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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-19好きになってもいい?



「…本気で、好きになってもいい?」


私が吉田君の温もりに安心して、彼の体を抱きしめたとき、吉田君が耳元で言った。

私はそれを聞いて彼から離れると、吉田君の顔を見た。

吉田君の顔は真剣で、少し細められた目は涙で光っていた。

その表情に胸がギュッと押しつぶされた様になって、私は涙が零れた。


「それって…一緒に…いられるってこと…?」


吉田君は顔をくしゃっと歪めると眉間に皺を寄せて、私の手を握った。


「俺が…一緒にいたいんだ…。」



『一緒にいたい』


その言葉に涙が溢れた。


吉田君はもう一度私を抱きしめると、「一緒にいよう」と耳元で言った。


私は嬉しくてただ何度も頷くことしかできなかった。




***




それから私たちは吉田君の運転する車に乗って病院に向かった。

私が右肩を痛めているのを知って、吉田君が連れて行ってくれると言ったためだ。

学校には吉田君が連絡してくれた。

まぁ、野上君経由だけど…


私は助手席に座りながら、運転する吉田君の姿を横目に見つめる。

やっぱりこうしていられるだけで幸せだ。

私はギュッと苦しくなる気持ちを抱えながらも、嬉しくて顔が勝手に緩んだ。

すると信号が赤になって車が止まると、吉田君がこっちを向いた。


「あのさ…、今度どっか遊びに行こっか。」

「へ…?」


私は照れ臭そうにしている吉田君の顔を見つめて固まった。

遊びに行くって…

私はこの時間が幸せすぎて、理解するのに時間がかかった。

吉田君は気まずそうに目を逸らすと、前を向いてしまった。


「いや…休みの日に会いたいなと思ったんだけど…。俺だけだったみたいだな…。」


切なげに笑った横顔を見て、私はすべてを理解して焦った。


「行きたい!!私、どこでもついて行くよ!!」


焦り過ぎて声を張り上げてしまい、驚いた吉田君の顔を見て口を閉じた。

吉田君はふっと息を吐き出すと、目を細めて笑った。


「焦り過ぎ。じゃあ、日曜日に。どこか行きたい所ある?」


行きたい所と聞かれて、どこでも良かったのだけど一番に浮かんだ場所を口に出した。


「遊園地…かな。」

「遊園地?」


私は5年前の事を思い返した。

初めて吉田君とキスした観覧車。

やっぱり吉田君と出かけるなら、一番最初はここが良いと思った。


「ふ~ん。分かった。あ、でもその肩がなんともなかったらって事にしような。」

「うん。ありがとう。」


私は吉田君のさりげない優しい言葉に嬉しくなる。


吉田君はどの時間も吉田君だ。

中学のときも、高校のときも…そして今も。

失った時間、会えなかった時間はあっても、今こうしていられる事がすごく幸せで涙が出そうだった。




***




そして病院で肩を手当してもらうと、肩はそんなにひどくなかった。

痛みはあるものの打撲との診断だった。

これなら遊園地に行けると思ってロビーに帰って来ると、吉田君が一人のお医者さんと話をしていた。

メガネに白髪交じりのその医師は吉田君と仲良さげに話をしている。

私は気になって駆け寄った。


「竜聖。」

「あ、紗英。手当終わった?」

「うん。」


吉田君は上機嫌で笑うと、私の視線を気づいてお医者さんを紹介してくれた。


