。
その竜也の姿を目で追っている女性社員がちらほらといる事に気づいて、俺は顔をしかめた。
竜也も竜聖並にモテるよなぁ…
中学の姿からは考えられねぇよ。
そんな嫉妬を思いながらも、俺は手を上げて竜也に合図した。
竜也は手を上げてから俺の前に座った。
「よ。翔平。何の用だよ?」
俺は竜也に身を乗り出すと、本題を言いだした。
「俺さ、竜聖の友達になる以外の方法を見つけたんだ。」
「はぁ?もう友達になるのは断念したわけ?」
飽きれた様に俺を見る竜也を見て、俺は言い返した。
「ちっげーよ!!紗英の頑張りを目にして、考えを改めたんだ!!」
「沼田さんの頑張り?」
竜也は興味をひかれたのか、少し前のめりになった。
俺はあの日見た紗英と竜聖の様子を伝えた。
「紗英は本当に自分の気持ちを押し隠して、竜聖と友達になってたんだ。竜聖も俺たちと会った時とは違って、すごく紗英に気を許してるみたいだった。そこに、俺が割り込んでいったら、二人の関係が崩れるかもしれねぇだろ!!だから、戦略的撤退をしたわけだよ。」
「ふぅん…。」
竜也の少し寂しげな顔を見て、俺はしまったと思った。
紗英の事が好きなこいつに、竜聖と上手くいっている事を報告してどうすんだ!!
傷口抉ったか…?
俺は黙ったままの竜也を見て、様子を伺った。
竜也は腕を組んだまま、目線だけ俺に向けると言った。
「それで?友達は諦めて、何する気だよ?」
「あぁ…。それはだな。その竜聖の店に行ったとき、小関さんって店員と話をしたんだ。そのときに気づいた事なんだが、竜聖の周囲から竜聖の情報を集めて行こうと思ってな。」
「周囲から?ってどういう事だよ?」
不思議そうに首を傾げている竜也に、俺は自分に見つけた道を説明する。
「竜聖のこと、知ってる奴って多いと思うんだ。あんなに目立つ奴だしな。だから、この五年…どうしていたのかを人づてに聞きに行こうかと思ってさ。」
「……要は、竜聖を調べるってことか?」
「あぁ。それを竜也にも手伝ってほしい。」
俺の頼みに竜也の雰囲気が変わるのが分かった。
見るからに俺を睨んで怒っている。
俺はビビる気持ちを抑えて、真っ向から竜也を睨み返す。
「それ、本気で言ってるわけ?」
「本気も本気だよ。竜也だって、あいつのこの五年。気になってるんだろ?」
俺の言葉に竜也の表情が少し和らいだ。
竜也は少し目を細めると、はぁとため息をついた。
「…気になってないと言えば嘘だけど…、調べるのは気がのらねぇ…。」
「何で!!俺は小関さんって店員から話を聞いただけで、知れて良かったと思ったよ!だから、この道を見つけたんだ!!竜也だって――――。」
「だから!!お前それ調べて知って、どうするわけ?あいつの事情が分かったからって、この5年飛び越えて、あいつとまた元通りになれるとでも思ってんの!?」
「そ…それは…。」
竜也の言う通りだと思った。
でも、元に戻れるかは置いておいて…知りたいという気持ちの方が勝った。
あいつに何があったのか…知らなければ、あいつを受け入れる心構えもできない気がした。
「でも、知りたいんだよ。俺たち…友達じゃねぇかよ。」
俺の『友達』という言葉に、竜也は明らかに傷ついた顔をした。
顔をみるみる歪めると拳を作って、膝を叩いた。
「それは、こっちの一方通行だろうがよ!!」
「今はな!!今はだよ、竜也。」
俺は竜也にもこの気持ちを分かってほしくて告げた。
「知れば…、俺たちにも何か分かるはずなんだ。あいつの…辛さとか…苦しさとか…。竜也だって、竜聖に向かって言ってたじゃねぇか。俺たちに分けてくれって。そのきっかけを探しに…行こう。竜也。」
竜也は苦しそうに顔をしかめると、手で顔を覆って俯いた。
俺はドキドキしながら竜也の返答を待った。
竜也にも分かるはずだ…分かるはずなんだ。この気持ち…
竜聖の一番近くにいたんだから…きっと…
俺は祈る気持ちで竜也を見つめる。
「なんで…お前…そんなにまっすぐなんだよ…。」
竜也は掠れた声で言葉を絞り出したようだった。
「沼田さんも…お前も…、何であいつの事ばっかり考えられるわけ…?」
竜也の震えている肩を見て、俺は自分の思っていた事が違う事に気づいた。
竜也は俺と同じように竜聖のことを考えていると思っていた。
でも、今目の前にいる竜也は…
