4ー14傍にいたいのは…
「竜聖君と友達になったって本当?」
マンションを出た途端、理沙はケロッとした様子で言った。
私はさっきまでの様子と違う事に面食らった。
「あれ…?えっと…理沙、翔君の事…怒ってたのはいいの?」
「あー…もう、あれはいつもの事だからいいの、いいの!それより、紗英と二人で話したかったの。本郷君から聞いて…気になってたからさ。」
理沙がそこまで気にしてくれているとは知らなかった…
私はケンカも連れ出すための演技だと分かって、気が抜けた。
「なんだ…本気のケンカだと思ってビックリしたよ…。」
「あんなの可愛い方だよ。前にもっと腹立つ事言われた事もあるし!」
「いったい何言われたの?」
私の問いに理沙はじとっと私を見たあと、目を逸らしてむくれた。
「紗英にだけは言わない。」
「え~っ?何それ?私、翔君に言いつけたりしないよ?」
「そういうんじゃないの!っていうか、私はいいの!紗英の話、聞きたかったんだけど!?」
強引に話題を切り上げられて不満が残ったが、理沙も吉田君を知ってるだけに言わないでいるという事はできない。
「うん。吉田君と友達になったよ。この間も二人で海見てきた。」
「海って…紗英は…大丈夫なの?本郷君はかなり落ち込んでたけど…。」
『大丈夫』と言おうとして口を開けたが、脳裏に無邪気な笑顔の吉田君が過って口を閉じた。
笑顔の吉田君を見れる事は素直に嬉しい…
でも、どうしても…昔の吉田君と比べて見てしまって心の底から笑えない自分がいる。
その事実を受け入れられなくて苦しかった。
「紗英…?」
私が黙り込んでいるので、理沙が気遣って私の肩を叩いた。
私はそれに反応して顔を上げると、笑顔を作る。
「大丈夫だよ。吉田君なのには変わりないし、今は隣にいられるだけで…嬉しい…。」
これも本音だった。
今までは会う事すらできなかったのに、こうして隣にいられるなんて夢みたいで嬉しい。
でも、理沙にはその奥まで見透かされていたようで、肩を掴まれて追及された。
「紗英!!本当のこと言って!!意地なんて張らなくていいから!!」
理沙の真剣な目を見て、私は心に決めた覚悟が揺れた。
目の奥が熱くなるのを必死に堪える。
「意地なんて…張ってないよ…?本当のこ…。」
「そんなはずないじゃん!!大好きだった人なんでしょ!?ずっと会いたくて待ってた人なんでしょ!?それなのにっ…、忘れられてて他人のように新しい関係築くなんて、辛くないはずがないっ!!」
理沙は大粒の涙を流しながら、私に訴えた。
私は我慢していた涙が零れ落ちそうで、唇を引き結んで耐える。
でも、理沙の言葉は胸に響いて、押し込んだ気持ちが溢れた。
「――――…会いたかったよ…。あのとき見送った…吉田君に…会いたかった…。でも…もういないんだよ…。」
私の目から涙が一粒零れたとき、理沙が私の肩を掴む手に力を入れた。
「会いたかったけど…いないんだもん。…まだ…好きなのに…、好きなのに…諦めるなんてできない…。」
『いない』
私を好きだった吉田君はどこにもいなかった。
あの日交わした約束も…あの誓いも…何もなくなってしまった。
私はその現実から目を背けたくて、今までずっと考えないようにしていた。
『友達』になることで、わずかな糸を繋げて…
せめて傍にいられるように、彼の笑顔が見られるように…自分の気持ちを押し込んだ。
それが間違ってるとは思わない。
「紗英。辛いなら…やめるって選択肢もあるんだよ?」
理沙が気遣うように言った。
私は手の甲で涙を拭うと顔を押さえたまま鼻をすすった。
「…やめないよ。傍にいられるのは…本当に嬉しいから…。まだ…大丈夫。」
「紗英…じゃあ、山本君の事はどうするの?」
理沙の言葉に痛いところを突かれた。
私は思わず手を離して顔を上げて理沙を見た。
理沙はまっすぐ私を見つめて真剣な目をしている。
「山本君の事、好きかもって言ってたでしょ?…あの気持ちは嘘だったの?」
「ち…違うっ!嘘じゃない…!!嘘じゃないけど…、私は吉田君の方が好きなの…。」
私は言葉に出して自分に言い聞かせた。
山本君に対しての『好き』と吉田君に対しての『好き』は違う。
今は吉田君の傍にいたい。
