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勘違い系○○  作者: 流音
第四章:社会人
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4-16苦しさの一辺


私は吉田君の働くお店の斜め向かいのカフェでコーヒーを飲みながら、吉田君を来るのを待っている。

というのも、初めてご飯に誘われたからだ。

吉田君にとったら何気ない誘いなのかもしれないが、私にとったら一大事だ。

この間まで色々と考え過ぎて落ち込んでいたけど、今はそんな事が吹き飛ぶくらいに嬉しい。

早く来ないかなとワクワクしながら、ガラス越しに吉田君の働くお店を見つめる。

すると、お店の裏口から吉田君が姿を見せた。

姿が見えただけで心が弾んだが、その隣に女の子が駆け寄って来て心が平常に戻る。

吉田君はその子と親密そうに何か話した後、笑って手を振って別れている。


また…誘われているんだろうか…


私は以前会った由梨さんの姿が脳裏を過った。


私は彼女との会話で吉田君は女の子とそういう事を平気で出来る人だと知った。

以前の吉田君からは想像もできないけど…今はそういう人なんだ。

受け入れなければ…と思うのに、気軽に誘いにのる吉田君の姿に胸が痛くなる。

高校時代の吉田君の姿が霞んでいきそうで、私はきつく目を閉じた。



「紗英!!お待たせ!」


吉田君の声に反応して、私はきつく閉じていた目を開けて笑顔を浮かべた。

吉田君は少し息を荒げていて、走って来てくれたことが分かった。

私はそれだけでいいと思い込むことにした。


「お仕事お疲れ様。」

「俺、良い店知ってるから、そこ食べに行こう。」


クシャっと顔を崩して笑う吉田君の顔を見て、私は席を立った。

楽しそうに話をしながら店を出ていく吉田君の背に続いて、私も店を出ると自然と笑顔が消えそうになって私は無理やり笑顔を作り続けた。



吉田君が連れて来てくれたのはお洒落なバーだった。

入り口は小さくライトで照らされているだけで、お店だと知らない人は通り過ぎてしまいそうだ。

私はこん所に来るのは初めてだったので、緊張しながらお店のドアをくぐった。

吉田君は慣れた様子でカウンターまで行くと、厳ついバーテンダーさんと何か挨拶している。

私は入り口の階段を下りながら店内を見回して、意外と若いお客さんが多い事にビックリした。

てっきりバーなんて所はもっと大人な人が来るところだと思い込んでいた。


「紗英、こっち!」


吉田君に呼ばれて私はカウンターに駆け寄った。

吉田君はバーテンダーさんを手で示して笑った。


「こちらバーのマスター。もう長い付き合いでさ。お世話になってるんだ。」


私は厳つい顔に顎髭のあるバーテンダーさんに会釈して自己紹介した。


「沼田紗英といいます。高校で教師しています。」


バーテンダーさんはニコッと微笑んだ後、低い響く声で「よろしく。」と言った。

私はその低音ボイスにドキッとした。

たった一言が耳の奥に響いて、私は低い声って好きかもと思いながら席に着いた。

吉田君も横に腰を下ろして「オススメ適当に。」と慣れた様子で注文していた。


「こんな場所来たの初めてだから、緊張する。」


私が周りを見ながら呟くと、吉田君はふっと息を吐き出して笑った。


「ははっ!そんなに緊張しなくても。居酒屋と一緒でしょ?」

「居酒屋とは違うよ!なんか雰囲気が大人だし、静かなのが余計に緊張する!」

「大人って!自分も大人じゃん!!」


吉田君の言葉に子供だとバカにされたみたいで、ぶすっと拗ねた。

初めてなんだから戸惑うの当たり前じゃん…

