4-15俺にできること
俺は竜也の前で竜聖と友達になる宣言をしてから、何度かあいつの働く店に足を運んでいたけど、今だ話しかける勇気が出ずに店の入り口でウロウロしていた。
どうしよう…何て話しかける?
この間は一方的に怒鳴ってごめんか…?
それともここから俺と友達になってくれって言うのか?
全部何か違う気がして決定力に欠ける。
俺は入り口の横でしゃがむとため息をついた。
すると道の向こうから紗英が歩いてくるのが見えて、俺は思わずのぼりに身を隠した。
紗英は俺に気づかずに自動ドアをくぐって店の中に入っていってしまった。
俺は紗英が入ったのを見てから、ガラス越しにその後ろ姿を目で追った。
紗英はレジの店員に何か話をしたあと、またこっちに戻って来る。
俺はまたのぼりと同化しようと息をひそめて隠れた。
自動ドアをくぐって出てきた紗英は心なしか元気がないように見えた。
竜聖に会えなかったのだろうか…?
俺はいなかったのなら紗英に声をかけようと一歩踏み出すと、店の影から竜聖が姿を現した。
「紗英っ!!」
「あ…あれ?竜聖。今日はいないって…。」
俺は紗英が竜聖を呼び捨てにしている姿を初めて見て、口が勝手に開いて固まった。
竜聖は俺と会ったときとは真逆の嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「へ?俺、裏にいたんだよ。そしたら紗英の声がしたから、慌てて出てきたんだ。」
「そうだったんだ。今日はもう仕事終わり?」
「いや。あと30分ぐらいかな…。あ、待っててくれるならご飯でも行こうか?」
「…え…。ご飯…?」
竜聖の誘いに紗英は顔を輝かせている。
見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「うん。30分は待っててもらう事になっちまうけど…それでいいなら。」
「ま、待ってる!あそこのカフェで待ってるから、終わったら連絡して?」
「ははっ!分かった。じゃあ、また後で!」
竜聖も紗英と同じように笑っていて、俺はその姿が昔とダブって見えて目を擦った。
やっぱり紗英を見る目が…昔と同じに見える…
俺はじっと竜聖の顔を見つめてそう思った。
すると竜聖は紗英に手を振るとまた店の影に消えていった。
紗英が俺の方に振り返ってきて、俺は慌てて身を縮めた。
紗英は俺に気づかずに道路の反対側にあるカフェへと歩いていってしまった。
そのときの紗英の表情が幸せそうで、俺は自分のしようとしてることに迷いが出てきた。
俺が…友達になるってしゃしゃり出て、紗英の足を引っ張ることにならねぇかな…
竜聖は紗英だから…受け入れたのかもしれない…
さっきの竜聖の表情を見て、そんな気がした。
俺は一度…いや二度も拒絶された人間だ。
そんな人間が竜聖に会って友達になろう…なんて言っては、紗英に開きかけている竜聖の気持ちが閉じてしまうのでは…そんな不安が生まれてくる。
俺は入り口横でへたり込んだまま、頭を抱えて悩んだ。
そのとき自動ドアが開いて、社員証を下げた店員の一人が出てきた。
その子はのぼりを片付けようとしているのか、へたりこんでいる俺に気づいて足を止めた。
「え…っと…。何、されてるんですか?」
店員は座り込んでいる俺を見て、遠慮がちに声をかけてきた。
そりゃそうだろう…店の横でへたり込んでいるなんて不審者極まりない。
俺は愛想笑いを浮かべながら立つと、その女性店員の社員証に目を向けた。
そこには小関と書かれており、俺はその女性店員に見覚えがあった。
確か初めて店にきたときに接客してきた店員だ。
「あ、あなた…。確か桐谷さんのお知り合いの…。」
小関さんも気づいたようで、俺を見て指さしている。
俺は軽く会釈すると、あの日の事を謝ることにした。
「先日は、お騒がせしてすみませんでした。」
「それはいいですけど…。今日も桐谷さんに会いに来られたんですか?」
「あ、いや…。その…。」
俺は会いに来たつもりだったが、迷っているのではっきり返事ができなかった。
すると小関さんは足を店に向けると言った。
「桐谷さん、呼んできますね。」
「あ!!待って!!…その呼ばなくていいです!!」
俺はまだ勇気が出ないのと迷っているので、彼女を引き留めた。
彼女は首を傾げると、俺に近寄って来た。
「あの…失礼ですけど、桐谷さんとはどういうご関係ですか?」
「…あ…その…。一応、あいつの同級生っていうか…。」
「そうなんですか!?」
俺が濁して答えたのに対し、彼女は驚いて食いついてきた。
俺にずいっと近づくと、興味津々な目で見てくる。
「桐谷さんって、昔っからあんな感じなんですか?出身はどこなんですか?ご両親がお金持ちって本当なんですか!?」
「え…っと…。」
小関さんに質問攻めされ、俺は面食らった。
彼女がこんなに竜聖に興味を持つ意味が分からない。
「ちょ…っと。落ち着こうか。何で、そんなに竜聖のこと知りたいの?」
彼女は俺に詰め寄っていた体を離すと、目をパチクリさせて答えた。
「だって私、桐谷さんのこと好きですし。色々知りたいんですけど、彼…何も教えてくれないんですよ。いっつも曖昧っていうか…、線張ってる感じで。」
堂々と告白してきた彼女に内心びっくりしたが、線を張ってるというのは自分もあの日感じたことだったので、彼女の気持ちがよく分かった。
