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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-18近づく距離


私は吉田君に想いを打ち明けた日の帰り――――

吉田君のお店に行って、吉田君に会おうとしたけれど彼は帰ってしまっていて会う事ができなかった。

私はお店の前でケータイを取り出すと、吉田君のケータイに電話をかけた。

会って話がしたいと言えば、もしかしたら会ってくれるかもしれない。

私はその望みに賭けることにした。


ケータイから呼び出し音が響く。

何度も鳴るが、一向に出る気配がない。

それだけの事で、私は避けられているのではないかと考えてしまう。

結局、留守番電話サービスにつながってしまったので、話がしたいとだけ入れて電話を切った。

ケータイを握りしめて自然と潤んでくる目を拭うと、私は大きく息を吸いこんでお店を後にした。


きっと大丈夫と自分の心に言い聞かせながら…




***




次の日――――


私は吉田君と一向に連絡が取れずに、不安だけが大きく膨らんでいた。


昨日から何度もかけているが、一度も電話を取ってもらえない。

これは避けられていると考えて間違いなさそうだった。


私は自分のしてしまった事に後悔ばかりでおかしくなりそうだった。

悪い方へばかり考えてしまって、何をする気にもなれない。


幸い今日は学校は球技大会で授業がない。


生徒たちの騒ぐ声を聞きながら、私はジャージ姿で職員室に項垂れていた。

そこへ誰かがやって来たようで、職員室の扉の開く音がした。


「あれ?沼田さん。何やってんの?」


声から野上君だと分かって、私はゆっくりと顔を上げた。


「別に…ちょっと落ちてるだけ…。気にしないで…。」


野上君は「ふぅん。」と言うと、自分のデスクまでやって来て引き出しの中を漁り始めた。

私は何となくそれを眺める。


「……関係ないならいいんだけどさ。…もしかして、昨日の竜聖の態度と関係してる?とか?」


私は昨日野上君に目撃されていた事を思い出して、正直に答える事にした。


「…そんなとこかな…。」

「あ、当たってたんだ?…沼田さん、竜聖の事ホント好きだよなぁ~。」


野上君の一言に私は血の巡りの悪かった頭が覚醒した。


「な…っ…何で…知ってるの…!?」


マスターさん、村井さんに続き野上君まで私の気持ちに気づいているなんて、どれだけ態度に出てるんだろうか?

私は自覚がなかっただけに驚いた。

野上君は引き出しから髪ゴムを取り出すと、自分の髪をくくりながら笑った。


「知ってるも何も。分かりやすすぎでしょ?竜聖に会うたび、いつもと違う顔してたらさ。」


そんな顔していただろうか?