「俺は…自分のことばっかりだよ…。あいつの事、親友だと…思ってたんだ…。そいつから…覚えてないなんて…言われて…何で…平気でいられるんだよ…。」
この言葉にハッキリ分かった。
竜也は俺以上に竜聖に拒絶されて傷ついていたこと…
その現実から目が背けられなくて、ずっと悩んでいる事…
中、高と一緒に青春時代を過ごした仲だからこそ、俺には分からない部分があったのかもしれない
俺は軽はずみに竜也を頼り過ぎていたと反省した。
「竜也…ごめん…。」
俺が謝ると竜也は顔を覆っていた手を取った。
竜也の目が少し潤んでいるのが見える。
「…謝るなよ。俺が…どんどん情けなくなる…。」
「な…情けなくなんかねぇよ!!」
「情けねぇよ!!」
竜也は声を荒げると、自分の手のひらを見つめて顔をしかめた。
俺は竜也の表情が辛そうで、目が離せなかった。
「お前が前、沼田さんの変化に気づいたとき…、俺は自分の事ばっか考えてたんだよ。彼女の事が好きなはずなのに…。自分ばっかで…彼女の事なんか…気にも留めてなかった…。…こんな、俺…彼女を好きでいる資格ねぇ…。」
「竜也…。」
俺は竜也の苦しみや辛さを何も分かっていなかったことに胸が痛かった。
俺はどう励ませばいいのかも分からない自分が腹立たしい。
竜也は見ていた手のひらを握りしめると、ぐっと顔をしかめてからまっすぐに俺を見た。
「…お前は…竜聖に何があったか知れれば…満足なんだよな?」
「…んぁ…?…あぁ。そうだけど…、竜也…俺、もう一人で――――」
「やるよ。」
俺の言葉を遮るように竜也が突っこんできた。
俺は竜也の鋭い視線を見つめ返すと、口を自然と開けた。
「俺が沼田さんの力になれるのは…これぐらいだろうし。…やるよ。」
竜也は寂しげに目を細めた。
それを見て、俺はぐっと胸がつまった。
そして嫌な予感が頭を過った。
もしかして…竜也…紗英から身を引こうとしてる…?
俺は竜也の様子が変わったのを見て、そう思った。
「調べるって言ったからには、何か知ってそうな人の情報は持ってるんだろうな?」
竜也はいつもの調子に戻ると、俺に尋ねてきた。
俺はあまりにもいつも通りで、一瞬反応に戸惑った。
「あ…あぁ。その話をした小関さんの話を聞いて、竜聖の職場の店長さんだったら知ってるんじゃないかと思ってさ…。だから、まずは店長さんに…。」
「そうか。なら、善は急げだな。俺、今から外回りだって言って出れるようにしてくるよ。」
竜也は立ち上がると、俺を見下ろしてそう言った。
「あぁ…。分かった。じゃあ、待ってるよ。」
竜也の背を見送りながら、俺は竜也の中の変化に複雑だった。
竜也は紗英のことを好きでいる資格はないと言った。
それは竜也の苦し紛れの本心な気がする。
でも、好きだという気持ちはそんなにすぐ消えるものじゃない。
それだけに、竜也は竜聖と紗英の板挟みになって苦しんでいるかもしれない。
きっとあいつは俺以上に竜聖の事を考えてきたから…
紗英の気持ち、自分の気持ち…色んな感情がごちゃ混ぜになっているのだろう
俺は竜也も紗英も上手くいく方法がないのか…考えを巡らしたが、そんなに都合の良い考えは浮かばなくて、自分の不甲斐なさに嫌気が差した。
***
そして俺たちは外回りと銘打って、竜聖の働く店の前に来ていた。
俺は店の前に来て気づいたが、どうやって店長に会うか考えてなかった。
当然、店の中には竜聖がいる。
ホイホイ入っていって見つかるわけにはいかない。
俺はどうしようか店の前で立ち往生した。
「おい。入らないのか?」
竜也が飽きれた様に言った。
俺は考えを巡らせていたので、竜也を一睨みしただけでウロウロとする。
「ここでじっとしてても仕方ねぇだろ。誰か店員に呼び出してもらおうぜ。」
「わーっ!!待て、待て!!」
店に入って行こうとする竜也を焦って引き留める。
俺が冷汗をかいたとき、店内に小関さんを発見した。
俺は竜也に入り口にいるように指示すると、こっそり店内に入り小関さんに手招きした。
小関さんは俺に気づいて、顔をしかめると駆け寄ってきてくれた。
俺はそれを見て店の外に避難する。
「ふぅ。」
「おい、何やって来たんだよ。」
「待ってれば分かるよ。」
俺はムスッとしている竜也に軽く返すと、店の外に出てきてくれた小関さんに手を振った。
小関さんは不満そうな顔でこっちに歩いてくる。
「また、あなたですか?今度は何なんですか?」
「悪いね。今日は頼みがあって来たんだ。」