彼女は女子特有の上目づかいで俺を見ると、小首を傾げた。
「教えて…くれませんか?」
俺は一瞬その可愛い仕草にやられそうになったが、浜口の顔がちらついて自分を戒めた。
「悪いけど…。あいつが自分から言わない事を人には話せないよ。」
「そうですか…。」
彼女はしょぼんと表情を崩すと言った。
その悲しげな顔にウッと胸が苦しくなる。
「はぁ…最近、誘いにものってきてくれなくなったし…もう潮時かなぁ…。」
「誘い…?」
俺は彼女のその言葉が引っかかって、思わず聞き返した。
彼女は悲しげな表情から普通の表情に戻ると、ケロッとした様子で告げた。
「そんなの夜の誘いに決まってるじゃないですか~。桐谷さん、私以外にもそういう子何人もいますよ?」
「は…?」
恥ずかしげもなくサラッと言われて、俺は思考回路がストップした。
「あれ?知らなかったんですか?桐谷さん、大学生の頃からあんな感じですよ?」
「えっ!?君、あいつの大学時代知ってるのか?」
俺はあいつの女性関係はひとまず置いていおいて、俺の知らない過去を知っている彼女に興味が湧いた。
彼女は俺の反応に驚いたのか、一瞬口を閉じたあと、首を縦に振って教えてくれた。
「知ってますよ。まぁ、この一年ちょっとだけですけど。バイトでこの店に来たのが去年の今頃なんで。」
「教えてくれ!!あいつの大学時代のこと!」
「えぇ~!?そっちは教えてくれないのに、都合良すぎませんかぁ?」
「頼む!」
俺は彼女を拝むように手を合わせて頼んだ。
俺の知ってる話ができない事は申し訳なかったが、竜聖に話しかけられない今、彼女だけが頼みの綱だった。
彼女はふぅとため息をつくと、「まぁ、そんな大した話じゃないですけど。」と俺の態度に折れて話してくれるようだった。
「桐谷さんは去年の今頃、バイトでこの店にいたんですよ。まぁ、今は正社員になってますけど。」
この話は恭輔さんに聞いていたので知っている。
「まぁ、正社員になった経緯ってのも大学一年からここでバイトしてたかららしいんですけど。店長が働きぶりを見て、推薦してくれたみたいです。あ、バイトしてたのはずっとじゃないみたいですけど…。なんか一年ぐらい留学?か何かしてたみたいで。」
「へえ…。」
「まぁ、桐谷さんに留学の話聞いたら、曖昧にぼかされましたけど。本当に自分の事、何も教えてくれないんですよ!今住んでる場所も分からないぐらい!するのはいつも私の家でしたし。だから、私が知ってるのなんて、バイトから正社員になったって事ぐらいですよ。あ、あと特定の彼女がいなくて、遊んでばかりいるって事くらいですね。」
俺にとったら変わってしまったあいつの女性関係なんてどうでも良かったが、紗英の事だけが気がかりで『遊んでる』という言葉に顔をしかめた。
紗英は竜聖をまだ好きだと言っていた。
この事は知っているのか…?
知っていて我慢しているのなら、俺が口を挟むことではないのだが…
紗英の心情を思うと胸が痛くなる。
「あ、でも…ここ最近、桐谷さん変なんですよね~。」
「…変?」
「はい。」
彼女は眉間に皺を寄せながら上を見上げて、思い出そうと顔をしかめた。
「私みたいな子と、あんまり遊ばなくなったっていうか…。最近、やたらと同じ女の子といるんですよ。私…それに腹が立って、さっき嘘ついてその女の子追い返しちゃったんですけど!まぁ、これぐらいの意地悪許されますよねぇ?」
「……追い返した女の子…。」
そこで俺は悲しげに戻ってきた紗英の顔が浮かんだ。
俺は彼女に確認するために、一歩近づいて訊いた。
「その最近一緒にいる女の子って、長めの黒髪で…たれ目の、背はこれくらいの子か?」
俺は身振り手振りを交えて紗英の特徴を伝えた。
彼女はふんふんと何度も頷いてから、「そうですよ。その女の子です。」と答えた。
俺はその言葉に希望が見えた気がした。
紗英の頑張りが報われている。
その事が分かっただけでも、俺は今日ここに来て良かったと思った。
竜聖は意識的にか無意識でかは分からないが、紗英をちゃんと見ている。
そして少しずつ変わっていっている。
俺はそう思って、友達になるという道は断念することにした。
今は紗英に任せた方がいい。
「あの、その女の子知ってるんですか?」
不満げに尋ねてきた彼女を見て、俺は隠すことにして首を横に振った。
「いや?知らないよ。さっきここで見たから、その子かなと思っただけだよ。」
「そうですか。ま、あの子の事なんかどうでもいいんですけど。私が知りたいのは桐谷さんの事なんで!」
明るく言い放った彼女はニコッと笑ったあと、のぼりを掴んで引き抜いた。
俺はそれを眺めてから、彼女に頭を下げた。
「色々、教えてくれてありがとう。」
「いーえ。まぁ、気が向いたら桐谷さんの過去話、話してくださいね。それじゃ、ご来店ありがとうございました!」
彼女は一度ペコッとお辞儀すると、のぼりを持って裏口へと消えていった。
俺はそれを見送ってから、ちらっと店内に目を映して竜聖を探す。
でも俺が見える範囲にはあいつの姿はなく、俺は一息つくと駅へと足を進めた。
俺は友達になるのは一旦諦めたが、今胸の中には自分のできる事が浮かんでいた。
それはここ何日間かここに来たことによって導き出した道なので、その道を見失わないように俺はまっすぐに前を見つめた。
竜聖の同僚の小関さん。
実は今後も登場予定です。