吉田君は私の様子なんか気にした様子もなく笑い続けている。

そんな私たちを見兼ねてか、マスターさんが私の前に綺麗なピンク色のお酒を差し出した。

私はそれを見てから、マスターさんの顔を見ると、マスターさんは優しい笑顔で言った。


「初めてとの事だったので、飲みやすくて口当たりの良いものにしました。飲んでみてください。」


私はプツプツと炭酸の浮かんだお酒を眺めてから、「いただきます。」と言ってからおそるおそる口につけた。

飲んだ瞬間甘い味がして、喉の通りが爽やかですごく美味しかった。

私はお酒のグラスを置くと、気持ちが明るくなった。


「これ美味しいですね!!すごい!私の好きな味です!」

「そうですか。それは良かったです。」


私の感想を聞いてマスターさんは嬉しそうに笑って、吉田君にもお酒を差し出した。

吉田君のものは緑と黄色のコントラストの綺麗なお酒だった。

吉田君は「乾杯してねぇのに。」と不服そうにそのお酒を口にしていた。

私は拗ねていたのも忘れて、吉田君に笑いかけてからもう一口飲んだ。


「あ、そういえば。紗英の働いている高校って新美浜だよな?」

「うん?…そうだけど?」


お酒をテーブルに置いた吉田君を横目で見て、私は同じようにグラスを置く。

吉田君はテーブルに頬杖をつくと、前を向いたまま言った。


「今日、新美浜から受注が来て、もしかしたら商品届けに行くことになるかも。」

「あ、そうなんだ。部活の備品か何かかなぁ?」

「うん。たぶん野球部の備品だと思う。ボールとかバットだったし。」

「ふぅん。私、野球部の先生…苦手なんだよね…。」


私は野球部の顧問で体育科担当の茂下先生の顔を思い出しながら、グラスを持ち上げた。

茂下先生は厳しい先生だ。

生徒と談笑していて何度か叱られたことがある。

吉田君は私の呟きに興味を持ったのか、尋ねてきた。


「苦手って何で?」

「だって、生徒と話してただけで怒るんだよ?教師が生徒と慣れあって恥ずかしくないのか!!ってすごい剣幕で。野上君も私も何度叱られたか…。」

「はははっ!颯太も紗英も生徒と仲良さそうだもんな!!」


吉田君は楽しそうに笑う。

笑う吉田君を横目に私はムスッとしながらお酒を一口飲んだ。

他人事だと思って…


「別にいいじゃん!その先生も生徒に人気がないから僻んでんだよ。しっかり仕事してたら、いつか認めてくれるよ。」

「…そうかなぁ?」


吉田君の励ましに疑問が過る。

あの頑固な茂下先生が認めてくれる日なんて、いつの事だか分からない。


「俺はそう思うけどね。ま、今度納品に行くときにどんな先生か見てみよーっと。」


吉田君は意地悪そうに笑ってグラスを手に持とうとすると、ケータイが鳴ったのか吉田君はケータイの画面を開いて確認した後、席を立った。

そして「ごめん。」と一言いうと、ケータイを耳に当ててお店を出て行ってしまった。

私は取り残されて何となくお酒を口に運ぶ。

すると、マスターさんが話しかけてきた。


「りゅーの奴とは付き合っているんですか?」

「へっ!?ちっ…違います!!ただの友達です!!」


私は熱を持ち始める頬を気にしないようにしながら、否定した。

内心そうなればいいのにと思う気持ちを押し込んで。

マスターさんはニコッと微笑むと言った。


「りゅーのあんなに楽しそうに笑う姿は初めて見たので…てっきりそうだと思ってました。」

「そんな…。」


楽しそうに笑う…

それは私も最近感じていた。

最初はどこか少し壁があったけど、今はよく笑ってくれるようになった。

あの寂しげな顔も見る回数が減った気がする。

少しは吉田君の支えになれているのだろうか?