彼の笑顔を横で見ていたい。
私はこれが『恋』だと思ってる。
そう思わないと、この気持ちの説明がつかない。
「……紗英…。」
「吉田君の傍にいたいの…。山本君よりも…吉田君の笑顔が見ていたいの…。」
私は理沙の服を掴んで彼女の肩に顔をくっつけた。
涙が頬を伝っていく。
理沙は私の気持ちを分かってくれたのか、私を抱きしめて背中をトントンと叩いてくれた。
子供をあやす母親のような理沙の優しさが、私の荒んだ心に沁みていった。
「…もう、分かった。…分かったよ。紗英。」
私は理沙の温かさにすがりついて涙を流し続けた。
海で見た吉田君の笑顔が瞼の裏に貼りついていて、私はまた胸の奥が痛くなった。
***
そして私と理沙が部屋に戻ったとき、二人は私たちの顔を見て同じ顔で固まった。
「いったい何してきたんだよ?目の周り真っ赤だけど。」
翔君に指摘されて、私は俯いて手で顔を隠した。
でも理沙は堂々としたもので翔君の隣に腰を下ろすと、「どっかのおバカさんのせいだよ。」と翔君に責任を擦り付けていた。
翔君はそれを素直に信じて私と理沙に土下座し出した。
そんな翔君を見て、私は自然と笑顔が漏れた。
「沼田さん…本当に何があったんだよ?」
山本君だけは何かに勘付いているようで、真剣な目で尋ねられて私は思わず息を飲み込んだ。
「…理沙の言う通りだよ。二人で泣いて、青春してきただけ。いい大人がカッコ悪いよね。」
私が笑顔を浮かべて言うと、山本君が手を伸ばしてきて私の頬に触れた。
触れられた瞬間ビクッと体が震える。
山本君の目から目が離せない。
「…赤くなってる…。どんだけ泣いたらこうなんの…?」
山本君の飽きれた様に笑う姿を見て、私は出そうになるいけない気持ちを抑え込んだ。
「だよね。自分でもびっくりだよ。もらい泣きの威力を見た感じだったよ。」
「ははっ!もらい泣きって。浜口さんが先に泣いたの?」
「そうだよ。理沙があんなに涙もろいなんて初めて知ったよ。」
「へぇ~…。ま、沼田さんは泣き虫だもんな。」
「失礼な!そんなに泣き虫じゃないよ。」
私はからかってくる山本君に軽くパンチした。
山本君はそんなパンチ屁でもないようで、仕返しに頬を引っ張ってきた。
「っぶは!変な顔!!」
力はそんなに強くなかったので痛くなかったけど、笑われた事に恥ずかしくなってもう一発繰り出す。
しかしそのパンチも山本君の空いた手に止められてしまった。
私はその手を自分の方に戻そうとすると、山本君の手につかまってしまった。
山本君の手は大きくて、私の拳がスポッと収まってしまった。
「や…山本君…?」
手を離そうとしない山本君に私は彼の顔を伺った。
さっきまで笑っていた顔が、真剣な目で私を見つめていてドキッと心臓が跳ねた。
視線が熱いような気がするのは、私の気のせいだろうか…?
私が彼から視線を離せないでいると、先に山本君が視線を離して俯いた。
そして掴まれた手が崩されて、山本君の指が絡んできた。
それだけの事に私は体がビクッと震えて、手に汗をかいてきた。
これ…何…?
私は山本君らしくない雰囲気に戸惑った。
もしかしたら…なんていう考えが頭を過っていく。
こんな事を思う自分が嫌になる。
「何やってんの?」
横から理沙に声をかけられて、私は思わず山本君から手を引き抜いた。
「なっ…何も?理沙こそ翔君と仲直りできた?」
私は声が裏返りそうになるのを堪えながら、理沙に尋ねた。
山本君の様子が気になって横目で見たが、彼は俯いたままだったので表情が分からなかった。
「うん。今度ディナーに連れてってもらう事にした!それでチャラ!私って優しいよねぇ~。」
「どこが!!優しい奴は見返りなんか要求しねーよ!」
ケンカしながらでも仲の良い二人に、私は気持ちが落ち着いてきた。
二人の言い合いを聞いているだけでなんだか和む。
「翔平。ディナーぐらいいいじゃねぇか。ここで男見せろよ。」
いつも通り普通に茶化しに入ってきた山本君に、私は内心ホッとした。
さっきのは…深い意味なんかなかったんだ。
私はいつもの冗談だと思う事にして、胸をなで下ろした。
紗英と理沙が親友のようになりつつあります。
次は翔平が行動を開始します。