「倉橋先生。俺が五年前に事故にあったときお世話になったんだ。」

「倉橋です。よろしく。」


五年前と聞いて、私は記憶を失ったときの事故だと分かった。

思わずじっと先生を見つめてしまう。


「沼田…紗英です。」

「…紗英?」


倉橋先生は私の顔を見つめて、私の名前を呼んで固まった。

その反応が何か分からずに、私は首を傾げて先生を見つめ返す。

すると吉田君が声を上げた。


「あ、車。入り口に回してくるよ。紗英、ここで待ってて。」

「う…うん。」


吉田君は先生に「また。」と声をかけると、玄関の自動ドアから出て行ってしまった。

私は先生と二人取り残されてしまって、少し気まずい。

ちらっと先生を見ると、先生は私を見て優しく微笑んでいた。


「あなたが…紗英さんだったんですね。」


「え…?」


私は名前を呼ばれたことに不思議で先生の言葉を待つと、先生は一度目を閉じると吉田君の走っていった方向を見つめて言った。


「あなたが…今、竜聖君と一緒にいて安心しました。」

「え…?どういう事ですか?」

「そのままの意味ですよ。これからも、竜聖君の傍にいてあげてくださいね。」


先生はそう言い残すと、白衣を翻して歩いて行ってしまった。

私はその背中を見つめながら、先生が何故安心したのか全く分からなくて気持ち悪かった。




それから私は受付で支払いを済ますと、吉田君の車でまた学校まで送ってもらう事になった。

私はさっきの先生との会話や関係が気になって、遠慮がちに吉田君に聞いてみた。


「ねぇ、さっきの倉橋先生って…竜聖の事故の事…よく知ってるんだよね?」

「ん…。そうだな。今も時々診察受けに行ってるからな。」

「診察?」

「うん。失った記憶が戻ってるかどうかの確認。」


また傷を抉るような事を聞いてしまったと、私は口を噤んだ。

でも吉田君は気にしていないようで、前を向いたまま言った。


「紗英には話さなきゃって思ってたから、ちょうどいいや。俺の話、聞いてくれるか?」

「う…うん。」


私は受け止めると言いきったものの、実際事実を知れると思うと緊張でドキドキしてきた。


「倉橋先生は俺が事故で記憶を失ったときの、担当の先生だったんだ。あのとき、俺は頭の中が真っ白で…何も分からなかったから、先生には色々助けてもらった。父さんも…亡くなったって聞いて…俺、自分がどこで何してたのかも…分からなかったから…。」


吉田君はそのときの事を想いだしているのか、目を眩しそうに細めた。

私は帰って来なかった理由が分かって、胸の奥で凝り固まっていた疑問がほぐれていくのを感じた。


「…それから、俺は離婚したっていう母さんとその再婚相手の家族に引き取られる事になって…。」


ここで吉田君が辛そうに顔を歪めた。

私はこの間も同じように桐谷のお家の事を話す吉田君を見ていたので、この顔が桐谷のお家に関係しているのだと気づいた。


「…高校と大学…は…言われるがままに…過ごして…。就職する前に…家とは縁を切ったんだ。色々…あって…。」


色々…とぼかす吉田君に少し距離を感じる。

きっと色々というのが、吉田君の辛そうな顔の根本にある気がしたけど、今は黙って聞くことにした。


「でも…縁を切ったからって…家から離れられるわけじゃなくて…。前にも話したけど…桐谷って本当にでかい家で…金持ってて…。俺の事…跡取りにしたいらしくて…、今も色々干渉してくるんだ。何で血も繋がってない俺を…そうしたいのかは分からねぇけど…。ホント…しつこいくらい…言ってきてて…。」