考えながらお酒を口に運んだ。


「あなたは…りゅーの事が好きなんですね。」

「えっ!?」


マスターさんに見透かされてドキッと心臓が跳ねる。

思わずお酒のグラスを持ったまま、マスターさんを見つめて固まる。

マスターさんは優しい笑顔のまま私を見ている。

私はその笑顔に負けて、ゆっくり頷いた。


「…はい。…私、そんなに分かりやすかったですか?」

「えぇ。りゅーを見るあなたの目とさっき否定されたときの姿でそうかな…と。」


それを聞いてどんどん恥ずかしくなってくる。

私は顔を隠そうと俯くと、グラスについている滴を触って動悸を落ち着かせようと努めた。


「…恥ずかしい。自分では友達だって言い聞かせてたつもりなんですけど。」

「…どうして、気持ちを打ち明けないんですか?」


マスターさんに痛いところを突かれて、私は少し顔を上げた。

マスターさんの顔が見れずに、自分の心の内を打ち明けた。


「……怖い…からかな…。彼の中に…私の居場所はないって…知るのが怖いんだと思います。」


再会した日、彼の目には私は少しも映っていなかった。

近寄るな、近寄るなって拒絶の目をしてた。

今はあのときに比べたら吉田君は私に気を許してくれている。

でも、彼は笑っていても距離を感じることが多い。

拒絶の目は隠れただけで、今も彼の心の中にある気がしてならない。


『友達』だから…一線を張った『友達』だから…隣で笑顔が見られる。

また、吉田君を失う悲しみを味わうくらいなら、『友達』のまま傍にいたい。


私は彼の中の一線先に踏み込むのが怖い。

怖いからこそ、気持ちを胸の奥に押し隠す。


「…今は、隣で笑ってられたらいいだけなんです。会えなかった時間を…傍にいることで埋めていきたい…それだけです。」


言い切ると、私はやっとマスターさんの顔が見ることができた。

マスターさんは笑顔が消えていて、何か考えているようだった。


「…会えなかった時間っていうのは…。」


マスターさんがそう言いかけたとき、扉が開いて吉田君が戻ってきた。

吉田君は笑顔が消えていて、纏っていた雰囲気に私は目を見張った。

暗く寂しそうな…それこそ、世界に一人ぼっちのようなそんな空気だった。


「紗英。悪い。…俺、帰らないと。」

「え…?」


吉田君はお財布からお札を何枚かテーブルに置くと、荷物を持って背を向けた。

私は慌てて席を立つと、吉田君の背中を掴んだ。


「ど…どうしたの?何か…変だよ?」

「気にしなくていいから。紗英はちゃんと食べて帰ってくれ。」


吉田君は私の方に向かずにそう言うと、早足でお店を出ていってしまった。

私はその背中があの日の姿とかぶって、勝手に足が動いた。


「待って!!」


私はお店を出ると、吉田君の背に向かって声を張り上げた。

吉田君はビクッと肩を震わせると立ち止まった。

私はその背に向かって走ると、吉田君の前に躍り出た。


「さっきの電話だよね?何があったの?話して!!」


吉田君は一瞬大きく目を見開くと顔を背けた。


「紗英には関係ないよ。」

「関係なくない!!」


私は吉田君に一歩近づくと訴えた。


「友達が苦しそうにしてるのに、ほっとくなんてできない!!少しでいいから…頼って!!」


吉田君が顔を歪ませるのが見えた。

私は追及したい言葉を飲み込むと、吉田君に近づいて彼の顔を掴んだ。

そして目が合うように、私の方へ向かせる。


「力になりたいの。」


まっすぐに吉田君の目を見て伝えた。

でも、吉田君は顔を歪ませたまま逸らすように目を伏せた。


その仕草一つで拒絶されたのが分かった。


私は目の前に立ちはだかる壁にどうすることもできない。

吉田君から手を離すと、私はその場で俯いた。


どうしたら…彼の心の中に入っていけるの…?


私は彼の抱える悩み…この5年の間の苦痛を知らない。

どう言えばその抱える重みを楽にしてあげられるのか…分からない。


私は精一杯の強がりのつもりで口に出した。


「友達でも…他人だもんね…。すぐには…言えないかもしれないけど…いつか…。いつか、話してくれると嬉しい。」


私は目の奥が熱くなってくるのを必死に堪えながら、お店に戻ろうと足を進めた。

再会した日から一歩も近づけてなんかいなかった事実に心が痛む。

『友達』なんて、私の思い込みで…吉田君にとっては気のいい話相手だったのかもしれない。

吉田君との距離が遠すぎて、目の前が真っ暗になるようだった。



「…で…、電話!」



私が涙を堪えて指先で目尻を触っていると、吉田君が声を発した。

私はお店の前で足を止めて振り返る。

吉田君はこっちを見てはいなかったけど、何か言おうとしているのが伝わってくる。


「で…電話…とうさんからだったんだ。」


「…お父さん…?」


私は昔会った吉田君のお父さんの顔が頭に浮かんだ。

吉田君と似た笑顔、吉田君と口喧嘩していたのが懐かしい。

私は事故にあったと聞いていたので、無事だったことにほっとした。


「…うん。血は繋がってないけど…俺の親父。」


それを聞いて全身の血の気が引いた。


血は…つながってない…って…どういうこと…?