私は自分の顔を触って確認する。

自分ではどう違うのか分からないが、野上君はいつも私が苦しい気持ちを抱えてるときに傍にいる気がする。

吉田君と再会した日も一緒にお店にいたし。

この間の告白してしまったときも、傍にいた。

間が良いんだか、悪いんだか…

でも、私の様子が違うと気づきながらも、いつも通り接してくれるのには感謝しなければならない。

野上君のこういうあっけからんとした性格は時に気が楽で助かる。


「まぁ、今はそんなごちゃごちゃ考えてても仕方ないでしょ?好きだって気持ちなんて相手があっての事だし、何があったかは知らないけど、本人に聞かなきゃ分からないよ。」


本人に聞かなければ分からない…


確かにそうだ。

電話がつながらないくらいでなんだ。

今まで会えなかった5年を思えば、小さなことだ。

私はそう思えるようになると、スッキリと頭が冴えわたるようだった。


「っし!できた。じゃあ、生徒の頑張り見に行こうぜ?」


野上君は髪をくくり終えると、私を見て言った。

私は気持ちが明るくなって笑顔で頷いた。


私は今、先生なんだ。

自分の事ばっかり考えてちゃダメだ。


私は野上君の後に続いて職員室を出ると、サッカーやソフトボールをやっているグラウンドへ向かった。



グラウンドにはクラスの応援に熱を上げる生徒達でにぎわっていた。

私は遠目でそれを見つめていると、私に気づいた生徒たちに囲まれた。


「紗英先生!!どこに行ってたんですか?」

「そうですよ!!もう、うちのクラス負けちゃいましたよー!!」

「あ、そうなんだ。ごめん、ごめん。」


三年生の女の子に非難され謝る。

私は年が近いのもあって生徒たちから名前で呼ばれていた。

私は親しみやすくて良いのだけど、茂下先生的には生徒にバカにされているそうで気に入らないようだった。

私は生徒たちと親しげに話しながら、茂下先生がいないのを確認した。


「そういえば紗英先生。颯ちゃん先生と一緒に来ましたよね?二人で何してたんですか?」


一人の女子生徒が目をキラキラと輝かせながら尋ねてきた。

私は何の期待にも答えられないので、若干心苦しくなりながらも本当の事を答える。


「何も?話してただけだよ?」

「うっそだー!!私たちの間では紗英先生と颯ちゃん先生は付き合ってるってなってるんですから~!」

「へ!?」


生徒たちの言葉に私はポカンと口を開けて固まった。

何で…そんなことに…。

私の心情お構いなしで生徒たちは盛り上がっている。


「だって、颯ちゃん先生いっつも紗英先生に優しいし~。」

「そうそう、二人が並んでるとすっごいお似合いだよねぇ?」

「よく話して同じ顔で笑ってるよね!!」


「ちょ…ちょっと、ストップ!!」


私は話が収束しそうになかったので、割り込んで話を止めた。

このまま言われっぱなしにしていると、いつの間にか付き合っている事にされてしまいそうだった。


「本当に野上先生とは何もないから。ね、落ち着こう。」


「否定するのが怪しいよ~!!」

「何もないなんて嘘だー!!」


私の言葉が余計に火を点けてしまったようだ。

生徒たちはキャーキャー言いながら、私の声に耳も傾けようとしない。

ど…どうすれば…

私がどう言えば丸く収まるのか考えていると、ソフトで誰かがホームランを打ったようで場がワッと盛り上がった。

騒いでいた女の子たちもグラウンドへ目を向けていて、やっと話が逸れたようだった。

口々に「川島君かっこいい~!!」と言ってフェンスへ駆け寄っていった。

それに倣ってグラウンドへ目を向けると、私が初日に大コケしたときに手を差し出してくれた男の子がガッツポーズしていた。

あ…川島君ってあの子だったんだ。

私は嬉しそうに笑っている川島君を見ていると、中学のときに野球をしていた吉田君を思い出した。

いつもたくさんの仲間に囲まれていて、暑い中楽しそうに練習していた。

あの笑顔が私は大好きだった。

また、あの姿が見たい。

私はその気持ちで胸が熱くなった。

辛そうな姿は見たくない。

心の底から笑って、楽しそうに友達と騒いでいる吉田君が見たい。

それが見られるなら、自分の気持ちなんてどうだっていい。


私はホームランした川島君に拍手を贈った。

そしてグラウンドに背を向けると、校舎に向かって歩き始めた。


やっぱり吉田君に会わないと…

会わないと何も分からない。


私はもう一度吉田君に電話しようと思って校舎に向かったのだが、そのとき校門に見覚えのある影が見えて足を止めた。

校門の前に吉田君が立っていた。

仕事を抜けてきたのか、社員証を下げたままで後ろにはお店の車が止まっている。

私はその姿に一瞬躊躇ったが、大きく息を吸いこんで自分の気持ちを強く持つと走って駆け寄った。

吉田君は辛そうな顔で眉間に皺を寄せていた。

私は何て声をかけようか考えて、前まで来ると立ち止まって俯いた。


「昨日はごめん。」


私が顔を上げると、吉田君が私に頭を下げていた。

私は思わず一歩前に出ると、首を横に振った。


「ううん。いいの!!私、竜聖のことも考えずに口に出しちゃって…。」

「…好きだって言ってくれて嬉しかった。」


吉田君は顔を上げると私を見て、辛そうに顔を歪めた。

私はその姿に言葉を失った。


「…でも…、ごめん。…俺、誰も好きにならないって…決めてて…。」

「え…?」


好きにならない…?

吉田君は私に対して謝っているけど、自分も深く傷ついているようだった。

私は吉田君が何かに傷ついている姿から目が離せなかった。


「……もう、会わない…。…友達…もやめよう。」


私は告げられた絶交宣言に頭が真っ白になった。

吉田君は泣きそうに目をギュッと瞑ると言った。


「…今まで…ありがとう。」


それだけ言い残すと吉田君は私に背を向けて、車に乗り込んだ。

私はその姿を見つめたまま、息が自然と浅くなって苦しかった。

待って…待って…

心の中では引き留めたいのに、体がいう事をきかなかった。


そして車のエンジンがかかる音が聞こえると、私はやっと体の動きを取り戻した。


「待って!!」


吉田君は私の声に反応して運転席からちらっとこっちを見たが、グッと口を引き結ぶと車を発進させてしまった。

私はそれを追いかけようと走る。


校門を出て、吉田君の乗っている車を追いかける。


「竜聖っ!!待って!!」


声を張り上げるけど届かない。

息も荒くなってきて苦しい。

車との距離がどんどん開いていく。

私はあの日吉田君を見送った日を思い出して、ここままじゃダメだと強く思った。

あのときは追いかけなかった事を後悔した。

今は後悔したくない!!


いつ以来か分からないが、全速力で吉田君の車だけ見て走る。

待って、待って!!

置いて行かないで!!!


私が苦しい息を飲み込んだとき、私の横でクラクションが鳴り響いた。

咄嗟に横を向くとトラックがこっちに向かってきていた。

ぶつかる!!