ここで信号が赤に変わって、吉田君は車を止めて私をまっすぐに見た。

私はその真剣な目にドキッとした。


「…紗英。…俺…、こんなんだけど…ホントに…いいのか?…俺…何も持ってないし、…好きだって言われる資格なんか…」

「資格なんかいらないよ。」


不安そうにしている吉田君に私は言った。

吉田君は目を大きく見開くと、口を閉じた。


「今、一緒にいて、隣で笑ってて…これからもこの時間が続くなら、それだけでいいの。いいって決めたのは私なんだから、もうそんな事言わないで?」


吉田君はグッと口を引き結ぶと何度か小刻みに頷いた後、眉をひそめて笑った。

そして信号が青になって前の車が進んだので、吉田君は顔を前に戻すと車を発進させた。

私も同じように前を走る車を眺めた。


すると吉田君が運転しながら、私に言った。


「…紗英。…紗英が知ってる…過去の事…話してくれないか?」

「えっ…!?」


私は今まで過去の事に触れないようにしてきただけに、この言葉が意外で吉田君を凝視した。

吉田君は口元に笑みを浮かべたまま言った。


「紗英に…辛い思いをさせてるのは分かってるんだ…。…だから、俺も同じ…痛みを背負いたくて…。俺たちが過去…どんな関係だったのか…教えてくれ。」

「そ…それは…。」


私は話すことを躊躇った。

ただでさえこの五年の事で苦しんでいる吉田君に、過去の事まで背負わせるのは嫌だった。

今は話すべきじゃないと思った。


「…それは…できない。」

「紗英?」


私は手を握りしめると笑顔を作った。


「私は今があればいい。昔の事は…もういいの。だから、竜聖は気にしないで?」


吉田君は不満そうな顔をしていたけど「そういうなら…」と引き下がった。

やっぱり内心は聞きたくないのかもしれないと思った。


自分の知らない過去なんて、想像しただけで現実味のないふわふわしたものだ。

そんな過去よりも吉田君には今から作る時間を大事にしていってほしい。


そう、私たちはこれから一緒にいる事ができるのだから…




***




私は校門で吉田君と別れると学校に戻ってきた。

球技大会がちょうど終わったところのようで生徒たちが下校していく。

「紗英先生、さよなら~」という生徒たちの挨拶に答えながら、私は校舎に向かった。

そのとき前から女子生徒に囲まれながら野上君がやってきた。

野上君は私に気づくといつものヘラヘラ顔で手を振った。


「沼田先生!怪我大丈夫ですか~?」


「え?紗英先生、怪我したんですか?」と野上君を囲んでいた生徒達が私を心配してくれる。

私は「大丈夫だよ。」と生徒たちを安心させると、野上君に頭を下げた。


「野上先生。先生方に伝えてくださって、ありがとうございました。あと、ご迷惑おかけしてすみませんでした。」

「いえいえ~。茂下先生は怒ってられましたけど、他の先生方は意外とすんなり納得してくださいましたよ。まぁ、後できっちり謝っておけば問題ないんじゃないですか?」

「はい。本当にありがとうございます。」


私たちは生徒の前なので敬語でやり取りしていたが、野上君が意味深に笑っているのが気がかりだった。

何か知っているようで、ニヤニヤ笑いをやめようとしない。


「それじゃ、君たちも、もう帰りなさい。球技大会で疲れてるだろ?」

「え~!!颯ちゃん先生ともっと話した~い!」

「そうだよ~!!」


野上君は食らいついてくる女子生徒から離れると、私の腕を引っ張った。


「これから先生たちは会議があるから!それじゃ、気をつけて帰りなさい。」


私は野上君に腕を引かれると、それについていった。

背後で生徒たちが「えー!」とか「やっぱりー!!」とか言っているのが聞こえてきて、あらぬ誤解を植え付けたのではと不安になった。

そして、生徒から離れた野上君は校舎に入ると、私に振り返って手を離した。


「沼田さん。見たよ。さっき。」

「へ?」


野上君がニヤーっと笑って、悪戯っ子のような顔で言った。

私は見たの意味がわからなくて、目を瞬かせた。


「竜聖と抱き合ってたじゃん?」

「えぇっ!?」


野上君が口に手を当てて笑うのを見ながら、私は数歩後ずさった。

抱き合ってたと言われて、顔に熱が集まってくる。


「なっ…なんで…知って…!?」

「っはは!!なんか、大声が聞こえたと思って校門見たら、沼田さんが走って行くから追いかけたんだよ。そしたら、道路で二人が抱き合ってて、驚いたのなんのって。」


見られていた事に恥ずかしくて、私は耳まで熱くなってきた。

すると野上君は私の頭をポンポンと叩くと、ニッと口の端を持ち上げた。


「良かったじゃん。上手くいったんだろ?」

「…はい…。ご心配おかけしました…。」


話を聞いてもらった事もあったので、素直にお礼を言うと、野上君はまた頭をポンポンと叩いて笑った。

その顔を見て、私は翔君や山本君の事を思い出した。


二人から最近まったく連絡がない。


私は今日聞いた吉田君のこの五年を二人には伝えなければならないと思った。

この話がきっと二人が吉田君を受け入れるきっかけにもなるはずだ。

私は中学のときのように三人揃った笑顔が見れるように、頭の中で必死に上手い伝え方を考えた。







紗英と竜聖サイドはこれで一旦終了です。

次は翔平と竜也サイドに移ります。

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