「…その親父がさ……結構な…金持ちで…。…俺、金に物言わせるあいつが…すっげー…嫌で…。嫌で…家と縁切ったんだけど……さ…。…母さんの…話…されたら…俺…」


「……りゅ…竜聖の…本当のお父さんは…どこに…いるの?」


私は吉田君の話が耳に入らないぐらい動揺していた。

まさか…もしかして…という嫌な事を考えてしまって、息が浅くなる。

私がかろうじて出した疑問に、吉田君は少し振り返ると言った。


「事故で…死んだ。」


うそ…


私はその場に力が抜けてへたり込んだ。

嫌な予感が当たってしまって、手が震えてくる。


昔の吉田君とお父さんの仲の良い姿が思い返されて、自然と目から涙が零れ落ちた。

吉田君の辛さや苦しさの一辺が見えて、胸が苦しかった。


何で…どうして…!!


5年前の彼は、どんな思いでお父さんと対面したんだろうか…?

どうして辛いときに、私は傍にいなかったのだろうか?

私は今更考えても仕方のない事が浮かんでは頭の中にいっぱいになった。


「……何で…紗英が泣いてんの?」


吉田君から声がかかって、私はハッと我に返った。

慌てて涙を拭うと笑顔を作る。


「ご…ごめん。…竜聖の気持ちに共感しちゃったのかな…。」


「…共感って…。」


私が吉田君の顔を見ると、吉田君は苦しそうに顔を歪ませたまま口元だけ自嘲気味に笑っていた。

その姿に息が止まる。


「俺、死んだ父さんの事何も覚えてないし…泣いたことねぇよ。」


その言葉に止めたはずの涙が溢れ出てくる。


覚えてない…お父さんの事も…


私はぐっと奥歯を噛みしめると言った。


「…そんなのおかしいよ…。…泣いたことないなんて…。竜聖は我慢してるだけだよ…。覚えてなくてもお父さんでしょ!?もっと自分に正直になってもいいじゃん!!悲しかったなら…泣いてもいいんだよ!!」


私は止まらない涙を手で拭うと、そのまま押さえて顔を隠した。

吉田君の辛さは私には分からない。

だからこそ現実を見ないふりしている吉田君の姿がショックで苦しかった。


「俺…悲しかったのかな…。」


ぼそっと呟いた声を聞いて、顔を隠していた手を外して吉田君を見た。

吉田君の顔はさっきまでと変わっていた。

少し寂しげな表情だったけど、辛そうではなかった。

私が彼を見つめたままで動けないでいると、吉田君がこっちに歩いてきて私の前でしゃがんだ。

そして大きな手を私の頭に置くと、クシャクシャっと撫でられる。


「……ありがと。紗英。」


そう言った吉田君の顔には笑みが浮かんでいた。

その笑顔を見て、私は心臓がドクンと跳ねた。

涙が引っ込んで、頬が熱くなってくる。


「俺は大丈夫。…紗英に…元気もらったから、…行ってくるよ。」


私は立ち上がろうとする吉田君の服を掴んで引き留めた。

吉田君は驚いた表情でこっちを見た。


「…今のお父さんの話は…いいの…?」


私は吉田君が何か打ち明けようとしていたのが気になって尋ねた。

吉田君は一度苦しそうに眉間に皺を寄せたが、また笑顔を浮かべた。


「また…話すよ。」


吉田君はそう言うと、私の手を優しく引き離して立ち上がった。

私はさっきとは違い明るい雰囲気を纏った彼に従った。

そして背を向けて歩いて行く彼に声をかけた。


「頑張って!!」


吉田君は一度振り返って手を振ると、駅に向かって角を曲がっていってしまった。

私は彼の姿が見えなくなったあとも、道の先を見つめてさっきの笑顔を思い返した。


そして胸の中で気持ちが一回り大きくなったのを感じて、グッと目を瞑った。




記憶がなくても近づく二人の話でした。

ここから紗英が自分の気持ちを抑えきれなくなります。

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