俺は彼女に手を合わせると、頭を下げた。
「俺たちを店長さんに会わせてくれないかな?その、竜聖には見つからないように。」
彼女は俺と竜也を交互に見ると、腕を組んで言った。
「何で店長に会いたいんですか?」
「それは…竜聖に関わる事を聞きたくて…さ。頼む!どうか会わせてくれ!!」
横で竜也が黙って頭を下げた。
俺もそれに倣ってもう一度頭を下げる。
すると、彼女のため息が聞こえた。
「分かりました。こっちついて来てください。」
彼女の言葉に俺と竜也は揃って顔を上げると、彼女について行った。
彼女は裏口から以前来たことのある搬入口に入った。
そして傍にある扉をノックすると「失礼します。」と中に入って行く。
俺たちは彼女の後に続いて室内に入った。
そこは事務室か何かのようで、ファイルや書類が棚に一面並んでいて、4つあるデスクにはパソコンがのっていた。
その一つに座っていたのがどうやら店長らしい。
室内にはその禿げ頭にメガネの店長の一人だけだった。
「店長。お客さんです。何か聞きたいことがあるらしくて。」
「…お客さん?」
店長さんは座っていた椅子をギシッと言わせると、黒縁メガネを上に持ち上げた。
そしてジロジロと俺と竜也を見た後、営業スマイルを浮かべた。
「どうも、いらっしゃいませ。聞きたいこととは何でしょうか?」
店長さんが俺たちに愛想よく話しかけたとき、小関さんは気をきかせて退室していった。
俺は心の中で感謝すると、店長さんに聞きたいことを切り出した。
「あの!俺たち、桐谷竜聖の…古い友人なんですけど…。」
「…ほお。桐谷君の?」
店長さんは竜聖の知り合いが珍しいのか、目を丸くさせた。
「あの…桐谷竜聖に会った時の事、教えていただけませんか?俺たち…あいつに聞こうとしたら…、その…断られてしまって…。」
「もしかして、君たちは桐谷君がこっちに来る前のご友人ですか?」
店長さんは事情をすべて知っているような口ぶりでそう言った。
俺は柔和な店長さんの顔を見つめて大きく頷いた。
「はい!!中学、高校の友人です!!」
店長さんは目をゆっくりと伏せると「そうですか…。」と言って黙ってしまった。
腕を組んで何か考えているようだった。
俺は隣の竜也と目を合わせると首を傾げた。
何を…そんなに迷ってるんだ…?
すると店長さんは顔を上げると、まっすぐ俺を見つめた。
「君たちは桐谷君の事情をどこまで知っているんですか?」
「あいつが記憶喪失だってことぐらいです。」
「事故で失ったと、人づてに聞きました。その後大学を半年行った後、留学してしまったと…。」
教えてくれそうな店長さんの雰囲気に黙っていた竜也も説明した。
俺は竜聖の事情がやっと分かると、期待をこめて店長さんを見つめた。
店長さんは何度か頷くと、口を開いた。
「…それじゃあ、君たちは桐谷君がなぜ話したがらないのか…知らないわけですね。」
「え…?」
店長さんはそう言うと、立ち上がって俺たちの前まで来ると、俺たちを見上げて告げた。
「なら、私から話すことは何もありません。お引き取りください。」
「へ!?」
「え…!?ちょっと!!待ってください!!」
俺たちに背を向けてしまった店長さんに竜也が詰め寄った。
「俺たち…何も知らないんです!!知らないから…知りたいんです!!どうか、知っているなら教えて下さい!!竜聖に何があったのか…。どうしてこの五年…見つけることができなかったのか!!」
竜也の訴えに店長さんは振り返ると、まっすぐ俺たちを見つめた
「人の心の傷…というものがあるのは分かりますね?」
「…え…?傷…?」
店長さんは胸に手を当てるとトントンと叩いた。
「誰にだって、触れられたくない傷はある。あなた達にその傷を癒すことはできますか?」
「癒す…?」
「それができないのなら、私から話すことはできません。桐谷君が拒んでいるのなら…尚更です。」
店長さんはそう言うと、俺たちの腕を掴んで部屋の外へ引っ張った。
俺も竜也も問いかけにハッキリと返すことができずに、されるがまま外へ出る。
店長さんは厳しい目を俺たちに向けると「癒す自信があるのなら、また来なさい。」と言って扉を閉めてしまった。
俺は心の傷と聞いて、何をどうすればいいのか分からなくて、ただ呆然と立ち尽くした。
翔平と竜也が竜聖との仲直りに向かっていきます。
次に続きます。