トラックのブレーキ音が聞こえたとき、私は足をもつれさせてしまい走っていた勢いのまま道路の脇の壁にぶつかった。

右肩を思いっきりぶつけて鋭い痛みが走った。

でも、そのおかげでトラックには轢かれずに済んだようで、背後でトラックの走り去る音が聞こえた。

私は右肩を押さえると痛みに顔をしかめた。

顔から痛みのせいなのか走ったせいなのか分からないが、汗が滝のように流れ落ちる。


「はぁ……。はっ…。…また…ダメだった…。」


私は吉田君を引き留められなかった事に目の奥が熱くなった。

壁に背をつけてしゃがみ込むと、膝に頭をのせて俯いた。


何で…こう上手くいかないんだろう…


私は今までを振り返って、後悔ばかりが胸に溢れてきた。

すると、そのとき私の耳に走る足音が聞こえてきて、私は顔を上げた。


「紗英!!」


吉田君の行ってしまった通りの角から、吉田君が焦った顔で姿を現した。

私はその焦った顔を見つめて、息をのんだ。

な…何で…?

吉田君は私の姿を見て、ほっと顔を緩ませた。

その表情で心配して戻ってきてくれたのが分かると、私はグッと胸が熱くなった。


「…ごめん…。私…あんな事…言うつもりじゃなかった…。」


私は右肩を押さえている手に力を入れると、泣きそうになるのを堪えた。


「竜聖に…幸せだって言われて…。ずっとこのままでいたいって…思った。ずっと隣で笑ってたいって…。竜聖の笑顔を見ていたいって…それだけで…困らせるつもりじゃ…なかった…。…ごめん…ごめんなさい…。」


私は吉田君との糸を断ち切りたくなくて、俯いて謝った。

我慢していた涙が地面に落ちて、地面に染みをつくる。

伝わってほしい…私の気持ち…少しでも…

私は嗚咽を堪えようと、何度も口を閉じては鼻から息を吸いこんだ。

すると服の擦れる音が聞こえて、吉田君が動いたのが分かった。


「…俺だって…そうだ…。」


吉田君の震える声が聞こえて顔を上げると、吉田君は顔を隠してしゃがみ込んでいた。

彼の肩が震えていて、自分を守るかのように抱えている腕は弱々しく見えて、まるで子供みたいだった。

私はジャージの袖で涙を拭うと、痛む右肩を押さえたまま彼に近寄った。


「竜聖…?」


竜聖は顔を隠したまま、自分を抱えている手をギュッと握った。


「…線…張ってた…つもりだったのに…、いつの間にか…紗英に…近づきすぎた…。俺なんか…紗英に好きだなんて言われる…資格ない…のに…。」


資格…?

私は吉田君の抱える苦悩が分からない。


「俺なんか…いなくなればいい…。」


「イヤだ!!」


吉田君の発したこの言葉だけは肯定したくなかった。

吉田君の腕を掴んで言い切ると、吉田君が軽く顔を上げて暗く澱んだ瞳が見えた。


「いなくなるなんて言わないで!!私には必要なんだよ!?…竜聖が…私には必要だよ…。いてくれなきゃ…きっと笑えないよ…。」


止めたはずの涙がまたじわ…と滲んでくる。

吉田君を離さないように彼の服をきつく握る。


「……俺…紗英の事…何も覚えてねんだよ…?昔のこと…。」


この言葉に吉田君が記憶がないことに責任を感じていることが分かった。

私の隣で笑いながら、彼はこの事をずっと気にしていたんだろうか?

知らず知らずの内に私が吉田君を傷つけていた事実が胸に刺さった。

あの寂しい顔はこれだったと気づいて、胸が痛い。


「いいの…っ…。昔の事なんて…どうでもいい…。今…隣にいてくれるだけで…それだけでいいの…。」


私は傷つけてしまった分を埋めたかった。

昔の事…気にしてないと言えば嘘だけど、今は吉田君を繋ぎとめたかった。

吉田君は暗い瞳を震わせると、私の手を押しのけて立ち上がった。

私はしゃがんだまま彼を見上げると、吉田君は泣きそうに顔を歪めていた。


「……俺…紗英に隠し事ばっかだよ…。…そんな俺といて…幸せとか…無理だよ…。いつか…きっと傷つける…。」

「無理じゃないし、傷ついてもいいんだよ。」


私はまっすぐ吉田君を見て言った。


「傷つくっていうのは…その人が大事だからだよ。竜聖も…きっとたくさん傷ついてきたんだよね?だから…、そんなに怖がってるんでしょ?」


私は手を伸ばすと、吉田君の手に触れた。

触れた瞬間吉田君の手が震えて、私はその温かい手を握りしめた。


「私は大丈夫。全部、受け止めるから。何でも話してほしい。」


このとき初めて吉田君の目から涙が零れ落ちた。

それが見えた瞬間、吉田君が私を抱きしめた。

抱きしめられた瞬間、右肩が痛んだが、彼の震える肩と温かさを感じて、すぐに消えてなくなった。








ひとまず落ち着きました。

もう一話続きます。

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